撮影:三ツ村崇志
私たちの身の周りには、コンクリートで造られたさまざまな建築物があります。
実はいま、建築業界では、建設するほど二酸化炭素(CO2)を吸収してくれる、そんな夢のようなコンクリートを生み出すプロジェクトが進んでいます。
東京大学大学院工学系研究科でコンクリートの研究をしている野口貴文教授らは、2021年に世界で初めて「大気中のCO2と水を原料に、完全リサイクル可能なカーボンニュートラルコンクリート」の開発に成功しました。
私たちはこれまで、地中深くから化石資源を掘り起こし、消費することで、大気中にどんどんCO2を放出してきました。それが結果として、地球温暖化をもたらすことになったわけです。
これから先、再生可能エネルギーの利用や自動車のEV化など、化石資源の消費を抑える対策を進めていけば、大気中に新たに放出されるCO2の量を減らすことはできるでしょう。しかし、すでに掘り起こしてしまったCO2の総量はそう簡単には減らせません。
ですがもし、大気中に増えてしまったCO2を「原料」として、コンクリートなどの物質として「固定」することができたなら……。大気中のCO2を積極的に「減らし」、地球温暖化を抑制する対策として大きな役割を担えるかもしれません。
8月の「サイエンス思考」では、野口教授らが開発している「CO2を原料としたコンクリート」によって開かれる可能性について、話を聞きました。
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻の野口貴文教授。後ろの窓は、断熱仕様の二重サッシになっていた。これも建物内でのエネルギー消費を抑える工夫の一つだ。
撮影:三ツ村崇志
建設業界に残された脱炭素化のハードル
野口教授によると、「建築業界は1990年代、京都議定書を発行した頃から、地球温暖化対策についてはかなり前向きに取り組んできました」といいます。
というのも、建築物は、地球温暖化の要因とされているCO2の排出量に大きく関係しているからです。例えば日本の場合、CO2排出量の3割超が、建築物や住宅に関連したエネルギーの消費などによるものです(国交省資料参照)。
さらに野口教授は、「(建築・住宅関連のCO2排出量のうち)3分の2ぐらいが、実は建築物を建てた後に消費されているエネルギーなんです」と話します。
建てた後に消費されるエネルギーとはつまり、建築物の中で「生活する上で消費されるエネルギー」です。そのため日本では、建築基準法における「省エネ基準」の水準が徐々に高められてきました。
照明やエアコンなどの電化製品の省エネはもちろん、窓の断熱性能など、小さな積み重ねによってエネルギーの消費を抑えようというわけです。
また、2000年代になるとNet Zero Energy Building(ZEB)やNet Zero Energy House(ZEH)といった建築物の考え方も浸透してきました。これは、省エネなどによって消費するエネルギーを抑えつつ、さらに再生可能エネルギーを活用する建築物を作ることで、建築物全体での消費電力の収支をゼロにするような考え方です。
ただそれでも、建築物に関係して排出される残り3分の1は残ります。
この「残り」のCO2は、主に建築物を建設する際に生じるものです。総量にして、日本のCO2排出量全体(約11億トン)の約10分の1にあたります。
この最後に残ったCO2をどう減らすか。建設業界はいま、この課題に向き合っているのです。
二酸化炭素を吸収するコンクリート
高速道路は、コンクリートで造られている建造物だ(画像はイメージです)。
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「建築物を造るときに生じるCO2のほとんどは、『鉄』と『コンクリート』由来です」(野口教授)
野口教授によると、コンクリート由来のCO2の8〜9割が、コンクリートの材料となるセメントの製造にかかる部分だといいます。セメント協会によると、日本の産業界が1年間に排出するCO2のうち、セメント産業から排出されているのは約5%です。
セメントを作る際には、原料となる炭酸カルシウム(CaCO3)と粘土を混ぜ合わせて、1450度という高温にする必要があります。この高温を作り出すには、化石燃料を消費せざるを得ません。
また、炭酸カルシウムは、加熱されるとCO2を放出します。
コンクリートを作るためにはセメントが必要ですが、セメントを作るにはどうしてもCO2を排出してしまう——。
コンクリートを使う以上、CO2を一定量排出することからは逃れられないようにも思います。
ただ、野口教授によると、実はいま、コンクリートの「ある性質」が注目されているといいます。
「(コンクリートを)放っておくと、中に含まれたカルシウムが大気中のCO2と徐々に反応して、(炭酸カルシウムの)塊を作るんです」
2021年度には、日本国内だけでもセメントは5500万トン、そこから作られる生コンクリートは約7600万立方メートル(約1億8000万トン)が生産されています。
日々生産されるこの大量のコンクリートに、CO2を吸収させる機能を持たせようという研究開発が進んでいるのです。
リサイクルで省資源、二酸化炭素も吸収
コンクリートを作る上では、既存のコンクリートのリサイクルも重要となる(画像はイメージです)。
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野口教授はもともと、コンクリートの原料になる「石灰石」や「砂利」の資源が将来的に不足するのではないかという課題意識から、コンクリートの「リサイクル」に関する研究を進めていたといいます。
「すでに一度コンクリートになったものをリサイクルしてセメントの原料にする場合、加工するためのエネルギーこそ必要になりますが、石灰石の分解によって生じるCO2は出なくなります。これはCO2の排出削減にもなるだろうと」(野口教授)
