REUTERS/Kim Kyung-Hoon
安倍晋三元首相の銃撃事件は、アメリカでも大変な衝撃をもって受け止められた。事件当日(アメリカ東海岸は夜中だった)から1週間くらいは、テレビでも一日に何度も速報を流していたし、新聞や雑誌も大きな特集記事や、知識人・政策関係者などによる追悼文を多数掲載していた。
あれから約3週間、アメリカでは安倍氏死去の話自体はトップニュースからすっかり消えた。一方、まだ事件の全体像はつかめていないものの、日本国内の報道の焦点は、もっぱら旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合、以下「統一教会」)と自民党の関係に移ってきているように見える。
この3週間、日本での報道とアメリカはじめ英語圏メディアの報道を見てきて、ニュースの伝え方、焦点、ペースなどの面で、さまざまな相違があると感じた。
また、その理由を考える中で、日本における政治と宗教の関係はじめ、それまで考えずにきた問題に気づかされることにもなった。
海外では外交実績を強調、「ポピュリスト」の指摘も
安倍氏死去の直後、アメリカでの報道は、ほぼ全面的に氏の首相としての功績を称えるものだった。これ自体は特に驚くべきことでもないと思う。安倍氏は生前から、アメリカでは評判の良い政治家だった。悲劇的な亡くなり方を考えても、また在任期間が歴代最長だったということを考えても、まずはその死を悼み、褒め称えるというのが自然な反応だろう。
ただ、それらの記事に次々目を通していくにつれて、どれもこれも褒め方があまりにも手放しで短絡的すぎる気がし、正直、疑問を感じる部分もあった。
賞賛の理由はざっくりまとめるとこんな感じだ。まず何よりも、悪名高い「回転ドア内閣」現象を終わらせた長期政権であったこと。諸外国からすると、名前を覚える間もなくいなくなってしまう首相たちの後に現れた安倍氏の長期政権は、とにかくありがたかったに違いない。
国内では「安倍一強」と批判されたものの、この「安心感」というファクターは、諸外国の外交関係者からすると圧倒的にプラスだっただろう。また政界のサラブレッドである安倍氏の家柄がもたらすブランド感、それが醸し出すカリスマ性のようなものも役立ったと思う。
安倍氏を称える記事の多くは、外交面での功績を強調する。アメリカのトランプ前大統領という難しい人物との関係をいち早く築いたこと、官邸主導の国家安全保障政策メカニズムを築いたこと、G7諸国に加え中国からも一目置かれる存在であったこと、アメリカに先んじて中国の台頭を問題と捉え、「強い日本をつくる」というビジョンを持っていたこと、TPPおよび「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」交渉においてリーダーシップを発揮したこと、そして「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」「クアッド(QUAD)」という新たな構想を打ち出したこと。
米TIME誌は7月8日、銃殺された安倍元首相を7月25日・8月1日合併号(アジア版)の表紙に掲載すると発表した。
TIME
安倍氏は、2度目に首相に就任した2カ月後の2013年2月、ワシントンDCの戦略国際問題研究所(CSIS)で「日本は戻ってきました(Japan is Back)」という講演を行っている。
この中で、「日本は今も、これからも、二級国家にはなりません。それが、ここでわたしがいちばん言いたかったことであります。繰り返して申します。わたくしは、カムバックをいたしました。日本も、そうでなくてはなりません」と述べた。
この講演は、その印象的なタイトルとともに、アメリカの政策関係者たちの頭に強く残ることになった。このあたりのプレゼンテーションの仕方は、アメリカ人好みによく練られたものだったと思うし、日本の首相には珍しかったと思う。実際、安倍氏の功績を振り返る記事の中でこの講演を引き合いに出す人は多く、今後も語り継がれるだろう。
《安倍氏を賞賛する記事の例》
- 【Washington Post】John Bolton: The death of Shinzo Abe is a loss to the U.S. and its allies(ジョン・ボルトン(元国家安全保障問題担当大統領補佐官):安倍晋三の死は、アメリカおよび同盟諸国にとって損失)
