米下院議長の台湾訪問で対中関係が激化、その影響が半導体市場にも及んでいる。
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ナンシー・ペロシ米下院議長が台湾を訪問(8月2〜3日)したことで、関係諸国に緊張が走った。
中国は台湾を取り囲む陸海域で実弾射撃を伴う軍事演習に乗り出し、複数の弾道ミサイルも発射した。また、台湾企業による食品輸入2000件以上に停止措置を下した。
中国投資に強みを持つ米資産管理会社クロックタワー・グループ(Clocktower Group)パートナー兼チーフストラテジストのマルコ・パピッチは「こうした対抗措置は、中国側の不快感がきわめて強いことを示しています」と語る。
今回のペロシ議長の訪問には、台湾を自治権を有する自国領土の一部と位置づける中国に対し、米民主党として厳しい態度で臨む意図を示す狙いがあったと、パピッチは分析する。
ただ、大統領権限の継承順位で副大統領に次ぐ「ナンバー3」の現役議長が台湾を訪問したことは、民主党の決意を示すにとどまらない大きな波紋を広げ、世界市場とりわけ台湾には想定外の甚大な影響が及んでいる。
台湾は半導体の売上高ではアメリカ、韓国に次ぐ世界第3位。受託生産(ファウンドリー)売上高に限れば、世界シェアの6〜7割を占める圧倒的な首位。面積は九州本島とほぼ同じサイズでも、世界経済に対する影響力は比較にならない大きさだ。
ペロシ議長の訪台を受け、緊張激化を懸念する報道が世界を駆けめぐった8月2日、台湾のグローバル半導体銘柄は軒並み下落を記録した。
台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC)は、前週終値(7月29日)から訪台当日にかけて約2.8%下落。ユナイテッド・マイクロエレクトロニクス(UMC)は同期間に約3.5%下落している。
「あえて言うなら、半導体メーカーにとっての良い時代は終わったということです」(パピッチ)
過去5年間の株価の推移を見ると、TSMCは144%、UMCは204%と大幅上昇を記録。半導体関連30銘柄で構成されるフィラデルフィア半導体株指数(SOX指数)も、過去3年間で約110%上昇した。
昨今の半導体不足を踏まえると、供給制約が解消されて半導体メーカーが業績を回復する展開を見越した長期投資なら期待できそうに思えるが、パピッチによれば、足もとで見られる市場低迷は氷山の一角、まだ始まりにすぎず、投資に動くのは時期尚早という。
「半導体メーカーはいまも地政学に振り回されている状況で、緊張が高まっているのは何も台湾だけではありません。
私が重要なポイントだと考えているのは、今回のペロシ議長訪台が、特段の変化が起きるきっかけにならなかったこと。そして、同じ文脈でさらに重要なのは、世界中の政策立案者たちが半導体チップで頭がいっぱいになっていることです。
私の考え違いかもしれませんが、政治家たちは何となく格好よく聞こえるチップ(をテーマに議論すること)に酔っているだけ、文字通りそれだけだと思います」
いま世界各国は、台湾の外に勢力を拡大しようとする半導体メーカーをけん制しようと、きわめて非効率的な方法で圧力をかけている。しかし、パピッチの考えでは、各国はいずれその高い代償を払わされることになる。
米議会は7月、半導体製造に関する投資に対する25%の税額控除を含む「半導体製造支援インセンティブ創出(CHIPS)法」案を可決し、国内半導体産業向けに527億ドル(約7兆1000億円)という巨額の補助金拠出を決めた。
また、2月に欧州委員会が政策文書を発表した「欧州半導体法(ECA)」案は、2030年までに次世代半導体の域内生産を強化、世界シェア20%を目指すという野心的な目標を設定し、欧州連合(EU)および加盟各国による公的資金と民間を合わせて430億ユーロ(約5兆9000億円)超を投資するとしている。
