シェアオフィス大手ウィーワーク(WeWork)を率いたアダム・ニューマンがまたしても不動産をテーマにスタートアップを設立。大規模な資金調達に成功した。
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シェアオフィス大手ウィーワーク(WeWork)最高経営責任者(CEO)の座をスキャンダルで追われたアダム・ニューマン。
米ウォール・ストリート・ジャーナル(1月4日付)は、ニューマンが2021年中に10億ドル強(約1350億円)相当のマンション物件(合計4000戸以上)について、共有持分の過半数を取得したことを報じた。
それらの物件を通じてニューマンが新たに実現しようとしているライフスタイルブランド構想が、巨大資本の支援を受けて形になり始めている。
ウィーワークの共同創業者からカルチャーアイコンへ、さらにはテック業界のアンチヒーローへと姿を変えたニューマンは、シリコンバレーの最有力ベンチャーキャピタル(VC)アンドリーセン・ホロウィッツから同社単体の出資額として過去最大となる資金を調達した。
3億5000万ドル(約470億円)を手にしたのは、ニューマンが新たに設立した賃貸住宅スタートアップ「フロー(Flow)」。
米ニューヨーク・タイムズ(8月15日付)によれば、2023年にローンチ予定でまだモノもサービスも提供していない同社だが、アンドリーセン・ホロウィッツの出資により評価額はすでに10億ドル(約1350億円)以上に達している。
フローは、ニューマンがファミリーオフィス(富裕層の保有資産管理会社)を通じて、ジョージア州アトランタ、テネシー州ナッシュビル、フロリダ州フォートローダーデールおよびマイアミに購入した3000戸超のマンション物件をベースに営業を開始する予定だ。
Insiderは過去記事(1月11日付)で、ニューマンの妻のいとこでウィーワーク不動産部門のグローバル責任者を務めたマーク・ラピドスと、同じくウィーワークで法務(訴訟担当)副責任者を務めたニューマンの腹心ステラ・テンプロが、上記の物件購入に関与したことを報じている。
フローがローンチ後に展開するビジネスモデルの詳細は不明だが、コミュニティ形成を重視しつつ、賃貸住宅の借り手が資産形成の機会を得られるような、プロパティマネジメントソリューションブランドの構築を目指すとみられる。
ソリューションブランドはニューマンが保有する既存物件以外にも、新たな住宅開発プロジェクトや他の家主向けに提供される可能性もある。
アンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者でニューマン率いるフローの取締役に就任予定のマーク・アンドリーセンは同社ブログに投稿した記事(8月15日付)で、フローが解決しようとしている社会課題を列挙している。
国内の住宅供給不足、コミュニティに所属せず社会から分断孤立した賃貸住宅の居住者、資金面の理由から住宅購入を断念して賃貸住宅で生活している人がいつまでも共有持分を取得できないことなどがそれだ。
アンドリーセンの投稿はおどろおどろしい書き始まりで、アメリカが「住宅危機」に直面していると指摘する。だが、当の本人がつい1週間ほど前に発したばかりのコメントとはいかにも対照的に見える。
そのコメントとは、アンドリーセンが暮らすカリフォルニア州ベイエリア近郊の洒脱な高級住宅地アサートンで計画中の「多世帯住宅開発には大いに(Immensely)反対」というもの。アサートンは全米でも1人当たりの収入が最も多い(郵便番号)エリアの一つだ。
コメントはアサートンの地元当局宛てに妻のローラ・アリラガ・アンドリーセンと連名で送信したメールの一部で、アサートンに手頃な価格の住宅を増やそうという地元当局の提案に対し、パブリックコメントとして住民から寄せられた意見270件の中の一つだった。
当局の提案に反対するコメントが集まって一定の影響力を持ったのか、多世帯住宅の建築は結果的に開発計画案から削除された。
