イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
30代の会社員です。新卒から勤めている会社ではすでに中堅となり、主任として後輩の指導もしています。仕事は好きでやりがいもありますし、同僚も気の合う人が多く、このまま働き続けたいと思っています。
しかし、ただ一つ納得できないのが評価制度です。半期に一度評価があるのですが、自分が所属していない課の数値なども評価に入っていたり、営業ではないのに売上への貢献が問われたりしています。
あまりにも納得できず、人事部に直接問い合わせたこともあるのですが、まともに取り合ってもらえませんでした。課長や他の課の人たちも不満に思っており、よく話題に上りますが、人事がこの調子なので、みな諦めています。ですが、やはり半期に一度大きくモチベーションが下がるのはかなりつらいです。
一応大企業なので年功序列でだんだん給料は上がるし……とも思うのですが、日本の将来から考えれば、このままでいく見込みも必ずしもありません。
(Chung、30代前半、会社員、女性)
評価されたければ、相手の「マニュアル」を知ろう
シマオ:Chungさん、お便りありがとうございます! 会社の評価制度に対する不満、すごくよく分かります。
佐藤さん:人事のプロである西尾太さんによれば、日本の会社における人事評価は科学的でないことが多いそうです。私の聞いた話でも、定量的な成果ではなく定性的な評価、もっといえば印象論で評価されてしまうことが多い。それでは不満が募るのもやむを得ません。
シマオ:では、人事評価の仕組み自体を変えるべきですよね?
佐藤さん:その通りなのですが、それは経営者の仕事です。30代前半の一社員がなかなかできることではありません。その中でChungさんがすべきなのは、まず自分の「ジョブディスクリプション」を書けるようになることです。
シマオ:ジョブディスクリプション?
佐藤さん:ジョブディスクリプションとは、直訳すれば「職務記述書」です。これも西尾さんが書籍で述べていることですが、要は自分が担当する職務の目的や内容、そして自分が持っているスキルや経験を定義することです。それは「自分で仕事を定義」することに他なりません。
シマオ:自分は何ができるのか、それが会社にとってどんな意味を持つかを言語化するということですね。
佐藤さん:そうです。会社が自分をどう評価してくれるのかではなく、自分の能力をどうしたら会社に理解してもらえるかという逆転の発想をする訳です。
シマオ:なるほど! ただ、いきなり自分の仕事を定義しろと言われても、日々の仕事を書き出すくらいならできますけど、どう書いたらいいのかは分かりません……。
佐藤さん:それには、向こうのマニュアル、すなわち人事担当者はどのような基準で社員を評価しようとしているのかを知ることです。受験勉強では、志望校の出題傾向を調べて対策をしましたよね? それと同じことです。例えば、先に紹介した西尾太さんの『超ジョブ型人事革命』や、柴田彰さん・加藤守和さんの『ジョブ型人事制度の教科書』といった書籍が参考になるでしょう。
30代後半までに、人生において何を大切にするかを決める
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シマオ:でも、Chungさんの悩みはそもそも日本企業の年功序列的な仕組みに対するものですよね。いろいろなことを評価基準として言っているけど、結局勤続年数だという……。失礼ですけど、働かないおじさん・おばさんが自分より給料が高い状況になれば、僕たち若者世代は不満ですよ。
佐藤さん:やる気のある若い人たちがそのような不満を抱くのは当然と思います。もっとも、年功序列の制度自体が必ずしも悪いという訳ではありませんよ。実際、実力主義のイメージが強い海外でもGM(ゼネラルモーターズ)やネスレといった巨大多国籍企業は年功序列の性格が強くあります。そもそも、シマオ君自身は、完全な実力主義がいいと思いますか?
シマオ:そう言われると……。もし完全な実力主義になってしまったら、僕くらいの能力だとちょっとヤバいかも……。
佐藤さん:年功序列は、若者からのある種の「収奪」のもとに成り立っている制度です。一方で、長い年月在籍すればその分が給与として戻ってくるという期待がありますから、会社への忠誠度が高まり、仕事へ精力を傾けるインセンティブとなる訳です。つまり「プロとコン(Pros and Cons)」なんですよ。
シマオ:プロとコン?
