BYDジャパンは7月、日本の乗用車市場への参入を発表した。
BYDジャパン
中国電気自動車(EV)大手の比亜迪(BYD)が日本の乗用車市場に参入する。2023年末までに3車種を投入し、2025年に全国に100店舗を展開する計画が発表された。
日本のニュースでは「黒船」「台風の目」などのワードが並んだが、中国ではどう受け取られているのか。現地のメディアや専門家の分析を2回にわたって紹介する。
「あのフォードも撤退した」難攻不落の日本市場
BYDの日本進出は分かりやすく言うと「サイゼリアがイタリア進出する」「日本のトップ女優がハリウッドに進出する」ような受け止め方をされている。「本家の国でどこまでやれるのか」という心配、好奇心はもちろん、「大成功できなくても、爪痕を残してほしい」という応援。だから日本市場の特異性と難しさを強調しながら、BYDのチャンスを見つけ出そうとする分析が目立つ。
BYDが挑む日本市場については、多くのメディアが輸入車にとって「禁断の地」であると紹介している。
中国メディアや自動車業界の専門家は、
- 日本市場には、ドイツの高級車メーカーを除けば、海外から参入して現地の自動車メーカーと競争できる自動車ブランドはほとんどない。
- トヨタ自動車、ホンダ、日産自動車、三菱自動車、マツダ、スバルなど国内の自動車メーカーが新車販売で90%以上のシェアを占め、海外メーカーは全部合わせても1ケタのシェアしかなく、統計では「その他」で一括りにされている。
- あのフォードも2016年に日本から撤退した。
- トヨタの2021年の日本での販売台数が約140万台なのに対し、メルセデスベンツは約5万台、BMWは約3万6000台、フォルクスワーゲンは約3万5000台。
など、海外メーカーにとって難攻不落の市場だと強調する。
さらに中国メディアは以下のようなデータを引用し、日本市場はEV「不毛の地」でもあると評価している。
- 2021年の日本のEVの販売台数は2万台強で全体の1%に満たない。中国と比較すると市場は200分の1以下。
- ゼンリンの調査によると、2021年3月末時点の日本のEV充電設備は2万9214基で1年前から約1000基減り、記録のある2012年度以降初めて減少した。利用者が少なく、耐用年数を過ぎた設備を撤去した施設が多かった。
何台売れるかはそれほど重要ではない
BYDを創業した王伝福氏は、「中国EV界のパイオニア」的な存在だ。
Reuters
日本市場の難しさはそれだけではない。BYDに限らず「牙城」を築いている日本メーカーも直面しているのが市場の縮小だ。
日本自動車販売協会連合会(自販連)と全国軽自動車協会連合会(全軽自協)がまとめた2021年の国内新車販売台数は、3%減の444万8340台で、3年連続前年を割った。「少子化」「車離れ」という長期的なトレンドに加え、感染症の拡大や半導体不足が追い打ちとなり、東日本大震災が起きた2011年に次ぐ10年ぶりの低水準だった。
これだけ並べられると、海外EVメーカーにとって、壁しかないように見える日本市場だが、BYDがあえて進出する真の目的は何なのか。
経済メディア「財経」の自動車チームや自動車情報プラットフォーム「太平洋汽車網」の記事は、「車が何台売れるかはそれほど重要ではない」と指摘する。
BYDジャパンは7月21日の日本での記者発表会で、2023年に3車種を投入し、2025年に47都道府県に100店舗以上を展開する目標を示した。同年の販売目標は2万台だという。中国メディアは「100店舗で割ると、1店舗あたり2日に1台売れば達成できる数字だが、これでは採算が合わない」と、BYDが短期的な市場シェアの拡大や黒字化を追っていないと分析する。
BYDの日本進出は、「先進技術や品質の高さのプロモーション」の意味合いが強いというのが、中国で最も多い見方だ。これはファーウェイやシャオミ、OPPOなどのスマホメーカーが、iPhoneのシェアが非常に高い日本に進出した背景と重なる。特に一足早く日本に製品を展開したファーウェイは、コスパだけでなく品質の競争力をアピールし、中国ブランドの地位向上に貢献した。
ファーウェイがBYDなら、自動車業界でiPhone的存在なのがテスラだが、日本車・ガソリン車帝国の日本ではテスラも十分にシェアを獲得できておらず、同社とテスラといい勝負ができるだけでも、BYDにとっては殊勲打になる。
日本はASEAN市場の踏み切り板
世界の自動車市場は急激にEVシフトが進み、その流れをリードするのがヨーロッパと中国だ。中国ではBYDのような老舗だけでなく、蔚来汽車(NIO)や小鵬汽車(XPeng)といった2010年代に設立された新興EVメーカーが急成長し、自動車業界のゲームチェンジを虎視眈々と狙う。
中国の自動車輸出台数は2021年に初めて200万台を突破し、特に新エネルギー車の輸出は前年比3倍以上の31万台に達した。だが、先進国への進出は必ずしも順調ではなく、国同士の対立が続くアメリカはもちろん、EVの普及が急激に進むヨーロッパでも市場の成長の果実を思うように得られていない。
BYDにとってはブランド力がある現地大手メーカーがEVに積極的な欧州市場よりも、国内メーカーのEV投入が遅れている日本市場の方が、存在感を示しやすいとも言える。シェアや販売を追わなければ、「海外メーカー」に対して鎖国的な風土は、自分たちを「挑戦者」として目立たせる装置にもなる。実際、BYDの日本進出は日中両国で「黒船」「台風の目」「ナマズ効果」と表現され、市場の活性化を促す動きとして大きく注目された。
蔚来汽車や小鵬汽車、国有大手である第一汽車集団の高級ブランド「紅旗」は「世界で最もEVが普及している」ノルウェー市場に進出している。同国はEV普及率が60%と非常に高いが、人口540万人で年間の自動車販売台数は20万台弱と、決して大きな市場ではない。中国メーカーはノルウェーをブランド力向上のための市場と位置づけて進出しているわけで、中国ではBYDの日本進出も意味合いは同じと捉える意見が目立つ。
経済観察網は「日本市場への輸出は、中国のブランドイメージ向上にもつながる。日本市場の力を借りて、製品の品質、信頼性、安全性を高めることで、世界進出の足がかりを得られる」との見方を示し、自動車販売プラットフォームの創業者は現地メディアに対し「日本などの先進国市場に進出し商品力と安全性を証明できれば、他の市場に進出する際の抵抗が少なくなるかもしれない。親日的なASEAN市場は、日本市場への参入がプラスに働くだろう」と指摘した。
太平洋汽車の記事は、「アメリカ市場へのアクセスは難しいし、欧州市場で踏ん張るのはもっと難しい。これらと比べると、日本市場は能力を示すための適切な踏み切り版になるかもしれない。日本市場で評判になれば、海外消費者に『BYDはこれまでの中国車とは違い、ちゃんとした技術を持っている』とのイメージを持たせられるだろう」と分析した。
次回は、BYDが実際に日本市場で受け入れられるのか、また、テスラとの競争の見通しについて中国側の分析を紹介する。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。