アリラガ・アンドリーセンはスタンフォード大学ビジネススクールで20年以上にわたってフィランソロピー(慈善活動)に関する講義を担当し、自身で財団を設立して運営にあたっている人物。
さらに、彼女の父親であるジョン・アリラガはシリコンバレーの開発に大きな役割を果たした著名不動産デベロッパーで、スタンフォード大学にも講義棟やスポーツ競技場の建設費用として多額の寄付を行ってきた人物だ。
カリフォルニアの農地を有力テック企業が集まるオフィスエリアに変貌させた立役者とも言えるだろう。
アンドリーセンがニューマンのフローに出資する真意はどこにあるのか、住宅問題に関するコメントや彼のバックグラウンドは矛盾に満ちており、判然としない。
気候テックスタートアップも設立
アンドリーセン・ホロウィッツは、ウィーワーク時代のニューマンには資金を出していない。
最初の動きが確認されたのは2022年5月。ニューマンが設立した気候テックスタートアップ「フローカーボン(FlowCarbon)」の資金調達ラウンドで、アンドリーセン・ホロウィッツがリードインベスターを務めたのだ。
フローカーボンのビジネスモデルは、再生可能エネルギーの開発事業者が自ら創出したカーボンクレジットをトークン化し、透明性の高い取引を可能にするというもの。
同社の発表(5月24日付)によれば、アンドリーセン・ホロウィッツの暗号資産(仮想通貨)およびWeb3専門ファンド「a16z Crypto」などから3200万ドル、トークン販売を通じて3800万ドル、合計7000万ドル(約95億円)を調達した。
先に紹介したニューマンの賃貸住宅スタートアップも名称に「フロー」が含まれるものの、資本など財務上の関係は現時点ではない模様だ。
なお、フローカーボンは年初来の株式市場暴落と連動した仮想通貨市場の不調を受け、資金調達発表からわずか2カ月後、市場の安定化が確認されるまで「無期限の活動停止」期間に入ると報じられている(英ビジネスクラウド、7月18日付)。
ニューマンをめぐる限りない不透明感
賃貸住宅コミュニティをブランド化するというフローの狙いは、ウィーワークがオフィス業界にもたらした変革を何か想起させるものがある。
ただ、ウィーワークがもたらしたのはポジティブな影響だけでなく、一時は470億ドルと見積もられた評価額が金融機関やVCの評価見直しごとに目減りしていく中で、何十億ドルもの投資家価値が失われ、何千人もの従業員が解雇されるというネガティブな側面も目立った。
とは言え、ニューマン自身もウィーワークの凋落と新規株式公開(IPO)失敗による犠牲者の一人であり、その毀誉褒貶の物語はドキュメンタリー番組や映画、さまざまな論評のテーマとなり、人々の記憶にもまだ新しいところだ。
アンドリーセンは前出のブログ記事で次のように書いている。
「アダムとウィーワークの物語は、余すところなく年代順に整理され、分析の対象となり、フィクション化され、ときに(脚色されるどころか)正確に描かれたりもしました」
オフィス体験を抜本的に変革し、パラダイムシフトを生み出したウィーワークを率いたアダム・ニューマンという起業家を、アンドリーセンはそれほどに高く評価しているというわけだ。
それでも、この賃貸住宅コミュニティをめぐる新事業からは、ウィーワーク時代のニューマンが用いた不適切なやり口、ニューヨーク州司法長官に目をつけられた「自己取引」問題を思い出さないわけにはいかない。
ウォール・ストリート・ジャーナルは2019年1月、ニューマンが自ら購入して保有するビルをウィーワークにリースし、数百万ドルの利益を得ていたことを報じた。同社がオフィス用途で借り上げる物件には二度と出資しないことをニューマンは当時約束している。
こうした過去の苦い経験があるにもかかわらず、フローはニューマンが(ファミリーオフィス経由で)購入済みの自前物件をベースにビジネスを始めようとしている模様で、そこに懸念を感じざるを得ない。
(翻訳・編集・情報補足:川村力)