- 【New York Times】Tobias Harris: The Post-war Japan Shinzo Abe Built(トバイアス・ハリス:安倍晋三が築いた戦後の日本)
- 【The Economist】Abe Shinzo left his mark on Asia and the world, not just Japan(安倍晋三は日本だけでなく、アジアと世界にも足跡を残した)
- 【The Guardian】Antony Blinken says assassinated former Japanese PM was ‘man of vision’(ブリンケン国務長官:安倍元首相は、偉大なビジョンを持った指導者だった)
- 【The Atlantic】David Frum: Shinzo Abe Made the World Better(デイヴィッド・フラム:安倍晋三は世界をより良くした)
これら安倍元首相を賞賛する記事は、氏に対して国内では「右派ナショナリスト」として賛否両論があったこと、従軍慰安婦問題や教科書、改憲問題などで世論を分断したことなどには一応触れていたりするのだが、一方で触れていないことも多い。
例えば、アベノミクスの結果、非正規雇用が増え、貧富の差が広がったという評価もあること、円安政策のせいで現在のインフレに対抗する手段を失っていること、「女性が輝く社会」と言いつつ自民党内閣では女性閣僚が増えていないどころか減っていること、日本における女性差別は安倍政権の間に根本的に改善されてはいないこと、そして森友・加計問題はじめ在任中に数々のスキャンダルがあり、それらが解明されることのないまま今日に至っていることなどだ。
これらの事情は、もしかしたら海外の識者や政策関係者からすると主たる関心事ではないのかもしれない。そもそもこれらの問題についての英語での報道も浅いものにとどまっているため、きちんと理解されていない可能性はあると思う。外国からすれば、対外政策が何より重要なのは分かる。
「女性活躍」をさかんに打ち出した安倍内閣だったが、女性閣僚の起用は限定的だった(写真は2019年9月の内閣改造時)。
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ただ、ドイツのいくつかのメディアは、これらの点についても冷静に指摘しており、アメリカの一連の報道に比べてかなりニュアンスのある書き方をしている。
例えば雑誌シュピーゲルは、安倍氏を「日本のポピュリスト」と呼び、彼の功績について「安全保障以外の点ではかなり貧弱だ」「(社会の)分断をあらわにしたのも、トランプと似たところかもしれない」としている。
南ドイツ新聞の記事は、今回の事件の背景として「弱者に冷たい日本社会」「孤独を生む自己責任論と同調圧力」があったのではと述べている。これらは、本来ならば日本の大手新聞が社説を使ってしっかり書き込んでもいい問題ではないかと感じる。また、安倍元首相の死によって今後自民党内の結束が弱まり、日本の政治が混乱する可能性は上がったと思うが、「南ドイツ新聞」の別の記事はその点を指摘している。
7月10日のフィナンシャル・タイムズ(FT)の記事も興味深い切り口だった。「安倍晋三の暗殺が「パックス・ジャポニカ」にとって意味するもの(What Shinzo Abe’s assassination means for ‘Pax Japonica’)」と題された記事で、筆者のレオ・ルイスは、「日本の政治的安定や安全さを支えてきたのは、有権者の無関心である」という論を展開している。
1930年代、1960年代、日本でも政治家が暗殺された時代があった。それは人々が政治・社会に対して強い意見を持っていたが故であり、かたや現代日本において、政治は人々の感情を揺さぶるものではなくなっている。そのおかげで日本は安全であり続けてきたのだと。
ルイスは、最近の麻生太郎氏の「政治に関心を持たず生きていける国は良い国」という言葉を取り上げ、それがある意味では正論であるとしつつも、危険な考えであると指摘している。
「特定の宗教団体」と言い続けた国内報道
統一教会が7月11日に記者会見を行うまで、国内の大手新聞・テレビ各社は「特定の宗教団体」という言葉を使い続けた(写真は事件当日に安倍氏死亡を報じる号外)。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
今もっぱら話題になっている統一教会と自民党の問題だが、これについての報じ方、特にタイミングには、海外と日本とで時差があった。日本のほうが遅かったのだ。
