オランダ・アムステルダム近郊にある、ルフタダウネン洋上風力発電所にある発電用風車タービン。三菱商事がこの建設計画に参画している。
REUTERS/Yves Herman
経済産業省・資源エネルギー庁は6月、「再エネ海域利用法」に基づく洋上風力の入札について、ルール変更案を公表した。2021年12月に同法に基づき初の大型入札の結果が公表されたが、対象となった3海域で三菱商事が総取りをしたことがルール変更のきっかけとささやかれる。
また、次回以降の入札には、電力事業に強い丸紅、再生可能エネルギーに強い豊田通商の参加が見込まれる。
風力発電に強みを持つ3商社の戦略を探る。
「原発2基分」の大型入札を総取りした三菱商事
撮影:井上祥
国内では、2019年に再エネ海域利用法が施行されると、発電事業者が洋上風力に適した一般海域(促進地域)を30年間占有できる仕組みができた。同法に基づいて初めて実施された大型入札(第1ラウンド)は、2020年11月~2021年5月に公募があった。
入札があったのは「能代市・三種町・男鹿市沖」「由利本荘市沖」(いずれも秋田県)、「銚子沖」(千葉県)の3海域。合計出力は約170万kWになる見込みで、原子力発電所2基弱の規模に相当する。
この入札には、延べ12の企業連合が参加し、FIT制度(固定価格買取制度)の供給価格である「価格点」と、事業実績や地域経済への波及効果を点数化した「事業実現性に関する点」の合計点で争われた(各120点ずつ、合計240点満点)。
結果は以下の通りだ。
「能代市・三種町・男鹿市沖」の洋上風力の公募入札情報。
出典:経済産業省資料と筆者の取材をもとに作成
「由利本荘市沖」の洋上風力の公募入札情報。
出典:経済産業省資料と筆者の取材をもとに作成
「銚子沖」の洋上風力の公募入札情報。
出典:経済産業省資料と筆者の取材をもとに作成
各企業連合は、この入札価格で20年間、地元の送配電事業者(今回は東北電力ネットワークと東京電力パワーグリッド)に電力を供給する。
入札には、国内風力発電でシェア1位のユーラスエナジーHD、同3位の日本風力開発、再生可能エネルギーに特化した新興企業レノバのほか、東京電力HD、JERA(中部電力と東京電力HDの折半出資会社)、住友商事など、再エネ事業者、電力、商社が組む企業連合が参加していた。
ただ、結果として、「価格点」で圧倒的な差を付けた三菱商事が3件を総取りした。
入札以前は、上限価格が1kWh当たり29円に設定されており、政府内でも「20円台前半で応札できれば驚異的な安さ」との予測が出ていた中、三菱商事は由利本荘市沖(秋田県)で11.99円/kWhで応札。他の2海域でも13.26円/kWh(秋田県・能代市、三種町、男鹿市沖)、16.49円/kWh(千葉県・銚子市沖)と、他陣営より5~6円低かった。
なぜ、これほどまでの価格引き下げができたのか。源流は10年以上前にさかのぼる。
圧倒的低コスト実現できたワケ
欧州では大型のプロジェクトが先行している。三菱商事はオランダ「ルフタダウネン」で知見を蓄積してきた。
三菱商事は2011年から英国で海底送電事業に携わった。
この過程で、欧州での再エネ熱を察知し「洋上風力は一大産業になる」と判断。2013年に、同社としては初の本格的な洋上風力発電事業となったオランダの「ルフタダウネン洋上風力発電所」の建設計画に参画した。
この案件は、後に子会社化したオランダのエネルギー会社・Eneco(2020年に中部電力と共に約5000億円で買収)と折半しての出資だった。
近年、商社や電力会社、資源会社には海外の洋上風力事業に参画しているケースが目立つ。ただし、留意しなければいけないのは、開発・建設・運転開始の3段階のいつから参画したか、だ。
開発段階からの参画は、立地が洋上風力に適さず事業の採算性が取れないことや、事業開始遅延、コスト上昇といったリスクを伴う。
しかし、風車タービンの選定、融資組成、規制当局との交渉、保守管理プラン作成の知見を蓄積することができる。いわば「ハイリスク・ハイリターン」の出資だ。
