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【Next Commons Lab・林篤志1】「新しい社会」は地方からつくる。ポスト資本主義を私たちはどう生きるか

Next Commons Lab 林篤志

撮影:千倉志野

細い山道を森の中に分け入る。タクシーの運転手から「ここみたいだよ」と降ろされた目的地で目に入ってきたのは、こじんまりとした別荘のような建物だった。

開かれた窓からはオンライン会議をしている男性の声が漏れている。辺りにはひぐらしの鳴く声が聞こえ、庭の太い木の枝に木の板を縄でゆわえたブランコがぶら下がっている。ここならキャンプができそうだ。

声の主・林篤志(36)は一般社団法人Next Commons Lab(以下、NCL)の代表理事だ。ここが林の仕事場であり、家族と暮らす場所らしい。

その日の朝、編集者とカメラマンと私の3人は東京駅から北陸新幹線に乗車。90分ほどで軽井沢駅に到着すると、しなの鉄道に乗り換えて3駅、御代田駅でタクシーに乗り込んだ。ここ数年、御代田町は軽井沢町とともに若い世代の移住者から人気の町だ。6月の終わり、酷暑の東京に比べて明らかに3、4度は気温が低い。

想像とあまりにもかけ離れていた風景に立ち尽くしていたところ、リモート会議が終わった林からリビングに招き入れられた。

過疎化する地方を舞台にプロジェクト立ち上げ

長野県御代田町

林が住まう御代田の森には、別荘がぽつぽつと点在する。

撮影:千倉志野

「今まで、日本郵政の人たちとの会議でした。奈良県の月ヶ瀬地区に共同でプロジェクトが始まったところです」

NCLは「資本主義をコモンズ(共有材)を通してアップデートする」ことを目指す人たちの集団だ。コモンズという言葉はもともと、地域に位置する山林や河川などの自然の恵みのうち、所有者は分からないがみんなが使えるもののことを指す。

ローカルベンチャー事業とソーシャルディベロップメント事業、ヒューマンディベロップメント事業という三つの柱を立て、過疎化する地方を舞台にさまざまな試みをしている。

ローカルベンチャー事業では、ある地方の資源(農産物など)と起業希望者をマッチングし、自治体や地元の人たちと協力しながら起業希望者がスムーズに起業できるよう支援する仕組みの構築と運営を行っている。

2016年に総務省が運営する「地域おこし協力隊」の制度を組み合わせて仕組みをつくった。起業したい若者を地域おこし協力隊として地方へ誘致し、3年間は地域おこし協力隊として最大で月に20万円の給料が支払われる状態にする。ベンチャー草創期の経済面を支援しながら、地域の人や資源とつなげていくというやり方だ。

新しく取り組んでいるローカルコープ構想では、日本郵政等と共に、過疎化した地域に新しいコミュニティと自立的な機能をつくる取り組みに着手している。先の会議はこの事業のための打ち合わせだったようだ。

過疎や高齢化、インフラ劣化などに悩む地方自治体からの相談、企業の新規事業開発部門からのコンサルティング依頼も増えてきたという。

地方創生や地域活性をしたいわけじゃない

Next Commons Lab 林篤志

居心地のいいリビング。ファッションブランドのプロデューサーをしていた妻がリノベーションを取り仕切った。

撮影:千倉志野

2021年、新書『人新世の「資本論」』が45万部を超えるベストセラーとなった。資本主義の限界を指摘し、脱成長コミュニズムの可能性を記した著者は、30代のマルクス経済学者・斎藤幸平氏だ。ただし同書では「では、私たちはどう生きるか」の具体的な選択と行動は読者に委ねられている。

林が「ポスト資本主義」の狼煙を上げてNCLを始めたのは、『人新世の「資本論」』のヒットより遡ること6年前の2015年だった。NCLは、資本主義のラットレースから降りて「私たちはどう生きるか」を具体的に指し示す社会実験集団と言ってもいいかもしれない。

「『地方創生』とか『地域活性』とかをしたいわけではありません。地方を選んでいるのは、新しい社会をつくるフィールドとして、いろいろな余白・スペースがあって、やりやすいだろうと思っているからです」

そう話す林自身も地方に住み、余白の中で仕事をする。木の風合いを生かした自宅リビングの真ん中には天然木のダイニングテーブルがある。つい数分前まで、このテーブルに置いたマックブックで林は月ヶ瀬地区と東京とをつないだ会議をしていた。何脚かの形の違う木の椅子がテーブルを囲む。対面式のキッチンに組み込まれた棚には、一つひとつ大切に選んだのだろうと想像させる、土の風合いの器が並ぶ。窓越しに美しい緑がたっぷりと目に飛び込んでくる。

