2021年1月6日、アメリカの連邦議会に乱入するトランプ支持者たち。
Jim Urquhart/Reuters
7月21日、アメリカの下院特別委員会で、6月から8度にわたって行われていた米連邦議会襲撃事件(※)の公聴会が完結した。アメリカではその様子が連日地上波を含めてテレビで生中継され、幅広く視聴された。
2021年1月6日、大統領選の結果に不満を抱いたトランプ支持者たちが暴徒化して連邦議会を襲撃・占拠し、死者5人と多数の負傷者を出した事件。
公聴会の各種証言によると、トランプ前大統領は各州の選挙担当者だけでなく、選挙結果を確定する議事を担当するペンス副大統領にも圧力をかけた。
さらにトランプ氏は議事堂への襲撃者が武装していることを黙認しただけでなく、議事堂に車で直接乗り込もうとしてシークレットサービスともみ合いになったなどの指摘もあった。未遂で終わったが、おそらく議会への襲撃者をトランプ氏が自分自身で先導するためだったと考えられている。
宣誓をしての公聴会での偽証は罪に問われる。トランプ氏に不利な証言はバー司法長官(当時)ら側近だけでなく、娘のイバンカ氏(写真)、娘婿のクシュナー氏といったトランプ氏の家族からも上がった。
Mandel Ngan/Pool via REUTERS
日本から見れば前代未聞の話で、「大統領の暴挙」に他ならない。アメリカ国内でも「とんでもない」という意見が目立っている。
一方で、筆者の知り合いの共和党支持者に話を聞くと、公聴会については「ばかばかしい」と、そもそも中継を全く見なかった人々も多い。
「調査は公正な試み」と見る民主党支持者と、「トランプ前大統領を非難するための一方的な試み」と見る共和党支持者。この差は何なのか。そして、そもそもアメリカはなぜこれほどまでに分断してしまったのか。改めて考えてみたい。
「大統領の暴挙」か「民主党のプロパガンダ」か
世論調査でもその分断は明確に示されている。
CNNとSSRNが7月22日から24日かけて行った調査によると、今回の下院特別委員会の評価について、「委員会が行った調査は何が起きたのかを究明するための公正な試みだった」と見たのが47%、「トランプ前大統領を非難するための一方的な試みだった」が34%、「まだ十分に話を聞いていない」が19%であり、評価そのものも大きく分かれていた。
(注)確率に基づくサンプリング手法を用いて募集された18歳以上のアメリカ人の全国的な代表パネルに対して実施(n=1002)。調査期間:2022年7月22〜24日。
(出所)CNNとSSRNによる調査結果(p.8)をもとに編集部作成。
ただ、それぞれには党派別に大きな差があり、例えば、「公正な試みだった」としたのは民主党支持者では81%だったのに対し、共和党支持者は13%だった。また、「トランプを非難するための一方的な試み」と見たのは、民主党支持者はわずか5%だったが、共和党支持者は74%にのぼった。
民主党支持者にとっては「大統領の暴挙」と見えるものが、共和党支持者では「民主党のプロパガンダに見えていることが分かる。
さらに言おう。共和党支持者の多くにとってはこの一連の公聴会自体が茶番であり、そもそも「選挙は盗まれた」と思い、暴徒たちはアメリカという国を奪い返す「愛国的な有志」に見えているのである。
同じものを見ていても、まるで別のものについて語っているようだ。これがアメリカの分断そのものである。
50年で世論はここまで変化した
テレビ中継された公開公聴会で大統領の行為を厳しく追い詰めていったのは、今回が初めてのことではない。例えば、現職の大統領を辞任に追い込んだ1970年代のウォーターゲート事件などもそうだ。
ウォーターゲート事件とは大統領選挙最中の1972年6月、ニクソン再選を支援する共和党の一派が、ワシントンのウォーターゲートビルにあった民主党全国委員会本部に盗聴器を仕掛けるために侵入し、逮捕された事件である。ニクソン大統領は関与を徹底的に否定したが、ワシントン・ポストなどが徹底した調査報道で追及を続けた。
ウォーターゲート事件をきっかけに辞任に追い込まれたリチャード・ニクソン大統領(1974年8月撮影)。
Reusters
