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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
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思ったより世界が狭いのは「橋渡し役」のおかげ
「世界中の人は誰でも、だいたい5〜6人くらいを介してつながっている」という理論をご存じでしょうか。これを「六次の隔たり」と言います。
今回はこの「六次の隔たり」が、近ごろ「三次」「二次」に縮まってきているというお話です。
BIJ編集部・常盤
入山先生、近ごろSNSなどの影響で「六次の隔たり」が縮まってきているのをご存じですよね。Gigazineの記事によると、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグは平均3.17人を介せば誰とでもつながれるし、先ごろ同社のCOOを退任すると発表したシェリル・サンドバーグに至っては2.99人だそうです。
私たちも仕事をするうえで、いろいろな人とつながっているのはとても便利なのですが、一方で、「こんなにたくさんの人とつながり続けて、大丈夫かな?」という気もするんですよね。入山先生はどう思われますか?
そうですね。僕も人の繋がりにはプラスとマイナスがあると思うので、そこを理解することは重要だと思います。今回はソーシャルネットワークの理論を使って、その言語化をしましょう。その前に、まずは「六次の隔たり」について詳しく説明しますね。
これは経営学でも知られていますが、社会学分野で非常に有名な考え方で、スタンレー・ミルグラムという学者が1960年代から提唱していたことです。
例えば僕とアメリカのバイデン大統領は知り合いではありません。でも僕の「友達の友達の友達の友達」くらいなら、バイデン大統領と知り合いかもしれない。
そのようなつてをたどっていけば、平均すると6人目くらいにバイデン大統領とつながるはずなのです。これを「六次の隔たり」と言います。
ではミルグラムはどうやって「6人」という人数にたどり着いたのでしょうか。今ならインターネットで簡単に調査できるでしょうが、実験が行われたのは1960年代です。インターネットのない時代なので、この研究でミルグラムは手紙を使いました。
例えば政治とまったく縁のない人たちに、「あなたの知り合いの中で一番大統領に近い人に、この手紙を転送してください」と依頼する。
手紙を受け取った人は、自分の知り合いの中で最も大統領に近そうな知り合いに手紙を転送する。それを繰り返すと、やがていつかは大統領に行き着くわけですね。
その結果、平均するとだいたい6人目に、目的の相手(この場合は大統領)とつながることが分かったのです。世界は数十億人いるわけですが、6人目でつながったので「世間は思った以上に狭かった」となった。これを「スモールワールド現象」と言います。
そして1973年にスタンフォード大学の社会学者マーク・グラノヴェッターが、この「スモールワールド現象」を“Strength of weak ties”という理論で説明できる、と主張しました。
“Strength of weak ties”を僕は「弱いつながりの強さ」理論と呼んでいます。直感的に言えば、人々の弱いつながりは強いつながりよりも遠くまで伸びていくので、情報の伝播が広範囲で容易になるという理論です。少しややこしいですが、解説してみましょう。
クラスターAとクラスターBがあるとしましょう。クラスターAとクラスターBの両方に知り合いがいる人は、2つのクラスターの橋渡し役となる。
このような人を「ブリッジ」と言います。こういう人をうまくたどっていくと、意外と遠くまで行ける。だから広いアメリカでも、たった6人で大統領まで行きつけるわけですね。
取材内容を元に編集部作成
そして、この「ブリッジ」は、ちょっとした知り合い程度の「弱いつながり」にしか生まれません。なぜなら家族や親友といった強いつながりだと、知り合い同士が密接につながりやすいからです。
田中さんは佐藤さんと親友だけれども、同時に鈴木さんとも親友だとしたら、いずれ佐藤さんと鈴木さんは何かの機会に顔を合わせて友達になる可能性が高い。
しかし弱いつながりの場合は、ただの知り合いなので、佐藤さんと鈴木さんが知り合いになる可能性は低い。したがって弱いつながりにはブリッジがたくさんあるのです。ブリッジがたくさんある人脈ネットワークでは、情報は遠くまで延びていくんです。
つまり「大統領に一番近い人に手紙を送ってくれ」という依頼が来たら、「そういえばあの人とは一回しか会ったことがないけれど、大統領と近そうな気がする」という知り合いに送るはずです。
そういう人はブリッジなので、その人を経由すれば遠くの人まで効率的に手紙が届く。だからわずか6回で大統領に届くというわけです。
スモールワールドは幸せな世界なのか?
