厳しい予算で事業を起こすだけでも一大事だが、不況の只中でビジネスを立ち上げるのはそれこそロシアンルーレットのようなものに思えるだろう。だが、それは可能であるどころか、絶望の状況から帝国が誕生し得ることを、多くの企業が証明してきた。
例えば、ウォルト・ディズニー・カンパニー(The Walt Disney Company)はいまや世界有数のエンターテインメント複合企業として知られ、2021年は690億ドル(約9兆2400億円、1ドル=134円換算)という記録的な収益を上げている。
しかし、ウォルト・ディズニーが兄のロイとともに1923年にディズニー・ブラザーズ・カートゥーン・スタジオ(Disney Brothers Cartoon Studio)を設立した時、それまでウォルトが経営していたアニメーションスタジオは倒産寸前だった。加えて、同社がミズーリ州カンザスシティからハリウッドに制作拠点を移し、ウォルト・ディズニー・プロダクションズ(Walt Disney Productions)として再び法人化したのは1929年、アメリカ株式市場が崩壊した大恐慌の年だった。
不況時の起業はリスクが膨大で道のりは長いが、特有のメリットもある。
リック・シャーデン(Rick Schaden)とトム・ライアン(Tom Ryan)は、サブプライムローン問題を端緒とする世界金融危機が始まった2007年に、ハンバーガーレストランチェーンのスマッシュバーガー(Smashburger)を立ち上げた。
その結果、不動産価格が手頃で、好景気なら叶わなかったような優良な立地に新たなチェーン店を出すことができたと前CEOのスコット・クレイン(Scott Crane)はフォーブス誌上で語っている。
起業に理想的な時期というものがある訳ではないことは、これらの企業が証明している。多くの場合、最悪の状況が新たなアイデアを生み出し、創業者は臨機応変に動かざるを得なくなり、長期的な目で自己管理する姿勢が養われる。
そこで、以下では2007年から2009年の世界金融危機の間に起業し、成功したスタートアップ10社を紹介しよう。
Dropbox(ドロップボックス):2007年
ドロップボックス共同創業者、ドリュー・ヒューストン。
Drew Angerer / Getty
マサチューセッツ工科大学の学生だったドリュー・ヒューストン(Drew Houston)とアラシュ・フェルドーシ(Arash Ferdowsi)は、Dropboxの親会社となるイーブンフロー(Evenflow Inc.)を2007年に設立した。
その後、2008年の「テッククランチ・ディスラプト(TechCrunch Disrupt)」というカンファレンスで、ファイルホスティングサービスのDropboxを正式に立ち上げた。
2016年までにユーザー数は5億人に達し、2018年に約100億ドルの評価額で上場を果たした。
Glassdoor(グラスドア):2007年
グラスドア共同創業者、ロバート・ホーマン。
Glassdoor
職場レビューサイトのGlassdoorは、ロバート・ホーマン(Robert Hohman)、ティム・ベッセ(Tim Besse)、そしてエクスペディア(Expedia)とジロー(Zillow)の創業者であるリッチ・バートン(Rich Barton)が立ち上げた。
グーグル・キャピタルが7000万ドルを出資し、その後2018年に、日本企業のリクルートホールディングスが同社を12億ドルで買収している。
Fitbit(フィットビット):2007年
フィットビットはジェームズ・パークとエリック・フリードマンが設立した。
Lucas Jackson/Reuters
ヘルシー・メトリック・リサーチ(Healthy Metrics Research, Inc)という社名でジェームズ・パーク(James Park)とエリック・フリードマン(Eric Friedman)が起業した同社は、数カ月後にFitbitに改名した。
2015年に評価額41億ドルで上場し、その後、2021年にグーグルが21億ドルで買収している。
スマッシュバーガー:2007年
Hollis Johnson
