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ウォール街の一流銀行であるゴールドマン・サックスには長年にわたり、期末に成績の悪い者を処分する「戦略的資源評価(SRA:Strategic Resource Assessment)」と呼ばれる評価制度がある。過去の例からいくと、削減人員の割合は5%前後を推移している。
同社の広報担当者に取材すると、2022年のSRAで削減対象となりうる役職数の目標については、まだ決定していないとのことだった。しかし、仮に5%という数字が維持されるとすると、現在の同社の全世界の従業員数約4万7000人のうち、およそ2300人が解雇通知を受け取ることになる。
そこでInsiderは、ゴールドマン・サックスの360度人事評価制度について仔細に取材することにした。同社の360度評価は、解雇決定につながる要因の一つである。この複雑な年次評価がどのように行われるのか、Insiderはニューヨーク本社の現役社員1名と、ウエストストリート200番地の本社で働いていた元社員2名に話を聞いた。
匿名を条件に取材に応じた3人は異口同音に、同制度は自らが会社のカルチャーをどれだけ体現し、リスクに気をつけているか、といった点について同僚からフィードバックを受ける、体力を消耗するストレスに満ちた通過儀礼だと表現した。
いったいどんな仕組みで、水面下で同僚同士どんなやりとりを交わしているのだろうか?
自分を保証してくれる同僚を見つける
年次評価プロセスは通常、9月に始まる。過去1年間の自らの仕事ぶりについて、評価できる人物数人を指名するよう求めるメールが従業員のもとに届くのだ。元社員によれば、以前は最大10人の評価人を選ぶことができたそうだが、同社の広報担当者によれば、現在は8人が上限となっている。
ニューヨーク本社に10年近く勤めた元社員によれば、理想的には、マネージングディレクター、バイスプレジデント、アソシエイトなど、同社のヒエラルキーにまたがるさまざまな役職を評価人に揃えることが望ましい。
この元社員によると、一般的に、同僚に前もって評価の依頼をしておくことが礼儀に適うと捉えられている(ただし、この人物の在職中は必須要件ではなかった)。これには、同僚の評価を事前に聞くことで、低評価を付けられるかもしれないリスクを排除できるという利点もある。
「ある意味、潜入捜査のような形で誰かに近づき、良い評価をしてくれるかどうか尋ねることで、自分に低評価をつけそうな相手をふるい落とすことができます」と、この元社員は話す。
広報担当者によれば、評価担当者が決まっても、上司から変更を提案されることがある。評価の目的はあくまで、有意義なフィードバックができる人を選ぶことだからだ。
また、上司が直属の部下を評価することもある。このプロセスでは360度評価を重視するため、上司の評価に部下が選ばれる可能性もあるのだ。もっとも、上司に対するフィードバックを行うかどうかにかかわらず、直属の部下は全員、それとは別に「上司の有効性評価」に記入することになる、と元社員は話す。
相互評価で尋ねられる質問
評価人は、評価対象である従業員について一連の質問に回答しなければならない。現在のところ、このうち2問は書面での回答が必要であり、現役社員によれば、直近の質問事項はおよそ次のような内容だ。
- この人物が、自らの役職で効率を上げられる一番の強みは何ですか。
- この人物が効率を上げるために検討するべきことを、少なくとも一つ回答してください。
同社の広報担当者によれば、回答は最大500文字とのことだった。
評価人はさらに、さまざまな項目に関して同僚を「期待を超える」「期待通り」「期待を下回る」のいずれかに評価しなければならない。入手したスクリーンショットに基づけば、ここ数年の評価項目は次のようなものである。
- チームワークを促進し、部門を超えて協力するなど、「ワン・ゴールドマン・サックス(One Goldman Sachs)」戦略を推進している。
- 当社の方針、効果的なリスクマネジメント、行動規範を遵守し、当社のレピュテーションを守るべく取り組んでいる。
- リスクおよびその・マネジメントに関する問題に対して、管理側の意見を積極的に求め、これを尊重し、また懸念を高めるなど、適切な感度を示している。
- インクルージョンの推進や当社のコアバリューに沿った行動をとるなど、我が社の企業文化を支えている。
