入山章栄教授×Laboro.AI椎橋CEO −イノベーションのための真のAI活用とは−

今や企業によるAI導入は珍しいことではなくなった。しかし、導入しても成果につながらなかったり、狭い活用範囲に留まったりすることも少なくない。なぜ、期待したほどの効果が上がらないのか。どうすればAIを有効に活用し、ビジネスにイノベーションを起こせるのか。

多くの日本企業が直面するAI活用の課題をテーマに、早稲田大学 大学院経営管理研究科 入山章栄教授と、国内有数のAIスペシャリスト集団を率いるLaboro.AI椎橋徹夫 代表取締役CEOが対談した。Laboro.AIは、オーダーメイドによるAI・人工知能ソリューション「カスタムAI」の開発・提供およびコンサルティング事業を展開している企業だ。

そんな二人が、イノベーションを生み出すためのAI活用と、日本企業の未来に向けての提言を行った。

とりあえずDXだ、では破綻する

椎橋徹夫氏と入山章栄氏

入山:椎橋さんはテキサス大学に行かれていたんですよね。

椎橋:はい。私のバックグラウンドを少しお話すると、学生時代はテキサス大学で数学や物理を勉強していて、ほかに経営学も学びました。そのまま研究の道に進んでもよかったのですが、一度は社会に出たいと考えて帰国し、BCG(ボストン コンサルティング グループ)に就職しました。ただ、コンサルって四則演算を超える数理的アプローチをあまり使う機会がないんですよ(笑)。

入山:そうですよね。お話を聞きながら、よくそこに行かれたなと思いましたよ(笑)。

椎橋:BCGはチャレンジに寛容な社風だったので、自分で率先していろいろな数理的なアプローチを試していたのですが、もう少し技術の先端に関わりたいという想いが募って、東京大学の松尾研究室の支援に携わることになりました。そこで、産学連携の取り組みやAIベンチャーの立ち上げなどに携わり、2016年にLaboro.AIを創業したという流れです。

入山:ご経歴を伺って、Laboro.AIさんの原点がよく理解できました。今、デジタルやAIのビジネスを提供している会社の多くは、デジタルやAIが好きな人の集まりなんですよ。だから、やってみるとクライアントが技術を使って何を成し遂げたいのかわからなくなって、コンサル部門を作ったりする。だけど、Laboro.AIさんはそもそも椎橋さんがコンサル出身ですから、技術先行ではなく、事業や戦略を理解した提案ができるわけですね。

椎橋徹夫氏

椎橋徹夫(しいはし・てつお)氏/株式会社Laboro.AI 代表取締役CEO。米国州立テキサス大学 理学部 物理学/数学二重専攻卒業。2008年、ボストンコンサルティンググループに入社。東京オフィス、ワシントンDCオフィスにてデジタル・アナリティクス領域を専門に国内外の多数のプロジェクトに携わる。2014年、東京大学 工学系研究科 松尾豊研究室にて産学連携の取組み・データサイエンス領域の教育・企業連携の仕組みづくりに従事。同時に東大発AIスタートアップの創業に参画。2016年、株式会社Laboro.AIを創業。代表取締役CEOに就任。

椎橋:まさにその通りです。Laboro.AIには「ソリューションデザイナ」という独自の職種があるのですが、彼らの役割が技術サイドとビジネスサイド双方の視点を携えた上で、お互いを適切に“つなぐ”ことなんです。機械学習技術とビジネスコンサルティングの双方に深い知見を持っていて、営業からビジネスコンサルタント、プロジェクトマネージャーを一役で担い、AIの設計だけでなくビジネス設計までを視野に入れながら、AI活用戦略の企画からビジネス実装まで伴走します。

入山:ソリューションデザイナの皆さんはエンジニアとコンサル、どちらの出自なんですか?

