エルサルバドルはビットコインを法定通貨化した。今、他国でも同様の試みが始まっている。
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エルサルバドルは2021年、ビットコインを法定通貨として宣言した最初の国となった。その先駆けとなったのは、宣言の2年前、同国の海岸線沿いに立ち上げられた小さなプロジェクトだった。
カリフォルニア州出身のマイケル・ピーターソン(47)は、2019年に匿名の寄付者から多額のビットコインを受け取った。それがきっかけとなり、ピーターソンはエルサルバドルの小さなサーフィンの町エルゾンテを、地元ボランティアグループとともにビットコイン伝道のメッカへの変貌させた。彼らはこのプロジェクトを「ビットコイン・ビーチ」と名づけた。
エルゾンテの住人はいまや、食料品の購入から家賃の支払いまで、あらゆることにビットコインを使用できる。この仮想通貨の楽園には、世界中からビットコインのインフルエンサーや愛好家も集まっており、中にはピーターソンの実験と同様の実験を他の場所で行おうとする者も出てきた。
ビットコインはまだ不安定な通貨であり、2022年に入ってからその価値の半分以上が失われた。しかしビットコインの支持者は、この仮想通貨があれば銀行口座を持てない人でも口座を持ち、貯蓄し、インフレに打ち勝つことができると主張する。
そこで本稿では、グアテマラから南アフリカまで、世界各地で行われている仮想通貨の最新実験を紹介する。ビットコインの伝道者たちは、世界中の貧しい人々にビットコインを通貨として使ってもらうべく、どんな働きかけをしているのだろうか。
グアテマラ:排泄物でビットコインのマイニング
2021年後半、アトランタ出身の元外科医パトリック・メルダー(54)は、グアテマラの湖畔の町パナハチェルにビットコインを導入するプロジェクトを立ち上げた。
敬虔なクリスチャンでもあるメルダーは、このプロジェクトによってパナハチェルに経済的機会を創出することで、経済的に困窮した地域で活動するキリスト教宣教師の模範となると語る。メルダーは、このプロジェクトを「ビットコイン・レイク(湖)」と名付けた。
ビットコインビーチ・プロジェクトのピーターソンがそうしたように、メルダーは地元企業にビットコインを支払いに使用するよう働きかけている。さらに、10代の若者20人を対象にしたビットコイン講座を毎週開催している。子どもたちが大人になったときに仮想通貨を使えるよう、ビットコインを信じるための「種」を蒔きたいのだと言う。
ビットコイン・レイクを特徴づけるのは、ビットコインのマイニングだ。メルダーのチームは、人間の排泄物を電気に変換する機械を確保したという。それを使ってビットコインのマイニングを行うのだという。そうして手に入れる仮想通貨を町に寄付して還元する計画だ。
「要するに、排泄物に対する対価を人々に支払えるのです」とメルダーは言う。さらに、ごみ、余剰メタン、使用済み食用油なども使い、ビットコインのマイニングを進める計画も立てている。
ビットコイン・レイクは立ち上げからまだ1年も経っていないが、すでに100以上の企業に仮想通貨を受け入れるよう説得し、町長からも支持を得ているとメルダーは言う。
ペルー:ビットコイン愛好家のネットワークが成長中
2020年、カリフォルニア出身リッチ・スウィッシャーは、ペルー在住のルーマニア人ヴァレンティン・ポペスク(Valentin Popescu)と組み、ペルー全土の貧しい人々にビットコインを通貨として使うよう働きかけるプロジェクトを立ち上げた。
「モーティブ(Motiv)」と呼ばれるこのプロジェクトは、企業経営者や教育者など、全国の地域有力者のネットワークを活用している。
これらの有力者は、ビットコインプロジェクトのハブ役となり、地域住民にビットコインを啓蒙している。モーティブはこれまでペルー全土に15のハブを確保し、60以上の企業がこの仮想通貨を受け入れているという。
ペルーのアレキパにあるBitcoin.comのオフィス。
