新入社員がその能力を伸ばし、技術を磨き、入社前に描いたキャリアを希望通りに築いていくには、社内研修で教えてくれる以上にやらねばならないことがたくさんある。
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多くの企業では、採用後に懇切丁寧な新入社員研修が行われる。
しかし実は、研修で語られることのない「暗黙のルール」をつかんでいるかどうか次第で、その後のキャリアに大きな差が生まれてしまうものだ。
大企業の場合、新入社員に仕事を覚えてもらうために、包括的なオリエンテーションプログラム、社員ハンドブック、現場での実践研修(OJT)などが準備されている。
それらはもちろん非常に重要ではあるものの、新入社員とりわけ学校を卒業したばかりの若者が新しい職場でうまくやっていくには不十分で、それ以外に職場の細かな「作法」を理解し、身につける必要がある。
にもかかわらず、そのあたりは研修ではめったに語られない。
新卒採用で入社したばかりの社員が会社や配属先の職場をより良く理解するためのヒントを求めて、Insiderは人事の専門家やアドバイザー5人に話を聞いた。
十分な質問をする
キャリアをスタートさせたばかりの社員は、初めての「本物の」仕事に怖気(おじけ)づくかもしれない。仕事の山と迫りくるデッドラインの間でバランスをとるのは実際大変だから、無理もないことだ。
自分の能力を示したい新人は、何もかもが初めてのプレッシャーの中でも助けを求めたがらないことがある。無能だと思われたり、仕事ができないという印象を与えたりしたくないから、その気持ちは分からないでもない。
しかし、就学前教育プログラムを全米展開するラーニング・エクスペリエンス(The Learning Experience)のトレイシー・ウィルク最高人材活用責任者(CPO)は、新入社員こそその強い好奇心を行動で示し、いくらでも助けを求め、知恵を借りるべきと語る。
ラーニング・エクスペリエンスで最高人材活用責任者(CPO)を務めるトレイシー・ウィルク。
Courtesy of Traci Wilk
「慣れない環境に身を置いたとき、弱気になるのは無理もありません。ただ、そんな状況で助けを求める人に対して否定的な評価を下す人はあまりいないものです。現場に飛び込む前に仕事について十分に理解しようとする人は、むしろ成長を希求するマインドセットを持っていると見なされます」
新入社員は仕事に慣れるための助走期間を十分に与えられないことが多く、入社後の数カ月は手探りで試行錯誤……などと悠長なことを言っているわけにもいかない。
現職以前、スターバックス(Starbucks)やコーチ(Coach)といった著名企業の経営幹部として人事を統括してきたウィルクは、新人が業務の背景について質問したり、与えた指示について説明を求めたりしてくれたほうが、上司にとっては助かるものだと語る。
「上司からすれば、部下が(与えた仕事や指示に対する)確認のための質問をその場でせず、デッドライン直前になって助け舟を出さねばならなくなるほうが、はるかにストレスがたまりますよね」
また、リーダー向け研修を世界展開するクリエイティブ・リーダーシップ・センター(Center for Creative Leadership)のデイビッド・アルトマン最高リサーチ・イノベーション責任者(CRIO)はこう補足する。
「本当の変化をもたらすアイディアを生み出そうと、新人でも気兼ねなく意見を述べ、素朴な質問をし、現状に異を唱えるような職場にするには、心理的安全性の確保が不可欠です」
職場の力学に注意を払う
求人情報をひと通り眺めてみると、どの企業も活気のある職場や、誰もが無理なく社業に貢献し、自分らしくいられるイノベーティブな社風を売りにしていることが分かる。
実際、企業は100%の従業員エンゲージメントを目指して努力していると思われるが、そこまでの水準を実現できている企業はめったにない。
と言うのも、企業を経営するのは人であり、人はどうしても自分の古い考え、偏見、欠点などを職場に持ち込んでしまうものだからだ。
新入社員は、職場で自分をどう見せるかを考える前に、求人情報や自社サイトなどで謳(うた)われている企業文化とその実際の姿をあらためて比べてみたほうがいい。
誰かがあなたに代わって調べたり評価したりはしてくれない。そこは自らの眼で職場の力学を観察して判断するしかない。
人種的公平性および社会的公正の原則を柱にチェンジ(組織変革)マネジメントを支援するMMGアース(MMG Earth)のマッケンジー・マック最高経営責任者(CEO)は、志望する企業の社内力学を把握するのは採用されて働き始めてからでも遅くないという考えを真っ向から否定する。
応募する前でも、内定して入社する前でも、就職支援サイトのグラスドア(Glassdoor)や動画共有アプリのティックトック(TikTok)などのプラットフォームを活用して、社員が実際にどんな職場環境で仕事をしているかあらかじめ調べておくことをマックは勧める。
MMGアースのマッケンジー・マック最高経営責任者(CEO)兼チェンジマネジメントコンサルタント。
Courtesy of McKensie Mack
社員による企業レビューをキーワードで絞り込めるプラットフォームもなかにはあるので、「コミュニケーション」「専門能力開発」「摩擦」「人事」「アクセシビリティ」「公平性」「正義」「有色人」「DEI(多様性・公平性・包摂性)」などを入力することで、実態が見えてくるかもしれない。
入社希望あるいは入社予定の会社の文化を事前に把握しておくことで受けられる恩恵は、マイノリティのほうが大きいとマックは語る。
「有色人種や性的マイノリティ(LGBTQIA+)、障がいを抱える人たちは『黙って待っていればそのうち分かる』特権を享受できる立場にありません。
