「Beyond Sustainability 2022」DE&I部門を受賞したGood Job! センター香芝。センター長の森下静香さん(左)に、誰もが個性を活かせる環境のつくり方や企業との連携について聞いた。
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持続可能な社会に取り組む企業を表彰する、Business Insider Japan主催のアワード「Beyond Sustainability 2022」。2年目を迎えた2022年は、7月25〜29日の5日間にわたり、オンラインで「Beyond Sustainability Week」を開催した。
7月27日のDay3は、「無印、トヨタ、東大寺…福祉×アートが生み出す新しい価値」と題し、DE&I部門の受賞団体、Good Job! センター香芝のトークセッションを展開した。
障害のある人とともに「社会に新しい仕事をつくり出す」取り組みが注目を集める理由とは?
センター長の森下静香さんに、Business Insider Japan副編集長の常盤亜由子が聞いた。
──Good Job! センター香芝はどんな施設ですか?
森下静香さん(以下、森下):障害のある人と一緒にアートやデザインを仕事にしていく活動に取り組んでいる施設です。2016年に奈良県香芝市にオープンし、今年6年目を迎えました。
運営の母体は、芸術文化活動を通じて障害のある人を支援するたんぽぽの家。障害のある人が生きる場所として施設をつくること、また障害のある人にとってより生きやすい社会に変えていくことを目指し、1970年代から奈良県を中心に活動してきました。
──Good Job! センター香芝の空間を見ているとワクワクしてきます。
森下:クリエイティブな活動が生まれる場所にしたかったんです。安全・安心を優先することはもちろん大切なんですが、障害のある人だけではなくいろいろな人がモノをつくりたくなるような、地域に開かれた場所にしたいと思って活動しています。
──建物のつくりにもこだわったそうですね。
森下:いろいろな人が働く場所と居場所をつくるというコンセプトで設計者を公募し、ありがたいことに103組から応募をいただきました。その中で、東京の建築事務所「o+h」さんを選定し、話し合いを重ねながらつくりました。
Good Job! センター香芝は、日本建築設計学会賞(大賞)、奈良県景観デザイン賞(知事賞・建築賞)を受賞するなど、建築物としても高く評価されている。
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──建物内にはショップをはじめ、さまざまなスペースがありますね。
森下:オリジナル製品をつくるための工房、オリジナル製品のほかいろいろな商品を扱うショップやストックルーム、地域の人たちも利用できるカフェなどがあります。モノづくりから発信まで一貫して行うというコンセプトのもと、それらが一つにつながって存在するような、そんな建物になっています。
──具体的にはどのように利用されているんですか?
森下:現在、10代から60代までの多様な障害のある人たち約50人が登録しています。毎日30人程度が通っていて、同じスペースでも時間帯によって違う使い方をするなど、工夫しながら運営している状況です。
ほかにも、スタッフやボランティアをはじめ、地域の人や商談で利用する人がいたりなど、本当に多くの人が良い意味で使いこなしていると思います。
初仕事は中川政七商店「鹿コロコロ」
「障害のある人だけではなくいろいろな人がモノをつくりたくなるような、地域に開かれた場所にしたい」と語る森下さん。
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──3Dプリンターを導入しているとか。
森下:Good Job! センターのオープン準備を始める少し前が、ちょうど3Dプリンターなどのデジタル工作機が日本で普及し始めた頃だったんです。外部の方から「ものづくりをするなら使ってみたら?」というアドバイスもあり、3Dプリンターやレーザーカッターを導入しました。
──3Dプリンターでどんな製品をつくったのでしょうか?
森下:最初にご相談いただいてつくったのは、奈良公園のシカをモチーフにした張り子の郷土玩具「鹿コロコロ」です。和物雑貨で有名な奈良の中川政七商店さんからの依頼でした。
──鹿コロコロはオープン前の2015年に誕生したと聞きました。
森下:はい。張り子の木型をつくる職人さんがいないということで、3Dプリンターで型をつくったんです。また、障害のある人も地域の人も制作に参加できるよう、レーザーカッターで判子をつくって“絵付け”を行えるようにするなど、いろいろな人が作業に参加できるよう工夫しました。
──制作を通してどんな手応えを感じましたか?