事件直後の日本語の報道は、軒並み「特定の宗教団体に恨み」という言葉を使っていた。
私がこの事件との関連で最初に統一教会の名前を見たのは、Twitter、海外メディアのニュースだった。中でも印象に残っているのは7月9日のブルームバーグの記事「安倍晋三の死は、彼を批判してきた弱小党にスポットライトを当てた(Shinzo Abe’s Death Highlights Fringe Japan Political Party That Criticized Him)」だ。
ここで言う「弱小党」とはNHK党のことで、6月に行われたテレビ討論での党幹事長・黒川敦彦氏の発言を取り上げている。記事は、黒川氏が、安倍氏の祖父・岸信介氏が統一教会を日本に招き入れたこと、安倍氏が宗教団体に不明瞭な寄付をしており、その団体は外国のスパイとして利用されている疑いがあることを指摘して炎上したと報じている。
日本でも、講談社はじめ雑誌系のネットメディアが、翌9日から統一教会の名前を報じ始めていたが、大手新聞・テレビは「特定の宗教団体」という言葉を使い続け、11日の統一教会側の記者会見まで宗教団体の名前を明らかにしていなかった。
日本の新聞・テレビはなぜ3日間「特定の宗教団体」という、奥歯に物が挟まったような言い方を続けたのだろう。一つあり得る理由は、新聞やテレビは(団体の名前を既に知っているが)警察が名前を出すまで団体名を伏せるという判断をしたという可能性だ。
もう一つは、新聞・テレビは、純粋に団体の名前を知らなかったという可能性だが、これは考えにくいだろう。8日に事件が起きてから11日までの間に、山上徹也容疑者の親戚や近所の人たちなどに取材すれば、その宗教団体が統一教会であったことは分かっただろうと思うからだ。「警察はいまだ団体名を公表していないが、山上容疑者および家族を知る人物によると、旧統一教会のことを言っているという」というような報じ方も可能だったのではないか。
7月11日に統一教会側が会見を行い、その直後から、メディアは一斉に統一教会の名前を報じ始めた。なお、この会見は、参加者を大手新聞・テレビに限定していた。そのやり方には教会側にメディアがいいようにコントロールされているような印象を受けた。
しかも11日というタイミングは、参院選が終わった後だ。投票日の前に、このたびの事件と統一教会とのつながりの可能性が報じられていたら、選挙の結果にも少なからぬ影響を与えていたのではないだろうか。
統一教会は「日本の政治の公然の秘密」
岸信介元首相と幼少期の安倍氏。統一教会は7月11日の会見で、岸氏が生前、同教会の創始者・文鮮明夫妻が推進していた平和運動に「強く理解を深めてくださっていた」と発言している。
Wikimedia Commons
日本でも、ここへきてやっと統一教会と自民党の関係について突っ込んだテレビ番組や記事が出てきていると感じるが、欧米メディアの報じ方を見ていると、もっと遠慮なく、事実は事実として単刀直入に言い切っているものが目につく。
7月11日のFTは、「安倍晋三の殺害は、政治家たちの統一教会とのつながりにスポットライトを当てている(Killing of Shinzo Abe shines spotlight on politicians’ links with Moonies)」という記事の中で、「何十年もの間、旧統一教会と自民党の有力者との密接な関係は、日本の政治においてほとんど議論されない公然の秘密であった」「会員ではないものの、安倍も彼の祖父である岸信介も、教会の支持者であることが公に知られていた」と書いている。これらの記述については、日本の多くの国民が「自分はこの事件が起きるまで、そんなこと知らなかった」と思うのではないだろうか。
同記事は、研究者のジェフリー・ホール教授の「このグループ(統一教会)は、冷戦時代、教会が明確に反共を打ち出していたころから、自民党の一つの支持基盤であり続けています」という言葉、また立正大学の西田公昭教授の「これは宗教団体ではなく、金に飢えたカルトです。しかし、誰もこの問題に触れずにきてしまった」という言葉も引用している。
7月17日付のAP通信の「統一教会と日本政治のつながり(The Unification Church’s ties to Japan’s politics)」という記事も、FT同様、「岸信介の統一教会との密な関係は公に知られていた。一時、教会本部は、岸の東京の自宅の隣にあり、岸が教会で文鮮明とともに撮った写真は、教団の出版物にも載っている」と、このつながりが公然の秘密であったと伝えている。また、この記事は、岩手県の達増拓也知事の「元官僚・議員として、自民党と教会の関係については知っていた」という言葉も紹介している。
