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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。 参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
ミレニアル世代は「個性的な存在になりたい」「人と同じでありたくない」という意識がとりわけ強いと言われます。ですが自分の個性が見つからず、就活で悩む人も若者も多いようです。そこで入山先生に聞きました。先生流の個性の見つけ方とは?
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「個性を見つけなさい」という強要
こんにちは、入山章栄です。
今回はBusiness Insider Japan編集部の常盤亜由子さんからの、「どうすれば個性を見つけることができますか?」というお題について考えてみたいと思います。
BIJ編集部・常盤
林修先生の「日曜日の初耳学」というテレビ番組をご存じですか? 先日、「最強のマーケター」といわれる森岡毅さんが出演した回がSNSでバズっていました。
森岡さんといえば、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)をV字回復させたことで知られる方ですね。
BIJ編集部・常盤
そうです。この回は、キャリアで悩む若者に対して森岡さんがアドバイスをするという内容でした。
うちの編集部のミレニアル世代の同僚も「とても響いた」と言うので、どういうところが刺さったのか聞いてみたんです。すると、ミレニアル世代やそれより若い世代にとっては「自分の個性を見つける」ということが非常に大きなテーマになっていると言うんですね。私の同僚も、自分の個性が何だろうとよく考えているとのことでした。
ミレニアル世代の方が「個性」を見つけるために苦労しているのですね。ここで言う「個性」とは、そもそもどういうものなのでしょう?
BIJ編集部・常盤
森岡さんは「仕事でうまくいくには自分の特徴を知ることが大事」という話をされていたので、この場合の個性とは「強み」と言い換えることもできると思います。
例えば就職活動で履歴書を書きますよね。それを見た面接官に「きみはこういうところに強みがあるんだね」と分かってもらえるような、自分を特徴づける何かのことでしょうね。
うーん、だとしたら、就活生が個性を見つけるなんてことは、まず無理ですよ。
BIJ編集部・常盤
いきなりそれですか(笑)。
森岡さんは番組内で、「自分の特徴や個性を知るとキャリアが成功しやすい」「個性を知るには好きなことを『名詞』ではなく『動詞』で考えるといい」とおっしゃっていました。つまり「サッカーが好き」ではなく、「サッカーの作戦を考えるのが好き」というふうに動詞で考えることで、「自分は頭を使って考えることが得意だし好きなんだな」と分かる、と。
入山先生流の個性の見つけ方があったらお伺いしたいなと思ったんですが……。
なるほど、森岡さんの考えはまさにその通りだと思います。素晴らしいですね。ただ僕がそもそも言いたいのは、だいたい大人たちが無個性なのに、若者に個性を求めるべきじゃないということです。若者が自分に個性がないことで悩んでしまうような社会をつくるほうがおかしい。個性を見つけるというのは、そんなに簡単なことではありません。
個性を見つけるというのは、自分の中の感覚を概念化・言語化するということです。森岡さんの「名詞ではなく動詞で考える」というのも、言語化のためのアドバイスでしょう。
そもそも個性とはモヤモヤしていて得体が知れないものです。非常に感覚的なものです。どこまでが生まれ持った先天的なもので、どこからが後天的に得られたものかなんて、自分でも混沌としていてよく分からない。
それをぴったりの言葉で表現するには、まず語彙そのものが豊かである必要があるし、何よりもいろいろな経験を通じて自分の内面を豊かにする必要がある。それなのに10代、20代に「個性を見つけろ」というのは大人の横暴、無理難題以外の何物でもないですよ。
40代後半で初めて「個性はこれ」と分かった
僕自身だって、「自分はこういう個性を持った人間だな」と自覚して言語化できるようになったのはここ数年のことですからね。だって、「自分はこういう人間です」なんて言えますか?
BIJ編集部・常盤
そう言われると答えに窮しますね……。入山先生の個性を言語化すると何ですか?
いろいろな紆余曲折を経てですが、僕はとにかく「いろんな知らないことを知って、それを自分なりに編集して解釈してアウトプットする」のが好きな人間なんだ、とようやく言語化できるようになりました。よく考えると僕の今までの仕事人生では、全部そういうことをしてきているんですよね。
この連載なんてその最たるものですし、研究者として論文を書くのもそうです。アメリカ留学前に勤めていた三菱総研でも、知らないことを調べてレポートにしてクライアントにプレゼンしていましたから、たぶん単純にそういう仕事が好きなんだと思います。
加えて、性格としてはプロソーシャル・モチベーション(相手の立場に立って考えること)が高いのが特徴だと思っています。自分だけが成功するより、その場にいるみんなが成功することに興味があるタイプです。
でも繰り返しですが、このような言語化ができたのはつい最近のことです。個性とは人の内面のことであり、それは暗黙知であり、もやもやしているものです。それを言語化するにはある程度場数を踏む必要があるし、内面も豊かである必要がある。まだ経験値も浅く言語化の機会も少ない10代20代の若者に、40代50代が「個性を持て」と強要するのはちゃんちゃらおかしいと思います。
BIJ編集部・常盤
そうかもしれませんね(笑)。振り返ってみると私自身も仕事におけるミッションステートメントを定めたのは30代でした。いろいろな仕事を経験することで、「これは好き」「これは苦手」「これはがんばっても時間の無駄だな」という経験を通じて言語化していった記憶があります。
そうでしょう。そういう言語化が難しいものを、20代前半の若者に就職のエントリーシートに書くことを求めるなんて本当に本末転倒ですよ。なぜそういうことが求められるかといえば、それは日本企業がメンバーシップ型雇用だからです。
別に欧米が偉いわけではありませんが、欧米ではジョブ型が主流ですし、僕がアメリカの大学で教えるために就職活動をしていたときも、「あなたの個性は?」なんて質問されたことは一度もありません。先方が知りたいのは、「あなたが経験してきたことを踏まえて、能力的にこの会社で何ができますか」「我々の組織にどういうふうに貢献してくれますか」ということだけ。
とはいえカルチャーフィットも重要だから、そこはリファレンスレターで判断します。
BIJ編集部・常盤
リファレンスレター、つまり、周りの人からの推薦状ですね。
今は日本でも、応募者のカルチャーフィット度をリファレンスレターで判断しようというスタートアップも増えています。これが定着すれば、就職で「個性を明らかにしなさい」と言われることもなくなるでしょう。
多様性のある場所に行けば、個性は見つかる
BIJ編集部・常盤
なるほど。でもそこまで至っている日本企業はまだそう多くないので、とりあえず就活ではどうすればいいですか?
そんな会社には行かないのが一番ですが、百歩譲って答えるとすれば、周りに聞くことでしょうね。知人・友人に片っ端から、「私はどういう個性だと思いますか?」と50人くらいに聞いて回るとか。日本はまだリファレンスレター文化がないので、自分でリファレンスレターを作るようなものです。
加えて一番おすすめなのは、多様性のある場所に飛び込むことです。自分と違う人たちに囲まれれば、否応なしに自分というものが分かるでしょう。個性とは「他人と比べて自分はどうか」という相対的なものでもある。だからさまざまな経験値を積むことが重要なんです。
ところが日本は同質で似たような人が多いので、違いに目を凝らしたところで、薄い違いしかない。だから言語化が難しいという背景もあります。
BIJ編集部・常盤
最近では「他者と自分を比べるのはやめよう」なんて言われますが、この場合の目的は比較ではなく、自分の個性の確認作業ということですね。
そうです。欠点も含めて自分を知ること。個性を見つけるために焦る必要はまったくない、ということは強調しておきたいですね。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、音声編集:小林優多郎、編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。