革製品ブランド「土屋鞄製造所」などを擁するハリズリーは8月10日、WEBメディア「OTEMOTO」をローンチした。企業が広報・宣伝活動の一貫としてオウンドメディアを持つ事例は増えているが、新しく立ち上げるこのメディアでは自社の広告にとどまらず、ものづくりにかける職人の姿、子育てや環境にまつわる社会課題なども発信していくという。
土屋社長「ものごとの本質的な価値をストーリーに」
革製品ブランド「土屋鞄製造所」などを擁するハリズリーは8月10日、WEBメディア「OTEMOTO」をローンチした。
撮影:吉川慧
「土屋鞄」を発祥とする会社らしく、職人の「手もと」を通じて、社会の在り方を考えていく。難しいテーマであっても、読者の「手もと」の範囲から伝えていく。OTEMOTOにはそんな思いを込めた。
ローンチコンテンツの一つが、老舗銭湯の経営に名乗りを挙げた27歳の奮闘物語だ。銭湯の灯を守ろうと努力する人の姿とともに、利用者の減少や後継者に悩む業界ならでは問題にも光を当てた。
「父親が創業した土屋鞄製造所を手伝いはじめた1994年ごろから、カタログ通販や今でいうコンテンツマーケティングの手法を用いて、ものごとの本質的な価値をストーリーにして発信することに関心がありました。特にここ数年は事業や採用活動を通して、若い世代の社会課題への関心の高まりを実感するようになりました」(土屋成範社長)
社会課題にはハリズリーグループとしても取り組んできた。
およそ60年の歴史を持つ「土屋鞄」ブランドでは地球環境に優しいキノコの菌糸体から生まれた新素材を採用したランドセルを発表。革製品のブランドを持ちながら、リサイクルナイロン製バッグも発売。バッグリユース事業もはじめた。
土屋鞄ではキノコの菌糸体から生まれたレザー代替素材も採用した。
画像:土屋鞄製造所
ハリズリーグループでは、ジュエリーやブライダルなど様々な事業ブランドを擁している。OTEMOTOが発信するコンテンツには、社会課題とビジネスの接点を考えるヒントも期待されているようだ。
「ブランドとして思想をもってこうした取り組みを進めるには、自社や自社製品の広告だけにとどまらず、社会の動きを俯瞰した目で見ることも必要です。メディアがあることによってそのバランスをとり、相互に作用しながら、社会に貢献できる企業になっていけると考えています」(土屋社長)
「“ものづくり”から社会を考えるという目線で」
創刊編集長の小林明子さん。OTEMOTOが目指すのは「人もモノも大切にされる社会」「自分らしさを自由に表現できる社会」だ。
撮影:吉川慧
創刊を任されたのは、新聞・週刊誌の記者を経てネットメディア「BuzzFeed Japan」で編集長を務めた小林明子さん。職人たちを尊び、手仕事やものづくりを通じ、よりよい社会について考えるハリズリーや土屋社長の思いに惹かれ、入社を決めたという。
「インターネットには情報が溢れ、膨大な情報が日々流れていきます。日によっては数百本、数千本もの記事がニュースサイトに出てきます。そういう記事の中にも広く読まれ、長く親しまれ、残るものがあります」
「10年後、『あの時代にはこういう価値観があったんだ』『当時、あの人はこんな言葉を残していたのか』と、いわば歴史を振り返ることになる。今流れている情報も、社会の資産になることもあるわけです」
「情報の発信者も、いわば情報という“モノ”を流通させている面がある。ハリズリーの“ものづくり”を重んじる精神には、とてもシンパシーを感じました。“ものづくり”から社会を考えるという目線から、『あの時に読んでよかったな』と思えるものを出せるのではないか。そう思って準備を進めています」
それは、OTEMOTOが考えるコアとも重なる。コアの取材テーマは3つ。さまざまな産業で活躍する職人たちのクラフトマンシップを伝える「つくる」、人と人とのコミュニケーションやサステナビリティに関わる「つながる」、子育てや教育にこれからを考える「はぐくむ」だ。
コロナ禍で出産し2歳の娘を育てる夫婦が「自分時間」をどうやって持つか、葛藤がつづられたエッセイ。目指すのは「誰もが尊重され、自由な選択ができる社会をつくるために。新たな視点を提案するメディア」だ。
撮影:吉川慧
読者像も、あえて細かく絞らなかった。たとえば、子育てをしているといっても20代の親もいれば40代の親もいる。「Z世代は社会課題への関心が高い」と言われるが、一口にZ世代といっても、さまざまな属性の人がいる。
「世代やジェンダーを問わず、社会課題やこれから先の未来をどう暮らしたいか、どんな世の中にしていきたいかを考えたい人たちに向けたコンテンツを出していこうと思います」
トップページでのメッセージにも、「皆さまと共に考えていきたい」と、あえて世代や年代は明示しなかった。
誰もが尊重され、自由な選択ができる、豊かな社会のために。手もとから、世界と未来へつながる新しいメディアを。
私たちの周りにあふれる膨大な情報の中から、本質を見極め、異なる価値観を認め合い、創新していく。
そうした「情報のものづくり」を通じて、自分ひとりでは知り得ない世の中の動きを、多様な視点から皆さまと共に考えていきたいと思います。
「文化の創出は、メディアの大きな役割の一つ」
撮影:吉川慧
事業会社のメディアであってもコンテンツへの妥協はしない。ゆくゆくはハードな取材テーマにも取り組むという。各種ニュースポータルへの配信も準備を進めている。ハリズリーグループのみならず、他社からの広告出稿の受注も目指している。
小林さんは「どんな形でもいいので、色々な人や企業さんと連携して、社会をよくする動きができれば嬉しい」と語る。
「これまで所属してきたメディアでも、一緒に働いてくれたスタッフが見せ方や伝え方を一生懸命に工夫してくれたことで、社会課題を伝えられる成功体験を得ることができました。でも、メディアという場所では『社会課題より読まれるコンテンツを出したほうが効率的だ』という声が、経営側から聴こえるようになりがちです」
「そうなると、育休や環境問題など、特定の社会問題に取り組む企業さんがスポンサーになってくれることで、なんとかキャンペーンを発信できるわけです。ただ、事業会社が広告を出すからメディアが社会課題を発信できるって本末転倒ではないかと感じたんですね」
「企業の人たちは日々、矛盾と向き合っています。例えば飲料メーカーであればペットボトルの飲料を大量生産しつつ、ペットボトルをリサイクルするのにどうしたらいいかを日々考えている。矛盾と向き合いながら、社会課題と自分たちのビジネスをどう両立できるかを考えているんですね」
もちろん、コンテンツの本数やPV数など求められるKPIは「割と最初から厳しめに言われました」(小林さん)とシビア。ドメインも新設で、SNSもゼロからのスタート。編集部の人員も現時点では小林さんと、他業務と兼任するもう一人の社員だけ。限られた人員での船出だ。
それでも、やりたいことを語る小林さんの表情は明るい。
「メディアの大きな役割の一つには、文化の創出があると思います。メディアは何かモノを売るわけではありません。でも、メディアが伝えるメッセージに触れることで、モノを大切にしたいと思う人が増えたり、自分らしさを表現する良さや、多様な価値観が広げられるかもしれない」
「その結果として、土屋鞄の商品をはじめハリズリーや、出稿いただく企業さんの製品をいいなと思ってくれる人がいるかもしれない。たとえ直接購入につながらなくても、私たちが伝えるメッセージで社会がよくなるきっかけになるかもしれない。それこそが、OTEMOTOというメディアが貢献できる部分だと信じています」
(筆者・吉川慧)