アップルのプライバシーポリシー変更が大きく影響してメタの直近の四半期決算は初の減収。ティム・クック(右)は「メタを狙い撃ちしているのでは」の憶測を否定するが……。
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アップルのティム・クックCEOが、公の場でFacebookやその運営会社であるメタについて語ることはほとんどない。しかし彼がシリコンバレーのライバル、マーク・ザッカーバーグを遠回しに非難するときは、誰もがそうとすぐに分かる。
クックは2018年にニュース専門チャンネルMSNBCに出演した際、「実を言うと、顧客を収益化していれば、つまり顧客を製品扱いしていれば、当社は大金を手にすることもできました。しかしその選択はしませんでした」と語った。
また、Facebookの個人情報がケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)に不正利用された問題について、あなたならどう対処していましたかと問われたクックは「私ならこのような事態を引き起こさない」と答えている。
同じ話題を別のインタビューで振られた際には、「状況は大変差し迫っており、非常に大きくなっている。おそらく何らかの、よく練られた規制が必要だと思う」と述べている。
かくしてアップルは、自らの手で規制を行うことにした。
アップルは2021年、「アプリのトラッキングの透明性(ATT:App Tracking Transparency)」を更新し、開発者がトラッキングを行う前にユーザーの許可を得ることを義務づけたのだ。
この変更はモバイル広告業界に激震を起こした。ほとんどのユーザーがトラッキングを拒否したため、広告主は広告のターゲットを正確に絞り込み、効果を測定することが難しくなってしまった。
メタの第2四半期は初の減収
メタは7月27日、2022年第2四半期の収益が前年同期比で初めて減少したと発表した。決算説明にあたった経営陣は、主な要因はマクロ経済の変化だと説明したが、同社のCFO(最高財務責任者)であるデイブ・ヴェーナー(Dave Wehner)は「アップルのiOSがもたらした課題」についても言及した。
過去数年、メタの収益はデータドリブンな広告ビジネスと本質的に結びついて爆発的な成長を遂げてきた。そのため、アップルのATT変更によって受けた打撃は他社以上に大きい。
メタは2022年2月の時点で、アップルの新ポリシーにより広告事業が100億ドル(約1兆3600億円)ほど減収する見通しだと発表している。データ管理企業ロタメ(Lotame)の推計によると、アップルの変更によりメタの年間収益は2022年に128億ドル(約1兆7000億円、1ドル=136円換算)減少する見通しだ。
メタの内部関係者の中には、これが単なる偶然ではないと考える者もいる。メタの元幹部は次のように明かす。
「Facebook社内の思惑と私が業界関係者から聞いたことを総合すると、アップルはプライバシーポリシーの変更で、特にFacebookを狙い撃ちにしたようです。
当初は『プライバシーの保護』を謳ったPRとして始まったものでした。しかしやってみると消費者に大受けすることが分かった。これなら楽勝で、自社ブランドを強化し、Facebookの成長を妨げられますから」
メタの広告事業が低迷するのを尻目に、アップルの広告部門は(元がはるかに小さいとはいえ)成長を続けている。調査会社オムディア(Omdia)の主席アナリスト、マシュー・バイリー(Matthew Bailey)は、アップルの検索広告事業は2020年から2021年の間に238%成長して、37億ドル(約5000億円)になると推定している。
バンク・オブ・アメリカ・グローバル・リサーチのアナリスト、ワムシー・モーハン(Wamsi Mohan)は7月、アップルの広告事業について、App Store内での広告配信を同社のプロダクト・サービス全体に拡大すれば、広告収入は2022年の推定53億ドル(約7200億円)から、2026年には200億ドル(約2兆7200億円)に成長できると予測した。
アップルの元社員で、現在も同社の広告チームとコンタクトをとっているという人物は、「まさにロケットのような飛躍。アップルの人々は心を躍らせているでしょうね。利益率は完全に桁外れですから」と話す。
なお、この件に関してアップルとメタの広報担当者に問い合わせたが、コメントは得られなかった。
新たな広告インフラの開発を急ぐメタ
テクノロジー関連ニュースサイト「インフォメーション(The Information)」によると、アップルのATTの構想は2019年頃から首脳陣の間で話し合われていた。