いろいろな記事の中でも、特に生々しく、力作だと思ったのは、ワシントン・ポストのマーク・フィッシャーによる「安倍と日本はいかにして統一教会にとってなくてはならない存在になったか(How Abe and Japan Became Vital to Moon’s Unification Church)」という7月12日の記事だ。
この記事によると、伝統的に教会の富の70%を提供してきたのは日本であり、1970年代半ばから1980年代半ばにかけて日本からアメリカの拠点に8億ドルが流れていたとされる。また、統一教会の教祖・文鮮明の神学理論によると、韓国は世界を支配する運命にある民族の故郷「アダム」の国であり、日本は韓国に従属する「イブ」の国であるという。このあたりは、7月22日のTBS(BS)「報道1930」で報じられていた内容ともオーバーラップするが、ワシントン・ポストのほうがかなり早いタイミングで報じている。
この記事を読むと、いかに統一教会が長期間にわたって日本の信者たちから組織的に資金を巻き上げてきたか、また日米はじめ世界中の有力政治家たちとつながりを強め、彼らのもたらす信用を利用して信者を増やし続けてきたかが分かる。
なお、これは2021年11月の記事だが、ニューヨーク・タイムス・マガジンは、「アメリカにおける寿司についての、語られることのない歴史(Untold Story of Sushi in America)」という記事で、1980年代に文鮮明が日本人信者70人をアメリカに送り込んで水産卸会社を作り、爆発的な寿司ブームに乗って事業を拡大したこと、今もニューヨークの寿司店の6割、全米でもかなりの寿司店の運営を支えているということを報じている。
これは、ニューヨークに住む日本人なら聞いたことのある話ではあるが、記事を読んでみると、霊感商法被害者救済に関わり続けてきた紀藤正樹弁護士がよく使う「宗教コングロマリット」という言葉がぴったりであることがよく分かる。
「民主主義への挑戦」に覚える違和感
日本の新聞を見ていると、安倍氏の死亡直後から、「民主主義への挑戦」「自由な言論への冒瀆」という言葉が溢れていた。岸田首相も、安倍氏の国葬開催について発表する際に、「国葬儀を執り行うことで、安倍元総理を追悼するとともに、我が国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く決意を示してまいります」という言い方をしていた。これには、どうもすっきりしないものを感じる。
選挙期間中に演説をしていた元首相が殺害されたということが即ち「自由な言論への冒瀆」という発想は、分からなくもない。ただ、現時点で分かっていることから判断するに、容疑者は言論封殺のために安倍氏を殺害したわけではないと思われる。
統一教会という特定の団体に恨みがあり、その団体と関係がある安倍氏を狙ったという話ならば、本当にそれは「言論の自由への冒瀆」と言えるのだろうか。
同様に、「民主主義への挑戦」という言い回しにも疑問を感じる。安倍氏は民主主義の象徴ではないし、容疑者の動機はあくまでも個人的な恨みであり、民主主義の転覆、現政権への不満、選挙制度への挑戦、あるいは何らかの政治的メッセージ表明のために犯行に及んだわけでもなさそうである。それを「民主主義への挑戦」というフレームで括るのは正確なのだろうか。
2021年1月6日、大統領選で不正があったと訴えて連邦議会議事堂になだれ込むトランプ支持者たちの暴挙は世界に衝撃を与えた。
REUTERS/Jim Urquhart
折しも、今アメリカでは、2021年1月6日の連邦議会襲撃事件を調査している下院特別委員会が証人の公聴会を開いている。この襲撃事件を報じるとき、アメリカでは「Threat to democracy(民主主義への脅威)」「Attack on democracy(民主主義への攻撃)」という言葉をよく使う。
これは正しいと思う。あの暴動は、民主的手続きに則って行われた選挙の結果を否定し、その結果を覆そうとする人々が暴力の行使によって起こした事件、つまり民主主義というシステムに対する破壊行為だったからだ。
私が記憶している限り、安倍氏殺害事件を報じる英語のニュースの中で、「Threat to democracy」という言葉が使われている例はなかったと思うし、そのような捉えられ方は、少なくともアメリカではされていなかった。