佐藤さん:ラテン語で「Pro=賛成」「Con=反対」という意味で、良い面と悪い点があるということです。逆に、実力主義においては、能力があり満足に働けているうちはいいですが、病気や子育てといった不可抗力によってそこからはじき出されてしまう可能性もあります。
シマオ:なるほど。どちらも一概にいいとは言えない訳ですね。
佐藤さん:大切なのは、自分の思い描くキャリアパスが何なのかを、遅くとも30代後半くらいまでに定めておくことです。
シマオ:具体的にはどういう感じでしょうか?
佐藤さん:例えば、社長や役員を目指してマネジメントの階段を昇り詰めていきたいのか、それとも役職というよりは自分の知識や専門スキルや伸ばしてスペシャリストとしてやっていきたいのか、はたまた仕事は人生の一部と割り切って趣味や家庭を重視し、収入や出世はある程度でいいと考えるのか……そういったことです。
シマオ:自分が人生において重視するものは何かということですね。
佐藤さん:Chungさんは主任ということですから、これまでは上から与えられた仕事をこなしていればよかったでしょう。ただ、今後は自ら仕事をつくる立場になっていく。仕事と自分の人生に、どう折り合いをつけていくかを考える時期にあるのです。
マルクスは現代のビジネスパーソンの悩みも予言していた
シマオ:僕も会社生活で感じるのですが、人事部などの管理部門の施策と現場の感覚とがずれて不満がたまることがよくありますよね。これってなぜなのでしょう?
佐藤さん:それはマルクスの『資本論』を読むとよく分かります。マルクスによれば、資本家は労働者を働かせる、すなわち「労働力を商品化する」ことによって、そこから得られた「剰余価値」を得ることを目的としています。ただし、労働者が得る賃金は、彼らが自分の生活を維持し、仕事のための自己教育をするのに必要な分以上にはならない。それを超える分、すなわち剰余価値は資本家によって「搾取」されているというのが、マルクスの考え方です。
シマオ:搾取って嫌な響きだなぁ……。
佐藤さん:いわば、労働者は「命と金の交換」をしているために、必然的に資本家との階級闘争、すなわち摩擦と緊張関係が生まれてくる訳です。
シマオ:命と金の交換……なんだか切ないですね。資本家と労働者が緊張関係にあるということは分かりました。でも、管理部門の人たちだって労働者ですよね?
佐藤さん:それについてもマルクスは触れています。会社という仕組みにおいて、資本家は労働者への対処を自ら行わず、若干の手当てをつけることでそれを一部の労働者に委ねる、と。それがまさに管理職や管理部門で働く人たちです。
シマオ:つまり、彼らは資本家の味方になってしまう。
佐藤さん:その通りです。もちろん、管理部門には固有の役割があります。組織というのは大きくなればなるほど必然的に無駄が出てきます。管理部門の役割とは、そうしたマイナスのミニマム化なのですが、それは必然的に資本家の論理に従ってしまう。だから、客観的には労働者なのだけれども、主観的には資本家となって、現場との緊張関係が生まれてしまう訳です。
シマオ:会社というものは資本主義の論理でできている以上、そうなってしまうのはしかたない訳ですね。
佐藤さん:先にも述べたように、資本家は剰余価値の最大化を目指します。『資本論』によれば、そのやり方は2つあります。1つは「絶対的剰余価値」で、それは労働日を増やすことによって生まれます。要は、長い時間働かせるということです。
もう1つは「相対的剰余価値」で、これは簡単に言えば生産性の向上で生まれる剰余価値ということです。例えば、ある商品を1時間に5個生産して時給1000円だったのを、1個200円という賃金体系にすると、どうなると思いますか?
シマオ:1時間に6個作れば1200円になるから、頑張ろうとします。あれ、結局資本家の利益を増やしていることに……。そうか! これはまさに成果主義ですね!
佐藤さん:そういうことです。現代の会社で起こり得る問題点をマルクスはすでに指摘していました。逆に考えれば、こうした軋轢が起こることは資本主義である以上、ある程度しかたありません。その中で生きていく上で必要なのは、繰り返しになりますが自分のキャリアパスにおいて何を重要と考えるかを決めることだと思います。
シマオ:自分にとって何が大事かが分かっていれば、会社に人生を振り回されることも少なくなって、後悔せず生きていけそうですものね。Chungさん、ご参考になりましたでしょうか?
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は8月17日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)