画像:MASHING UP
玉石混交の情報がインターネットに氾濫し、混迷を極める現代社会。誰もが手のひらのスマートフォンから情報収集・発信ができる今、メディアや情報の受け手はどうあるべきか。
2021年11月19日開催のMASHING UPカンファレンスvol.5では、「世界の読み方」をテーマに、評論家 荻上チキさん、Lobsterr Publishing 共同創業者 佐々木康裕さん、スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)編集長 中嶋愛さん、ジャーナリスト/メディアコラボ代表 古田大輔さんが登壇。司会進行役は、佐々木さんが兼任した。
2大キーワードは「情報の民主化」、「信頼とバイアス」
専門外の情報を収集する際には、地球上の全ての物事を自分にとって“relatable”であると考えることが大切だと語った古田さん。
撮影:S.KOTA
元朝日新聞記者の古田さんは、BuzzFeed Japan創刊編集長を経てメディアコラボを設立、ジャーナリスト兼メディアコンサルタントとして活躍している。ウェブメディアには多種多様なジャンルが存在しているが、その中でも今、古田さんが危惧しているのは、健全なニュースメディアの存続だ。民主主義発展のために不可欠な存在としてのニュースメディアのあり方について考え続けている古田さんが、今回のトークセッションに2つのキーワードを持参した。
「一つ目は、情報の民主化。インターネット、ソーシャルメディア、スマートフォンによって、誰もがいつでもどこでも情報を摂取・発信・拡散できるようになった。マスメディアや一部権力者による情報の独占が崩れた。この走りとなったのは、アラブの春(2010年から中東・北アフリカ地域で起こった民主化運動)。民衆が情報を受信するだけの存在でなくなり、情報を能動的に活用する側になった。
これ自体は素晴らしいことだけれど、マイナス面もある。例えば、情報の量が莫大になりすぎたことで、どのように情報を読めばいいのか分からなくなったという課題。そして、情報が多すぎるが故に、フェイクニュースが溢れるようになったこと。専門用語でミス・インフォメーションと言います」(古田さん)
そして古田さんが挙げた2つ目のキーワードは、信頼とバイアス。信頼に値する正確な情報を見分ける際にとりわけ重要となるのが、自身の中に存在するバイアスを認めることだと語った。
「早稲田大学で授業をしていた時に、『自分は偏っている人間だと思いますか』と学生に聞いたら、半分以上が『自分は偏っていないと思う』と回答しました。その直後に“リンダ問題”と言われる有名な(認知バイアスを確かめる心理学の)問題を解かせると、みな自分のバイアスに気づくんです。
偏っているからこそ、間違った情報を選んでしまう。あるいは、結果的に正しい情報にたどり着いたとしても、それを偏りに基づいて選択してしまっている。そのような状況を、どのように改善していくのかが課題」(古田さん)
とくに2つ目の“信頼とバイアス”については、今回最も重要な課題として認識され、セッション全体を通して他の登壇者からもさまざまな意見が飛び交っていた。
「盛らない・薄めない・煽らない」記事をつくる
“盛らない・薄めない・煽らない”を方針として掲げていると語る、中嶋愛さん。
撮影:S.KOTA
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR-J) 日本版編集長の中嶋愛さんは、2022年1月末より新たに日本で創刊する同誌の方針として“盛らない・薄めない・煽らない”を掲げている。
「私がビジネス誌の編集に携わっていた頃は、“世界で注目される何十人”、“日本初”など、読者の目を引くキーワードを非常に大事にしてきた。しかし、そういった表現を用いなくても必要としている人に届けられるし、そういうことをすると必要な人に届かないということで、盛らない方針にしました。
次に薄めないというのは、SSIR-Jはもともと論文を掲載する学術雑誌ではないのですが、かなり精査された論文が掲載されることになりました。読み砕くのは難しいのですが、だからと言って簡単に要約を付けたり専門家に解説してもらったりすることはやめて、読み手に委ねることにしました。
最後の煽らないというのは、媒体として特定の立場を標榜して、賛成や反対意見を応援や批判することはしないということ」(中嶋さん)
中嶋さんがさまざまな場所でこの3つの方針を説明すると、ほぼ好意的な反応が返ってくるという。“盛らない・薄めない・煽らない”情報に対する根強いニーズを実感し、手応えを掴んでいるそうだ。
メディアが持つ新たな可能性を模索する
今回のトークセッションでは、安易に明確な答えを導き出すよりも「敢えて問いのまま持ち帰って欲しい」と佐々木さん。
撮影:S.KOTA
そして、2019年3月にスローメディア『Lobsterr』を共同創業したモデレーター兼スピーカーの佐々木康裕さん。ニュースレターやPodcast、書籍など多様なフォーマットを横断しながら、“スローで深い情報”の提供を目指している。
「現代のメディアは、色々な形をとり得ると思っています。同じ情報であっても、Podcastとして音で発信することも、書籍というクラシカルな媒体に載せることもできます。
メディアの可能性について実験する場所として、Lobsterr Publishingの運営を行っています。読者には“答え”を渡すのでなく、“トス”というか、考えるためのきっかけを手渡せれば」(佐々木さん)
