芥川賞作家・綿矢りさが描いた「コロナ」。プチ整形女、潔癖症の不倫男らが登場

綿矢さん

2001年のデビュー以来、最新の題材を扱った小説を発表し続けてきた綿矢りささん。最新作では「コロナのいま」を小説にした。

撮影:稲垣純也

マスク生活にプチ整形、承認欲求がむき出しのInstagram、YouTuberの炎上とファンの心理、コロナ禍での不倫 —— 。

綿矢りささん(38)が7月に発売した最新刊『嫌いなら呼ぶなよ』は、新型コロナウイルスに影響を受けながら生きる人たちの今を、ユーモアを交えつつ描いた短編集だ。

綿矢さんは、2001年のデビュー作『インストール』で、当時まだ一般的ではなかった「匿名チャット」を描いて以降、現代の日本を小説で描いてきた作家だ。

そんな綿矢さんは、どのようにして「コロナ小説」を着想したのか?

作家生活20年を超えた綿矢さんにインタビューした。

実際のインタビューの一部はYouTubeでもご覧いただけます。

撮影:山﨑拓実

コロナ禍「建前と本音出やすい」

綿矢さんの最新刊

最新刊『嫌いなら呼ぶなよ』は、現在を生きる若者らを描いた4つの短編が収められている。

撮影:稲垣純也

「コロナとかマスクとかSNSとか、それについて書こうと思ったわけではありません。こういう主人公を書きたいなと思ったとき、現在を生きているならこうなるだろうと、自然と出てきました

最新作でコロナを描いた理由について、綿矢さんはそう語る。

コロナについては「気にする度合いが人それぞれ違って、本音と建前みたいなのが出やすい分野」だとも。

「小説に出てくる人たちは、『コロナは風邪だから、自分はマスク外します』みたいな過激な人はおらず、行儀よくマスクもするし、ワクチンを打っている。

でも考えてることや、裏でしている行動が違ったりする。それって当たり前なことなのだけど、真面目に考えすぎて追い詰められてしまう人もいたはず」

コロナ禍に身を置きながら、たとえ周囲に理解されなくてもこだわりを貫く「我が強い主人公たち」を、時にユーモアを交えた筆で描写したのがこの短編集だ。

「ブラックユーモアみたいな部分もある小説。読んで息抜きにしてほしいと思っています」

インスタで見た「デコレーションマスク」

マスクする女性

コロナの感染拡大以降、マスクをつけての外出が当たり前になった。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

コロナが始まって春夏秋冬いつでもどこでも、人と会うときはマスクをつけなきゃいけない事態になったときは、不織布の摩擦でほっぺたが肌荒れする!と怒りくるった。でも実際マスクをつけて生活すると、他人との心の距離と顔を半分だけ見せるっていう距離の遠さが、イコールになった気がして気分が落ち着いた。不織布はいつまでも嫌いでずっと布派だけど。

自分が隠れてるのも落ち着くし、他人が隠してくれてるのも落ち着く。(『眼帯のミニーマウス』より引用)

『嫌いなら呼ぶなよ』には4作品が収められているが、1作目の『眼帯のミニーマウス』ではマスク生活する女性会社員が主人公。

ファッション好きな主人公は、学生時代から服装をInstagramに投稿することが生きがいで、マスクもスワロフスキーや缶バッジでデコレーションしてSNSに投稿している。

「インスタを見ていた時に、マスクにシールとかアップリケを貼っている人がいて、いろいろやるもんやな、主人公もやってそうだなって。この主人公ならば、コロナ禍をどう受け止めるか考えた時にマスクが持つ匿名性に惹かれるだろうなと思いました」

身近になった整形、でも現実は……

この短編では、整形も重要なテーマだ。

主人公は自身の整形について、社内で聞かれれば隠すことなく伝えてしまうが、やがて周囲からの「整形いじり」が加速していく。

「プチ整形が結構浸透してきて、絶対に隠すようなものでもなくなってきたけど、その変化みたいなことに、当事者、現代の人たちは追いつけていないのかもしれない。

カジュアルに受け止められていいこともあるけど、追いついてない部分もあると思って、その差を描きました」


「山﨑さん聞いたよ! 整形してるらしいじゃない。どこいじったの?」

「おでこをちょっと。でも注射一本で済む施術だし、整形だなんておおげさですよ~。まぁプチ整形ってレベルかな」

「異物入れて膨らませたり、注射打って筋肉の動き死なせたりするのは、プチとかじゃなく整形よ」

整形の定義は厳密なくせに、プライバシーにはカジュアルすぎ?(『眼帯のミニーマウス』より引用)

YouTuberとファンの危うい距離感

YouTubeを見るひと

『神田タ』ではYouTuberとそのファンが登場する(写真はイメージです)。

shutterstock

2作目『神田タ』の主人公は、「わりと人気のある」YouTuberのファンという設定で、YouTuberとファンという微妙な距離感が描かれている。

主人公は新しい動画がアップされるたびに熱心にコメントを送るが、YouTuberに抱く感情は、「アイドルへのあこがれ」のようなものでは全くない。

YouTuberに自分の存在を認めてもらいたいという強烈な思いから、時にはクレームに近い意見を書き込み、「リアルタイム実況の二時間の放送でコメント百件」送り付ける執着心や「支配欲」をむき出しにしている。

