米電子医療記録大手サーナー(Cerner)を買収、「医療革命」をぶち上げた米ソフトウェア大手オラクル(Oracle)が深刻なトラブルに巻き込まれている模様だ。
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2022年6月、米ソフトウェア大手オラクル(Oracle)の共同創業者で会長兼最高技術責任者(CTO)のラリー・エリソンは、アメリカの医療改革に取り組むことを高らかに宣言した偉大なビリオネア(保有資産10億ドル以上)の仲間入りを果たした。
先にその高邁な理想を掲げたビリオネアとは、2018年1月に共同出資で新会社ヘイブン(Haven)を立ち上げた著名投資家のウォーレン・バフェットとアマゾン(Amazon)最高経営責任者(CEO、当時)のジェフ・ベゾスだ(2021年2月に事業終了を発表)。
エリソン率いるオラクルは、医療情報技術大手サーナー(Cerner)をおよそ283億ドル(約3兆8200億円)で買収し、ヘルスケア分野のポートフォリオを劇的に強化することに成功した。
エリソンは買収交渉が最終合意に至った直後、サーナーと協力してオラクルのクラウド上に「革命的な」医療情報システムを構築し、医療機関や公衆衛生当局が組織の枠組みにとらわれず患者データにアクセスできる仕組みを新たに創出するという壮大なビジョンを提示した。
この構想は、血液型の記録すら確認できない患者が救急救命室(ER)にいきなり運ばれてくるような現状からすると、夢のようなストーリーと言っていいだろう。
「私たちはこの問題を解決するつもりです」
エリソンは同社主催のイベントでそう決意を語っている。
市場規模4兆1000億ドル(約553兆5000億円)——別の表現をすれば、国民1人あたり年間支出額1万2530ドル(約169万円)が流れ込むアメリカの医療業界は、他セクターの変革に貢献し、さらなる成長の道筋を探す巨大企業にとって魅力的なターゲットだ。
折しも、アマゾンは7月21日にプライマリ・ケア(初期診療)サービスを展開するワン・メディカル(One Medical)を39億ドル(約5300億円)で買収すると発表。専門家は同社の動きについて、ヘルスケア版アマゾンプライムのようなサービスを構築するのが狙いと分析している。
ただし、巨大テック企業によるヘルスケア分野進出の動きは、ここ数年間で幾度もの方針転換や挫折が繰り返されたことで、多少勢いがしぼんだようにも見える。
サーナーは2021年8月、グーグル(Google)のヘルスケア事業における最重要人物とされたデイビッド・ファインバーグ博士をトップに迎え入れた。2019年に「グーグルヘルス(Google Health)」ブランドを立ち上げたグーグルは、わずか3年で事業停止と組織解体を決断したことになる。
そうした経緯を踏まえてサーナー巨額買収に動いただけあって、オラクルはヘルスケア分野の新参者というわけではない。
ウェブサイトを見ると、セネガル保健省やイギリスの国民保健医療サービス(NHS)、米民間健康保険大手ヒューマナ(Humana)などのビッグネームが協業パートナーとして紹介されている。
それでも、医療情報を共有する技術インフラの欠如という巨大な問題を解決するのはどう考えても至難の業であり、エリソンが「革命的な医療情報システムの構築」とぶち上げた約束を履行するのは、おそらく相当に困難と思われる。
最初にして最高の「公的な」難題
最も注目される試金石と言えるのは、米退役軍人省と進める難解きわまりないプロジェクトをいかにうまく着地まで持っていけるか、だ。
退役軍人省は、その名称からは(外国人には)想像がつかないものの、全米最大の医療システムだ。1200以上の医療機関において、年間900万人以上の退役軍人向けケアを提供する。
同省は2018年にサーナーと契約を締結し、およそ40年前の1970年代後半までさかのぼる電子カルテ(VistA)のリプレースに着手。米上院退役軍人委員会によれば、サーナーは2022年4月時点で同プロジェクトから約28億ドル(約3800億円)を受けとっている。
ただ、サーナーの技術導入・展開は遅延に加え、技術的問題を抱えており、退役軍人省にとって大きな悩みの種となっている。
同省はサーナーに支払うリプレース費用として当初100億ドルの予算を確保していたが、コスト見積もりはその額をはるかに超えてふくれ上がった。
米上院はこのプロジェクトの透明性向上を図るため監視を強化する超党派法案を可決、6月後半にはバイデン大統領の署名を経て成立した。
米上院退役軍人委員会(前出)の委員長を務めるジョン・テスター議員は7月20日開催の公聴会で、米国防分析研究所(Institute for Defense Analyses)が発表予定の研究結果を引用し、医療システムの展開・維持などを含むライフタイムコストが28年間で508億ドル(約6兆8600億円)におよぶと述べている。
同公聴会では、サーナーを買収したオラクルが初めて出席、退役軍人省との契約について証言を行った(出席者はエグゼクティブバイスプレジデントのマイク・シシリア)。
オラクルが退役軍人省の確保した予算100億ドルをどこまで使ってシステム修正とアップグレードを実施するのか、オラクルがどの程度コストを負担するのかは明らかになっていない。
