コロナ禍で広まったリモートワークから一転、出社を命じる企業が増えている。だが会社の指示に従わずリモートワークを頑なに続ける従業員は半数近くにのぼる。
Alyssa Powell/Insider
ビジネスアナリストのベン(仮名、36)は、カリフォルニアのある銀行に勤務している。
ベンのように在宅勤務を続ける従業員に対し、会社は職場に出社するようにと7カ月前から通達を出しているが、ベンは出社命令に静かに抵抗している。週に3回以上の出社が求められているものの、月に1回程度しか出社していないのだ。
報復を恐れて仮名で取材に応じたベンは、「出社しようと思ったことは一度もありません。通勤が嫌だし、自宅の方が仕事がはかどるんです。管理の行き届いた環境のほうが集中できますから」と話す。
コロナ禍となってから2年が経過するなか、アメリカの企業の多くは従業員に2つの選択肢を提示してきた。パーティションで仕切られた職場のオフィスに戻るか、仕事を辞めるか、だ。
多くの社員が前者を選択した。だが、「大退職時代」の流れに乗って後者を選んだ者も少なくない。しかし、ベンは第三の道を行くことにした。出社勤務命令を拒んでなんとか逃げおおせる、という道だ。
違反してもお咎めなし
リスクはあるものの、出社命令に従わない従業員は意外に多い。
3つの大学の経済学者が実施した在宅勤務に関する全国調査の結果によると、週5日の出社勤務を義務づけている企業において、実際に出社勤務している社員の割合は49%以下だ。つまり、半数以上の社員が出社命令に従っていないことになる。
週に数日しか出勤を義務づけていない企業であっても、19%というそれなりの割合の従業員が、本来求められている出社勤務をしていないことが分かった。つまり、おとなしく出勤するお人好しな社員4人に対し、ベンのように上司を鼻であしらう社員が1人いる割合だ。
スタンフォード大学の経済学部教授で、この調査の共同実施者であるニコラス・ブルーム(Nicholas Bloom)は、出社を拒否している人が多く存在している点を指摘し、「出社勤務の会社の方針を実践しなければならない中間管理職が問題を抱えるようになっています」と言う。
さらに驚くのは、企業はだいたいの場合において、出社命令の違反者を見逃していることだ。
先の調査で最も多く報告されたのは、出社勤務を拒否する従業員に対して会社側は「何の措置もとらなかった」というものだ。出勤命令を拒否した社員が解雇されるのを見たと回答したのはわずか12%だった。
ベンいわく、上司はベンが指示通りに出社しないことを気にかけず、会社の方針を破ることを黙認していると言う。在宅勤務をめぐる争いが過熱するなか、「大退職(Great Resignation)」は「大抵抗(Great Resistance)」という戦い方に変化しつつある。
オフィスで働く専門職は会社側のハッタリに対抗しようとしている。会社は「出社は従業員の義務」と言ってはいるが実際にはそこまで必須ではない、と従業員たちは気づきつつある。
厳しくできない会社側の事情
では、なぜ会社側は職場の出社拒否者を厳しく取り締まらないのだろうか。
訴訟を恐れているわけではない。障がい者などの例外を除けば、企業は基本的に従業員に出社勤務を要求することはできる。迷いの原因は、現在の雇用市場の現実と、出社勤務反対運動の高まりにあるのだ。
法律事務所セイファース・ショー(Seyfarth Shaw)の弁護士、アン・マリー・ザレテル(Ann Marie Zaletel)はこう話す。
「労働市場が厳しいなか、雇用主は優秀な人材を失うわけにはいきません。従業員の半分を解雇できるような状況にはないんです」
雇用主は、規則違反者をちょっと咎めるだけでも従業員を怒らせ、転職されてしまうのではと懸念している。今回の調査で、従業員たちが減給(17%)、口頭での叱責(19%)、業績評価への悪影響(14%)といった憂き目にほとんど遭っていないのはそういうわけだ(下図)。
2021年夏、スタンレーの勤務先は従業員全員に対して週4日の出社を求めた。スタンレーは最初の数週間はそれに従ったものの、やがて「『こんなのバカげてる』と思うようになった」という。出社することに意味はない、職場に行くほうが生産性が下がると感じたスタンレーは、同じように疑問視していた同僚と共に、何も言わずに出社を拒否するようになった。
これに気づいた上司がスタンレーに出社を命じ、さらに上の役職の管理職らも毎週のように彼を叱責するようになった。スタンレーはほとほと嫌気が差したものの、会社側の対応はあくまでも叱責のみ、つまり「脅し」にとどまった。
「誰も解雇されなかったし、業績改善計画を書かされることもナシ。会社は何もしませんでした。ただそこらへんのものを蹴ったり叫んだりして会社の指示に従えと言っていただけで、いざとなるとゴリ押しすることはできなかったんです」(スタンレー)
スタンレーはこの状況に1年間耐えたが、いよいよ叱責に嫌気が差したため、在宅勤務OKの企業の面接を受けることにした。転職先はすぐに見つかった。同僚の多くもそうだった。15人ほどいた彼のチームは、今では3人になってしまった。「残った人がどれだけ業務を押し付けられているのか……想像もつきません」と彼は言う。
ハッピーアワー、無料ランチ、コンサート