私の部屋と似たような狭い部屋から一人ぼっちで画面に向かって明るくずっと話してる、リアルタイム配信してるときはこっちがなにか書き込むと反応してくれる動画を見るのが好きだ。彼らが視聴者を欲していて、自己顕示欲を満たしたくて、でも見知らぬ大勢の人間を相手にしてることへの独特の警戒と不安が、強い照明で白飛びした画面に映る彼らの表情から伝わってくるのを見るのが好きだ。まだ視聴者の少ないチャンネルの固定視聴者になり、激励したり批判したり、温と冷の私のコメントに翻弄されてる主(ぬし)の動揺が見てとれると、支配欲さえ満たされる。(『神田タ』より引用)


「YouTuberとファンの距離感に興味がありました。見ている人にとっては、すごい身近に感じていて、それが魅力なんだけど危ないところもある。多くの人が見ているチャンネルであればあるほど、勘違いする人も出てくるはずで、そういうことを書いてみたかった」

綿矢さんの目には、YouTubeのコメント欄は「結構、えぐいシステム」に見えたという。

「コメントに対してYouTuberがハートを付けられる機能があるんですが、連続して押されているのに、1人飛ばされている人がいたりして、コメントを書いた人はどう思っているのかと。

YouTuberとファンは互いに出会わないからこそ成立している世界。もしも出会ってしまったら、というケースを書きました

小説は、主人公とあこがれのYouTuberが同じ場所に居合わせたことで、思いがけないショッキングな結末に向かっていく。

ストーリーと関係のない面白み

綿矢さん

最近は文豪・永井荷風の日記を読んでいるという。「本当に好きなことをやって生きている感じがして憧れます。私と性格は全然違いますが」。

撮影:稲垣純也

タイトルが強烈な表題作『嫌いなら呼ぶなよ』は、コロナ禍における不倫がテーマ。

ドロドロした愛憎劇のようだが、主人公の男性は、不倫がばれても全く反省しておらず、むしろ被害者であると考える姿をコミカルに描く。

綿矢さんは、主人公がトイレに行くシーンが最も「書いていて一番楽しかった」という。

「主人公は不倫してるけどすごい潔癖症で、他人の家の便器の裏とか、汚れていないか確かめたりするんです。

コロナ禍での不倫で、普通よりも罪が重くて不潔みたいに扱われているけれど、本当はすごい綺麗好き。そういうシーンを書いていると、『いま何書いているんやろ』って思って、逆に気分が乗ってきます」

綿矢さん自身が小説やエッセイを読むときに、ストーリーとは直接関係のない部分にこそ、面白みを感じることも多い。

「本筋とは関係ないし、何か浮いているかなって思うようなところが一番楽しかったりする。そういうのを小説では切らないようにはしています。『もういらんやろ』って思うんですけど(笑)」


潔癖症の僕は便座を上げるのがいつも恐怖で、気づけば座ってする人になっていた。(中略)しかし今日は少しヤケになっているのもあり、恐いもの見たさで便座を上げた。やあ、ぴかぴかだ。客が来るからか、掃除が行き届いているじゃないか。偉いぞ。(『嫌いなら呼ぶなよ』より引用)

「もっと社会的なテーマにも挑戦したい」

綿矢さん

時おり京都弁を交えてインタビューに答えた綿矢さん。「息抜きに小説を読んでみてほしい」と話す。

撮影:稲垣純也

デビュー作から、時代の最先端のテーマを小説で描いてきた綿矢さん。今後はどんな小説に挑んでいくのか?

これまでは、自分の性格に翻弄される人を書いてきました。引っ込み思案だけど勝気な人の葛藤とかですね。これからは世の中に翻弄されて生きる人たちも描いてみたい」

具体的には「子育て」についてもテーマにしてみたいという。

「息子が7歳になったのですが、子育ての制度ってどんどん変わっている。保育園の入りやすさも変わるし、数年前は高い費用を払っていたのが、無料になるとかすごい変化に翻弄されている面がある。

今まで書いたことのない社会的なテーマでも、面白い話を書いていきたい

読みやすい言葉で的確に、そして独特な表現で、現代に生きる私たちの心情を切り取ってきた綿矢作品。

次回作ではどんな「いま」が描かれるのだろうか?

綿矢りさ…1984年、京都府生まれ。早稲田大学卒業。2001年、『インストール』で文藝賞を受賞して作家デビュー。2004年に『蹴りたい背中』で芥川賞を受賞。19歳での芥川賞は最年少の受賞で、当時20歳だった金原ひとみさんの『蛇にピアス』との同時受賞も話題になった。『勝手にふるえてろ』(2010年)が映画化されたほか、『かわいそうだね?』で大江健三郎賞を受賞。女性同士の恋愛を描いた『生(き)のみ生のままで』(2020年に島清恋愛文学賞を受賞)など、現代的なテーマを扱った小説も多い。

(文・横山耕太郎、撮影・稲垣純也)

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