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「うちの部下が『FIREしたい』って言い出したんです……」
最近、マネジャークラスの皆さんからそんな声をお聞きすることがあります。
その言葉には、「嘆き」「もどかしさ」などのニュアンスが含まれています。
FIRE(ファイア)とは「Financial Independence, Retire Early」の略。「経済的自立」と「早期リタイア」を意味しています。
従来の早期リタイアといえば、ビジネスで成功を収めて資産を築く、あるいは遺産相続などでまとまった資産を得るなどして、定年より早く退職するパターンが中心でした。
それに対し「FIRE」は、「資産運用」による不労所得での生活を基本とします。
ただし完全なリタイアは望まず、「自分がやりたい仕事だけ、好きな時間に、自分のペースでやりたい」……というビジョンを描いている人が多いようです。
マネジャーの皆さんが「若手のFIRE願望」に対して嘆いたりもどかしさを感じたりするのには、「資産運用に気をとられるより、今は自分のビジネススキルを磨くことに力を入れたほうがいいのでは」という思いがあるようです。
確かに私も転職相談者の方と面談していて、FIRE志向を持つ若手が増えていると感じています。もちろん、FIREを目指してしっかりとキャリアプランを立てている方もいるのですが、危うさを感じることがあるのも事実……。
そこで今回は、ミレニアル世代の皆さんに向けて、FIREの実現性や準備しておくべきことなどをお話ししたいと思います。
もう頑張りたくない? なぜFIRE願望が高まっているのか
FIRE願望を持つミレニアル世代からは、次のような声が上がっているようです。
「給料が全然上がらない。あくせく働くのがバカバカしくなってきた」
「コロナで生き方を考え直した。仕事がすべてじゃないな、と」
「とにかく疲れた」
こうした声からは「報われない虚しさ」が感じとれます。
一昔前の年功序列社会のように、会社に従って真面目にコツコツ頑張っていれば着実に給与が上がっていき、定年まで安定を保障される……という時代ではありません。
頑張っても給与に反映されなかったり、上司世代が40代で早期退職に追い込まれる姿を目の当たりにしたり。さらにコロナ禍では、自社の経営陣に「社員を守る」という意識がないことに気づき、失望した方も少なくありませんでした。
「だったらもう頑張らない。もっと楽に生きられる道を探りたい」と思うのも無理はないと思います。
そして、実際に「できるかも」と思わせるような社会変化もあります。
一つは「投資」が身近になり、気軽に始めやすくなったこと。以前はまとまった資金の準備や証券会社とのやりとりなどハードルが高かったものですが、最近は1万円程度の元手で、ネットでの手続きのみで始められます。
投資信託の種類も豊富で、少し勉強して有望な銘柄を選ぶなどすれば、資産を増やせるという期待感が高まっています。
また、スタートアップ企業のIPO(新規上場)が活発な昨今、ストックオプションにより若くしてまとまった資産を得る人も増えています。そんな人が身近にいると、「自分もできそう」という気になるのでしょう。
こうした時代背景も、FIRE願望を後押ししているのではないでしょうか。
FIREしたいと思ったらまずやるべきこと
ここからは、漠然としたFIRE願望を持つ皆さんに、ぜひやっていただきたいことをお伝えします。
まず、自分の人生にどれくらいのお金がかかるのかを把握しましょう。
日々の生活にかかるお金、削りたくない趣味にかかるお金、住宅購入や子どもの教育費など、どの年代でどの程度の資金が必要か、30代、40代、50代、60代……と推移グラフを作成し、試算してみてください。
皆さんが高齢期を迎える頃、平均寿命は確実に延びています。100歳まで生きる人も、今より増えると予測されています。
仮に50歳でリタイアした場合、100歳まで生きたとしたら50年間。生活にいくらかかるかをざっと試算してみましょう。
覚悟している人も多いと思いますが、皆さんの世代は、年金がこれまでのように支給される可能性は極めて低いといえます。
ずっと健康であれば自給自足の生活を送る方法もあるでしょうが、病気になれば働けず、治療費や入院費などもかかってきます。
リタイア後の生活費のすべてを、わずかな年金と資産運用だけでまかなえるのか——具体的な数字を出してみると、「リタイアはできない」という結論に達する人が多いのではないでしょうか。
もちろん、早くからさまざまな準備を始めることで、実現できる可能性もあります。
具体的なプランを練るためにも、まず「試算」を実行してみてください。
主体的にキャリアを築くことがFIREへの近道
FIRE後の生活を資産運用による不労所得だけに頼ることが難しいとなれば、やはり何らかの形で仕事を続けていく必要があります。
ちなみに、まったく働かなくても生活していけるだけの資産があっても、やはり「仕事を続けたい」という人は多いものです。
実際、早期リタイアを実現したものの、「必要とされている」ことを実感できないために満たされず、やはり何らかの形でビジネスに関わることにした、という人を大勢見てきました。
「社会から必要とされている」と思える時間がまったくないと、やりがいや生きがいが失われてしまう——それが人間にとって一番怖いことなのではないかと、私は思っています。
ですから、資産運用がある程度成功したとしても、何らかの形で仕事を続けることを前提に人生設計することをおすすめします。
では、多くの皆さんが望む、「自分がやりたい仕事を、好きな時間に、自分のペースでやりたい」を実現するためにはどうすればいいのでしょうか。
まず、人材として成長することを、会社任せにしないでください。
終身雇用が当たり前だった時代、会社は研修などの人材育成に投資していました。けれど近年、従業員の在籍期間は平均12年ほど。これでは投資回収ができません。
そこで、育成に力を入れるより、「必要な能力を持つ人材を、必要な時に中途採用(一時雇用)する」という傾向が強くなっています。
ですから、学びの機会は自分自身で作り、自律的にキャリアを築いていく必要があります。
ただし、「この資格を取っておけば一生安泰」「このスキルを身につければ食いっぱぐれがない」というものは、もはやありません。
弁護士・会計士といった難関資格の職業でさえ、近い将来はAIに取って代わられるという予測もあります。専門知識やスキルの価値は、時代によって変わっていきます。
そこで、特定の専門性やスキルを磨くことだけに集中するよりも、「環境の変化に柔軟に対応し、都度学び直し(リスキリング)ができる」というマインドセットと行動力を備えておきましょう。
その時々で、目の前にある課題に対して最善を尽くし、予期せず環境や状況が変わったとしても抵抗せずに受け入れて、適応していく。
そんなサイクルを繰り返していくことで、年を重ねても「エンプロイアビリティ(雇用される能力)」を保ち続けられます。
そして、常に選択肢を複数持てる状態にしておくことをおすすめします。
突然の環境変化でキャリアプランが崩れたとしても、すぐに「プランB」「プランC」に切り替えていけるようにするのです。そのためには、日頃からお伝えしているように、「副業」「兼業」も効果的です。
常に自分の「市場価値」を意識し、価値の維持・向上を図っていくことで、皆さんがイメージする「FIRE」の生活に近づけるかもしれません。
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※本連載の第85回は、9月5日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。