それよりも、私が思うのは、一つのカルトが日本の政党・政治家と利害関係を持ち、彼らを操り支配するような関係を築いていたのだとしたら、さらにそれが長年にわたって国民から隠されていたのだとしたら、それこそが「民主主義への挑戦」であり、破壊行為ではないのかということだ。
トランプ、ブッシュともつながる統一教会
私が大学生だった1990年代前半には、日本の大学にはたいてい統一教会の文鮮明が提唱する教理「統一原理」を研究するサークル「原理研究会」があった。
地下鉄サリン事件が起きるまではオウム真理教の全盛期でもあり、ほかにも霊感商法のようなことをしているカルト的なものが複数あった。大学に入るとすぐ、「オウムや原理の誘いには注意するように」と先輩たちから言われた。
アメリカに来てからも、統一教会に勧誘されたことがある。一人で外国にいる留学生は孤独になりやすいので、彼らからすると格好のターゲットなのだ。フレンドリーに話しかけてくるので世間話をしていると、パーティーに誘ってくる。その話の途中で、「これは統一教会だ」と気が付き、慌てて逃げたが、それまで、統一教会がアメリカでも活動しているとは知らなかった。
統一教会とアメリカ政界の関係は歴史が長い。特に共和党の政治家たちとの関係が強く、古くはニクソン、フォード、レーガン、ブッシュ(父)といった共和党の歴代大統領の支持をとりつけ、今日ではトランプ前大統領、ペンス副大統領、ポンぺオ元国務長官、ギングリッチ元下院議長とも関係を築いている(後述するが、統一教会のイベントにメッセージを送っているのが確認されている)。
私がトランプと統一教会(および幸福の科学)の関係について知ったのは、2021年の連邦議会襲撃事件後に、Qアノンをはじめとする陰謀論についての記事を書いたときだった。
この記事のためのリサーチをする中で、日本のトランプ支援デモ参加者の中に統一教会、幸福の科学の信者が多く存在することを初めて知った。
また、2021年1月6日の暴動の際、韓国の国旗を持って参加していたグループがいたのをSNSで見たが、のちにそれが統一教会の創始者である文鮮明の息子・文亨進率いるサンクチュアリ教会のメンバーたちだったことを知った。
サンクチュアリ教会は、ペンシルバニア州を拠点とする教団で、アサルトライフルAR15(殺傷能力が特に高い、乱射事件で多用されるライフル)を教義で崇拝しているため、しばしば「Gun Church」と呼ばれる。
文亨進は熱烈なトランプ支持者で、トランプの「Make America Great Again」を教義の中心に据えている。日本にも「日本サンクチュアリ教会」がある。
今になって広く報じられるようになっている、昨年9月11日に行われた統一教会の友好団体「UPF(天宙平和連合)」の集会「シンクタンク2022」でトランプ前大統領と安倍元首相が送ったビデオメッセージをTwitterで初めて見たときには、異様な気がした。
トランプ氏は、「朝鮮半島の平和のために文鮮明夫妻が行ってきたことは、素晴らしい功績」と褒め称え、さらに「文鮮明氏がワシントン・タイムズを設立してくれたことにも感謝している」と述べている。ワシントン・タイムズは1982年に文鮮明が設立した保守系新聞で、フォックス・ニュースなどと同様、トランプの選挙キャンペーンの助けとなった。
安倍元首相はスピーチの中で、「世界平和を共に牽引してきた盟友のトランプ大統領とともに演説する機会をいただいたことを、光栄に思います」「今日に至るまでUPFと共に世界各地の紛争の解決、とりわけ朝鮮半島の平和的統一に向けて努力されてきた韓鶴子総裁をはじめ、みなさまに敬意を表します」などと述べている。
安倍氏の言葉の中で目立ったのが、「UPFの平和ビジョンにおいて、家庭の価値を強調する点を高く評価いたします」「偏った価値観を社会革命運動として展開する動きに警戒しましょう」というものだ。「偏った価値観」という言葉が何を指すのかはスピーチからは明らかでないが、おそらく伝統的な「家庭の価値」に反するジェンダー平等、性的マイノリティの人権尊重、もしかしたら選択的夫婦別姓なども含まれるのではないかと思う。それらは、統一教会と自民党内の右派が揃って否定する価値観だからだ。
トランプにせよ安倍氏にせよ、スピーチの内容からして、「事務所が勝手に受けたこと」という感じでは全くない。明らかに、統一教会が何であるか分かったうえでメッセージを送っている。まだ見ていないという方にはぜひ下記のビデオをご覧いただきたい。
