1個300円の卵を売る養鶏場「ハコニワ・ファーム」のサステナブル経営

受賞企業ハコニワ・ファーム代表のよらりえさん。

撮影:小林優多郎

持続可能な社会の実現に取り組む企業を表彰する、Business Insider Japan主催のアワード「Beyond Sustainability 2022」。

7月28日のday4は、「1個300円の卵を売る養鶏場、驚きのサステナブル経営」と題し、ヒューマニズム賞の受賞企業ハコニワ・ファーム代表のよらりえさんを迎えたセッションを展開した。

ハコニワ・ファームは、栃木県真岡(もおか)市で平飼いの養鶏場を運営。ニワトリの飼育環境を第一に考え、ストレスを感じることなく自然に卵を産める環境を維持するなど、アニマルウェルフェアに取り組んできた。また、無農薬、IoT活用、障害者の就労トレーニングなども継続的に行っている。

障害者雇用とアニマルウェルフェアを実現しつつ、高品質な商品を生み出すサステナブル経営はいかにして可能なのか。Business Insider Japan編集長の伊藤有が聞いた。

ニワトリらしく過ごせる環境が、高品質な卵を生む

── 初めに、ハコニワ・ファームの事業内容を教えてください。

よらりえさん(以下、よら):私たちは栃木県真岡市にある、A型就労支援施設わらくやが運営する養鶏場のブランディングと卵の販売を手がけています。養鶏場では作業の90%以上を知的、精神、発達障害など障害者の方たちが担当しているのが大きな特徴です。

── 1個300円という、通常の約10倍の値段の卵を販売していることに驚きました。他の養鶏場とは何が違うのでしょうか。

よら:最大の違いはニワトリの暮らしです。日本の養鶏場の約93%は「バタリーケージ」と呼ばれるケージ飼いを採用しており、ニワトリが窮屈な場所で暮らしています。しかしハコニワ・ファームでは「平飼い」を採用しているため、ニワトリが養鶏場の中で自由に動き回ることができます。

ニワトリが「眠いわ」と思ったら丸くなって寝る。「痒いわ」と思ったら砂を浴びる。「産みたいわ」と思ったらネストに移動して卵を産む。そんな「ニワトリがニワトリらしく暮らせる環境」が私たちの養鶏場にはあります。飼料や水にもこだわり、高品質のものを与えています。

平飼いによってニワトリがニワトリらしく暮らせる環境を実現している。

ハコニワ・ファーム提供

── 自然に近い環境で育ったニワトリの卵は、通常の卵とは何が異なりますか?

よら:一般の卵よりも美味しくて、食べると元気になる卵が採れます。

特に変化量が大きいのは、卵黄中に含まれる旨味成分です。ハコニワ・ファームで育てたニワトリの卵には、バタリーケージで飼育したニワトリの卵と比べて約2.5倍のアミノ酸が含まれることが分かっています。滋養強壮成分であるタウリンの含有量も増えます。

── 卵だけでなくニワトリ自身にも変化が生まれるのでしょうか。

よら:はい。ニワトリがニワトリらしく暮らせる環境で飼育されたニワトリは、卵を産む期間が長くなります。私たちはそのために最適な環境や食習慣を日々研究しています。

こうした全てのニワトリを大切にする取り組みは、私たちが障害者雇用をしているという事実と密接に結びついています。

そもそも当社の事業は、一般の方よりも得意・不得意がはっきりしている障害者の方々が、お互いに協力し合うことによって成り立っています。障害者の方たち一人ひとりに価値を置いているからこそ、ニワトリ一羽一羽にもできるだけ長く元気に活動してもらいたいと考えているのです。

理念に共感の消費者、味で選ぶ飲食店

ハコニワ・ファーム

ハコニワ・ファーム提供

── そもそもハコニワ・ファームの養鶏場ビジネスは、どのような経緯で誕生したのでしょうか。

よら:現在のビジネスが生まれる前は、A型就労支援施設わらくやが5年ほど、養鶏場の仕事を下請けで行っていました。

わらくやの職員の方たちは、障害者の方たちが活躍しているのを見て「この仕事をずっと続けさせてあげたい」と思ったそうです。動物は生き生きとしていて反応がありますから、アニマルセラピーに近い効果もあったのだと思います。

しかしその仕事は、いずれは終わることが決まっていました。どうしたものかと悩んでいたところ、相談した税理士事務所の先生が「それなら皆さん自身が運営する養鶏場を作りませんか?」と資金を出してくださったことがきっかけで、現在の養鶏場が生まれました。

なお、最初に下請けで行っていた養鶏場は、バタリーケージ形式を採用していました。平飼いを始めたのは、自分たちで養鶏場を作った後です。

── ニワトリの基本的な飼育方法に関しては、ノウハウがある状態でのスタートだったのですね。1個300円の卵は、どのような方に継続的に購入されているのですか?