これに対して、運転開始段階からの参画は、事業の頓挫や遅延のリスクがない安全な出資だ。しかしその分、安全料とも言える「プレミアム」を上乗せした出資金を支払わねばならない。
さらに、運転開始後は、開発・建設のノウハウを得られるすべもない。「ローリスク・ローリターン」の出資だ。建設段階からの出資は、両者の中間「ミドルリスク・ミドルリターン」といったところだ。
三菱商事は、ルフタダウネンの洋上風力事業で「開発」から携わった。
10年以上にわたる欧州でのビジネスを通して、Enecoの技術も取り込み、調達から保守運営までのコスト精査を徹底。三菱商事は今回の入札での勝因を、こうした経験に基づくコスト精査と説明する。
他陣営、議員から疑問の声
撮影:今村拓馬
三菱商事の提示した価格に対して、落選した他陣営からは「安すぎる。FITだけでは赤字になるのでは」との声も上がった。足元では資材価格も高騰しており、三菱商事が3件の落札案件でどのように採算を取るのかは、今後も業界で注目されそうだ。
ただそういった中、一部事業者や、再エネを推進する国会議員から、疑義が出てきていた。
「洋上風力導入に当たっては多様な事業者の参画を認めるべき」
「三菱商事より早く運転開始をできる企業連合もあった。価格点重視姿勢を改めて、再エネ普及のためにも運転開始時期に重点を置く配点に見直すべきだ」
という主張だ。
入札への疑義が高まる中、資源エネルギー庁は3月、入札ルールの変更と6月に予定されていた「八峰町・能代市沖」(秋田県、36万kW)の入札延期を決定した。
資源エネルギー庁は、「三菱商事総取り」とルール変更の因果関係を否定するが、業界内では、「三菱商事総取りに対する疑義を受けた結果」との見方が大半だ。
入札ルール変更も、続くシビアな価格競争
洋上風力発電の建設候補地。
出典:資源エネルギー庁ホームページより
政府は、2021年10月に策定された第6次エネルギー基本計画で、2019年時点でごくわずかだった洋上風力の導入量を、2030年には5.7GWまで増やす目標を掲げる。今後、延期された八峰町・能代市沖の他にも、数年内に「西海市江島沖」(長崎県)や、「青森県沖日本海」が入札に出されるとみられる。
今後の海域の入札には、変更後のルールが適用される。
「促進区域」は入札済みか入札準備が整った海域、「有望な区域」「一定の準備段階に進んでいる区域」も近い将来の入札が予想される
出典:資源エネルギー庁ホームページより
肝心の変更後のルールは、どうなるのか。
資源エネルギー庁などでは、6月まで有識者会議を開いて議論を重ね、ルール変更案が固まった。
主なポイントは次の3つだ。
- 第1ラウンドの入札でも一定程度は評価されていた「事業開始時期の早さ」は、評価のウエイトを上げる
- 複数海域で同時に入札された場合、1企業連合が落札できる発電容量に制限を設けて、総取りをさせない
- 一定価格以下で応札した場合は、価格点は「満点」とする。
3つのポイントのうち、最も三菱商事にとって痛手となりそうなのが、落札できる発電容量の制限だ。というのは、同社が第1ラウンドで総取りできたのは、GE社製の風車合計134基を調達したことでスケールメリットを発揮できたことが大きいからだ。
一定価格以下の入札をすべて満点にする、という変更点を見ると、結局、今後の入札も第1ラウンドと同様に厳しい価格競争になる可能性が高い。経済産業省サイドでは、この価格のボーダーラインを10円前後に設定するとの観測が高まっている。
事業開始時期の早さを重視するルール変更に関しても、三菱商事は対策を取るとみられる。入札参加予定者の間では「やはり、商事はこわい。どこかの海域は落札するだろう」と恐れられている。
商社界随一の発電事業者、丸紅
第2ラウンドでは、丸紅の参入も見込まれる。
REUTERS/Yuriko Nakao
第1ラウンドの入札では三菱商事の強さだけが目立った。
年内にも実施の予定である2回目の大規模入札(第2ラウンド)では、商社ビジネスという視点で見ると、新たに参入する丸紅と、第1ラウンドにも参入していたユーラスエナジーHDを完全子会社化した豊田通商に注目したい。
丸紅はもともと電力事業を得意としており、国内外で商社随一である12GWの発電容量(丸紅の出資分に基づく持ち分ベース)の発電設備を持つ。