Rally of Hope Sep 11, 8 30pm EDT President Trump Message, Abe and more(安倍氏のスピーチは13:08ごろから)
TIMD USA YouTubeチャンネルより
トランプがこのイベントにメッセージを送ったことについて報じる英語の報道はいくつか見たが(Independentのほか、Business Insiderも報じている)、安倍氏について報じる日本語のものは見なかった。私は、なぜこれが日本のメディアに報じられないのかずっと不思議に思っていた。
前述の7月9日のブルームバーグの記事を読んで初めて、昨年9月18日付の「赤旗」がこの件を報じていたことを知った。私がSNSで見たくらいなのだから、ほかのメディアも知らなかったわけがない。なぜ報じなかったのだろう。
安倍元首相は今年2月にも、統一教会関連の「朝鮮半島の平和のためのサミット」と題されたイベントにビデオメッセージを送っている(動画リンクはこちら。安倍氏のシーンは1:20:10ごろから)。ビデオを見てもらうと分かるが、このイベントには安倍氏以外にも、トランプ、ペンス前副大統領、元副大統領ディック・チェイニーおよびダン・クエール、フィリピン副大統領、パキスタン元首相、グアテマラ大統領、パラグアイ元大統領などの政治家が次々登場する。
宗教団体という集票マシーン
アメリカの選挙戦では宗教は必ず大きなファクターとなる。聖書を逆さに持っても気がつかないトランプのような人でさえ、保守キリスト教徒たちの支持を得るためと中絶権や同性婚への反対を表明していた。
支持基盤としても、資金調達という意味でも、宗教右派のパワーは絶大であり、無視できない。
アメリカ政治において宗教は常に重要な役割を演じてきたとは思うが、このパワーが特に顕著になったのは、2000年のブッシュ(子)対ゴア、さらに2004年のブッシュ(子)対ケリーの大統領選あたりからではなかったかと思う。2008年の大統領選の際には、オバマでさえも、福音派キリスト教徒の票を取るべく、同性婚反対に対して一定の理解を示していた。
2004年の大統領選でブッシュ大統領は民主党のケリー氏に勝利した。票を集めた背景には福音派と呼ばれる宗教右派の存在があった。
REUTERS/Brian Snyder
2004年の選挙でブッシュが勝てたのはキリスト教徒の支持のおかげだったと広く認識されている。このとき発揮された彼らの動員力・組織力・結束力は、地域に根ざし、かつ全国的につながりを持つ既存のネットワークの強みを十分に生かしていた。
これについてはのちのち様々な分析がなされ、中心となった福音派プロテスタントの8割近くがブッシュに投票していることが分かっている。特に、週に一度以上教会に行くという信心深い人ほどブッシュに投票している率が高い。
毎週まじめに教会に通う人々のネットワークは強固だ。そもそも、個人ベースでの政治的動員は、マスメディアや電話を通じてのキャンペーンよりも数倍効果的だ。放っておいたら多くの有権者が投票に行かないような世の中で、確実に一定数の人々を投票所に向かわせることができるような強いネットワークを持つ集団と組めれば、政治家にとってこれほど頼りになるものはない。宗教票は、だから政治家にとって魅力的なのだ。
政治と宗教ということを考えるとき、私は、これは日本にとってはそれほど(アメリカにおいてほど)重要ではない問題だとずっと思ってきた。公明党・創価学会という存在はあるにせよ、日本人は宗教について基本的に無頓着であり、宗教が政治に及ぼす影響力は、国民の6割がキリスト教徒信者であるアメリカほど高くないと決めつけていた。
今回、統一教会と日本の政治家たちの癒着を知るにつれ、このような自分の認識は根本的に間違っていたのだなと感じている。宗教票・組織票は、日本の政治家たちにとっても重要な票田であり、統一教会と関係のある議員は自民党に限らないということも明らかになってきている。
ただし、統一教会は、単なる宗教団体ではない。「カルト集団」だ。被害総額は34年間で1237億円、しかもこれは氷山の一角だと言われ、2009年には霊感商法の「新世」事件で有罪判決も受けている。
今になって噴出している政治と統一教会の関係を裏付けるさまざまな情報を読むにつけ感じるのは、これほどまでに重要な問題がなぜ今まで報じられてこなかったのか、という疑問だ。