テスター上院議員は公聴会の最後にこう発言している。
「現時点で、新たな電子カルテ(システム)の導入は完了していません。オラクルによるサーナー買収が一種のゲームチェンジャーになることを心底期待しています」
患者への悪影響、シャットダウン、不具合…
オラクルは自社のクラウドリソースを駆使した医療情報フローの改善を目指している。各医療機関が保有する大量の個人データの「上に」一元化された国の医療記録データベースを構築する計画という。
オラクルはまた、音声による検索などを追加導入して電子カルテの有用性を向上させる取り組みも検討している模様だ。
(サーナーとの契約前の)2018年以前から、退役軍人省はオラクルのエリソン会長が(サーナー買収後に)解決したいと語ったのと同じ問題を、ある程度まで認識していた。
国防総省は兵士たちの退役までの医療(ケア)を提供し、その後を退役軍人省が引き継ぐ仕組みになっている。退役軍人省がシステムアップグレードを企図した目的の一つは、医療機関が現役退役を問わず患者の医療記録をデジタル閲覧できる手段を提供することだった。
ところが、退役軍人省の当局者によれば、サーナーによる新たなシステム導入が遅延するにつれ、とりわけこの目的の達成は苦しくなっていったという。
退役軍人省のチェック機能(内部統制)を担う監察総監室(Office of Inspector General)も指をくわえて眺めていたわけではなく、複数の問題点に関して10件以上の報告書を作成し、60件以上の修正勧告を出してきた。その一部はもう2年も前のもので、いまだになんの対応もなされておらず、議論に加わった議員たちをいら立たせている。
サーナーのシステムが導入の過程でクラッシュを起こし、それに伴いリプレースに大幅な遅延が発生したことで、退役軍人省の職員たちは業務遂行ツールを昔ながらのペンと紙に切り替えざるを得なくなった。
各医療機関や医師たちはサーナーの新システムの使い方を習得するのに四苦八苦し、結果的に退役軍人省はシステム研修を手厚くする追加的対応を迫られた。
また、ワシントン州スポケーンでは、サーナーの電子カルテが想定外の挙動を示し、医師の指示が患者以外の不明な宛先に送信され、ケアの遅れにつながったケースも確認された。
監察総監室の報告書では、ホームレスの患者にフォローアップ診療の予約を入れるよう求めた精神科医の指示が不明なキューに紛れ込んで送信待ちのまま放置されたケースも紹介されている。
なお、上記の患者は自殺のおそれがあると診断されており、システムトラブルでフォローアップ診療を受けられなかったために、その後(カミソリを手に)相談窓口に電話して自殺計画をほのめかしたという。最終的に患者は精神科病院に入院する結果となった。
サーナーの電子カルテシステムが退役軍人省の医療施設に導入された第1号案件は2020年10月。その後さらに4施設に導入されたが、一連の問題を調査するため、2022年中は追加導入が保留されている。
退役軍人省で医療記録リプレースプロジェクトの責任者(エグゼクティブディレクター)を務めるテリー・アディリム博士は先述の公聴会で、外科手術に対応できる集中治療室を備えた大規模で複雑な機構を持つ(退役軍人省の)メディカルセンターに新たなシステムを導入した場合、何が起こるか予想できない懸念があると証言した。
買収前に退役軍人省「問題」を認識していたか
オラクルは公聴会の証言者として、サーナー買収を担当するエグゼクティブバイスプレジデントのマイク・シシリアを出席させた。プロジェクト管理システムのプリマベーラシステムズ(Primavera Systems)買収に伴い、2008年にオラクルにジョインしたベテランだ。
シシリアは公聴会でこう発言した。
「(退役軍人委員会所属の)議員の皆さん、あるいは議会関係者の方々とのミーティングを重ね、現在の状況に対して皆さんが不満を抱えておられるということははっきり認識できました」
シシリアは、一連の問題がオラクルにとって最優先の課題であり、シニアエンジニアはじめ同社きっての優秀な人材を退役軍人省と国防総省の電子カルテシステムに専従させる措置をすでにとったことも明らかにした。
その説明によれば、不具合を修正し膨張したコストを削減するための主な戦略として、(政府の許可を得られることが前提ながら)9カ月以内にサーナーの電子カルテシステムをオラクルのクラウドデータセンターに移行させることを検討しているという。
Insiderはクラウド移行についてさらに詳しい説明をオラクルに求めたが、返答は得られなかった。
ただし、シシリアは公聴会でジェリー・モラン上院議員の質問に対し、国民に追加の費用負担が発生することはないとの見解を語っている。
この質問に続いて、オラクルはこの退役軍人省の問題の深刻さを買収前から認知していたのかと問われたシシリアは、苦笑に近い表情を浮かべて、あとで事実を知るという事態は往々にしてあると語った。
「もちろん、公表されている事実に関しては把握していました。しかし、現場で実際に何が起きているのか何もかも理解するには、自ら当事者になるしかないでしょう」
(翻訳・編集:川村力)