撮影 / MASHING UP
宮城県気仙沼市。世界有数の漁港で知られるこの港町が、東日本大震災で津波による被害を受けてから、丸11年が経つ。震災後、ボランティアとして通うなかでこの町に惚れ込み、移住してビジネスを興した若者がいる。amu代表の加藤広大さん(25)だ。
神奈川県小田原市で生まれ育った加藤さんと気仙沼との出合いは、2015年8月。大学1年生の夏に、ワークキャンプのボランティアとして気仙沼の唐桑半島を訪れた。全国から集まった学生ボランティアや地元の若者と10日間の共同生活を送り、コミュニティ運営などを企画しては、形にする日々。夢中になり、長期休みのたびに唐桑半島に通った。いつしか、いずれは自分で事業をしたいという気持ちが胸の中で芽生えていた。
大学を3年生の冬に中退後、もともとインターンをしていた渋谷のメガベンチャーに入社し、営業や番組プロデュース業務に従事。社会人としての経験を2年半積んだのち、2019年6月、22歳で気仙沼に移住した。具体的なビジネスプランは持ち合わせていなかったが、「誰も可能性を見出し切れていない気仙沼で、一旗あげるぞ」と野望は人一倍大きかった。
大学2年次、気仙沼・唐桑半島でのワークキャンプで、休憩所として利用できる東屋を建設。「皆で汗を流した結果、地元の人に喜んでもらえ、かなりの達成感がありました」と加藤さん。
提供/加藤さん
世界中の課題を解決するポテンシャルを感じて
ビジネスの鍵となる「気仙沼の武器」を探すなかで、出合ったのが漁網だ。町の基幹産業である漁業と漁網は、切っても切れない関係。1回の遠洋マグロ漁で使われる漁網は100〜500kgほど。3〜4回の利用で摩耗した漁網は、従来、海外販売、産廃業者による埋め立てや焼却といった方法で処理されるが、廃棄料の高さなどから、浜に放置されたり海に投棄されたりする例も少なくないと知った。
海に投棄された漁網は「ゴーストネット」と呼ばれ、クジラ、イルカ、アザラシといった海洋生物の命を奪うなど、世界中で深刻な環境問題となっている。また環境省の調査によれば、漁網は日本の漂着ゴミの3割を占める。にもかかわらず、魚網が自然分解するために要する時間は推定600年。この漁網に、新たな命を吹き込み、資源として生まれ変わらせることはできないか。
「世界中の課題を解決するポテンシャルが、漁網には眠っているのかもしれない、と思いました。世界有数の漁師町として栄えてきた気仙沼だからこそ、この問題に声をあげる意味がある。このプロジェクトによって、気仙沼から色々な地域や人々とつながれたら、そんな楽しいことはない、と」(加藤さん)
世界有数の港町である気仙沼の港。カツオ、サンマ、メカジキ、サメなどは全国屈指の水揚げを誇る。『海と共に生きる』が街のスローガンだ。
撮影/MASHING UP
さっそく協力者探しが始まった。学生時代からお世話になっていた旅館の女将に相談すると、翌日マグロ組合の組合長を紹介してくれ、さらに組合長の紹介で、網元、漁労長、船長へ。「あの人がやるなら、うちの船も協力するよ」そんな共感の声が、人づてに少しずつ増えていった。
2021年9月、加藤さんはamuを設立。
「amuという名は『編む』から来ています。地域に古くからあるけれど、誰も可能性を見出し切れていないものを、編集・編纂・編成して魅力を引き出し、広く世に届ける。そんな思いを込めました」(加藤さん)
漁網をナイロンに再資源化する取り組みは、回収コストが高く、リサイクル技術が確率されていないため、これまでは誰も手をつけてこなかった。
ナイロンの漁網をリサイクルしたペレット。これがナイロンの布の原料となる。加藤さんは、遠洋延縄(はえなわ)漁法で使われるナイロンテグスに限定し、回収と再資源化を進めている。
提供/加藤さん
全国を探し、日本で唯一、漁網のリサイクルを手がける縫製工場を愛知県一宮市に見つけた。2022年2月、数カ月かけて回収した10トントラック1台分のナイロンテグスの漁網を、「第1便」として工場に送り届けた。まもなく、ジャケットとリュックのサンプルが上がってくる。
「ホッとするとともに、回収や資金調達の苦労を思い出し、『こりゃ誰もやらないわけだ』と痛感しました。これからいかにしっかりしたビジネスモデルを構築し、サステナブルな事業にしていくか。次の課題が見えて、気が引き締まる思いがしました」(加藤さん)
共同体としての一体感と、懐の深さ
必死で事業を回すなかで、改めて気仙沼の良さや、町の人の温かさにも触れた。
「気仙沼は、漁業が町の中心にあって、皆で旬の魚の水揚げを楽しみにするなど、共同体としての一体感がある町。決して誰かの一人勝ちでなく、皆で助け合おうという懐の深さがある。私の事業の話をどこからか聞きつけて、魚網をいっぱいにつめたスーパーの袋を3袋抱えて持ってきてくれる漁師さんもいました」(加藤さん)
「気仙沼は漁業を中心に、共同体としての一体感がある町」と加藤さん。漁船の出港を見守る町の人々。
提供/加藤さん
「これからさまざまな人や企業、自治体などと協力して、全国的に回収システムを広げていきたい」と加藤さん。そのためのリソースはまだまだ足りておらず、「協力してくれる人や企業、自治体を絶賛募集中」というが、すでに行政や地方企業から声がかかり、遠く沖縄・石垣島や青森でも漁網の回収がスタートした。気仙沼から全国へ、そして世界へ。加藤さんの夢は広がりはじめている。
MASHING UPより転載(2022年3月11日公開)
(取材・文:中村茉莉花【MASHING UP編集部】)