オフィス不動産向けのマッチングサービス「SERECT」が8月22日にローンチする。従来のオフィス移転は、仲介業者が独自に物件情報を集めて、見込み客に電話で営業をかけるスタイルが主流だった。仲介業者によって物件情報や賃貸条件の情報はまちまちで、その不透明さが課題となっていた。SERECTはこうした既存の仲介ビジネスに切り込むサービスで、貸主と借主を直接つなぐプラットフォームビジネスだ。
オフィス不動産業界は、何が課題で、これからどう変わっていくのか——。
サービスを立ち上げたLexi(レキシ)の代表取締役・小堀恵一氏に、新サービス開発の背景にある問題意識や、思い描く不動産業界の未来像について聞いた。
コロナ禍の移転ニーズに応え、非効率な物件探しを変革
コロナ禍直前の2020年2月、東京5区(千代田、中央、港、新宿、渋谷)におけるオフィスビルの空室率は過去最低を記録し、オフィスの需要が高まっていた(三鬼商事調べ)。その後、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、リモートワークが定着。オフィスの解約が進み、空室率は急激に上昇した。今後も空室率が高止まりするのではないかと言われている。一方で、リモートワークによるオフィス面積の適正化を検討している企業は少なくなく、空室率は上がっても移転のニーズは落ちていないという。
三鬼商事調べ
このようなオフィス不動産業界に「日本初」とも言われるサービスで新風を吹き込むのが、Lexi代表の小堀恵一氏だ。
「オフィス移転業界は非効率の塊です」(小堀氏)
ビルオーナーにとって、移転企業を探すことは非常に難しい。小堀氏によると、全ての企業のうち、1年以内に引越しを検討している企業は多くても1~2割程度。さらにエリアや広さ、賃料など条件が当てはまる移転企業を絞り込んでいくと、対象企業は「豆つぶのような割合」しか存在しない。しかも、その企業を見つける方法は人海戦術だ。
「飛び込み営業や電話営業でやみくもに探すしかなく、空振りが多い。オーナー自身にはそれほど営業リソースがあるわけではないので、仲介会社にアウトソースするしかないのが現状です。一方で移転企業側は、オフィス移転専任担当がいないため日常業務にプラスして移転業務を担うケースが大半です。そのような状況の中で、オフィス仲介はいまだに対面アポイントや電話連絡、紙資料といったオフラインで伝えられる情報が多く、取りまとめが大変です。
そして、オーナーと移転企業、双方が仲介会社に仲介手数料を払うのでコストの負担も大きい。オーナーと移転企業が出合える場を用意し直接繋ぐことができれば、こうした状況を変えることができ、双方にメリットがあるだろうと考えました。我々が開発した『SERECT(セレクト)』は、いわば『ビズリーチ』さんのオフィス移転版と言えるサービスです」(小堀氏)
移転企業がビルオーナーから逆オファーを受けられる新たな体験
Lexi(レキシ)の代表取締役・小堀恵一氏。小堀氏は求人広告業界、サービス業を経て、オフィスバンクに入社。2018年、オフィスバンクの社内ベンチャー制度によって、賃貸オフィスの内外をVRによって360度好きな角度から見ることができるサービス「360pict」を立ち上げ、Lexiを設立した。2022年5月、VR事業をオフィスバンクに譲渡し、新たに発案し開発中だったSERECT事業に専念。
SERECTは、小堀氏が前述した通り、通常は直接やりとりする機会がほとんどないオーナーと移転企業のマッチングを行う。移転企業は物件を検索できるだけでなく、希望条件を登録しておくと、ニーズ検索をしたオーナーから直接オファーメッセージが届き、仲介会社を挟むことなくチャットでやりとりできる。移転企業は、仲介会社が知らない情報や条件を受ける事ができ、自分で物件探しをする手間が省略される。さらに、待っているだけで今より良い条件のオフィスに出会える可能性が生まれる。物件ごとのやりとりや、関連資料を一元管理できるのも便利だ。
当初の主な利用者層としては、従業員数が急増しているスタートアップやベンチャー企業を見込んでいる。サービス料は、ビルオーナー側が月々の利用料を支払うため、移転企業は一切費用が掛からないモデルだ。移転企業にとっては、仲介手数料が掛からず大幅なコスト削減ができるという。
SERECTはビルオーナーからの期待も高い。小堀氏の出身母体である不動産コンサルティング会社・オフィスバンクとの協力関係があるため、このような物件がすでに8000件以上も登録されている。