加えて、2020年には、内閣府が「ムーンショット型研究開発プロジェクト」の募集を開始しました。その中に、「CO2を回収して利用すること」に焦点を当てた研究プロジェクトの募集があったのです。
野口教授と、「C4S研究開発プロジェクト」で共同研究している東京大学大学院工学系研究科の丸山一平教授(右)。
撮影:三ツ村崇志
「CO2は大気中に分散して濃度も低い。それを回収して利用することが将来的には非常に重要になります。そこに、これまで研究してきたものが生かせるのではないかと思ったんです」(野口教授)
こうして野口教授らは、北海道大学や東京理科大学などの大学や、清水建設、太平洋セメントといった民間企業とともに、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のムーンショット型研究開発事業「C4S研究開発プロジェクト」を立ち上げます。
その中で考案されたのが、コンクリートに含まれる「カルシウム」に大気中のCO2を吸収させた上でリサイクルする、「炭酸カルシウムコンクリート」(CCC:Calcium Carbonate Concrete)でした。
世界では、陸上の植物や海の生態系によるCO2の吸収が、それぞれ少なくとも年間で数十億トン規模になると考えられています。
一方、世界では毎年約40億トンものセメントが生産されています。これと同じ量(40億トン)のセメントが廃棄物となった場合、そこに含まれるカルシウム(正確には酸化カルシウム:CaO)の量から、最大で約20億トンのCO2を吸収(固定)できる計算になるといいます。
仮にCO2を50%程度しか吸収できなかったとしても、コンクリートの生産量とコンクリートのリサイクルがバランスして、新たに製造するコンクリート全てにCO2を吸収する機能を付与できた場合、年間で約10億トンほどのCO2を吸収できてもおかしくはないのではないかといいます。
二酸化炭素を吸収するコンクリートの正体
野口教授らが開発した大気中のCO2を固定したコンクリート。一見すると、普通のコンクリートと変わらない。
撮影:三ツ村崇志
コンクリートとは、大雑把に言えば、砂利や砂などの粗い粒子をセメントという「糊」を使ってつなぎ合わせた建設材料です。
野口教授らは、建築物などを壊した際に生じる廃コンクリートを粉砕した後、細かなかけらに大気中のCO2を吸収させることで炭酸カルシウムの粉末を生成。これを水に溶かすことで作られる、炭酸カルシウムが溶けた水溶液(炭酸水素カルシウム水溶液)を、再びコンクリートを作る際の「糊」として活用しようと考えました。
炭酸カルシウムは、温度が低いほど水に溶けやすく、温度が高いほど水に溶けにくくなる物質です。野口教授らは、CO2を吸収させた廃コンクリートの粗い粒子を型に詰め込んだ後、その隙間を満たすように炭酸カルシウムが溶けた水溶液を注入。そこに熱を加えると、水に溶けていた炭酸カルシウムがコンクリートの粒子の隙間で結晶を作り(析出して)、粒子同士をくっつける「糊」のように働きます。
こうして野口教授らは、コンクリートの原料として必要な砂や砂利などの資源を廃コンクリートに置き換えることで石灰石の消費を抑えつつ、大気中のCO2をコンクリート内に固定できる、新たなコンクリートを生み出すことに成功したのです。
二酸化炭素を吸収する建築物、実現の壁
現状の強度はコンクリートブロック程度。建築物に使うには、もう少し強度が足りないという(画像はイメージです)。
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この先、コンクリートを必要とする際に、このCO2を吸収・固定するコンクリートを使うことができれば、大気中のCO2濃度を積極的に減らしていくことも可能だと言えます。
ただし、現状で課題がないわけではありません。
少なくとも、現状で試作されているものは、集合住宅や高層建築物などに使われるコンクリートと比べて、強度が弱いといいます。
野口教授によると、「コンクリートの強度は、どれぐらい緻密かどうかで決まる」といいます。
今回、野口教授らが開発した手法で作られたコンクリートは、型に詰め込んだ廃コンクリートの粒子の隙間を炭酸カルシウムでくっつけることで、コンクリートのような建設材料になります。
コンクリートの模型。砂や砂利の粒子同士をセメントでくっつけることで、コンクリートはその高い強度を実現している。実際にはもっと細かい粒子が隙間を詰めて緻密になっている。
撮影:三ツ村崇志
実は、この隙間という隙間に炭酸カルシウムでくっつけることが、思いのほか難しいのです。
このコンクリートを製造する際には、水溶液の注入と炭酸カルシウムの結晶化(析出)を同時に進めています。そのため、水溶液を隙間に入り込ませようにも、先に水の侵入経路がふさがってしまうことがあるのです。これでは、隙間が埋まらずに、緻密なコンクリートを作り出すことはできません。
「そういう意味では、現状では高層ビルなどで使えるコンクリートほどの強度はありません。コンクリートブロックと同じくらいの強度だと思っていただければいいと思います」(野口教授)
炭酸カルシウムコンクリートを作るための粗い粒子の詰め方やサイズはどの程度が適切なのか。炭酸カルシウムが溶けた水溶液は、どこから注入するのが適切なのか。そして、炭酸カルシウムの結晶をうまく作るためには、どうやって温度を加えればよいか。
さらに言えば、水に溶ける炭酸カルシウムの量を高めるための方法などについても、試行錯誤が続いています。
「コンクリートなんて、本当にどこにでもある材料なので、なかなか注目されることはありません。でも、(ムーンショットの目標である)2030年に向けて、大きなインパクトを残せる可能性をみなさんに知っていただきたいと思っています」(野口教授)
野口教授らの研究グループでは、2025年の大阪万博における模擬的な構造物の建設、そして2030年には、低層建築物の建設実証を目指すとしています。
(文・三ツ村崇志)