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紀伊國屋が問い直す書店の役割。「編集をやめた本棚」に込められた想い

表紙

撮影:三ツ村崇志、大隈優

東京都選定歴史的建造物にも指定されている東京・新宿にある紀伊國屋ビルディング内にある、紀伊國屋書店・新宿本店。

2019年から進められてきた耐震補強工事に伴う内装のリニューアルによって誕生した「あるコーナー」が、インターネット上で話題を呼んでいる。

2022年4月に他のフロアに先んじてリニューアルが完了した2階・文学売場にできた、「今日の新刊」「昨日の新刊」を紹介するコーナー、「BOOK WALL」だ。

出版業界外の人に「書籍は年間約70,000点、1日200点くらい発刊されてる」と言うと「ちょっとよくわからない」と言われがちで、わたしも物量の実感としてよくわからなかったんですが、改装した紀伊國屋書店新宿本店の2階に

「今日の新刊」

「昨日の新刊」

という棚ができてます。

必見。ぜひ現場へ。

この「BOOK WALL」には、日々販売される新刊が1日1列ずつ並べられている。柱2面分、1面あたり6列の合計12列、つまり直近の12日分(月〜土の2週間分)の新刊が、ただ列ごとに並んでいる。

毎日新刊を追加しているため、「今日の新刊」の位置が日によって異なる。

毎日新刊を追加しているため、「今日の新刊」の位置が日によって異なる。

撮影:大隈優、三ツ村崇志

総務省統計局の書籍新刊点数のデータを見ると、令和2年度に日本で販売された新刊書籍数は約6万8000点。1日平均で考えると単純計算で約200点。

このコーナーでは、その決して少なくはない数の本を毎日入れ替えて紹介することで、1日に販売される膨大な数の新刊図書の存在を「見える化」している。

BOOK WALLはなぜ誕生したのか。担当者に話を聞くと、デジタル社会における書店の存在価値があらためて見えてきた。

「毎日立ち寄っても変化を楽しんでもらえるコーナーを」

「今日の新刊」「昨日の新刊」を紹介するコーナー、「BOOK WALL」

「今日の新刊」「昨日の新刊」を紹介するコーナー、「BOOK WALL」。縦一列にその日の新刊が陳列されている。柱2面を使って、12日分の新刊が並んでいる。ただこれでもその日に販売される新刊の一部に過ぎない。

撮影:大隈優

「リニューアルに際し、内装デザイナーから『柱を巻く形の棚に、本を縦ではなく横に積み上げていくのはどうか』と提案いただいたのがきっかけです。デザインを見た瞬間、パッと浮かんだのが『日々発売される新刊を1列ずつ並べていく』という考えでした」

紀伊國屋新宿本店の吉野裕司さんは、Business Insider Japanの取材に対して、このコーナーの設置経緯をこう答えた。

書店には必ずと言っていいほど、直近に販売された注目の「新刊本」が並べられている棚がある。ただ、そこに並ぶのは、新刊本の中のほんの一握りにしか過ぎない。毎日新刊の書籍を総入れ替えすることは、現実的ではないからだ。

「以前から『できるだけ多くの新刊をご紹介したい』『毎日書店に立ち寄っても変化を楽しんでいただけるコーナーをつくりたい』という思いはあり、(内装リニューアルの)デザインを見た際に『ここならやれそうだ』と思いました」(吉野さん)

紀伊國屋書店新宿本店では、日々入荷する新刊の山の中から、このコーナーのために1冊ずつ抜き取り陳列している※。

「効率度外視なので、それを不満に感じるスタッフもいるかもしれませんね(笑)。でもこのコーナーにくることで『自分が担当していないジャンルの新刊も一通り目にできて楽しい』というスタッフもいます。捉え方は社内でも色々あると思います」(吉野さん)

※尚、入荷したすべての新刊を置いているわけではなく、雑誌、コミック、極端に入荷数の少ない新刊、医学専門書、B5版以上のサイズのものは除外している。

「本と人とをつなぐ場」として書店

BOOK WALL

本との出会いは、まさに一期一会だ。

撮影:大隈優

コーナーをぐるっと眺めて回る人や、いろいろな本を抜いて立ち読みする人、近くにあるスツールに腰かけてじっと棚を見上げる人、写真を撮る人など、人によってこのコーナーに対する反応はさまざまだという。

「『この棚何なんだろうね~』とお連れ様と話している方、『横に積んであるのって結構好きかも』と言いながら2人で首を横にかしげているカップル、さまざまな姿を見かけます。

『こう反応してほしい』というのはなくて、好きなように見ていただき、好きなように感じていただけたらと思っています。ですが『日々、これだけの新刊が出ている』という事実をお見せしたかった、ということもあります。そこから何をどう感じるかはお客様次第です」(吉野さん)