森下:今度は自分たちオリジナルの張り子をつくりたいと思ったんです。ちょうどセンターのカフェで特製ホットドッグを出す予定にしていたので、それにちなんで犬をモチーフにした張り子の郷土玩具「Good Dog」を制作。オープン記念のお土産品として配りました。
──Good Dogはその後、販売するようになったそうですね。
森下:2018年に(手づくりの郷土玩具を詰め合わせた)無印良品さんの「福缶」に採用されたのがきっかけです。その後、毎年干支にちなんだ張り子をつくるようになりました。福缶にも毎年採用され、自分たちでも販売しています。
中川政七商店の「鹿コロコロ」は、3Dプリンターやレーザーカッターを駆使してつくられた。
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障害のあるアーティストの著作権管理も
──Good Job! センターのすごいところは「福祉」の世界に閉じず、企業や行政と幅広くコラボレーションしていることですよね。
森下:本当にありがたいことで、ご縁が仕事をつくってきたという面があります。無印良品さんの福缶も、Good Dogを見たデザイナーの方が無印良品さんに話し、2018年がちょうど戌(いぬ)年だったこともあって実現したんです。
──トヨタ自動車とのコラボも話題になりました。
森下:トヨタさんは幅広い社会貢献活動の一環として長年支援してくださっている企業の一つなんですが、Good Job! センターのものづくりとは別の取り組みになります。
──具体的にはどんな取り組みですか?
森下:「エイブルアート・カンパニー」という団体を通して行っている仕事です。エイブルアート・カンパニーは、障害のあるアーティストが描いたデジタル作品の利用を管理するエージェントのような存在。登録アーティストは現在120人、約1万3000点の作品を公開しています。トヨタさんはその作品を使用してくださっているんです。
──いろいろな作品が使われていますね。
森下:ラッピングカーにしたり、愛知のトヨタ会館や東京本社のインテリアに採用いただいたり。新型コロナウイルスの感染拡大防止を呼びかけるLINEスタンプに採用していただいたりもしました。
著作権管理を行う「エイブルアート・カンパニー」を設立し、障害のあるアーティストの作品にアクセスしやすい環境を構築。トヨタ自動車をはじめさまざまな企業・団体が作品を活用するようになっている。
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──さまざまな企業とのコラボを通して作品が世に出ているわけですね。アーティストの皆さんの反応は?
森下:喜んでくださる方が多いですね。日本は欧米と違って原画が売れにくいという面があるので、アーティストにとっては原画が売れてほしいけれど、その一方で、人が集まる場所に展示されたり、商品のパッケージに使われたりと、より生活に身近なところで自分の作品が使われる喜びもあるんだろうなと思います。
コミュニティアートの活動が仕事を生む「好循環」
──東大寺とも取り組みをしているそうですね。
森下:東大寺さんにはたんぽぽの家の創設時からお世話になっているんです。最近は、東日本大震災で被災された方々の鎮魂のために始まった「BIG幡 in 東大寺」というプロジェクトでご協力をいただいています。
──どんなプロジェクトですか?
