大退職直後の今、人材の再配置や中途採用より既存の人材の業務の質を高めることの方が効果的なアプローチだ。
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2019年、メリッサ・ジェイコブス(Melissa Jacobs)はティッシュペーパー「クリネックス(Kleenex)」のブランド戦略・イノベーション担当リーダーを務めていた。10人のメンバーで編成されるチームを率い、新規顧客の獲得や販路開拓などがチームのミッションだった。
チームには、販売やマーケティングに関して豊富なアイデアがあったものの、それら全てを追求したことで手を広げすぎてしまった。そのうえ、チームメンバーのほとんどが、これらのアイデアを実現するために必要な実務経験が不足しているという始末だった。
このような散漫なアプローチの結果、チームは業績目標に届かずにいた。「あれもこれも必死で業務に当たったものの、何一つ手応えを感じられませんでした」とジェイコブスは話す。
混沌とした現在のビジネス環境で、彼女と同様の経験をしている管理職は珍しくないだろう。レイオフ件数は増加傾向にあり、最近ではネットフリックス(Netflix)やショッピファイ(Shopify)なども相当規模の人員削減を実施した。
しかし、現在の景気後退は、多くの企業が人材の確保・維持に苦労した「大退職(Great Resignation)」の直後なだけに、人材の再配置や中途採用を行うよりも、既存の人材の業務の質を高める方が現実的なアプローチだろう。ジェイコブスも同じ選択を迫られた。
では、適切な対応策とは何だろうか? ジェイコブスが乗り越えた方法はもちろん、リーダーシップの専門家やベテラン管理職たちに話を聞いた。
チームの業績不振はチャンス
『Remote Work Revolution』(未訳:リモートワーク革命)の著書があるハーバード・ビジネススクールのツェーダル・ニーリー(Tsedal Neeley)教授は、業績不振のチームをマネジメントすることは、一部の管理職にとって「どうすれば従業員の成果をもっと引き出せるかを考え直す機会だ」と主張する。
短期的には単にストレスが溜まるだけのように思えるが、ジェイコブスにとっても業績不振は振り返りの機会になった。彼女はチームから数人のメンバーを集め、2週間に及ぶ「ストラテジー・スプリント」を行ったのだ。
「ストラテジー・スプリント」とは、参加者が成長目標の大枠を立て、目標達成のために優先すべき営業活動を決定する場だ。メンバーたちは、SWOT分析(強み〔Strengths〕、弱み〔Weaknesses〕、機会〔Opportunities〕、脅威〔Threats〕)を通じて自身の業務状況を分析し、組織内の他のステークホルダーとも対話した。
その結果、「成長を加速させるためには、やるべきことを絞る必要があると分かりました」という。そこで、チームは大規模なマーケティング施策一本に集中することを決め、他の業務は適切な時が来るまで休止した。
「優先事項に集中してチーム全体で協調したら、見違えるほどの業績になりました」と彼女は述べる。
メンバーの意見を聞く
管理職が従業員を巻き込んで現在のワークフローを見直すことを勧める専門家もいる。
人事コンサルティング会社インスパイアHR(Inspire HR)のCEO、ジェイミー・クライン(Jaime Klein)は、管理職は「どうすればチームが成功したと言えるのか?」といった質問をメンバーに投げかけることで、刺激を与えることができると話す。また、「成功の指標を設定するにあたって、メンバーに発言権を持たせる」ことが従業員の参加意欲を高め、ひいては業績向上につながるとも言う。
クラインが顧客に勧めているアプローチがもう一つある。アンケートを実施して従業員からフィードバックを収集するのだ。アンケート結果から何が分かり、その知見をどのように活用するのか、管理職が従業員に伝えることも有効だという。
他にも、管理職がメンバーに対しチームカルチャーの形成に協力するよう呼びかけるのもいいだろう。心理学者で、『The Burnout Fix』(未訳:燃え尽き症候群の克服)の著者でもあるハシンタ・ヒメネス(Jacinta Jiménez)は、「チームの信念は何か」「チームで認められない行動は何か」といった質問をメンバーに投げかけるよう説いている。
それでもなお、管理職はどこまでメンバーに裁量を持たせ、どこからはトップダウンで意思決定するかの落とし所を見極めなければならない。
イスラエルのエルサレムに拠点を置く金融系企業キャッシュフロート(Cash Float)でSEOとビジネス最適化を担当するエスター・リズミ(Esther Lizmi)は、セールスリードの急増にチームが対処できるよう新たなテクノロジーを導入したものの、一部従業員から反発を受けたという。
この経験から、リズミは「チームは業務プロセスを熟知しているため、メンバーたちと密接に連携することが重要」という教訓を得た。と同時に、業務プロセスを俯瞰して、「メンバーはこんな方法で業務に当たっていて、この方法でうまくいっているけれど、別の方法ならもっと効率が上がるのではないか」といったことを常に考える必要があるとも述べる。
またヒメネスは、組織全体のミッションが、チームの目標や優先順位、そして個々の従業員の目標にどう反映されているのか、従業員一人ひとりにしっかり理解してもらうことが重要だと話す。これらの経営戦略は、もはや「あると良い」ものではなく、「実施されているか、継続的に確認すべきものだ」という。
管理職は経済情勢のいかんにかかわらず、チームの業績不振の原因を従業員の単なるスキル不足や怠慢だと片付けずに、チームの業務プロセスを見直すことが有益だろう。
(編集・野田翔)