BYDはEVシフトと海外展開を一気に推し進めている。
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中国EV大手のBYDが日本市場に乗用車タイプのEVを投入すると発表した。その狙いを分析した前回に続き、今回は中国メーカーの日本での“勝算”について、現地の専門家やメディアの考察を紹介する。
2022年にブランドイメージ一新
2022年1~6月にグローバルで前年の4倍を上回る64万1000台を販売したBYDは、「新エネルギー車販売数でテスラを抜いて世界首位に立った」と力強く宣言した。ただ、BYDの販売にはプラグインハイブリッド車も30万台ほど含まれており、EV販売だけで見ると、テスラより約20万台少ない。
それでも、2022年はBYDにとって間違いなく「躍進」の年になった。
BYDの日本市場への乗用車投入は日本で「台風の目」「黒船」と報じられたが、実際は2020年までガソリン車の販売台数が新エネルギー車を上回っていた。また、中国政府がEV購入補助金を削減したことで2018年ごろから業績が低迷しており、新型コロナウイルス拡大によって2020年1~3月の純利益が8割近く落ち込んだ。コロナ禍ではマスクの生産で注目を集め、「車が売れないからマスクでの生き残りに転じた」と揶揄された。
2020~2021年は中国でEV市場が大盛り上がりだったが、BYDはそこで「主役」と言える存在ではなかった。
しかし2020年以降に発表した乗用車タイプのEVが次々にヒット。安全性やコスト面で高い競争力を持つリン酸鉄リチウムイオン電池「ブレードバッテリー」も発表し、2022年3月にガソリン車の生産を終了するほど猛烈なEVシフトを進めた。6月には時価総額が独フォルクスワーゲングループを抜き、自動車メーカーでテスラ、トヨタ自動車に次ぐ世界3位に浮上した。
日本市場への乗用車投入に否定的な姿勢をとり続けてきたBYDが突如方向転換したのは、この半年でブランドイメージを一新し、「テスラ」への挑戦者としてのイメージが急速に高まった今が攻め時だと判断したのかもしれない。
日本以外の海外展開も加速
BYDは日本でテスラと「いい戦い」になるか。
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前回指摘したように、BYDの乗用車での日本進出は、グローバル化に向けたブランディングや実績作りが目的との見方が多い。
BYDはこの1年で海外進出を加速させている。
日本への投入を発表した「ATTO(アット)3」は、オーストラリアとシンガポールでも販売が始まった。BYDにとってシンガポールは東南アジア進出の入り口となる市場だ。
ヨーロッパ市場は1年前にノルウェーでSUV EV「唐(タン)」を発売したのに続き、2022年7月初めにヨーロッパ最大の自動車ディーラー「LOUWMAN」とパートナー契約を結んだ。同社と共同でアムステルダムに9月、BYDのEVを体験・購入できる店舗を出す予定だ。
中南米にも輸出を始め、特にブラジルは年内に45都市への出店計画を立てている。
BYDの2021年の海外での乗用車販売台数は1万5000台にとどまったが、短期間でEVシフトを進めたように、海外進出も一気に拡大しようとしているのが見てとれる。
一方テスラはどうか。2021年の地域別販売比率はアメリカが38.6%、中国33.4%、ドイツ4.24%、イギリス3.72%、フランス2.83%と分散している。ただ、ガソリン車王国の日本ではわずか5200台しか売れておらず、全体に占める比率は0.89%にとどまる。
BYDから見てテスラの背中は遠いが、日本市場に限ってはトヨタやホンダなど日系メーカーが圧倒的に強い分、他国ほど差がないとも言える。前回、「日本では何台売れたかはあまり問題ではない」と指摘した通り、BYDにとって重要なのは日本市場で「テスラを猛追」するEV企業としてのイメージを固め、あわよくば「テスラに肩を並べる」実績をつくり、海外販売に勢いをつけることだろう。
トヨタはBYDを使ってEVシフトに対応?
中国の専門家やメディアは「EVに後ろ向きなトヨタと組んでいることが、BYDにプラスに働く」と考えている。
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では、BYDは実際に日本で思った通りの成果を上げられるのか。中国の専門家やメディアは、日本政府が2035年に国内の新車を全て電動車とする目標を掲げているのに対し、日本メーカーの動きが鈍いことから、「海外メーカーにとってチャンス」と指摘する。
少なくとも、最初の競争相手となるテスラとはいい勝負ができるとの見方が少なくない。
BYDは2023年にミドルサイズSUV「ATTO 3」、コンパクトカー「DOLPHIN(ドルフィン)」、高級セダン「SEAL(シール)」の投入を予定しているが、シール以外の2車種はEVとしては低~中価格帯で、ドルフィンは200万~300万円台になると予想されている。同じEVでも高級路線のテスラ車とは棲み分けが可能で、市場を奪い合うことにはならない。
BYDが日本で1999年から純電気バス、新エネルギー貯蔵システム、純電気フォークリフトなどの事業を展開し、ノウハウやネットワークを蓄積してきた分、テスラよりも「地の利」があるとの期待も大きい。
そして中国の専門家が最も注目しているのが、トヨタ自動車との協力関係だ。
BYDとトヨタは2020年に中国・深センにEV開発の合弁会社を設立した。この提携は中国のEV市場をにらんだものだが、経済メディア財経の自動車取材チームは、「日本最強の自動車メーカーであるトヨタは『材料や製造プロセスまで含めて環境や安全性のことを考えると、ハイブリッドカーが最適解』と日本の消費者を啓蒙し、EVの普及を阻んできた。しかしEVシフトが止められないなら、関係が深いBYDを使って日本の自動車市場をコントロールするつもりなのでは」と分析した。
日産自動車は7月下旬、6月に発売した軽自動車EV「サクラ」の受注台数が累計2万3000台に達したと明かした。政府がガソリン車廃止を打ち出し、ガソリン車並みの価格のEVが市場に増えれば、日本も遅かれ早かれEVシフトが進む。中国メディアは「トヨタが競争力のあるEVを出すまでは、BYDと手を組むことで他メーカーに対抗するのでは。世界のトヨタがバックにいるなら、テスラとの戦いを優位に進められる」と期待を抱いている。
似たようなことは、フィンテック分野で5年前に起きた。中国のキャッシュレス社会が日本で大きな話題になっていた2017年、アリババの金融子会社アント・グループが、モバイル決済サービスで日本進出する方針を表明したのだ。アントは日本企業と合弁会社を設立し、2018年に事業を始めると説明。現金社会の日本に「黒船」がやってきたと騒がれた。
結局アントのモバイル決済はいくつかの事情で日本上陸しなかったが、その後にヤフーやメルカリ、LINEが相次ぎQRコード決済サービスを立ち上げ、今ではクレジットカード並みに使える店が増えた。
BYDの日本進出も、中国や欧米の専門家は「BYDの乗用車が売れるか」以上に、日本のEV市場を切り開くきっかけになるかを注視している。また、BYDがそれなりの戦いができるなら、多くの海外メーカーが「開国」後の日本に一気に入ってくるかもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。