森下:もともと「奈良県障害者芸術祭」という、奈良県主催の芸術祭の実行委員会で企画をしたのがきっかけです。「BIG幡 in 東大寺」は、障害のある人に花鳥風月をテーマに描いてもらった絵を、重要な法要の時に掲げられる大きな旗「幡(ばん)」に仕立て、東大寺大仏殿前に掲揚してもらう取り組みです。
また、「プライベート美術館」というプロジェクトも実施しています。奈良県内各地の商店街の皆さんにも協力いただき、それぞれご自分の好きな絵を一定期間お店に飾っていただくというもの。地元の人だけでなく観光客の方々にも街歩きをしながら、障害のある人たちの絵を楽しんでいただこうという取り組みです。
──広がりのある取り組みですね。
森下:もう10年以上続けていて、このプロジェクトの実績などもあって奈良県のコンベンションセンターのロビーに飾るパブリックアートを発注いただいたこともあります。そんなふうに、コミュニティアートが仕事につながる動きも生まれてきました。
「縁のつながりが仕事を生んできた」と話す森下さん。地域で取り組むコミュニティアートをきっかけに、仕事の依頼が舞い込むという流れも生まれたという。
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──仕事をつくるという意味で、触媒の役割を担っているんですね。
森下:そうですね。障害のある人にとっての仕事であり、私たちにとっての仕事でもある。それが地域にとっても必要な仕事になってほしいし、それを障害のある人たちと一緒に担っていきたいと思っています。
──ご苦労もあるのではないでしょうか?
森下:苦労したという感覚はないんですよね。もちろん、鹿コロコロのような制作にもプライベート美術館のようなプロジェクトにも工夫を重ねながら取り組んでいますが、それは工夫であって、私自身は苦労だと思ったことはありません。スタッフには聞いてみないと分かりませんが(笑)。
人生の幅を選択できることが「幸福度」につながる
──Good Job! センターが掲げるビジョンのうち、特に「所得の再分配から可能性の再分配へ」に共感しました。どんな思いが込められているのでしょうか。
森下:障害のある人たちも仕事を、地域の中で選択できる社会になってほしいということですね。選択できる人生の幅というものがその人の幸福度につながると思うからです。その地域で必要な仕事と、選ぶことができる状況が大切だと思っています。
──『インクルーシブデザイン』(学芸出版社)の中で、著者の1人でもある森下さんは、社会保障を受ける側というだけでなく参加者として社会に主体的に関わっていくことの重要性を指摘していますね。
森下:社会保障制度のおかげで、障害のある人たちが社会福祉サービスを選べる時代になってきました。制度があるからこそ、いろいろな人と対面しながら取り組めたり、それぞれの人の得意なことは何かを見出したりする時間的余裕がとれているんですね。
一方で、社会福祉というものは本来、制度だけの話ではなく、生きる上で必要なつながりや支え合いの集合体を意味するものであるべきだと思うんです。今の制度になかったとしても、必要があればそれを形にしていくことが重要だと考えています。
Good Job! センター香芝が掲げる3つのビジョン。
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──Good Job! センターの活動に刺激を受け、全国各地で新しい挑戦が始まっているとも言われています。
森下:本当にそんな波及効果があればいいと思いますが(笑)。ただ、福祉関係の方たちとのネットワークだけでなく、アートやデザイン、伝統工芸の関係者、エンジニア、弁護士、弁理士など、異なる分野の専門家ともつながりながら一緒に社会を良くしたいと思っているので、そうした動きが広がってきているのかもしれません。
──設立からの6年間を、森下さん自身はどう見ていますか?
森下:実はオープン当初に決めていたことはすごく少なかったんです。オリジナル製品をつくること、流通の仕事を障害のある人たちが行うこと、カフェとアトリエをつくること、デジタル工作機材を導入すること。そのくらいです。
──それは意外です。
森下:逆に決めすぎていなかったからこそ、障害のある人やスタッフ、ボランティアの皆さんと一緒にいろんなことに挑戦できたし、仕事になるとは思ってもいなかったことが仕事につながってきたんだといます。
──まだまだ進化していきそうですね。
森下:そうですね。社会の中で「障害のある人」の捉え方がこの10年、20年で大きく変わってきましたから。私自身、Good Job! センターを始めてからは特に、いろいろな能力を持っているけれどある状況下では苦手なこともある、その間にあるのが「障害」だと思うようになりました。「障害」という言葉についても、迷いながら使っている面があります。
ただ、結局はチームで仕事をしていくことが重要であって、Good Job! センターではそうした「障害」を感じないこともあるんです。
(聞き手・常盤亜由子、構成・湯田陽子)