スタートアップ支援を行うケップルが、未上場株のセカンダリー取引に特化したファンドを設立した。かねてよりセカンダリー市場の活性化が課題視されていた日本で、なぜ今なのか?狙いを聞いた。
ターゲットはミドル・レイターステージの未上場株
写真左がケップルの神先孝裕社長、右から2番目が堂前泰志氏。
提供:ケップル
ケップルはスタートアップ投資家向けの情報管理ツール「FUNDBOARD」や株主総会の招集手続きをオンラインで行う「株主総会クラウド」、またスタートアップのデータベース「KEPPLE DB」などを提供している。
同社が100%出資するケップルキャピタルが2022年6月に新たに立ち上げたのが、スタートアップなど未公開株のセカンダリー取引に特化した「Kepple Liquidity 1号Fund」だ。
ファンドは最大で50億円規模を目指し、ファンドレイズの真っ最中。出資するLP投資家(リミテッド・パートナー)は今のところ非公開だが、ファミリーオフィス(特定の資産家の運用・管理会社)などが複数出資しているという。
新ファンドの投資対象は「成長している」「ミドルからレイターステージ」のスタートアップの発行済株式だ。
それらを「VC・CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)」「スタートアップの創業者や創業メンバー」「事業会社」らから買い、IPO(新規株式公開)やM&A(合併・買収)まで保有することで投資回収を見込む。
一体どのようなニーズがあるのか。ケップル社長の神先孝裕氏と、ファンドマネージャーの堂前泰志氏に聞いた。
VCのニーズ:ファンドの償還期限
日本国内スタートアップへの投資を中心に行うファンドの設立動向
出典:INITIAL「Japan Startup Finance 2021」
「我々は2023年をセカンダリーマーケット元年と呼んでいます」
と神先氏は言う。国内スタートアップを投資対象にしたファンドは設立数、投資金額共に2013年から一気に増えている(INITIAL「Japan Startup Finance 2021」より)。ファンドの運用期間は一般的に10年間。つまり来年以降、ファンドに出資したLP投資家にリターンを上乗せして返す必要に迫られるVCが続々と出てくるからだ。
「世界的な不況でIPOを延期するスタートアップが増えています。VCからすれば、投資したスタートアップが上場→株式を売却→現金化→LPにお金を返せると想定していた時期が遅くなる、もしくはできなくなる可能性も出てきたということです。
ファンドの運営や償還期限などを理由に株式を現金化したいとうVCのニーズに、我々なら応えられます。今の市況はセカンダリーマーケットにとっては“追い風”なんです」(神先氏)
CVCのニーズ:遠くのIPOより近くの減損処理
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そんな中、最も引き合いがあり、ケップルが最大のターゲットだと見込むのが大企業などのCVCだ。
オープンイノベーション促進税制(2020年4月〜)などの政府の後押しもあり、スタートアップに出資する大企業は多い。
しかし、CVCの主な目的である既存事業との連携は、そううまくいかない。神先氏によると想定していたような事業シナジーが見込めない中で、出資株式の減損処理を迫られるCVCも少なくないのだという。
さらに昨今の不況で、新規投資予算の獲得が難しいケースも。
「成長していてIPOの可能性が高いスタートアップの株でも、CVCにとっては事業リターンがなければ保有し続ける意義がない。一方でケップルにとっては、経済的リターンが見込める銘柄はぜひ買いたい。不動産の住居用と投資用では需給ギャップがあるのと同じです。
なので我々が現金化し、CVCには新たなオープンイノベーションへの出資予算にしてもらえればと」(神先氏)
スタートアップのニーズ:創業者の現金化と組織の流動性
株の流動性を高めることは、組織の流動性を高めることにもつながる。
GettyImages / Taiyou Nomachi
株の発行体であるスタートアップ側にもニーズは多い。
創業者にとっては子育てなどライフスタイルが変化したり、自らが出資したいと思う起業家の出現などがそのケースだ。
IPOまでの期間が長期化する一方で、未上場時に創業者が自身の株式を譲渡・売却して現金化する機会はほとんどなく、またそれを良しとしない空気もある。そこで創業者の資産形成の手段として、ケップルの新ファンドを利用して欲しいという。
「会社がいくら伸びていても役員報酬には相場があるので、社長だからといって収入がすごく良いわけではありません。『会社の増資の引き受け先はあるのに、自分の株を買ってくれる会社がなくて困っている』という創業者からの相談は複数あります」(神先氏)
共同創業者など創業メンバーが退職する場合に株式を整理するケースもある。理由は仲違いや上場延期などさまざまだ。それらを創業者や創業者が指定する人物や組織が買い取る際、創業者間契約で買取価格は取得した当時の株価と定めている場合が多いと神先氏は指摘するが、
「たとえば『評価額が5億円になっているのに20万円で売るのは受け入れられない』というCXOも。時価の5億円とは言わないけれど、我々だったら5000万円で買い取ることができる」(神先氏)
スタートアップはフェーズによって求められるスキルも異なる。0→1が得意な人が1→10のグロース期にいることは組織、本人双方にとって良くないケースもあるだろう。株式によって組織の新陳代謝が進まないなどということがないようにするためにも、セカンダリー取引が重要なのだ。
すでに1件の取引が成立、その相手は
ケップルが手がける主なサービス。これらを使って投資先支援をしていく。
出典:ケップルHP
アメリカをはじめとした諸外国では、スタートアップなど未上場株のIPOやM&A以外の第三の出口戦略としてセカンダリーマーケットが発展してきた。遅れを取る日本も、その活性化に向け官民上げた議論が進んでいる。
ケップルのセカンダリーファンドでは、すでに1件の取引が成立した。
相手は資金調達を実施したばかりのスタートアップの既存株主だ。会社の業績は好調で2〜3年以内の上場を目指しているが、株式を譲渡したい事情があったという。
「そこで我々がディスカウントしてもらって引き受けました。
スタートアップの投資契約には株式の譲渡制限として『先買権』が入っていることが多い。これは株を売却したい場合にその条件を既存株主に告げて、その条件で欲しい株主がいたら売却を予定していた人や組織、つまり今回の場合はケップルではなく、その既存株主に売らなければならないというものです。
なので付加価値がなければ、セカンダリーファンドを作っても買えない、意味がない」(神先氏)
今回の事例でも既存株主たちが先買権を持っていたが、ケップルが冒頭のような既存事業やそれを通じて得た事業会社とのつながりを元に投資先支援を行うという条件を加味し、取引が成立した。
今回のファンド設立にあたりケップルに参画した、元三菱UFJキャピタルの堂前泰志氏は言う。
「会社は成長していても株を保有し続けられない、売却したいという場面が増えてきたのは、スタートアップへの投資額も参入者も増えてきたからこそです。こうしたニーズが顕在化してきた背景の1つは、間違いなく新興市場の市況の変化です。
でも諸外国を見れば分かるように、たとえ市況が良くても未上場株の流動性を高めることはスタートアップエコシステムにとって重要です。セカンダリー取引をポジティブに思ってもらえるよう、頑張っていきたいですね」(堂前氏)
(文・竹下郁子)