先日ある報道番組を見ていたら、ベテランのジャーナリストが「これだけの問題が隠されていたということに、この事件を機に初めて光が当てられたわけです」と言っていた。
諸外国のメディアが「自民党と統一教会の関係は、これまで公然の秘密だった」と指摘しているのに、それに長年食い込めずにきた、あるいは報じることを控えてきた(純粋に知らなかったとしたら、それはそれで問題である)メディア側の人間として、そんな他人事のような言い方でいいのだろうか。
徹底的な弱者を生んでしまう構造
日本は世界的に見ても「治安のいい国」だが、残虐な事件は後を絶たない(写真は2019年7月に放火事件が起きた京都アニメーション。36人が命を奪われ、33人が重軽傷を負った)。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
安倍氏銃撃事件が起きたときに海外のメディアが口をそろえて使ったのは「日本ほどの治安のいい国で」という言葉だった。
例えばCNNは、「2018年、日本では銃による死者はたったの9人。アメリカでは同じ年に3万9740人が銃で亡くなった」「2021年、日本では銃による死者はたった1人だった。年間で合計10件の銃関連の事件があったが、そのうち8件はヤクザがらみのものだった」というように報じている。
- 【CNN】Japan's strict gun laws make shootings rare
- 【CNN】Japan had only one gun-related death reported in 2021
このような報道が無意味だとは言わないが、ポイントはそこではないと思う。このたびの事件を機に、銃をめぐる日本の状況が急に変わることはないと思うし、今回の事件が日本の治安の悪化を示すものだとも思わない。銃規制は今後も厳しく保たれるだろうし、要人の警備もこれを機に見直されることになるだろう。
今回の事件で私が思ったのは別のことだ。たしかに日本では、アメリカのように乱射事件が起きることはない。銃による死傷者も極端に少ない。でもそれは、単に銃の規制が厳しく、入手が極端に難しいからではないか? 言い換えるなら、銃さえ手に入るなら、乱射事件を起こしたい人は実はいくらでもいるのではないか?ということだ。
ガソリンを撒いて火をつける、包丁で無差別に殺傷するといった不条理で残虐な事件は日本でも起きている。これらの犯行に及んだ人々がもし銃を手に入れられたなら、包丁やガソリンではなく銃で人を殺したのではないだろうか? 今回の事件は、ネットで作り方を調べ、自分で作った銃でも人を殺せるということを証明してしまった。そのことの意味は大きいと思う。
また、容疑者の背景が報じられるにつれ強く感じるのは、日本社会が、徹底的に救われない人々、孤立し、社会から見捨てられたと感じ、人生に絶望した人々を生んでしまっており、それこそが検討すべき構造的問題なのではないかということだ。これは、前述の南ドイツ新聞やFTの記事も指摘していたことだ。
今回の事件、大阪ビル放火事件、京アニ事件、相模原障害者施設殺傷事件、秋葉原通り魔事件、最近続いて起きた小田急線・京王線車内での刺傷事件などに共通しているのは、社会のシステムから外されてしまったと感じている人が、理由は何であれ何かを強く恨み、自暴自棄になって凶行に及んだという点だ。これは、アメリカで銃乱射事件を起こす犯人の多くのプロフィールとも重なっている。
システムから取り残されたと感じる人々、孤立した人たちをどう救い上げていくかという問題は、格差や分断が広がるにつれ多くの社会が直面しているものだと思う。その答えがうまく出せないからこそ、アメリカではトランプ大統領が生まれ、2021年1月6日の暴動が起き、乱射事件が続発している。
今回安倍氏を殺害した山上容疑者の母親は、夫が亡くなり、シングルマザーになり、カルトにはまったと言われている。この機会に、統一教会と政治の癒着という膿を出すことと同時に、彼女のような人がカルトにはまらざるを得なかった背景、どのような介入がどの時点であったらこのような結末を防げたのかといったことにも踏み込んで分析する必要があるのではないだろうか。
(文・渡邊裕子)
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパンを設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。株式会社サイボウズ社外取締役。Twitterは YukoWatanabe @ywny