その狙いは、アップルの広告ID「Identifier for Advertisers(IDFA)」を悪用し、ユーザーのプロフィールを無断でデータブローカーに売るような企業を取り締まるための、技術的な解決策を編み出すことだったという。
一方、アップルのATT発表に先立つ数年間、メタの社内では広告事業の要であるデータシグナルの将来性が不透明だという議論が非公式に交わされていた。しかし、潜在的な規制の影響を緩和するソリューションに多額の投資をすることには抵抗があった、と別の元メタ社員は言う。アップルをはじめとするプラットフォームがいつ何らかの変更を行うかについて、ロードマップを示していなかったためだという。以下はその元メタ社員の証言だ。
「通常、既存のシステムに並立する代替ソリューションを開発するために、コストが高くつく大がかりな技術リソースを割くことはありません。仮に開発したとしても、既存のシステムより当然劣ったものになるでしょう。
アップルやグーグルが何の変更も行わなかったらそのソリューションはあっという間にお払い箱になって、カビの生えた遺物しか手元に残りませんからね」
アップルのプライバシーポリシー変更により、開発者はトラッキングを行う前にユーザーの許可を得なければならなくなった。
Apple
アップルがATTを発表したのは2020年6月のWWDC(世界開発者会議)でのことだ。この発表は波紋を広げたが、メタは投資家や広告主に対して、事態の収拾はついていると請け合った。
メタのヴェーナーCFOは、7月に行った四半期決算説明会で、自社事業への影響は「コントロール可能」であり、広告主がこの変化に対応できるようにターゲティング効果測定が可能なプロダクトを開発中だと述べた。
同月のインタビューでザッカーバーグは、アップルがポリシー変更を行った後は、「メタの立場が強くなる可能性すらあると思う」と述べている。
メタの経営陣は、自社サービスは中小企業のためにあるとするキャンペーンを始め、複数の全国紙に広告を打って「私たちは、あらゆる地域の中小企業のためにアップルに立ち向かいます」と宣言した。
Facebookのプライバシー・公共政策担当ディレクター、スティーブ・サターフィールド(Steve Satterfield)は、Insiderが2020年12月に行った取材に対し、「これはプライバシーの問題ではないと思う」と語っている。
ユーザーに許可を求めるプロンプトは、ユーザーのオプトアウト(広告の拒否)を促す。「こうすることで、アップルは自社の収益に有利なビジネスモデル、つまりサブスクリプションやアプリ内課金に依存するビジネスモデルへとユーザーや企業を押しやろうとしている」というのがサターフィールドの見方だ。
「メタを標的にした」との指摘をクックは否定
アップルのクックは2021年にニューヨーク・タイムズの取材に応じ、「Facebookは重視していない」し、プライバシーポリシーの変更は「企業を狙ったものではなく、一定の原則に沿ったもの」と発言している。
メタが「アップルに立ち向かう」キャンペーンを張った際、クックは、iOSユーザーが許可を出す限りメタはこれまでと同じようにユーザーを追跡できるとツイートしている(モバイル分析会社Flurryによると、2022年5月時点でトラッキングをオプトインしているアプリユーザーは全体のわずか25%)。
「我々は、ユーザーが、自分自身について収集されるデータとその使用方法について選択権を持つべきだと考えている。Facebookはこれまで通り、アプリやウェブサイトでユーザーを追跡することができる。iOS14のATTでは、最初にユーザーの許可を求めることを義務づけているだけだ」
その陰で、メタは新たな広告インフラ構築のための開発を急いでいる。広告主に対しては、広告ソフトウェアをよりプライバシーに配慮したものへと再構築すべく複数年に及ぶ取り組みに着手したため混乱が予想される、と注意を促している。実際、一部の広告バイヤーからは、ここ数カ月Facebookの広告プラットフォームでバグが多発していて不安定な状態だという声が上がっている。
もちろん、アップルによるプライバシーポリシーの変更に悩まされているのはメタだけではない。Snapとグーグル傘下のYouTubeはどちらも、直近の四半期決算でATTを「逆風」と呼んでいる。
広告市場をめぐる競争はかつてなく熾烈を極めており、TikTok、リテールメディア業者、ストリーミングテレビのプラットフォームなどの新規参入者がマーケティング部門の予算を奪い合っている。