よら:お客様は一般の方と、飲食店の方に分かれます。一般の方はもともと動物愛護に関心のある方や、私たちの養鶏場の運営方法に共感して購入を決めてくださる方が多いです。

一方飲食店の方は、味が最大の決め手となって購入されるケースがほとんどです。卵かけご飯専門店や、すき焼き店、1日1組限定のお店(締めの卵かけご飯として)、イノベーティブレストランなどでご利用いただいています。

飲食店の中には、私たちが障害者雇用をしていることについて、「そういえばそうだったね」と忘れている方もいるくらいです。

── 美味しさが購入の理由になっているのは素晴らしいですね。ところで、ハコニワ・ファームではどのような種類の卵を扱っているのですか?

よら:「ゆい」「だいだい」「茜(あかね)」の3種類です。

「ゆい」は赤ちゃんの頃からピュアな餌を食べてきたニワトリの卵で、どんな食事にもよく合います。

「だいだい」はマリーゴールドを主な食事としてきたニワトリの卵で、黄身が大きく盛り上がっているのが特徴です。

「茜」は、成人になったニワトリに大量の美容成分を含む餌を与えて、一時的に体が活性化した状態のニワトリが産む卵です。濃厚で旨味がぎゅっと詰まっていて、お肉によく合います。今後はこの「茜」の生産量を中心に伸ばしていきたいと考えています。

── どれも美味しそうです。飲食店とのつながりはどのように作ってきたのでしょうか。

よら:ビジネス交流会のほかには、SNSをきっかけに交流が始まることが多いです。特に「茜」の黄身の赤さは映えるので、茜を使ってメニューを提供している飲食店のインスタグラムを見て、私たちに連絡をくれた飲食店の方もいました。

私たちがハコニワ・ファームの卵の価値を伝え、認知を広めることで、飲食店さんは私たちの卵をもっと採用しやすくなると思うので、これからも発信活動には力を入れていきたいです。

── 高価でも美味しい卵を作り、それを売ってビジネスを成立させるのは難しいことだと思います。成功している最大の理由は何だと考えますか。

よら:私たちは雇用している障害者の方たちに、栃木県の最低賃金以上の給料をお支払いすることを前提に活動しています。

一般的にわらくやのような就労継続支援施設は、「何でも良いので仕事をください」というスタンスでいると、単価の安いお仕事しかいただけません。最低賃金以上の給料を払うためには、圧倒的に強い事業を自分たちで作り、運営することが絶対条件となります。

もし一般の営利企業であれば、これだけ飼料の価格が高騰している状況下、餌を安価なものに変えるという判断はあり得るかもしれません。でも私たちは、障害者の方たちに安定した給料をお支払いすることを最優先事項としているため、卵の品質は絶対に下げてはいけないと考えています。

卵の品質保持と、障害者雇用の目的が強く結びついている。それがハコニワ・ファームの根幹であり、私たちが誇りとやりがいを持ってこのビジネスに取り組んでいる理由でもあります。

1年に338個の卵を食べる日本人。「平飼い」卵の可能性

卵

ハコニワ・ファーム提供

── 今後、養鶏場の規模はさらに拡大する予定ですか?

よら:いえ、まずは現状の規模で安定した運用を実現することを目指しています。

私たちの養鶏場では、現場に負荷がかかりすぎると一気に問題が発生してしまうため、この3年様子を見ながら少しずつ規模を拡大してきました。

そして今、過去最大となる3000羽のニワトリの育成に成功しました。もっと多くの方に私たちの卵を召し上がっていただくためにも、まずは今のニワトリに最大限活躍してもらうことを直近の目標としています。

── これからの一次産業の未来において、ハコニワ・ファームが果たす役割についてどのように考えていますか。

撮影:小林優多郎

よら:日本は先進国の中でも、バタリーケージ型の養鶏場の割合が大きい国です。そして、世界で2番目に卵をたくさん食べる国でもあります。なんと1年で日本人1人あたり、338個の卵を食べているそうです。

その338個のうち、平飼いのニワトリから産まれた卵が選ばれる割合が少しでも増えれば、一人ひとりがより元気になり、そして国全体が元気になると思っています。

今後はハコニワ・ファームがもっと成長することによって、その影響を受けて私たちと同じことを始めてくださる方が増えたら嬉しいです。

(聞き手・ 伊藤有 、構成・一本麻衣)

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