椎橋:コンサルをバックグラウンドにしている者が多いですね。どうすればAI活用やDXを成功させられるのか、ユースケースがまだよくわからない混沌とした状況の中では、技術もビジネスも1人の脳の中で処理されることが重要だと考えています。

入山:ソリューションデザイナのような役割は大事ですよね。というのも本来、AIやDXって何らかの目的を達成するための手段であるはずなんです。ところが、多くの日本企業はこの目的が弱い。「DXを推進したい」という相談を受けて、「DXで何をしたいんですか?」と聞くと、「それがわからないんだよね」と返ってくるんです(笑)。

結局、日本企業の課題は、事業のことをわかっているCIOやCDOがいないことなんですよ。「とりあえずDXだ」と進めても、大抵の場合は途中で破綻するんです。僕はコープさっぽろの理事を務めているのですが、コープさっぽろのCIOは元メルカリCIOの長谷川(秀樹)さんです。彼がすごいのは、CIO就任後に北海道中のスーパーをまわってひたすら買い物していたこと。そうやって自らの足でコープさっぽろの事業理解を進めたわけです。

椎橋:まさに“事業を理解するCIO”ですね。

入山:ただ、多くの日本企業はそういうところから入らず、とりあえずツールを入れようとなってしまう。だからうまくいかない……というようなことを僕は普段から口を酸っぱくして言っているわけですが、Laboro.AIさんはすでにそれに気づいて取り組まれているのがすばらしいと思います。

イノベーションを生む「両利きの経営」

椎橋:ありがとうございます。プロダクト導入に向かってしまう点は、一般の企業だけでなく、AIベンチャーの課題でもあると思っています。というのも、多くのベンチャーはベンチャーキャピタルから資金を調達してEXITするという、従来の成功モデルを目指すからです。EXITするなら、プロダクトがあった方がわかりやすいですからね。

入山章栄氏

入山章栄(いりやま・あきえ)氏/早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。

入山:そうですね。でも、Laboro.AIさんはプロダクトを持たず、カスタムAIを提供することにこだわっていらっしゃる。Laboro.AIさんは、何を目指しているのですか?

椎橋:私たちが実現したいのは「イノベーションの解明」なんです。イノベーションを再現性を持って起こせるプロセスを少しでも解明できれば、世の中に大きなインパクトをもたらすやり方そのものを自分たちのノウハウとすることができ、長期的に産業へ価値提供できるはずです。そのためには、プロダクトで技術から先行するのではなく、戦略やビジネスから入ることが必要だと考えています。だからこそ、私たちはあえて短期的な視点でプロダクトとしてのAIを持たず、お客様の課題や目的にフォーカスしたオーダーメイド型AI「カスタムAI」の開発を事業として展開しています。

入山:興味深いですね! 実はイノベーションの再現性を高める経営のアプローチはすでに確立されていて、グローバル企業では当たり前に実践されています。それが、「両利きの経営」です。

“両利き”とは、「知の深化」と「知の探索」の2つです。既存事業を深掘りして技術を磨き上げ、収益性を高めていくことが知の深化であり、不確実ながらもイノベーションにつながるかもしれない新たな分野を開拓することを知の探索と呼びます。この2つのバランスをとりながら経営することが、イノベーションの源泉になるのです。

椎橋:AIプロダクトが抱える課題は、まさにそこにあると思っています。現在、ほとんどのAIプロダクトが担うのは知の深化です。既存の作業を高速化したり、業務を効率化したりすることを目的に導入されることが多いのが現状です。でも、私は究極的には知の探索こそAIが担うべき役割だと考えていますし、技術的にはすでにその実現段階に入り始めていると思っています。現在の機械学習では、人間がつくったルールに基づいて、データから法則や処理ロジックを帰納的に獲得する作業が行われています。一方で、人間がルールを作らず、AI自体がルールを生み出す手法であれば、人間が思いつかないまったく新しいイノベーションの成功パターンを発見できる可能性もあるわけです。たとえば、化学・創薬の領域ですでに多くの取り組みが行われているAIによるマテリアルズ・インフォマティクスはその代表例でしょう。人とAIを組み合わせた新しい複合知能。それこそが長期的に目指すべきAIの役割なのではないかと思います。

AIは知の深化だけでなく、知の探索にも貢献する

入山:僕自身はよく「AIは知の深化を促進させる役割」という話をしているんです。椎橋さんの今のお話と逆に思えるかもしれませんが、そうではなくて、目指すところは結局同じなんです。