「それだけの投資が集中して数量が出てくれば、5年後には半導体過剰に陥り、オフィスでコースターとして使われるようになるでしょう(円盤状のシリコンウェーハにかこつけた皮肉)。本当の意味で問題となる圧力はそれなのです。国家安全保障のために冗長性(リスクに備えたバッファを指す)を持たせよう、それが賢明な判断だと」
しかし、半導体メーカーの経営者たちはおそらく主に二つの理由で、そうした冗長性を(押しつけられることを)望まないだろう。
一つは、ビジネスとしては余剰より希少のほうが好ましいからで、もう一つは、冗長性を実現するための工場を建設するには単純にお金がかかるからだ。
米半導体大手インテル(Intel)は現在、オハイオ州で200億ドルを投じて工場2棟の建設を計画している(CHIPS法成立および予算措置の遅れから起工式を延期中)。
TSMCもアリゾナ州の新工場建設に120億ドルを投じ、2024年の稼働開始を目指して工事が進んでいる。
「工場をなるたけ多く建設して、製品の数を出して価格を引き下げようと躍起になっている企業に投資したいと思いますか?私には、どうしてもうまくいくような気がしません」(パピッチ)
ただ、そうした半導体メーカーの戦略が奏功するかどうかはともかく、国家安全保障のために補助金を使って工場を建てて、冗長性の確保に貢献しようという企業があるのだとすれば、新しい工場で使う機械や装置を仕入れる必要が出てくるのは間違いない。
投資家の視点から見れば、製造装置などの設備投資に対応する企業に投資するのは一つの狙い目ということになる。
クロックタワー・グループが半導体製造装置セクターのパフォーマンスを追跡するために構成したインデックス(株価指数)には、アプライド・マテリアルズ(Applied Materials)、ラムリサーチ(Lam Research)、KLA、MKSインストゥルメンツ(MKS Instruments)、アドバンスト・エナジー・インダストリーズ(Advanced Energy Industries)が組み込まれている。
下の【図表1】は、半導体製造装置関連銘柄の半導体(メーカー)銘柄に対する相対的なパフォーマンスを示したものだ。
【図表1】半導体製造装置銘柄の半導体銘柄に対する相対的なパフォーマンス(トータルリターン)の推移。2020年代以降は前者のパフォーマンスが上回っている。
出所:Macrobond資料よりクロックタワー・グループ作成
このトレンドライン(長期的な傾向)について、パピッチはこう分析する。
「チャートからは、半導体製造装置関連企業のパフォーマンスが半導体メーカー銘柄を上回る長期的なトレンドが読み取れます。足もとではいくらか減速したように見えますが、今後もアウトパフォームが続くでしょう」
このトレンドを念頭に置きつつも、投資家は半導体・半導体製造装置セクターには景気循環があることを考慮する必要があるというのがパピッチの意見だ。
しかも、一方では経済成長の鈍化も認識されており、投資家が資金を投じるべきタイミングとしてはまだ早いと言わざるを得ない。
株価の下落傾向はさらに3カ月から6カ月あるいはそれ以上、投資家と市場が今度の景気後退はマイルドで深刻化には至らないと納得できるまで続くかもしれない。
下の【図表2】は、半導体製造装置銘柄の世界全体の株式市場に対する相対的なパフォーマンスを示したものだ。
【図表2】半導体製造装置銘柄の世界全体の株式市場に対する相対的なパフォーマンス。
出所:Macrobond資料よりクロックタワー・グループ作成
「半導体製造設備関連のパフォーマンスは世界市場全体のパフォーマンスに押され始めています。これこそが半導体セクターの循環性を示す動きです。
それでも、2022年末から23年にかけて、買い時が見つかるはずです。投資家が底値拾いに乗り出し始めたら、製造装置関連から目を離さないほうがいいでしょう」
パピッチによれば、今後3年間はこのビジネスモデルに乗っかることでリターンを期待できる。その意味では、短期的な投資とは一線を画する手法と言えるだろう。
(翻訳・編集:川村力)