ここに越してきたのは2022年の年明け早々だという。温かい雰囲気のしつらえにも目を見張った。もう何年も暮らしているかのようにしっとりと居心地のいいリビングなのだ。

取材に配慮して林の妻が外へ出て行った。その際に短い挨拶を交わしたところ、陶芸をはじめ美術に造詣が深いことが伝わってきた。以前はファッションブランドのプロデューサーをしていたこと、現在は金継ぎの技術をもとに器のブランドを始めたところだと話してくれた。コロナ禍でリモートワークが進み、東京から地方へと移住の動きが進んでいるとはいうが、まるでその理想を絵に描いたような夫婦の暮らしぶりに衝撃を受けた。

オンライン経済番組で行われた「スマートシティ」に関する議論では、生活利便性と効率化を語る通信企業トップを目の前に「それはあくまで手段の話で、人間の本質的な幸福とは何かの論点が抜け落ちている」と言い放った。

資本主義経済を是とする大企業のトップと、ポスト資本主義社会を標榜する林はそもそも噛み合うはずがない。それなのに、林には経済人との対論の場に声がかかる。大資本ももうポスト資本主義社会への人々の意識の変化を無視できなくなっている。

「人間の幸福とは何かを根本から議論せずに技術を社会に組み込んでいくばかりでは、極端な都市化が進み、人間がバカになるだけ」

林は平然と言い切り、対論者は鼻白んだ。尊敬するのは経済学者・宇沢弘文、社会学者・見田宗介、美術家・ヨーゼフ・ボイス。自然との共生の中で個人が自分らしく生きられる循環型社会を希求した先人たちだ。

「自分の思想なんてものは大したことなくて、巨人の肩に乗って、今やれることをやっているだけです」

自信満々に見える林が、憧れの人について語るとき、思いがけないほど謙虚になった。

林はインターネットやデジタル技術を否定するアナログ原理主義者ではない。元エンジニアの林はテクノロジーを駆使し、新しい社会を構築することを本気で目指している。

ただし、ときに話が壮大すぎるため、詐欺師とも宗教家とも冷やかされる。「妄想と喋りだけで社会を動かそうとするビジョナリーでアクティビスト」。NCLのサイトのプロフィール欄で、スタッフによりこのように林は紹介されている。

東日本大震災きっかけに地方へ移住

Next Commons Lab 林篤志 経歴

撮影:千倉志野

ウェブサイトには林を筆頭に6人の理事や約10人のディレクターのプロフィールが似顔絵とともにアップされている。林の妄想を具現化するために集まった人たちだ。ミライノツクリテに以前登場した、コミュニティファリシテーターの土肥潤也(26)も理事として名を連ねる。

彼らは全員他に仕事を持っている。土肥は自分が代表理事を務めるNPOの活動と並行して、NCLの現場で起業を目指す人と地元の人の間を調整し、スムーズに事業が運ぶようコーディネートする。他の人たちも会社経営や企業の社員、編集者などの仕事を持ちながらNCLに参加している。

NCLは自律分散型組織だ。自律分散型組織とは、環境変化に対応するスピードや柔軟性を高めるために、一人ひとりが自律性を持って活動し、命令がなくても俊敏に目的に向けて対応していく生命体のような組織のことだ。

中央集権型やトップダウンの上下関係とは逆に、それぞれがフラットに思考・行動しながら相互に影響し合う組織やチームのあり方を指す。昨今話題に上ることが多いWeb3の世界観もそうだ。

「今までの社会の仕組みは、国が、会社のトップが、学校の先生が、言うことに従うことで成り立っていたピラミッド型社会ですが、それではダメなんだということを僕らはもう散々見てきました」

林は東京・渋谷で東日本大震災を経験した。原子力エネルギーに依存した都市機能の限界を目の当たりにすると同時に、経済効率と利益の追求に突き進む資本主義社会への違和感を痛烈に感じた。

「仕事も個人の生活も社会の決められたレールに自分を合わせて生きるのではなく、どうやったら自分たちが生きやすいやり方ができるかを考え、試行錯誤しながら自分たちの社会をつくっていく、それが僕らが目指すことです。

狼煙を上げてみると、実は自分もそう思っていた、と共振してくれる人たちが集まってきて一緒に考えてくれている」

では、NCLが関わった事業はどのように社会に生まれ出たのか。まずは、ローカルベンチャー事業の枠組みを利用してクラフトビールの醸造会社を起業した人に話を聞くことにした。

(敬称略・続きはこちら▼)

(文・三宅玲子、写真・千倉志野、連載ロゴデザイン・星野美緒)

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