高校生でデビューし、作家生活が20年を超えた綿矢さん。書き続けるための心得とは?
撮影:稲垣純也
2004年、『蹴りたい背中』で芥川賞を史上最年少で受賞した綿矢りささん(38)。
当時、綿矢さんは19歳の大学生。同時に芥川賞を受賞した金原ひとみさんも20歳で、若い2人のダブル受賞は大きな話題になった。
あれから約20年。
綿矢さんは2021年に、デビュー20周年となる作品『オーラの発表会』を発刊。そして、2022年7月にはコロナ禍のいまを書いた最新作『嫌いなら呼ぶなよ』を発売するなど、小説家として第一線で活動し続けている。
10代から注目された彼女は20年間、どのようにプレッシャーと戦い、創作への意欲を燃やし続けてきたのか?
綿矢さんにインタビューした。
実際のインタビューの一部はYouTubeでもご覧いただけます。
撮影:山﨑拓実
20年間「小説ばっか書いてきたなと」
デビュー20周年記念作となった『オーラの発表会』では、周囲の目を気にせず、自分の価値観に従って突き進む大学生をコミカルに描いた。
撮影:稲垣純也
—— 2021年はデビュー20周年でした。この20年間をどう振り返りますか?
デビュー20周年は、周りから言われてから知ったという感じですっかり忘れていました。でも、これまでがんばってきたなと思う機会にはなりました。
1年ごとに振り返ってみると、ああいうことをしたな、こういうことをしたなと思うのですが、ざっとこの20年を振り返ると、本当に小説ばっかり書いてきたなという思いです。
—— 若くして有名作家になりました。プレッシャーとどう向き合ってきましたか?
もちろんプレッシャーはありましたが、(芥川賞は)作家としての元手(もとで)みたいなものでもありました。
私の場合、すぐにデビューしたので下積み時代がありませんが、作家の中には下積み時代に働きながら書いてきた方も多い。その点、私は自信がなくなったり焦ったりとかはありませんでした。
そんなに根性のあるタイプじゃないので、苦しい生活をしながら、本を書き続けることができたかなと思うと、私はできなかったと思うんですよね(笑)。
今は同じくらいの年代の作家がみんな頑張っています。もし私だけだったら、「こんなんやってるのは自分だけやし」と思って、諦めたかも知れませんが、同じ年代の同じ職業の人がたくさんいるので励みになっています。
「100歳超えても書き続けたい」
—— 芥川賞の候補がすべて女性作家になり話題になるなど、若手女性作家が活躍しています。若手作家を意識することはありますか?
年齢で注目することはないです。逆に最近は100歳に近い方のエッセーがすごく好きです。
宇野千代先生(1897~1996年、享年98歳)や、佐藤愛子先生(98歳)など、アラ100(アラウンド100)の先生に加えて、曽野綾子先生(90歳)のエッセーも読み始めました。逆に若い方のエッセーはあまり読みません。
100歳に近い先生たちは、すごく元気なので、元気をもらうために読んでいます。こういう考え方をしていたら、100歳まで生きられるんだろうなって。
私もできれば100歳まで長生きしてギリギリまで書きたいし、100歳を超えても書きたい。ただ100歳の壁は大きいようで、書き続けた例はあまりないようです。すごく厚い壁なので、今から緊張しています(笑)。
あと、100歳に近い先生のエッセイを読んでいると、「こういうものを書きたい」っていう執着がすごい。年齢によって書くもの、書けるものが変わっていくと思っているので、年齢を重ねても、食らいついていきたいなと思います。
「スポットライトが当たる部分が変わってきた」
『生のみ生のままで』は2022年6月に文庫本も発売された。
撮影:横山耕太郎
—— 年齢を重ねたことで、小説のテーマに変化はありましたか?
今38歳ですが、作品の幅が広がったというよりも、スポットライトの当たる部分が変わったように感じています。
10代20代の頃は特に恋愛に興味があり、今も恋愛は大好きですが、最近では、社会が今の時代に生きる人間に与える影響が気になっています。
最新作『嫌いなら呼ぶなよ』では、新型コロナウイルスが登場しますが、これから社会的なテーマにも取り組んでみたいと思っています。
——『生のみ生のままで』(2019年)では、女性同士の恋愛を描きました。日本でも同性婚への関心が高まっていますが、意識的に現代的なテーマに挑戦しているのでしょうか?
