イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
子どもの頃から絵を描くのが趣味で、描いている最中は楽しいのですが、出来上がった絵を他の人の絵と比べると、自分の下手さに落ち込んでしまいます。
加えて、かつて同じ時期に描き始めた友人が今では自分よりずっと上手くてSNSやイラスト共有サイトなどで評価され、仕事を受けたりしているのを見ると、自分には才能がないからさっさと辞めたほうがいいのではないかと落ち込むこともあります(日中は仕事があるので、私は夜と土日に描いています)。絵を描くのは好きなはずなのに、何だかずっと苦しい。自分が好きなものを描いても、誰も見てくれないと辛い気持ちになり、二次創作ばかり描いてしまいます。かといって、SNSやイラストサイトを一切やめて、誰にも見せないものを一人で描き続けるというのも想像できません……。健全なメンタルで創作を続けていくためには、どう向き合えばいいのでしょうか?
(ドロップキック、20代前半、会社員、女性)
オリジナリティが必要だという勘違い
シマオ:ドロップキックさん、お便りありがとうございます! YouTubeやTikTok、noteなどの投稿サービスが人気ですが、最近はコンテンツの消費者だった個人がどんどん自分から発信する「クリエイターエコノミー」というものが世界中で広がっていると聞いたことがあります。ですが、好きだったはずのことが、だんだん辛くなってきてしまう人がいるのは切ないですね……。
佐藤さん:ドロップキックさんのお悩みには、2つの要素が含まれます。まずそれを切り分けましょう。
シマオ:悩みの解決に重要な、「問題の切り分け」ですね!
佐藤さん:1つは、自分が二次創作ばかり描いてしまうということ。これは独自の絵で評価されないというオリジナリティの問題です。もう1つは、「このままだと好きなことが嫌いになってしまうかもしれない」という創作者のメンタルについてです。
シマオ:1つ目のオリジナリティについては、創作者である以上、やはりオリジナルな作品を作るべき、ということなんでしょうか?
佐藤さん:趣味の範疇でやっているなら、二次創作でもまったく構わないと思います。多くの人が勘違いをしていますが、絵を描くという行為にはもともとオリジナリティが必要とされてきた訳ではないんですよ。
シマオ:え、そうなんですか!?
佐藤さん:オリジナルであること、あるいは独創的であることが価値を持つというのは近代になってからの考え方です。まして、それが高い金銭的価値を持つようになったのは、資本主義が発達したこの200年のことだと言えるでしょう。例えば、絵画としての歴史が古い宗教画を考えてみましょう。ロシア正教のイコンがよい例ですが、イコンにはオリジナルとコピーという考え方はありません。模写して描いたイコンも、全てが同じ価値を持つのです。
シマオ:なるほど。宗教画は確かに「型」みたいなものがありますもんね。
佐藤さん:それに、オリジナルとして発表されている作品でも、あらゆる創作は多かれ少なかれ既存の作品を下敷きにしているものです。例えば、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』は知っていますね?
シマオ:はい、国語の授業でやりました。地獄に落ちた盗人カンダタが生前一つだけ善行をしたことを知ったお釈迦様は、蜘蛛の糸を垂らして助けようとしたけれど、その盗人は自分だけが助かろうと他人を蹴落とした。そしたら糸が切れて、彼はまた地獄へ落ちていった、という話ですよね。
佐藤さん:実はこの話にはモデルがあるとされていて、その1つと言われているのが、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に出てくる「一本の葱(ねぎ)」という挿話です。これは「糸」が「葱」に変わっただけでほとんど同じ構造の話なのです。
シマオ:そうなんですね! でも、今なら「パクリ」だとSNSで指摘されて炎上しそうですが……。
佐藤さん:そういう意味で盗作かどうかは、時代や社会、受け手が決めるとも言えます。かつてはオマージュやインスピレーションなどと言えたものが、今はパクリになるかもしれない。とはいえ、過去の名作に学ぶことは、どんな創作でも必要なことです。
シマオ:オリジナリティも、最初は名作を学ぶことから始まるんですね。
他人の評価に振り回されないために必要なことは?
イラスト:iziz
シマオ:2つ目の創作者のメンタルについてはどうでしょうか? 仕事を受けている友人を見て凹むということは、ドロップキックさんも絵を仕事にしたいと思っているのかもしれません。ネットに投稿などもしているようですし。
佐藤さん:私は基本的には作品をネットに投稿することはおすすめしません。
シマオ:なぜでしょうか?
佐藤さん:ネットで目をつけられたことで商業デビューを果たすクリエイターは一定数いるでしょう。しかし、これだけ誰もがやるようになれば、その中で勝ち残るのは非常に難しいと言わざるを得ない。参入障壁の低い市場は、同時に競争も激しいからです。むしろ、突出した能力が必要とされるでしょう。
シマオ:では、どうしたらいいんでしょう? 誰にも見せないものを描くのは考えられない、とドロップキックさんも言っていますが……。
佐藤さん:私がおすすめするのは、街場の美術教室に通ってみることです。
シマオ:美大とかではなく、いわゆる絵画教室とか、デッサン教室とかですか?