決め手になったのが、連日テレビ中継された公開公聴会であり、ホワイトハウスが行った事件のさまざまなもみ消し工作が明らかになった。公聴会ではニクソン大統領の録音テープが公開され、その中でニクソン氏の汚い言葉遣いなども白日の下に晒された。公開公聴会を経て、下院での弾劾審議が始まる直前の1974年8月9日、ニクソン大統領は辞任した。
実はこの公聴会の段階では、ニクソン氏がどれだけ直接的に犯罪を命じたのかまでは明らかにならなかった。ただ、当時は「前代未聞の現職大統領の犯罪」としてニクソン氏を追及する声が圧倒的になり、世論に押される形で辞任は不可避なものとなった。
ウォーターゲート事件と2021年の議会襲撃事件とで大きく異なるのが、この世論だ。議会襲撃事件についての世論は上述の通り大きく分かれているが、ウォーターゲート事件の時にはほぼ一つだった。
誤解を恐れずに言おう。「政敵の情報を盗ませようとしたが未遂に終わった」ウォーターゲート事件は今回の襲撃事件と比べれば「軽微な犯罪」程度だ。
ニクソン辞任から48年。もし議会襲撃事件が48年前に起こっていたら、トランプ氏への世論はもっと激烈に厳しかったはずだ。
なぜアメリカで「分極化」が進んだのか
ウォーターゲート事件から議会襲撃事件までの約50年間に何があったのか。改めて言う必要もないだろう。アメリカ社会の分断である。
現在のアメリカという国家や社会の現状を最も的確に形容する言葉をもし一つ選ぶなら、それは「分断」である。それぐらい日本でも「分断国家・アメリカ」という言葉が定着している。
分断のことを政治学では「政治的分極化(political polarization)」と呼ぶ。政治的分極化とは、保守層とリベラル層の立ち位置が離れていくことを指すだけではない。それぞれの層内での結束(イデオロギー的な凝集性)が次第に強くなっていくことも示す。
簡単に言えば、かつては真ん中にいた世論が大きく離れていき、保守層はますます共和党支持になり、リベラル層は民主党支持で一枚岩的に結束していくということだ。
政治的分極化現象はちょうど、ウォーターゲート事件と議会襲撃事件との間の約50年の間に徐々に進み、ここ数年は、左右の力で大きく二層に分かれた均衡状態に至っている。より過激な主張が両極で広がるため、議論してもまとまらない。
1960年代後半から70年代前半にかけて女性解放のための運動(ウーマンリブ)が本格化。こうした動きによって社会に自由や多様性を求める声が高まっていった。
Wikimedia Commons
分極化は長期間にわたる傾向であり、40年以上かけて徐々に進み、複数の要因が絡んでいる。その中でも最も大きいのが、平等や多様性を求める時代の動きに対して、まるで反作用のように拒絶し反発する声が大きくなったことがある。
多文化主義的な動きとしては、公民権運動に代表されるような人種融合的な政策、男女平等憲法修正条項(Equal Rights Amendment:ERA)をめぐる女性運動、女性の権利としての妊娠中絶擁護(プロチョイス運動)などがある。
プロチョイス運動の大きな成果と考えられたのが、1973年の最高裁の「ロー対ウェイド判決」である。この判決により、人口妊娠中絶は州ごとの判断ではなく、全米で可能となった。多文化主義的な考え方を受容する社会への変化は当然のようにアメリカ社会全体に広がっていき、いまに至る。
このような各種の社会的リベラル路線を強く反映した争点に対し、国民の一定数は積極的に受け入れるものの、ちょうど反作用のように保守層は強く反発する。
保守派(伝統主義者)とリベラル派(進歩主義者)の価値観の衝突である「文化戦争(culture war)」が、国民世論を分断させていく。妊娠中絶、同性婚、銃規制、移民、政教分離、地球温暖化などの「くさび形争点(wedge issues)」は、この文化戦争の戦いの中心に位置してしまう。
さらに1980年代からは、第二次世界大戦前後のニューディール政策以降続いてきた所得再分配的な考えに基づく政府の強いリーダーシップによる福祉国家化(経済リベラル路線)についても、国民世論は大きく分かれていく。リベラル層は強く支持しているものの、保守層は強く反発し、1980年代のレーガン政権以降の「小さな政府」への志向を強めていく。
南部で進んだ共和党化