前述の通り、スマッシュバーガーはリック・シャーデンとトム・ライアンが金融危機の最中に設立した。この時期は、アメリカ人が手頃な価格で外食できる場所を求めていたタイミングでもある。
「消費者の財布の紐が固くなり、レストランにも多くを求めるようになっていました。そんなときに『ファストカジュアル』というムーブメントが生まれたのです」とスマッシュバーガーの元CEOスコット・クレインはフォーブス誌に語っている。
なお、2018年にはフィリピン企業のジョリビー・フーズ(Jollibee Foods)がスマッシュバーガーの株式の過半数を1億ドルで取得している。
Airbnb(エアビーアンドビー):2008年
エアビーアンドビーの共同創業者、ブライアン・チェスキー。
Mike Segar/Reuters
共同創業者であるブライアン・チェスキー(Brian Chesky)、ジョー・ゲビア(Joe Gebbia)、ネイサン・ブレチャージク(Nathan Blecharczyk)は当初、エアベッド・アンド・ブレックファスト(AirBed & Breakfast)という社名で起業した。テキサス州オースティンで開催されたSXSWカンファレンスで、エアマットレスを備えたホームステイのレンタルというコンセプトを立ち上げた。
2020年、1000億ドル以上の評価額で上場し、その年最大の新規株式公開(IPO)となった。
Evernote(エバーノート):2008年
dennizn / Shutterstock.com
Evernoteは、ロシア系アメリカ人のIT起業家ステパン・パチコフが2000年に興した会社だ。
だが、今日知られているメモ作成アプリの立ち上げ自体は2008年だった。同社はこれまでに総額2億9000万ドルを調達している。
ビヨンドミート(Beyond Meat):2009年
ビヨンドミートの創業者、イーサン・ブラウン。
Courtesy of Beyond Meat
代替肉ベンチャーとして知られるビヨンドミートにとって、2019年は画期的な年になった。数々のファストフードチェーンでその名物ハンバーガーを発売し、38億ドルの評価額で上場を果たしたのだ。
しかしこうして大々的に取り上げられる以前から、創業者のイーサン・ブラウン(Ethan Brown)は、鶏肉、牛肉、豚肉を模した代替肉の開発に10年あまり取り組んでいた。
同社は2013年から、全米展開の自然派スーパーマーケット「ホールフーズ(Whole Foods)」で製品を販売している。
Pinterest(ピンタレスト):2009年
ピンタレスト共同創業者、ベン・シルバーマン。
Hollis Johnson/Business Insider
創業者のベン・シルバーマン(Ben Silbermann)、ポール・シアラ(Paul Sciarra)、エバン・シャープ(Evan Sharp)は、2009年にPinterestの開発を始めたが、サイトを正式に立ち上げたのは2010年だ。
2020年にはSnapchat(スナップチャット)を抜いてアメリカ第3位のソーシャルネットワークサービスとなり、100億ドルの評価額で上場した。
Uber(ウーバー):2009年
ウーバーの共同創業者であるギャレット・キャンプ(右)と、CEOのダラ・コスロシャヒ。
Brendan McDermid/Reuters
2009年、ギャレット・キャンプ(Garrett Camp)とトラビス・カラニック(Travis Kalanick)は、ウーバーキャブ(Ubercab)という配車サービスを立ち上げた。モバイルアプリの正式なリリースは2010年で、タクシーの2倍近い価格で高級車のみを配車できるサービスだった。
2019年、当初は720億ドルの評価額だった同社の新規株式公開は、予想より7.6%少ない額での上場となった。
Square(スクエア):2009年
ジャック・ドーシーはTwitterとスクエアの共同創業者だ。
David Becker/Getty Images
ジム・マッケルビー(Jim McKelvey)とTwitter共同創業者のジャック・ドーシー(Jack Dorsey)がSquareを設立したのは2009年だが、モバイル決済アプリの正式な立ち上げは2010年だ。
Squareは2015年に29億ドルの評価額で上場した。
(編集・野田翔)