支配的な特権を有するマジョリティに属する同僚より、歴史的に非主流派として軽視されてきたマイノリティのほうが、職場でより大きな感情的・精神的負担を強いられることが多いのです」(マック)
実際、女性や有色人種の社員が仕事でミスをすると、白人男性が同じミスをした場合より厳しい処分を受けるケースが多いことが、過去の調査研究(全米の法律事務所におけるダイバーシティの状況を調べたもの)によって示されている。
また、別の調査結果によれば、黒人の社員は白人の社員に比べて上司からより厳しい監視と評価の目にさらされることが多く、それが業績評価や給与に響くケースがあることが明らかになっている。
バイオ製薬大手ホライゾン・セラピューティクス(Horizon Therapeutics)バイスプレジデント(人材・多様性・包摂性担当)のサーシャ・ディスキン(Sasha Diskin)は、パンデミック以降オフィス以外で働く社員が増えており、新たな世代の社員には職場の力学をバーチャルに把握しなければならない難しさがあると指摘する。
「リモートワークが浸透したことで、新たな世代の若者たちは自分の能力をより高いレベルに引き上げようと思えば、他者の思考や行動に影響を及ぼすスキルや、自分の感情をコントロールしつつ他者の感情を理解する『感情知能』のスキルを学ぶことが必要不可欠になっています」(ディスキン)
バイオ製薬大手ホライゾン・セラピューティクスのバイスプレジデント(人材・多様性・包摂性担当)、サーシャ・ディスキン。
Courtesy of Sasha Diskin
心の中に「自分のための取締役会」を
アメリカでは、コロナ禍のロックダウン(都市封鎖)期間に端を発して「大退職」時代が到来し、多くの業界から優秀な人材が流出した。
退職を食い止め、従業員エンゲージメントを維持するために、給与、福利厚生、インセンティブを強化した企業もある。
しかし、年収を引き上げたり、福利厚生を充実させたりするだけでは、本質的に人材流出を止めることはできないと考える専門家は多い。
2019年、グローバルリーダーシップを専門とする米バブソン大学(マサチューセッツ州)のロブ・クロス教授がさまざまの業界や職位で働く従業員を対象にインタビュー調査を重ねた結果、満足度に最も寄与するのは職場におけるポジティブな人間関係であることが分かった。
キャリアをスタートさせたばかりの社員は、人的ネットワークを築くことで長期的な成功につなげられる可能性がある。
未公開急成長企業へのマイノリティ出資を柱とする投資会社オーク(Oak)HC/FTのパートナー(人材担当)リア・スキャンランは、新入社員にとって、自らの働く目的や存在意義、心身ともに充実した状態で働く感覚を養うことに加え、早い段階で社会的なつながりをつくることが、その後も含めたキャリア全体においてきわめて重要な意味を持つと強調する。
オークHC/FTのパートナー(人材担当)、リア・スキャンラン。
Courtesy of Oak HC/FT
「なるたけ早く、仕事上の関係を通じて『自分のための取締役会』構築に着手すべきです。
『取締役』とは、あなたのキャリアパスに影響を及ぼし、あなたがより大きくより速く成長するのを手助けしてくれる人を指します。それが誰なのかを見きわめようと動き出すのに、早すぎるということはありません」(スキャンラン)
スキャンランによれば、若い社員は尊敬できる同僚を探すことを常に心がけ、キャリアを通じて重要な決定を下す際の相談役になってもらうべきだと語る。
「内密の相談ができる相手、長期にわたって多くのことを学ばせてくれる相手を探しましょう。その後の長いキャリアの中で何度も一緒に働くことになる相談相手や、将来その人のようになりたいと思うようなタイプのリーダーがいずれ見つかると思います」
「同僚とお茶はしても、飲みには行くな」
上で触れたように人的ネットワークを築くことは大切だが、キャリアを歩みだしたばかりの若者は健全な境界線を引いておくことが肝心だ。
最初に登場したウィルクは、同僚と仲良くなっても、親しくなりすぎないことが重要だと警鐘を鳴らす。
「自分も駆け出しのころ、先輩から『同僚とお茶しなさい、でも飲みに行くのはやめなさい』と教わりました。私はこのアドバイスを、自分というブランドは仕事の内側にも外側に広がっていることを常に忘れてはいけない、という意味と解釈しました」(ウィルク)
とは言え、大学を卒業していきなり企業社会に飛び込む新入社員が不安が感じるのはやむないことで、同僚たちとの会話はその息抜きや癒やしの役割を果たすのは間違いない。
ただ、給与支払管理プラットフォームを展開するデイリーペイ(DailyPay)のグローバル最高イノベーション責任者(CIO)兼最高マーケティング責任者(CMO)ジーニー・ウォルデンは、会話の材料として適切なものとそうでないものについて、学生時代の考え方をあらためて臨むことが重要だと語る。
デイリーペイのグローバル最高イノベーション責任者(CIO)兼最高マーケティング責任者(CMO)、ジーニー・ウォルデン。
DailyPay
「職場のランチルームは大学の食堂とは違います。プライベートなことを語りすぎるのはNG。仕事の同僚にとって、自分というブランドとそのイメージがどんなふうに映っているか、常に意識すべきです」(ウォルデン)
ウォルデンは新入社員に対し、自分のSNSのアカウントに不適切と見なされる恐れのある投稿が残っていないか、チェックすることを勧める。
「人事担当者や上司、さらにその上司が全部見ているかもしれないことを忘れないほうがいいです。同僚全員に見られても大丈夫なことだけを投稿しましょう」(同)
大学を卒業したばかりの若者たちは、足元の不透明な経済状況と混乱をきわめる人材市場の中で、自らの歩むべき道を探し出す困難な日々を余儀なくされている。
そんな苦しい状況の中でキャリアをスタートさせたばかりの新人でも、十分に質問し、職場の細かな力学に注意を払い、人間関係を築き、適切な境界線を引けば一歩リードできることを、人事のプロたちは教えてくれた。
(翻訳・編集:川村力)