BIJ編集部・常盤
今はSNSの影響で、1960年代とは比較にならないくらい世界が狭くなっていると感じます。
そうですね。SNSは世界的に普及しているわけですから、スモールワールドがよりスモール化するのも無理はないと思います。
問題は、こういう小さな世界がハッピーかどうか、ですよね。スモールワールドは情報伝播という意味ではプラスでしたが、今度はその課題を考えましょう。
スモールワールドがよりスモール化するということは、逆に言えば、ネットワーク全体の密度が濃くなっているということです。
例えば一昔前の日本には、住人全員が知り合いというコミュニティがありました(今も地方には多いかもしれません)。こういうものを「ボンディング型のソーシャル・キャピタル」と言います。
この濃い人間関係のいいところは、お互いのことをよく知っている関係だからこそ、全員が協力していろいろなことができること。例えばご近所付き合いが密接だから、安心して小さい子どもを外で遊ばせておける。
一方、このような人間関係の弱点は、相互監視が働くため「息苦しい」ことです。例えばこのようなコミュニティで皆のルールと違ったことをすると、昔の日本社会でいえば「村八分」になりかねません。
そして今の時代はどうかというと、SNS上で弱いつながりがたくさん生まれています。この状態がどんどん進んで、つながりがさらに緊密になるとどうなるでしょうか。
相互監視が効くようになってきます。つまり、弱いつながりのプラス効果だけを得られたときはいい世界だったけれど、今はつながりが重層化していて、誰かの友達は自分の友達でもある、という世界ができつつある。
だから仕事で連絡をとりたい人と簡単に連絡がつくのは便利だけれど、同時に自分のやっていることがみんなから見られていて、ちょっと息苦しい社会になりつつあるのではないでしょうか。
同質でない人とつながるから、余計に息苦しい
かつての村社会などのつながりの濃い社会では、つながっている人たちはほとんど同質でした。多少の息苦しさは感じるものの、価値観やものの考え方はだいたい一緒だったので、そこに染まっていればそこそこ平和に暮らせました。
ところが今は、SNSを通じて異質な人たちが大勢混じっている。その中でもつながりが重層的になり、相互監視が始まった印象です。僕も正直言って、それを実感しているところです。
あまり交流はないけれど、Facebook上の「友達」の政治に関する投稿などを見ていると、「これ、僕の感覚とは全然違うんだけどな」と思うこともあります。投稿することが悪いわけではないし、僕はそれについて何も言いませんが、価値観が違うと思ってしまう。
このように弱いつながりが幾重にも張り巡らされるようになったせいで、考え方が違う人たちが相互監視する状態になっている。これが息苦しさを感じるメカニズムだと思います。
BIJ編集部・常盤
なるほど、すごく納得しました。同質なグループの強いつながりは居心地がいいと感じられたり、メリットがあったりするけれど、いまのようにSNS時代になると、異質な人ともつながってしまう。だから息苦しさを感じてモヤモヤするわけですね。
先日、パリにお住まいの元アナウンサーの中村江里子さんが、ステキなロングドレスを着てパリの石畳を歩いている写真をInstagramに投稿されたらしいのですが、それを見た方から、「そんなに裾を引きずって…」「スカートがかわいそう」といったコメントが多数寄せられたそうです。
それについて中村さんは「裾は大丈夫ですよ」「みなさん心配してくださってありがとうございます」とフォローの投稿をされたという記事を読んで、「なんて生きづらい世の中なんだ」と思ってしまいました。
おそらく中村さんは「こんな日常を楽しんでいますよ」と伝えたかっただけなのに、思わぬ反応が来てしまうというのも、異質な人とつながっているからこそですよね。
分かります。僕も似たような経験はありますよ。これはSNSによるつながりが重層的になったら起こることですね。SNSの普及は弱い繋がりによるスモールワールド現象という興味深い側面を引き起こしましたが、同時に相互監視が強まって息苦しさも感じるというのが難しいところですね。
BIJ編集部・常盤
いずれにせよ、いろいろな人とつながっていくこの流れは不可逆でしょうから、これからはコミュニケーション手段の使い分けが大事になりそうですね。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、音声編集:小林優多郎、編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。