1990年代には東南アジアや中東を中心に、石炭・ガス火力発電事業で収益基盤を築き上げ、現地に発電所を建設・保有し、地元電力公社などに20年程度の長期で売電する仕組みを続けてきた。
同社は、三菱商事より2年先駆けとなる2011年に、日本企業では初めて商業運転ベースの洋上風力事業に参画している。携わったのは、英国ガンフリートサンズ洋上風力発電所(17.2万kW)だ。
ただし、この案件は運転開始後からの出資参画(出資比率49.9%)だった。その後、2015年には、英国ウェスタモスト・ラフ洋上風力発電所(21万kW)に建設段階から出資参画(同50%)している。
丸紅は、この2件で、洋上風力の知見を獲得した。
当時は石炭やガス火力発電事業が好調だったものの、再エネシフトの到来を予想して洋上風力に参入したわけだ。その丸紅が、第2ラウンドでは新たに参入してくるとみられる。
英BPと丸紅がタッグ
また、丸紅は、国内でも再エネ海域利用法施行以前の2014年に秋田県が実施した「秋田港・能代港沖」風力発電に関する公募で事業者に選定されている。実は、国内で初めて洋上風力の商業化に着手しているのだ。
現在、同港湾区域で丸紅が筆頭株主を務める「秋田洋上風力発電」が、33基(合計13.9万kW)の着床式風車の建設工事を進めており、2022年末の運転開始を目指している。
ここで発電した電力は、東北電力ネットワークに36円/kWhの固定価格で20年間売電される。
秋田港洋上風力の完成予想図
提供:秋田洋上風力発電
このように、国内外で大規模な洋上風力の知見を積んだ丸紅にとっても、今回の入札ルール変更に伴う落札制限は、三菱商事同様にスケールメリットを阻害する要因となりそうだ。
ただ、丸紅には、強力なパートナーが存在する。今年3月に洋上風力での協業を発表したエネルギー世界大手BPだ。
BPが洋上石油・ガス開発で培った海上構造物の建設・維持管理や世界に張り巡らせた供給網の活用が視野に入る。
さらに、丸紅はスコットランドにおいて、英再エネ会社などと共に260万kWの浮体式洋上風力発電事業にも開発から参画している。浮体式のノウハウを取り込み、将来の日本での浮体式洋上風力ビジネスの拡大に備える狙いを見せている。
陸上風力国内トップの豊通系
第1ラウンドでは落札できなかった豊田通商の子会社であるユーラスエナジーHDも、第2ラウンドにおける注目の事業者だ。
ユーラスエナジーHDは陸上風力発電事業では国内シェアトップ。1980年代から国内外で再エネ発電を手掛けてきた。
同社はもともと豊田通商が60%、残りを東京電力HDが保有する共同出資会社だった。ただ、今年5月に豊田通商が東電から約1850億円で株式を取得し完全子会社化することを発表した。
豊田通商は2021年11月、2030年までに1.6兆円を脱炭素関連ビジネスに投資する計画を公表しており、ユーラスエナジーHDの完全子会社化は最初の大型案件だった。豊田通商がこの投資の果実を取り込むためにも、ユーラスエナジーHDには第2ラウンド以降の受注が求められている。
ユーラスエナジーHDは、第1ラウンドでは、陸上風力国内3位の日本風力開発、洋上風力世界最大手オーステッド(デンマーク)との企業連合で入札に参加。3社が企業連合を組んだのは、陸上風力1、3位の日本企業、洋上風力世界最大手が組むことで、評価点を上げることを狙ったものだとみられる。
実際、第1ラウンドは「事業実施実績」の評価点が240点中30点を占めていた。
しかし、入札ルールの変更により「事業実施実績」の評価項目がなくなった。もはや実績が問われなくなる第2ラウンド以降、ユーラスエナジーHDは、どの企業と組むのか、新たな戦略が求められる。東電との共同出資を解消したとあって、意思決定の迅速化も期待されるところだ。
各商社がいかに自社の強みを発揮して、新興の再エネ専門事業者や電力会社と競うのか。第2ラウンドの大型入札は今年以内に公募される予定だ。
(文・井上祥)
井上祥(いのうえ・しょう):商社取材歴は8年。コンビニからLNG開発まで、商社のやることならば何でもカバー。幹部人事分析が趣味。