加えて目下、メタもそのライバル企業も不安定なマクロ経済環境とサプライチェーンの制約に見舞われており、一部の広告主はマーケティング支出を一時的に止めている。今はグーグルほどの企業でさえ、2021年のパンデミック真っ只中の頃と比べれば厳しい状況にあるのだ。
メタの広告事業はさらなる打撃も
広告業界の内部関係者やオブザーバーの中には、こんな可能性を指摘する者もいる。いわく、アップルはiOSのプライバシー管理機能をいっそう強化し、プライバシー保護を念頭に置いた、検索広告とは一線を画す独自の広告事業に投資を強化するのではないか。そうすることで、メタの広告事業にさらなるダメージを与えるのではないか、と。
アレイト・リサーチ(Arete Research)のアナリストは、6月の覚書で次のように記している。
「当社の見解では、アップルはモバイル広告技術に関して着実な戦略を展開することにより、グーグルのAdMobと同様、パブリッシャーと広告主を結ぶモバイルSSP(サプライサイド・プラットフォーム:広告運用ツール)および広告ネットワークに取って代わる準備を整えている」
アップルのApp Store内では検索タブに広告が表示される。
Insider Screenshot
アップルのプライバシー変更がもたらす実際の影響、あるいは認識されている影響が明らかになるにつれて、ATTは規制当局の監視の目を引く可能性がある。
すでにドイツとポーランドの規制当局は、アップルが自社のアプリや広告サービスに対しより制約の少ないトラッキングルールを適用することで「自己優遇」を行っていないか調査を進めている。
フランスの公正競争当局は2021年、この機能自体が反競争的であるとは認めなかったため、公開を延期する「暫定措置」の適用は見送ったものの、調査は継続するとしている。
競争上の公正性に関する懸念に先手を打とうとしたのか、アップルは最近、コロンビア・ビジネススクール(Columbia Business School)のキンシュク・ジェラス(Kinshuk Jerath)教授に出資して執筆を依頼したホワイトペーパーを出版した。
この白書では、ATTの結果、メタなどの企業からアップルに数十億ドルの広告費が流入したという主張を「憶測にすぎない」としている。
また、アップルが新たに立ち上げた検索広告事業が2021年に成長したのはATTとは無関係だと結論づけており、その要因として、中国への進出や、金融およびスポーツベッティング関連のアプリ開発者からの支出増を挙げている。
一方、アップル社内では広告部門の重要性が高まっているようだ。Insiderは5月、アップルの広告部門で長年バイスプレジデントを務めてきたトッド・テレジ(Todd Teresi)が年明けにひそかに昇進し、現在は760億ドル(約10兆3300億円)規模にのぼるサービス事業のシニアバイスプレジデントを務めるエディ・キュー(Eddy Cue)の指揮下に入ったことを報じている。
ではメタはどうか。テクノロジー関連ニュースサイト「ザ・ヴァージ(The Verge)」によれば、メタはザッカーバーグがアップルをライバル視するもう一つの分野、メタバースの構想を中心に事業再編を進めているという。
また、主要アプリのデザインを、TikTokのスクロール可能な動画フィードに似せて更新する予定だとも言われている。
メタの経営陣は社員に対し、業績への期待水準を大幅に高め、それに満たない者は「異動」させると檄を飛ばした。メタの従業員は人員削減を恐れているほか、アナリストは同社の株価見通しを弱めている。
「今回の件は、Facebookに打撃を加えようという競争的な動機が働いたと見ています」と話すのは、モバイル広告コンサルタントであり、モバイルマーケティング関連ブログMobDevMemoも運営するエリック・スーファート(Eric Seufert)だ。
「アップルは、自社のスマホのハードウェア価格に上乗せされるプレミアムを維持するために、ユーザーがスマホ上でコンテンツにアクセスする方法を制御する必要があります。
アップルがApp Storeの規約を通してデベロッパーに力を行使できなければどうなるか。あらゆるコンテンツがApp Storeの外でストリーミング配信され、App Storeを通じてアプリが配布・ダウンロードされることがなくなってしまいます。そうなれば、アップルのハードウェアはコモディティ化してしまうでしょう」(スーファート)
[原文:Tim Cook has been taking shots at Mark Zuckerberg for years. It's working.]
(編集・常盤亜由子)