知の探索は時間もかかるし、失敗も少なくありません。ですから、知の探索に挑戦するために、企業は知の深化の方を効率化するなどして、リソースを知の探索に割り振れるようにしなければならないのです。そこで活用できるのがAIやRPAなどのテクノロジーです。本当は知の探索に充てるべき人材が、知の深化に時間をとられないよう、テクノロジーでサポートする必要があります。

その上で、椎橋さんがおっしゃるように、AIが知の探索にも役立つというのは本当にその通りだと思います。我々が想定もしない発見や気付きをデータからAIが見つけ出して、人間にひらめきを与えてくれるでしょう。

ただ、そうはいってもAIによる知の探索が実現するまでには、まだ多くの課題があると思っています。「AIが見つけてきたものを事業化しよう」といっても、多くの企業では社内稟議がなかなか通らないでしょう。AIは人間のように仮説検証などは行ってくれませんからね。やはり、そこはまだ当面、人間が介在する必要があると思います。

AIによるイノベーションをドライブするのは“腹落ち感”

椎橋徹夫氏

椎橋:本当にそうですね。そこで大事なのは、やはりAIに対する信頼感だと思うんです。なぜ、AIがその答えを出したのかがわからないと信頼するのも難しいですから、お金と時間と人をかけるところまで踏み切れないですよね。人間には、「あの人が言っているからOK」のような“落とし込み”が必要なんです。経営組織論で言われる「センスメイキング」、それをAIにも適用できるようにすることが大事です。

入山:つまり“腹落ち感”ですよね。人が動くには腹落ちすることが大切で、それがパーパスだったりするわけです。たとえばソニーは平井(一夫)さんがトップになって、グループのパーパスを「感動」という言葉で統一しました。ソニーグループはいろいろな事業を展開していますが、グループ全体の方向性は統一されています。それは、グループ全体がパーパスに対して腹落ちできているからなんです。

といっても、普通の会社はそうはいかないものです。たとえば、売上1兆円を超えるような会社の事業部門と組んでDXを推進するのと、もっと規模の小さい会社のトップと組んでDXを推進するのと、どちらがスムーズかといえば後者です。

椎橋:その通りですね。大企業の場合は特に、トップダウンで構想を描いてやり抜くのが難しい。私たちとしても、大企業のトップだけでなく、実はその組織の中にいるイノベーター的な役割を発揮しているミドルレイヤーの方にアプローチできないと、プロジェクト自体が成立しないことも多いです。

入山:日本の大企業は社長の任期が短いのも原因ですね。トップが長期でコミットできないと、会社全体の腹落ち感を出すのは難しいですよ。

現場力を持つ日本にはまだ可能性が残されている

入山章栄氏

入山:椎橋さんとお話していて、やはり日本のデジタルやAIといった領域はグローバルに比べてはっきり周回遅れになっていると感じました。そんななかで、Laboro.AIさんがやられている事業は間違いなく本丸だと思います。ソリューションデザイナが技術とビジネスをつなぎ、プロダクトではなくオーダーメイド型のカスタムAIで課題にフォーカスする。まさにデザイン思考ですよね。以前、僕はオードリー・タン氏と対談したのですが、そこで驚いたのが、台湾の小学校ではデザイン思考を学ぶそうなんです。台湾はすごいなと思いましたね。

僕は、日本にはまだ可能性が残っていると思っています。日本はものづくりなど現場が強い国です。そこにうまくデジタルやAIを導入できれば、かなりの相乗効果が期待できるでしょう。

椎橋:おっしゃるように、私も国内産業には可能性を感じています。我々としても、AIを活用した本質的な意味でのトランスフォーメーションの実現を支援し続け、グローバルに発信していきたいと考えています。即効性があり見た目にわかりやすいのは確かにプロダクトを持つことなのかもしれませんが、イノベーションの本質というのは汎用化された一つのツールで解明できるほど簡単でパターン化できるものではないはずです。だからこそ当社は、オーダーメイド型のカスタムAIで各クライアント企業のイノベーション創出を支援し、その仕組みを解明し、再現性を持ってイノベーションを起こせるようなプレーヤーになっていきたいと考えています。


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