6月末から納車がはじまっているヒョンデの新型EV「IONIQ 5」。開店したばかりのカスタマーエクスペリエンスセンター横浜で借り出して試乗した。
撮影:山﨑拓実
日本再進出を2月に発表した韓国の自動車大手ヒュンダイ改めヒョンデが、日本再進出のEV戦略車「IONIQ 5」の最初の予約分の納車が始まった。
あわせて7月末には新横浜にアフターサポート兼体験施設のカスタマーエクスペリエンスセンター横浜(CXC横浜)を開設したことは先週、記事で取り上げた通りだ。
改めて、短時間ながら「IONIQ 5」を試乗して感じたアジアEVの実力の片鱗をお届けする。
試乗の様子を動画でもチェック。
撮影:山﨑拓実
ハッチバックではなく車高の低いSUV
撮影:山﨑拓実
ヒョンデが日本市場を撤退したのは2009年末。10年以上もの間、日本市場では「なかったこと」になったメーカーだけに、興味はそそられても、試乗してみようというところまでは足が進まない…そんな人がまだ多いかもしれない。
個人的経験としては、アメリカ出張時のレンタカーで何度かヒョンデのガソリン車に乗ったことがあり、ごく普通の乗用車だという認識はあった。
改めて紹介すると、IONIQ 5は写真でみるのと実車を見るのとで、かなり印象が違う電気自動車だ。その形から「ハッチバックで、比較的コンパクトなEV」と感じるかもしれないが、実物は結構、堂々としたサイズ感がある。
最もIONIQ 5の特徴が出ていると感じるのはこの後ろからのアングル。太いCピラー、直線的なボディーをつなぐラインなど、どこかネオレトロ感を感じる。最上級モデルは20インチホイールを履く。
撮影:山﨑拓実
全幅1890ミリ、全長4635ミリという大きさは、実のところトヨタのSUV「RAV4」より大きい。重量も、試乗した最上級機のLounge AWD(大容量バッテリー、4駆、305馬力)では2100kgと2トンを軽く超える。
ということで、感覚的にも実際的にも、「5人乗りSUVを、そのまま車高を低くした」ようなパッケージングになっているのがIONIQ 5だ。
ブレーキランプまわり。「パラメトリックピクセル」と呼ぶドットのようなデザインは、フロント、リアのランプに共通のデザインとして採用している。
撮影:山﨑拓実
IONIQ 5のヘッドライト。
撮影:山﨑拓実
外観は、エッジを効かせたデザインが特徴。側面に横一文字に走るキャラクターラインなども含めて、外観からはど鋭利、新鮮、といった言葉を想起させられる。
特にヘッドライトやブレーキランプ周辺の処理は一風変わっている。自動車ショーなどに展示されるコンセプトカーが、そのまま実車になったような印象すらある。
10年以上日本不在のブランドということもあり、IONIQ 5で街を走っていて「ヒョンデだ」とすぐわかる人は、結構なクルマ好きなんじゃないだろうか。
下道の乗り味は「よくできたEV」
キーを持って車両に近づくと、バー型のドアノブがせり出してくる「お迎え」してくる。
撮影:山﨑拓実
試乗のため、キーを持って車両に近づくと、自動的にドアノブがウイーンと電動でせり出してきた。何もEVだからできる機能というわけではないけれど、テクノロジーがつまったクルマを感じさせる演出だ。
今回は試乗時間の関係で高速道路走行は試せなかったので、CXC横浜にほど近い、新横浜〜港北周辺の下道を走った。
左右にメーターディスプレイが広がる。写真には写っていないが、フロントガラスにスピードを表示するヘッドアップディスプレイ機構も付いている。
撮影:山﨑拓実
乗り出してすぐにわかるのは、アクセル制御が極めて自然だということ。CXC横浜から走り出して10分、というレベルでも、細めの下道で時速5〜6キロのゆっくりとした走行がなんなくできる。
ごく普通の話でしょ、と思う人もいるかもしれないが、EVに限らずアクセルレスポンスは車両ごとに結構差がある。思ったより加速しすぎてしまうようなクルマは、ガソリン車でもあるから、この1点を見ても、気を遣った開発をしてそうなことが感じられる。
アクセルペダルだけで完全停止までサポートする「1ペダルモード」(i-PEDALと呼んでいる)のマナーもよくできている。これは同乗していた動画担当がカメラを回しながら言っていたことだが、(アクセル操作を適切にしていれば)信号停止の際につんのめる感覚がほぼない。
後席。サンシェードなども付いていた。
撮影:山﨑拓実
IONIQ 5のグラスルーフ。観音開きのように前後から開閉するのがユニーク。
撮影:山﨑拓実
助手席のスイッチでは、後席を前後にスライドさせることもできる。これはハッチバックスタイルとしては珍しい装備だ。
撮影:山﨑拓実
5人乗車の室内空間は、デザインの妙もあって広々感がある。