1970年代以前の南部は、南北戦争以前から続く民主党の地盤だった。キリスト教保守勢力(福音派)が多く、選ばれる議員は民主党内でも保守を掲げる議員が南部に集まっており、東部のリベラルな民主党議員と一線を画する「サザン・デモクラット(Southern Democrats)」として党内の保守グループを形成していた。
しかしやがて、平等や多様性を求める声への反発が南部を中心に広がっていった。その流れを決定づけたのが、人口妊娠中絶を認めた1973年のロー対ウェイド判決だ。この判決は南部を大きく変え、女性解放運動を推し進めた民主党への反発が広がっていった。
共和党側もこれを見逃さず、南部の福音派勢力に接近していく。
1980年代以降、キリスト教保守勢力と緊密な関係になった共和党が南部の保守世論を味方につけ、連邦議会の議席を伸ばし、州政府も圧倒する。こうして、「サザン・デモクラット」に代わり、南部の共和党化が一気に進んでいった。
東部の穏健な共和党の議員が次第に引退するとともに、「民主党=リベラル=北東部・カリフォルニアの政党」「共和党=保守=中西部・南部の政党」と大きく二分されていくことになった。
インターネットが加速させた分断はいつまで続くのか
この分断はここ20年で一気に加速化した。それを媒介したのが、インターネットの爆発的普及に代表される政治情報の変化と、選挙の際のマーケティング手法の高度化だ。
ネット上の議論と選挙マーケティングの間には共通点がある。それは「敵」と「味方」を明確に分けることだ。
ネット上には自分たちにとって心地よい情報しか流れてこない。「フィルターバブル」が生じるからだ。インターネット上では泡(バブル)の中に閉じ込められたように、自分が見たい情報しか見えなくなる。検索サイトが提供するアルゴリズムが、各ユーザーが見たくないような情報を遮断するためだ。
選挙マーケティングは、自分たちが「善」であり、相手が「悪」であるという分かりやすいメッセージを発信することがポイントとなる。選挙マーケティングに基づいた戦略・広報アドバイスを行う選挙関連ビジネス(選挙産業)が大いに発展したことが分極化をさらに広げた。
「アメリカの分断はいつまで続くのか」という質問を頻繁に受けるが、これに対しては「分極化するのに50年かかった。そのため、解消にも少なくとも一定程度の期間は必要だ」と答えるようにしている。50年とは言わないがある程度は、現在のように分断したまま保守派とリベラル派の勢力が拮抗する状況が続いてしまう。
一方で、分断したままの状況で拮抗することは話し合いができないことを意味する。政策はなかなか動かず、人々の不満が高まる。
この停滞の中で、「文化戦争」の戦場である女性の権利やマイノリティの権利は政治的争点として叩かれる。気候変動などもそうだ。この停滞を見て、状況を変えたいと思う機運が次第に高まっているのは当然であろう。
さらに、アメリカは人口動態の変化が激しい。1980年代の人口は2億4000万人程度だったが、いまでは3億3000万人となり、先進国(OECD加盟国)の中で人口増加のペースは最も早い。
その理由は絶え間ない移民の流入である。2045年には白人がマイノリティになると予想されている。
(出所)The Brookings Institution, “The US will become ‘minority white’ in 2045”, Census projects," Figure 1およびCensusScope, “Population by Race”をもとに編集部作成。
人口動態の変化も後押しし、政策が変化するスピードも今後早まっていく。そう考えるといずれアメリカは変化する。
ただそれでも、アメリカの恥部としての分断やそれに伴う混乱を、私たちがしばらく見ることになるであろうことに変わりはない。
(文・前嶋和弘)
前嶋和弘(まえしま かずひろ):上智大学総合グローバル学部教授(アメリカ現代政治外交)。上智大学外国語学部卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士過程、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了。主要著作は『アメリカ政治とメディア』『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』『現代アメリカ政治とメディア』など。