佐藤さん:はい。絵の基礎技術を学び直せる点もいいですが、何よりも自分と同じクリエイターの卵たちのコミュニティに所属することができるというメリットがあります。
シマオ:なるほど。仲間ができる、ということですね。
佐藤さん:絵や写真などの教室では、必ず何らかのコンテストや展覧会が開催されています。そうしたコミュニティの中でお互いの作品を見て、評価するという環境がある訳です。技術をちゃんと身につければ、コミュニティの評価を得られる。それは作り手にとって嬉しいことでもあります。
シマオ:創作仲間は、自分を評価してくれる人でもあるということか! でも、そこでも評価されなかったら、むしろ落ち込んでしまいそう……。
佐藤さん:無論、創作者の世界が厳しいのは当たり前です。ただ、ネットで不特定多数の意見を見て意気消沈するよりも、ちゃんと絵を学ぼうとしている人たちからの評価のほうが何倍も役に立ちます。それに、日本の美術学校は学費の割にとてもよい教育環境だと思います。
シマオ:そうなんですか?
佐藤さん:美術の世界の厳しさの裏返しでもあるのですが、たとえ東京藝大を出たとしても芸術家として食べていける人は一握りです。だから、街場の美術教室でも一流美術大学出身者が教えていることが多い。つまり、非常に高い技術を学べるんですよ。
シマオ:実力がつけば、見える世界も変わってきそうですよね。
佐藤さん:そうです。その際に覚えておきたい言葉が、芳沢光雄さんの書いた『大学数学 入門の教科書(下)』にあります。芳沢さんは数学の学び方として「将棋の初心者が駒の動かし方と効果を理解して頭に入れる」ようにすること、そして「各項目の導入部分を完璧に理解すると、後はなんとか読み進められる」という教えを若い頃に受けたと書いています。
シマオ:何事も基本ルールと最初が大事ということですね!
佐藤さん:基礎技術を身につければ、自分で自分の作品の良し悪しを判別することができるようになります。そうすれば、他人の評価に振り回されることも少なくなるはずです。ネットの評価などを気にしてばかりいると、メンタルにはよくありません。自分なりの評価基準を持つことが大切なんです。
佐藤さんが創作を続ける上で気をつけていること
シマオ:佐藤さんも作家として作品を発表されていますが、読者からの評価にさらされたり、オリジナリティが求められたりすると思います。仕事上で気をつけていることはあるんですか?
佐藤さん:私が作家になって感じたのは、きちんと訓練された編集者と仕事をすることの大切さです。彼らは文章を批判的に見て、どこを変えれば良くなるかを指摘してくれる。そういう人たちと仕事をすることで腕が上がります。
シマオ:周りが褒めてくれる人ばかりでは伸びない、と。
佐藤さん:最終的には、その批判的な視点を自分で持てるようになることが目標です。自分で自分にダメ出しできるようになれば、必然的にクオリティは上がっていきます。
シマオ:確かに、一流の人はみんなストイックな感じがしますね。
佐藤さん:それからオリジナリティについて、既存の作品に学ぶことは重要だと話しましたが、それはあくまで過去の名作についてです。例えば、私は書評の仕事を受けることが決まったら、他の人がその本について書いたことは見ないようにしています。剽窃は論外ですが、マネしようとしていなくても人間は見たものに影響を受けてしまうからです。本当は書こうと思っていた論点なのに、この人が書いているならやめよう、といった間接的な影響もあります。
シマオ:意図的にインプットを避けることもあるんですね。
佐藤さん:その上で、ドロップキックさんにお伝えしたい、創作を続けるために必要なことは、過去の名作やプロから学び、技術を磨きつつも、絵を描くことが自分にとって趣味なのか、仕事にしたいものなのかを判別することです。趣味なら他人の評価を気にせず好きにやればいいですし、仕事にしたいなら視野を広げてみるとよいでしょう。
シマオ:視野を広げるというのは?
佐藤さん:絵を描くということを仕事にすることは狭き門です。ならば、パッケージデザインやウェブデザインなど「絵を描くこと」を「デザイン」の領域に広げてみてもいいですし、自分がデザイナーにならなくても、広報部やマーケティング部のようなところでクリエイティブを判断する立場になることも、広い意味で創作に関わる仕事です。
シマオ:なるほど! そうやって考えていくと、日々の仕事で少しでも創作に関わることができれば、健全なメンタルでいられそうです。ドロップキックさん、いかがでしたでしょうか? ご参考になりましたら幸いです!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!
※この記事は2022年8月17日初出です。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。