最上位モデルでも合皮や樹脂素材が多用されている点は、昨今のエシカル配慮の観点からはむしろ「あえて選択した」部分ともいえる(最上級モデルはシートが本革)。
3車線の広めの道路から細い住宅街に入る。
右折ウィンカーを出すレバーは、輸入車ながら「右」についている。韓国は左ハンドルだから、右側通行国向けの細やかなローカライズ(現地対応)をしているわけだ。国産車のように乗ってください、ということだろうか。
ウィンカーを出すと、こんな風にカメラの映像で後方を映し出してくれる。こういったハイテク感もEVらしさを感じさせてくれる装備の1つだ。
撮影:山﨑拓実
右折ウィンカーを出すと、フルディスプレイのメーターパネルの右端に、サイドミラーのように右後ろの映像が出てくる。
ハイテク感の演出だけではなく、車線の合流時や狭い道での右左折でも、視認性は良さそうだ。
比較的荒れの少ない路面での走行ではあるものの、遮音性は申し分なかった。ガラスは2枚ガラスの防音仕様だし、下道を走る限りはタイヤのロードノイズもそれなりに抑えられている印象がある。
一方ハンドリングはというと、街中を走ったレベルでは、あえて言えば特筆するような部分はない。
特筆というのは「しっとりした気持ちよさ」だとか「路面の突き上げのいなし方のうまさ」だとかの意味だ。ただ、ハンドルが軽すぎるようなことはないし、何かが不足だと思う点はない。
ただ、バッテリーをフロアに敷き詰めている関係で、他のEVと同様に重心の異様な低さは健在だ。ガソリン車と比べると、明らかに走行中にハンドルを切ったときの落ち着きがある。
個人的な好みでは先日試乗した日産アリアの方がハンドリングの心地よさは好ましいと感じたが、良い意味で、ごくごく普通なのだ。
ただ、室内の遮音性にも言えることだが、高速道路で試乗するとまた評価が変わるかもしれない。
ヒョンデ日本再進出の本気度
ヒョンデのアフターサポート拠点「CXC横浜」。
撮影:伊藤有
正直言って、「日本再進出」というのは、EVという新潮流の盛り上がりがあるからこそ判断できたものとはいえ、簡単なことではない —— これはヒョンデの関係者一同理解して臨んでいるはずだ。
その点で今はゼロに近いブランド力を横に置いておいて、「再進出の本気度」の観点から現状を考えてみた。
CXC横浜の納車スペース。基本、オンライン注文でデリバリー(配送納車)だが、CXC横浜を指定すれば、納車セレモニーも受けられる。
撮影:伊藤有
まず、アフターサポート兼体験施設のCXC横浜のオープン。これは再進出を考える上で、絶対に欠かせないものだったろう。
万が一の不具合を直すための拠点は早期に必要だし、「とりあえず見に来てほしい」という意味でも、ポップアップレベルではない常設施設は欠かせない。
CXC横浜を「北新横浜駅」から徒歩5分という場所に設置したのも、クルマで来店しない新しい客を掴むための立地選択ともいえる。
車両に関しては、下道で短時間乗ったレベルでは、アリアやテスラ Model 3と競合するクラスとしては十分な仕上がりに思える。
例えば、旅先のレンタカーでIONIQ 5が出てきたとしたら、「普通によくできていた」という感想を多くの人が持ちそうだ。
充電ポート。家庭充電のホームチャージャー向けの端子と、CHAdeMO形式が使える急速充電端子の2つがある。
撮影:山﨑拓実
先進運転支援(ADAS)系の装備としては、前方衝突防止補助、高速道路でのレーンキープ、車線変更時の後側方車警告、自動レーンチェンジなど、ひととおりは装備している。
価格はというと、エントリーモデルのノーマルの「IONIQ 5」で479万円(バッテリー容量58kWh、満充電走行498km/WLTCモード)。同じエントリーモデルで競合価格帯の日産アリア B6※の539万円(バッテリー容量66kWh、470km/WLTCモード)と比べても、割安感は確かにある。
※日産アリアB6は現在、受注を一時停止中
ヒョンデは取材のなかで、販売実数は明かせないとしながらも、5月開始の予約の初速は好調で、30代〜50代の男性名義が97%ほど、といった状況でオンライン受注が入っているという。
とはいえ、自動車は一種の宝飾品やファッションアイテムでもあり、ブランド認知と密接な関係がある。5年または10万キロの特別保証や、バッテリーの8年または16万キロの保証は、先行するテスラなどと比べて特別とまでは言えない。
「乗って良かった」という口コミが広がらなければ、「乗ってみたい」にはたどり着かない。その意味では、京都のMKタクシーが2022年夏に50台のIONIQ 5タクシーの導入を決めたというのは、「体験」したユーザーを増やす上で正しいアプローチと言えそうだ。
(文・伊藤有)