大量に離職されるリスクを恐れて、多くの企業はよりソフトなアプローチをとっている。例えば「社員が直接顔を合わせることで、仕事を教わる機会が増えたり、コラボレーションやクリエイティビティを高めたりできる」などと説明して、説得を試みている企業もある。
ハッピーアワーや無料ランチなどの社内特典を提供する企業もあるし、グーグルなどは退勤後に歌手のリゾを招いてプライベートコンサートを開催したりしている。前出のザレテル弁護士は、企業側は「ムチだけでなく、アメも使っている」と指摘する。
職場を楽しめる場所にしようというこの手の戦術は、ザレテルのクライアント企業からは「ある程度の効果」が報告されている。しかし、食事やアルコール類の無料提供は、通勤や育児の負担に直面している出社拒否従業員の心を動かすにはさしたる効果がないかもしれない(グーグルのリゾのコンサートでも、参加した従業員の一人は「これはプロパガンダだ!」と叫んでいた)。
確かに出社を望む社員も多くいる一方で、スタンレーやベンのように、在宅勤務の権利を守りたいと思うあまり解雇を覚悟で行動する従業員も多い。2021年、ブルーム教授と共著者は当時在宅勤務をしていたアメリカ人に対し、「もしフルタイムで職場に出社するよう求められたらどうしますか」と尋ねたところ、回答者の42%が、その場で辞めるか、在宅勤務が可能な新しい職場を探すと答えたそうだ。
強硬策をとれば離職者が続出するおそれがあるものの、社員が会社の方針に著しく違反しているのに見て見ぬふりをするのも考えものだ。「それでは経営陣が弱腰に見えてしまう」とブルーム教授は指摘する。
では、このような負け戦のシナリオに直面したとき、企業はどうすればよいのだろうか。年配経営陣は「最近の若い者は……」と嘆くところだが、それよりも会社の方針自体に疑問を持つのが先だろう。
「従業員の半数が出社を拒否しているなら、何か問題があるはずです。従業員に必要以上の出社勤務を要求しているんですよ」とブルームは指摘する。こうした規則は、「最初から問題がある」ことが多いという。CEOが、ニーズに合わない強引な出社勤務方針を打ち出していることが考えられる。
企業はいずれ強硬策に打って出る
ブルーム教授は社名こそ挙げなかったものの、厳しい出社方針を出している企業ほど、リモートワークという考え方そのものを嫌う経営者が率いているものだ。
最たる例がテスラ(Tesla)やスペースX(SpaceX)などだ。CEOのイーロン・マスクは「リモートワークを希望する者は、週に最低40時間は職場で働かなければならない。そうでなければ会社はその従業員は辞職したと見なす」と通達を出し、リモートワークをする従業員たちを解雇すると脅している。
マスクはTwitter上で、オフィスに出社することを時代遅れの概念だと考える人たちのことをどう思うかと問われ、「そういう人間は出社せずに働いているフリをしてるんだろう」と返している。
Insiderが以前報じたように、ウォール街の大手銀行では、IDカードのタッチ記録を追跡して出社状況を確認するようになった。
JPモルガンのジェイミー・ダイモン(Jamie Dimon)CEOは、リモートワークは「頑張りたい人にはうまくいかない」と発言しており、IDカードの勤怠データは出社勤務状況の管理簿作成に利用されている。管理職はその出社勤務データをもとに、社員に出社勤務のノルマを課し、出勤率の低い社員を取り締まる。
ゴールドマン・サックスのデビッド・ソロモン(David Solomon)CEOも、「(在宅勤務は)異常事態であり、できるだけ早く是正するつもりだ」と述べており、出社命令に従わない社員は叱責を受けると警告している。同社では午前10時までに出社しない場合、欠勤扱いになる。
今のところ、ここまで厳しく出社勤務違反者を取り締まろうとする企業は少ない。しかし、もし今後不況に見舞われて求人が減れば、企業側は社員に転職されることをそれほど懸念しなくなるだろう。そして、今後「出社勤務」を前提とする企業が増えれば、このような強硬手段が次第に標準となる可能性もある。
前出のザレテルによれば、まだ人材獲得競争が熾烈な今は、社員に解雇をチラつかせて競合他社に優秀な人材を奪われる危険を冒したくないと多くの企業が思っている。
今のところ、アメリカでは出社勤務を嫌う専門職の人たちが、企業が好まない在宅勤務の自由と柔軟性を享受している。その多くは、この「大抵抗」運動によってうまくやれる限り、その甘い汁を吸ってやろうという腹積もりだ。
出社義務化から1年にわたって抵抗してきたスタンレーに、あなたの後に続こうという人へ何かアドバイスはないかと聞くと、テクニカルライターというより反乱軍の軍師のような答えが返ってきた。
「一番お勧めしたいのは、新しい仕事が決まるまで乗り切れる預金であれ、条件付きの仕事のオファーであれ、バックアッププランを用意しておくこと。時には大丈夫だと信じてやってみることが大切です。そうすれば、自分の価値観は何なのか、それを守るためにはどうすべきかが見えてきますから」
[原文:Employees are defying orders to return to the office — and they're getting away with it]
(編集・常盤亜由子)