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ペルーの首都リマに住むオルガー・アラルコン(47)は、このビットコインのネットワークのひとつに参加している。アラルコンは靴の製造業を営んでいたが、コロナウイルスのパンデミックがペルーを襲ったため、事業を停止せざるを得なくなった。
その数カ月後、モーティブはアラルコンの事業を復活させようとビットコインで資金を提供した。今アラルコンは、従業員の給与をビットコインで支払い、一部の顧客からビットコインで代金を受け取り、一部の材料調達もビットコインで支払っている。Insiderの取材に対し、アラルコンは「家族全員の助けになっている」と語る。
モーティブは、アラルコンとその従業員からビットコインでの支払いを受け入れるよう、近隣の企業も説得したという。モーティブが手を差し伸べる人々について、スウィッシャーは「彼らは死の淵にいて、人生には何もない」として、彼らの人生をビットコインで「再点火」したいのだと言う。
南アフリカ:あるサーファーの貧困地域での挑戦
2021年8月、南アフリカ人のサーファー、ヘルマン・ヴィヴィエ(36)は、同国の海岸沿いの街モッセルベイの小さな地域で、ビットコインを導入する取り組みを開始した。
ヴィヴィエは、エカシ地域で子どもたちにサーフィンを教える非営利団体立ち上げていた。ビットコイン・ビーチが世界的に知られるようになったのを見て、同様のプロジェクトを再現しようと考えたのだ。
現在、ヴィヴィエのサーフィン・インストラクターは、ビットコインでの報酬の支払いに応じており、近隣のコンビニエンスストアでもビットコインが使える。最近では、子ども向けのビットコイン教育プログラムも始めた。
観光客の多い地域に位置するビットコイン・ビーチやビットコイン・レイクとは異なり、ヴィヴィエのプロジェクトはタウンシップ、つまりアパルトヘイトの遺産である黒人貧困層が大半を占める地域で行われている。そのためヴィヴィエは、ビットコイン・ファンの観光客が仮想通貨を利用するためすぐにエカシ地域を訪れることは想定していない。
しかしピーターソンらと同様にヴィヴィエも、ビットコインの力を使えばエカシの住民は貧困から立ち上がれると主張する。ビットコインは投機家や投資家だけのものではないと言い、「ビットコインは地球上の多くの人々の生活を向上させるために発明された」とヴィヴィエは語る。
「それでは支援にならない」
しかし中には、このようなビットコインの伝道者たちの活動は、実際には地域社会の支援になっていないと考える人もいる。
ラテンアメリカにおける仮想通貨コミュニティの伸長を研究してきたダートマス大学のホルヘ・クエラー教授は、こうしたプロジェクトの多くは、世界で最も経済的に貧しい人々の「背中」で実験を行っているようなものだと指摘する。
「ビットコインの愛好者たちは、ビットコインが最も普及するであろう場所を探すものです。それはつまり、経済的に見て最も絶望的な場所を探すことに他なりません」(クエラー)
クエラーは、大富豪のように経済的ゆとりを持っている人でもなければ、ビットコインは向いていないという。その価値が常に変動するからだ。
「(ビットコイン愛好者たちが)仮想通貨の世界に取り込もうとしている人々のほうが、仮想通貨のボラティリティの影響は深刻です」(クエラー)
同様に、カリフォルニア大学デービス校の博士課程で人類学を研究するマリエル・ガルシア・ロレンスも、ビットコインの伝道者が人々を貧困から「解放」しているというモーティブのような主張には懐疑的だ。
裕福なコミュニティでは、日々の買い物にビットコインが使われることはほとんどないとして、こう疑問を呈する。
「(裕福な人々が)ビットコインを使っていないのに、貧しい人々がビットコインを使うとなぜ思うのでしょうか」(ロレンス)
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)