何年も前から書きたいと思っていたテーマでしたが、自分の中で、どういうふうに書いたらいいのか分かりませんでした。ただ注目されるテーマになったこともあって、今書きたいなというストーリーにやっとたどり着けました。
—— 小説のラストは印象的でしたが、賛否が割れる結末だと思います。
2人は何かに歯向かいたいとか、社会に対して何か言いたいことがある訳ではなくて、ある意味で、自分たちの幸せしか考えていない2人です。
2人でいることが、いろいろな苦しみに耐えることよりも貴重というか、何かを忍ぶ生活を送るよりも、2人でいる方がよっぽど重要だという気持ちを大切にしている。
書いているときは、とにかく幸せになれるような選択をしてほしいと思いながら書きました。
書き続けるためには「追い込みすぎないこと」
影響を受けた作家として、デビュー当時から太宰治の名を上げてきた綿矢さん。ただ書き続けるために「思いつめる以外の方法を探した」という。
撮影:稲垣純也
—— 20年間、話題作を発表し続けてきました。書き続けるための秘訣を教えてください。
職業によって違うと思いますが、私みたいな自由業の人間は、負荷をかけすぎずに、しぶとくやることだと思います。
追い込んで成果を上げる人ももちろんいるし、それが間違いだとは思いません。でも追い込み過ぎると、やっぱり立ち直れなくなる可能性もある。
例えば、一度ブツっとやめてしまうとか、自分の中にエネルギーが戻ってくるまで待つとか、そういう方法もあると思います。
「これができなければ作家としての筆を折る」とか、いちいち思わないことです。
—— 書き続けるための気持ちの持ちようについて、意識し始めたきっかけはありますか?
作家は歴史の長い職業だから、先人たちがいっぱいいます。
歴史を見ると、三島由紀夫や太宰治など、すごい作品を書きつつも自ら命を絶った文豪もいる。そういう作家たちの考え方と、生きて書き続けてきた作家の考え方が根本的に違うことに、20代で気づきました。
しぶとく書き続けた作家の小説やエッセーを読んで学んだことが、(書き続けることを意識した)きっかけになりました。
三島由紀夫などの作品を読むと、すごくよくわかる気持ちもあるし、その人なりの美学みたいなものは正しいと思う。
じゃあ自分がそれをできるかと言ったら、できないことが途中で分かりました。すごくかっこいいけど、自分ができるかというとやっぱり違うなと。
だから私は、思いつめる以外の方法を探すほうがいいと思いました。作家と言うのは思いつめやすい職業だから、そこはやっぱり直していかないといけないと思っています。
「小説ってやっぱり面白い」
最新作『嫌いなら呼ぶなよ』も、コロナをめぐる「建前と本音」を時にコミカルに描写している。タイトルが目を引くのも綿矢作品の魅力の一つだ。
撮影:稲垣純也
—— 最後に伺います。本が読まれなくなっていると言われて久しいですが、小説が持つ意味や役割について、どう考えていますか?
小説は国語の教科書にも載ってるし、勉強みたいにも思われる分野ですが、割と不道徳なところがある。
不道徳なものは、夜に起こったり、一人で参加したりとか、場所やシーンが限られていることが多い。でも読書は昼間でも堂々とできるし、真面目にすら見えて、頭がいいとか言われたりもする。小説のような形の、不道徳のものはあんまりない。特殊な存在だと思っています。
映画であれば、ホラー映画などジャンルで分かれているけど、本は一緒くたで並んでいますよね。ノンフィクションだとその過激さが、題名に出ている本もありますが、物語はもうちょっと包んであって、ステルス性が高い感じ。
何かを隠れ蓑(みの)にして、実は過激なメッセージを発しているところに、物語の良さがあると思っています。
その良さは、20年間書いていてもまだまだあるなって。やっぱり小説って、面白い分野だなと思っています。
(聞き手・構成、横山耕太郎、撮影・稲垣純也)