「僕自身、もともとオフィスバンクに在籍し、ビルオーナーの代わりに移転企業を探す営業担当としてベンチャーから大企業までさまざまな企業とやり取りをしてきました。その中で『移転企業を発見するための、マーケティングを効率化させたい』という思いがくすぶるようになっていました。オフィス不動産業界には、DXを含め新しいことを始めるプレイヤーが少なくて、商習慣が30年以上変わっていないのではないかと思われるほど。そこを変えていきたいんです」(小堀氏)
小堀氏は2018年、オフィスバンクの社内ベンチャー制度によって、賃貸オフィスの内外をVRによって360度好きな角度から見ることができるサービス「360pict」を立ち上げ、Lexiを設立した。紙の資料を見るか、実際に時間をかけて足を運ぶしかない物件探しにおいて、臨場感あふれるVRで現地を確認できるのは実に画期的なサービスだと好評を得た。2022年5月、このVR事業をオフィスバンクに譲渡し、新たに発案し開発中だったSERECT事業に専念することに。
「VR事業を行っている中で、ビルオーナーから『移転企業を発見できるツールがあればいいのに』という声をよく聞きました。一方で移転企業からも『いくつかの仲介会社に依頼すると情報の齟齬があるなど正確な情報が判断しにくく、資料の管理が大変。とはいえ自分たちで物件を探すこともできない⋯⋯』といったご相談をいただき、それであれば両者をつなぐ、オーナー側のニーズも移転企業側のニーズも解決できるサービスがあればいいのではないか、と考えたところからSERECTはスタートしました」(小堀氏)
業界のしがらみに捉われず、業界を変えていく
ビルオーナーと移転企業のマッチングサービスというと、それほど難しいことではないように思われるかもしれない。だが、不動産デベロッパー同士の場合、競合先と一緒に手を取り合ってこうしたサービスを開発しようということにはなりづらい。仲介会社の場合は、自身のビジネスを奪うものとなってしまうのでさらに難しい。にも関わらず、仲介する立場のオフィスバンクがSERECTの開発に乗り出したのは、同社経営層が新規事業に対して理解が深いことと、トップセールスを誇った小堀氏に対して厚い信頼を寄せていたことが背景にあった。
「上層部に相談した際、最初はやはり『大丈夫だろうか?』という反応がありました。でも、話し合ううちに『小堀がやりたいんだったら応援したい。こうしたサービスによって業界が変わるとしたら、それは自然の摂理。いずれ他社がこうしたサービスを開発するかもしれない。だったら、身内から先に生み出したい』と理解してもらえました。我々はもともとVR事業において多くの大手デベロッパーさんにご利用いただき、ビル営業の担当者の方々ともやりとりが密だったんです。だから、『僕たちならオーナー同士の連携を促すことができる』という自信はありました」(小堀氏)
小堀氏は求人広告業界、サービス業を経て、オフィスバンクに入社した経緯がある。業界はえぬきではない小堀氏だからこそ、業界の前例にしばられないサービスが展開できるのかもしれない。
「分かりにくいと言われることが多い不動産業界。ユーザーが安心して使えるように、Webサービスではありますがドライではなく人間味のあるサービスを展開したいですね」(小堀氏)
今後、ますます働き方は流動的になり、オフィスのあり方は刷新されていくだろう。小堀氏はオフィス不動産業界をどのように変革していきたいと考えているのか。
「オフィス移転のハードルをなくしたいと思っています。SERECTを使っていただければ、移転に関するやりとりや情報をすべて保存でき、ナレッジを蓄積していくことができます。今まで難しいと思われていたオーナーとの直接交渉も、ハードルが下がっていくでしょう。
一方で、やはり仲介会社に頼りたいというオーナー、企業もあるかもしれません。ゆくゆくは仲介会社も使えるプラットフォームにして、ビルオーナーも移転企業も、みなさんが使いやすい方法を選択できるようにしていきたい。言ってみれば“オフィス不動産領域の何でも屋さん”。SERECTのプラットフォーム上で、移転を検討するだけでなく、内装会社さんの手配もでき、什器も購入でき、セキュリティシステムもオーダーできる。移転後も家賃の請求や支払いをしたり、エレベーターの工事があればそのお知らせをしたりと、すべてやりとりができるような形になることが理想です。
今までバラバラになっていたオフィス不動産業界に関わる人々を繋ぐハブになり、みんなが楽になるようなサービスを目指しています」(小堀氏)
何年も変わらなかった不動産業界が一気に変わろうとしている。その突破口は、現場を知る人間が過去にとらわれず、既存のモデルを崩すことから開けるのかも知れない。