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ドイツを襲う「欧州の大動脈」ライン川水位低下の深刻度。エネルギー危機の最中、石炭輸送まで止まると…

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「欧州の大動脈」ライン川の水位低下問題が深刻度を増している。画像は独ラインラント=プファルツ州のマインツ付近を流れるライン川。

Leonid Andronov/Shutterstock.com

ウクライナ危機を経てロシアとの関係を悪化させたドイツ。同国を含め、ユーロ圏全体がいま深刻なエネルギー危機に見舞われている。

エネルギー価格高騰が後押しするインフレは、もはや「コストプッシュなので一過性」などと言っていられる状態ではない。欧州中央銀行(ECB)に金融政策の修正を強いるなど、ユーロ圏の経済・金融に強い制約を与えている。

欧州委員会や欧州中央銀行は、ロシアからのエネルギー供給が途絶えた場合を念頭に、従来とは異なる予測シナリオを用意し、対応を急いでいる。

さて、それだけ緊迫した状況がすでにあるなか、ユーロ圏のエネルギー事情をいま以上に悪化させる材料が浮上してきた。ライン川の水位低下だ。

ドイツにとって物資流通の要と言えるライン川は、猛暑による渇水で水位が急速に低下し、このままの勢いなら船舶が航行不能になる水準まで達する可能性があるとの見方が出てきている。

ドイツにとって、と書いたが、同国への影響にとどまらず、欧州全体にとってのライン川の重要性は言うまでもない。

源流はスイスの山岳地帯に発し、ドイツの主要都市をめぐり、最後は欧州最大の港湾都市ロッテルダム(オランダ)から北海へ注ぐ総延長1200キロ超。石炭や鉄鉱石などの燃料、化学製品、自動車部品など重要な交易財を運ぶ役割を果たす、「欧州の大動脈」との形容がふさわしい国際河川。

陸上輸送に比べて大量運搬が可能なそのルートが、いまにも使えなくなる恐れがあると言うのだ。

ブルームバーグの最新データによれば、ライン川中流に位置するドイツ西部の都市カウプ周辺の水位は、8月10日時点で50センチ近くまで低下している【図表1】。

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【図表1】ライン川の水位変化。独ラインラント=プファルツ州カウプ付近での測定値の推移。橙色が日々の数値。

出所:Bloomberg資料より筆者作成

現状でもすでに積載量に制限のかかる水位で、40センチまで下がると航行不能になる

過去のデータを見る限り、水位には秋口(9~10月)にかけて低下する季節性が見られるため、今後航行不能に陥る展開は十分あり得る。

ドイツが輸入する石炭の大部分はロッテルダム経由でライン川を水上輸送されているため、航行不能が現実に起これば、エネルギーの供給制約が強まる可能性がある。

と言うのも、昨今のロシアによる天然ガス供給の削減を受け、ドイツはこれまで掲げてきた脱炭素の方針を棚上げして、再び石炭火力発電に傾斜しつつあるからだ。ライン川の航行に支障が出て石炭の入手が困難になれば、当然、火力発電にも頼れなくなる

そうした展開の最後にあるのが、電力不足を通じたドイツ経済の停滞や混乱だ。

最悪の事態を回避するには、(従来の長期契約ではなく)割高なスポット価格で天然ガスを買い続けるしかない。

それでも、もともと懸念されていた冬場のエネルギー事情の深刻度が増す展開は避けられない。また、製造と納品の遅れが顕著になっている自動車産業などへの悪影響も必至だろう。

なお、ライン川の渇水は酷暑の影響と言われるが、その酷暑は元をたどれば気候変動に起因すると評価されている。

ドイツは気候変動対策として脱炭素シフトを進めてきたが、それが実質的に破たんしつつあるいま、それでも脱炭素を維持してエネルギー危機を打開する道があるとすれば、国民の8割が支持するとされる原発再稼働しかないように思われる。

ユーロ安からスタグフレーションへ

ライン川の水位低下問題は、通貨ユーロにも無視できない影響を及ぼす。

上述した通り、ライン川はロシアからのエネルギー供給減少を補うルートの一つと位置づけられる。裏を返せば、そのルートが使えなくなった場合、その分だけロシアからのエネルギー供給に依存せねばならなくなるということでもある。

ドイツは5月に31年ぶりの貿易赤字に転落、必然的に(貿易収支を含む海外とのモノやサービスなどの取引状況を示す)経常収支の黒字も大幅に目減りし、赤字転落寸前まで追い込まれている【図表2】。

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【図表2】ドイツの経常収支の推移。2022年5月時点(右端)で経常赤字寸前の状況だ。

出所:Bloomberg資料より筆者作成

割高なスポット価格でのロシアからのエネルギー輸入がいま以上に増えれば、貿易赤字はさらに拡大し、いよいよ経常収支の赤字も視野に入ってくる。

月次ベースで振り返ると、ドイツの経常収支が赤字を記録したのは、「欧州の病人」と呼ばれた経済停滞期を抜け出そうとしていた2003年1月、20年近く前のことだ。

エネルギー危機に端を発する景気低迷は、欧州中央銀行(ECB)の物価安定を重視した金融引き締め政策に対する猜疑心(さいぎしん)を生み、円以外の通貨に対して金利水準で劣るユーロ相場は売り圧力にさらされる懸念が強まるだろう。

これまでは「世界最大の経常・貿易黒字を誇るドイツひいてはユーロ圏」という実態に根ざした通貨ユーロの強固な需給が、相場の底割れを防いできた面がある。

その強固な需給がウクライナ危機を受けて揺らぎ始め、さらにライン川の水位低下問題が追い打ちをかけようとしている。

そうしてユーロ安が進めば、輸入物価の上昇を通じてドイツひいてはユーロ圏内のインフレを悪化させる

中央銀行であるECBはインフレ亢進を看過できず、利上げに動くだろう。結果として、期間は限定的かもしれないが、ユーロ圏は不況下の物価高(スタグフレーション)に直面する公算が大きくなる

「欧州の大動脈」ライン川の機能不全は文字通りユーロ圏の生殺与奪を握る問題だ。金融市場ではまだ本格的な取引材料になっていないが、前述のようにこれから水位の下がりやすい秋がやって来ることを踏まえると、警戒は必須だろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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