紀伊国屋書店新宿本店

リニューアルが完了した新宿本店の1階入口付近。「紀伊國屋で待ち合わせ」がフロアコンセプトだ。

撮影:大隈優

紀伊國屋新宿本店は、2019年から建物の耐震補強工事に伴いリニューアルを進めており、今回話題になったBOOK WALLの設置もその一環だ(全フロアのリニューアル完了は2022年秋を予定)。

吉野さんは、リニューアルのコンセプトは3つあると語る。

紀伊國屋新宿本店のリニューアルコンセプト

  1. 未来志向の原点回帰
  2. 世界の紀伊國屋書店のフラッグシップストア
  3. 書き手にも読み手にも愛される書店

「未来志向の原点回帰」には、まず、ハード面として東京都選定歴史的建造物に選定されているビルの良さに再度ライトを当てること。それに加えて、ソフト面として、これまで紀伊國屋書店が持っていたものに新しい息吹を吹き込むこと。そして、2027年に創業100年を迎えるにあたって、このリニューアルを次の100年へのスタート地点にする、という意味があるという。

「現在リニューアルを終えたのは1階と2階ですが、1階は『紀伊國屋で待ち合わせ』をフロア・コンセプトにしています。当店は以前から新宿の待ち合わせ場所としてよく利用いただいていますが、今回のリニューアルでより開放的な空間を実現し、人と人、本と人、本と本が出会うための待ち合わせ場所となることを志向しています」(吉野さん)

一方、2階のフロア・コンセプトは「サロン再生」だ。

紀伊國屋の創業者・田辺茂一はビルの9階(現事務所)にサロンを設け、作家や芸術家のたまり場としていた。それをより開かれた「本好きのたまり場」として再生し、フェアやイベントを通じて本と人とをつなぐ場とすることを意識しているという。

2階BOOK SALONの BOOK CLOCK

2階BOOK SALONの BOOK CLOCK。

撮影:大隈優

これをカタチにしたのが『今日の新刊』『昨日の新刊』を紹介するBOOK WALLのある2階BOOK SALONです。BOOK SALON内には他にもBOOK CLOCKやBOOK型サイネージなど、遊び心ある仕掛けを配置しています」(吉野さん)

現在、紀伊國屋書店は国内に68店舗、海外に40店舗ある。新宿本店は、その旗艦店だ。

「今回のリニューアルを機に、世界のどこの本屋にもないオリジナリティを持ちたいという想いがあります。

一方でそれらの『仕掛け』が浮ついたものではなく、書き手は勿論、本づくりに携わる方へのリスペクトにつながるようなものになれば、とも考えていました。『日々発売される新刊をできるだけ多く紹介したい』という企画意図の源流はここにあります」(吉野さん)

紀伊國屋の想う「書店の存在意義」

紀伊国屋書店新宿本店

撮影:大隈優

現代では、ECサイトを使えば、自宅に居ながら簡単に本を買うことができるし、電子書籍を使えば本という媒体がなくてもそこに書かれた内容を読むことができる。

出版業界を取り巻く環境が変化する中で、日本では、年を追うごとに書店の数が減少している。

そういった中で、今回の新刊書籍の企画は、書店の存在意義を示す1つのヒントになっているのかもしれない。

「今日のような情報過多社会では、取捨選択、並び替えが必須です。

ネットでは、検索履歴・購入履歴で自動的に取捨選択が行われ、『売上ランキング』『評価の高い順』等でソートされた情報が並びます。

自分用に『編集』された情報、見ようと思った周辺の情報しか入手できないことがネットの限界だと感じることがあります」(吉野さん)

書店には入店した瞬間からさまざまな、思いもよらなかった情報が目に飛び込んでくる。だからこそ本との偶然の出合いが起こる。ただ、もちろんそこにも「編集」はある。

「書店は劇場、本は役者、読者は観客、店員は演出家とよく言われますが、本の置き方、本と本の関連付けを『演出』『編集』して読者に提示することが、書店の変わらぬ役割だと考えています。本が商品ですが、それを陳列する書棚と空間も書店の商品という感覚は、より磨いていく必要性を感じています」(吉野さん)

BOOK WALL

本の種類は様々で無造作に横向きで積み上げられている。

撮影:大隈優

BOOK WALLでは、「書店員による編集」そのものを意図的に排除するという「演出」がなされている。

「横倒しに積みあげる、というのはユニークかもしれませんが、ジャンル別にもなっていなければ『イチ推し』もなく、無作為に新刊を積んだだけです。それが(編集しないことが)かえって他との差別化につながり、また一定の評価を得たというのは、私たちにとっても新しい発見でした」(吉野さん)

(文:大隈優、編集:三ツ村 崇志)

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