また佐々木さんは、映画制作・配給会社のA24がアパレルを作ったり、ポップアップで飲食店を始めたりなどした事例を挙げ、メディアのブランド化について言及。欧米で台頭しているワンパーソン・メディアの影響力についても触れた。
「例えば、ニューヨークタイムズの記者が独立して始めたニュースレターが、大きな影響力を持つ。テック媒体の記者が始めた媒体がスクープを連発する。そのように、個人が運営するメディアが、マスメディアを圧倒するような影響力を持つ動きがあります」(佐々木さん)
“予期”と“信念”から考えるバイアスの問題
「メディアリテラシーを身につけても、各分野の専門知識がなければ世界を正確に読み解くことはできない。しかし自身のメディア接触について一定程度整理するために、メディアリテラシーは有益」と語る荻上チキさん。
撮影:S.KOTA
古田さんが冒頭で挙げた“信頼とバイアス”についてのクロストークでは、メディア論をはじめ、政治・経済・社会問題などに幅広く精通している評論家の荻上チキさんが、人間の心理に触れながら現時点で考え得る改善策を探った。
「信頼というものが果たす機能に注目することが大切。信頼がなければ私たちは社会生活を営めない。ドアを開けて暴漢がいるかもしれない、物の売買で騙されるかもしれない。そのようなことを一つひとつ疑っていたら、私たちはビジネスも外出もできない。『こういう風になるだろう』という予測と期待(予期)がなければ、社会生活は成立しない。
このような、『予期通りに他の人も動くだろう』という信頼を相互に形成していく。そのためには、予期の形成について認識を共有するために、メディアの役割があるわけです」(荻上さん)
しかしながら、そうしたメディアは乱立状態にある上に、各メディアによって前提や予期の内容も大きく異なるのが現状。このような状況において、いかにして社会全体で合意を形成するのかが課題となっている。
「もう一つ、信頼に近い概念として、信念というものがある。人間は信念を持っているからこそ、日々努力できるという側面がある。たとえば『頑張れば報われる』、『努力すればいいことがある』。こうした信念を揺るがすニュースに接してしまうと、私たちはとてもストレスを感じます。そして、バッドニュースをもたらしたメディアや登場人物などをバッシングするという現象が起こることもある。
メディアは適切な情報を届けて、判明した事実をもとに社会信頼を構築するための議論をしましょうと訴えているのだが、一定の受け手はそれを拒絶する。なぜなら、“努力すれば自分は報われる”という信念が崩れてしまうことになるから。結果、被害者へのバッシングにつながることがある。“社会的問題ではなく、個人の落ち度の問題である”と線引きすることによって、自分の信念を守ろうとする。こうした信念を持つ一定数の人々と、メディアを通じてどのようなコミュニケーションを行うことが必要なのかということを考えながら、議論しなければなりません」(荻上さん)
情報と自分との距離感を測る思考法を身につけよう
一方、古田さんは、2016年の米大統領選以降、議論の流れが急激に変化したことを肌で実感したという。当時BuzzFeed Japan創刊編集長に就任した直後だった古田さんは、“情報の信頼性”が最重要テーマの1つとして議論され始めた経緯を振り返った。
「それまでは、人がソーシャルメディアで情報を共有することに対して、ポジティブな意見が非常に多かった。しかし米大統領選の際に、当時の同僚だった(カナダのジャーナリストであり、米調査報道メディア『プロパブリカ』の記者である)クレイグ・シルバーマンが調査報道で調べてみたら、とんでもない嘘を流しているメディアの情報のほうがCNNやBBC等よりもシェアされていることが明らかになった。なぜとんでもない情報を、人は信頼して真実だと思い込んでシェアしてしまうのかという議論が始まりました」(古田さん)
この現象を読み解くキーワードとして古田さんが挙げたのも、やはりバイアスだった。課題を解決するために最も重要なのはクリティカル・シンキングであると締めくくった古田さん。ある情報に接した際にただ批判するのではなく、吟味するという思考法が不可欠だ。情報と自分との距離感を測るような思考法を、一人ひとりが身につけていくところから始めなければならないという。
SNSでは、誰もが読み手であると同時に発信者にもなる。情報の海に溺れることなく、自分にとって正しい方角に航海するためには、誰もが一人ひとり持っている信念とバイアスを自覚することが必須であると分かった。そして全メディアが発信する全ての情報にもバイアスがある、ということを前提に情報収集をしていくことも、忘れてはならない。
撮影:S.KOTA
MASHING UP conference vol.5
世界の読み方
荻上チキ(評論家)、中嶋愛(スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版編集長)、古田大輔(ジャーナリスト / メディアコラボ代表)、佐々木康裕(Lobsterr Publishing 共同創業者)
MASHING UPより転載(2022年5月10日公開)
吉野潤子:ライター・英語翻訳者。社内資料やニュースなどの翻訳者を経て、最近はWebライターとしても活動中。歴史、読書が好きです。