広報担当者によれば、上記カテゴリで「期待を下回る」と評価した評価人は、さらにフィードバックを行ってその根拠を説明する機会が与えられる。
以前は1~10段階で同僚を評価するよう求められていたが、2020年に現在の仕組みに切り替わったという。同社に10年近く勤務した元社員は、数値による評価だった頃は、同僚に7点以下をつけることは死刑宣告とみなされていたとして次のように振り返る。
「7点以下の評価をつけるというのは、その人を見捨てるようなものでした。7点以下をつけるのは、その人を本当にこき下ろしたいときだけでしたね」
ゴールドマン・サックスが2020年に評価制度を刷新した際、同社の広報担当者はInsiderの取材に対し、この「業績管理アプローチの進化」は「透明性のあるコミュニケーション、コーチング、フィードバック」の強化を目的としたものであって、人員削減の新たな根拠づくりのためのものではないと述べていた。
この刷新により、従業員の4分の1は「期待を超える」、3分の2は「期待を満たす」、そして下位10%は「部分的に期待を満たす」と評価される。
また、同社は2021年初頭から、従業員が少なくとも年に3回上司と面談し、業務の進捗状況を話し合う業績チェックを義務付ける方針とした。
同社のプライベートバンキング部門に勤務していたもう1人の元社員によれば、業績不振の従業員は、立ち直るための業績改善計画に割り当てられることもあるという。広報担当者は、期待を満たすことが難しい従業員は、コーチングや追加的支援を受けることが多いと話す。
明け方まで評価を記入することも
元社員の話では、評価には多くの時間がかかり、余分な仕事も発生する。なぜなら、社員は自ら評価担当者を探すと同時に、他者についても多くの評価を記入しなければならないからだ。
プライベートバンク部門にいたこの元従業員も、評価の時間を捻出するために、空が白むまで起きて記入することもざらだったという。ただでさえ仕事が忙しいのに評価のための時間は与えられていないからだと彼女は語る。
10年近く勤務していた元社員もこれに同意し、「会社の時間を使うわけにもいかないし、例えば1日のうち2時間を与えられて『よし、今から人事評価の時間だ』なんていう具合に評価の時間が確保されているわけでもありませんでした」と語る。
ただし、余分な労力がかかるうえに同僚の評価を記入するのは負担だったが、これは同時に自慢の種にもなりうるものだった、と元ベテラン社員は言う。つまり、オフィスの給湯器前で披露できる、一種のステータスシンボルでもあるというわけだ。
「『今夜は25件の評価を書かなきゃならないんだ』なんて言って回る人が絶えませんでしたよ。自分は20件しかなかったりすると、ちょっと負けているような気持ちになったりしてね」
広報担当者によれば、ここ数年でこの評価プロセスは合理化され、従業員は3週間以内にレビューを完了すればよくなったため、多少の余裕はできたという。だが現役社員は、それでもかなりの時間がかかると述べ、今でも「夜中まで評価作業をしている」人もいるようだと語る。
評価の時期はオフィスがピリピリムード
記入の済んだフィードバックが集められた後、従業員と上司との間で非公開の面談を経て評価プロセスは終了となる。関係筋の情報によれば、この面談が行われるのは通常、11月か12月ごろだ。
元社員2人の回想によれば、上司はこの面談で、評価人の氏名を伏せたまま評価内容を直接引用しつつ、特定のフィードバックに言及することもあるという。
ただし関係筋によれば、ボーナス報酬に関する重要な話し合いはこれとは別に設けられ、支給前の1月に行われることが多い。外は冬でも、ボーナスの数字について折り合いがつかなければ面談の室内のヒートアップすることが多いという。元プライベートバンク社員はこう振り返る。
「ある年なんか、みんなが部屋から飛び出していきましたよ。上司に『くそったれ!』と言い捨てて出ていった同僚の話も聞いたことがあります」
ゴールドマン・サックスに10年近く勤めた元社員は、この手続きは「非常に緊迫したもの」だったと振り返り、感情が高ぶることもあったと語る。
「結局いつも、数字がものを言うんです。評価の時期、特に代替休暇の時期は雰囲気が悪くなりますね。この時期はオフィスがピリピリしていました」
羽振りのいい給料日が例年より減ることが予想される今年は、こうしたピリピリムードが続きそうだ。
※この記事は2022年8月12日初出です。