世界最大の資産運用会社ブラックロック(BlackRock)が創業8年、従業員160人の再生可能エネルギー開発会社を買収し、話題を呼んでいる。
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米マサチューセッツ州ウェルズリー——。
大都市ボストンの郊外にある人口2万9000人ほどの小さな町ながら、裕福な世帯が多く、町の名を冠したウェルズリー大学は、マデリーン・オルブライト、ヒラリー・クリントンという傑出した2人の女性国務長官を輩出した名門女子大学として知られる。
ただ、本稿のテーマは由緒ある大学のキャンパスでも、そのアルムナイ(同窓生)ネットワークでもない。
世界最大の資産運用会社ブラックロック(BlackRock)が最新の買収ターゲットを見つけ出したのが、この小さな町なのだ。
7月20日、ウェルズリーに本拠を置く、創業8年、従業員160人のエネルギー会社ヴァンガード・リニューアブルズ(Vanguard Renewables)は、ブラックロックからの買収提案を受け入れたことを明らかにした。
ヴァンガードは、業界用語で言うところの「再生可能天然ガス(あるいはバイオメタン)」を製造し、発送電や天然ガス輸送・貯蔵を手がける公共事業セクターの大企業ドミニオン・エナジーらに供給している。
バイオメタンは生ごみや家畜の糞尿など有機性廃棄物をメタン発酵させて生まれる可燃性ガスで、自動車や発電の燃料として利用できる。
米ウォールストリート・ジャーナル(7月20日付)によれば、不安定な株式相場、吹き荒れるインフレ、さらには迫りくる景気後退に向けて企業が軒並み守りの姿勢を見せるなか、ブラックロックは7億ドル(約945億円)をかけてヴァンガードを買収し、それとは別に同社の事業拡大に向け10億ドル超の資金を投じるという。
脱炭素化(デカーボナイゼーション)が投資家の期待と関心を集める大きな長期的ムーブメントになると考え、それに賭けたブラックロックらしい動きと言えるだろう。
同社はラリー・フィンク会長兼最高経営責任者(CEO)のもとでサステナビリティを投資基軸に据える戦略をいち早く採用。
気候変動アクティビストからの期待を背負うとともに、温室効果ガス排出量の削減を迫られる石油・天然ガス開発会社側に立つ共和党の政治家からは厳しい目を向けられている。
2020年の投資先企業CEO宛て公開書簡で「すべての政府、企業、株主が気候変動と向き合う必要がある」と宣言したフィンク会長は、7月15日の第2四半期(4〜6月)決算説明会で、エネルギーシフトを「まっすぐな一本道ではない」と表現。「企業は天然ガスなどの化石燃料と再生可能エネルギーの両方に投資していく必要がある」と指摘した。
ブラックロックのリアルアセット(不動産およびインフラ投資)チームのディレクターで、今回のヴァンガード買収を担当したダグ・ヴァッカーリは、Insiderの取材に対して次のように意義を説明する。
「当社のヴァンガード買収はまだまだ先駆的と言えるタイミングです。市場がレッドオーシャン化する前に、先行者としての立場をフルに活かして特別な何かを生み出すことができるのではないかと期待しています」
ヴァンガードが多くの実績ある企業を取引先に抱えていたことから、経済環境が混迷を深めるこの時期の買収でも、特に不安はなかったとヴァッカーリは語る。
また、今後はブラックロックの広大なネットワークを活用し、ヴァンガードのサービス提供先を全米の主要市場に広げていくという。
なお、ブラックロックのリアルアセットチームの資産運用残高(6月時点)はおよそ700億ドル(約9兆4500億円)で、運用残高3300億ドル(約44兆5500億円)のオルタナティブ投資部門に所属する。
「再生可能」天然ガスに賛否両論
一部のアナリストや環境アクティビストは「再生可能天然ガス」の製造プロセスについて、導入を支持支援する人たちが吹聴するより環境への悪影響が大きく、また業界の販売手法にも問題があると非難する。
アクティビストの間では、「再生可能天然ガス」という名称はグリーンウォッシュ、すなわち環境に対する十分な配慮のない商品およびサービスを言葉などで取り繕(つくろ)って消費者に誤解を与えるものではないかと、広く議論が巻き起こっている。
サステナビリティ専門の非営利シンクタンク、サイトライン・インスティテュート(Sightline Institute)フェロー(エネルギー政策担当)のローラ・ファインスタインはInsiderの取材にこう語った。
「ガス業界は、天然ガスと再生可能天然ガスのブランディングでは素晴らしい仕事をやってのけました。いずれも『天然』『再生可能』などと名乗り、(気候変動という)問題解決を目指す魅力的なソリューションであるかのように感じられます。
しかし、それらの名称は製品の性質を的確に表現していません。より正確な名称を与えるなら、『廃棄物ガス』とすべきではないでしょうか」
アメリカで最初の再生可能天然ガス製造施設が建設されたのは、ちょうど40年前の1982年。
当初はさほどの広がりが見られなかったものの、あらゆる企業が環境への影響低減の取り組みを求められるようになったことで、化石燃料のオルタナティブ(代替物)として再生可能天然ガスに対する需要が急激に高まってきた。
ブラックロックはその変化に目をつけたわけだ。
米環境保護庁のデータによると、アメリカでは2021年時点でランドフィル(ごみ埋め立て場)および農業(糞尿や残さ)連携型の再生可能天然ガス製造プロジェクトが174件進行中で、2005年の13件に比べて数十倍に跳ね上がっている。
再生可能天然ガスプロジェクトは、二酸化炭素(CO2)よりはるかに地球温暖化係数の高いメタン(CH4)を回収してエネルギーに変える取り組み。
米環境保護庁によれば、従来型のディーゼル燃料(軽油)を再生可能天然ガスに置き換えることで、有害ガスの排出量を有意に削減し、大気環境を改善できるという。
2022年1月には、豪金融サービス大手マッコーリー・グループ(Macquarie Group)の資本市場・法人向け助言業務を担当する部門(マッコーリー・キャピタル)が、再生可能天然ガスインフラプロジェクトの運営や投資を行うプラットフォーム「エアロジー(Aerogy)」をローンチさせた。
英天然資源コンサル大手ウッド・マッケンジー(Wood Mackenzie)のリサーチアナリスト、サラ・ソンはInsiderの取材に対し、業界の現状を次のように説明する。
「公共事業セクターの企業や地方自治体が、温室効果ガス排出量ネットゼロ目標の達成に向けてカーボンフットプリントを減らす方策を模索するなか、再生可能天然ガス市場は飛躍的な成長を遂げています。
したがって、市場拡大を経て業界が成功を収めるかどうかは、移動・輸送分野のサステナビリティ向上を目指すカリフォルニア州のように、再生可能天然ガスに優位性を与える州や連邦政府の政策・取り組み次第と言えるでしょう」
非営利業界団体の再生可能天然ガス連合(Coalition for Renewable Natural Gas)の創設者兼最高財務責任者(CFO)デイビッド・コックスは、ブラックロックほどの巨大企業が再生可能天然ガスインフラに投資することで、市場のスケールアップが促される可能性が高まり、目下そこに多くの関係者の注目が集まっていると語る。
一方で、長らくニッチ市場の位置付けだった再生可能天然ガス業界にとって、これほどの劇的な市場拡大には懸念も伴うとコックスは指摘する。
「成長に伴う懸念とは要するに、他の業界のように、日常的に取引される他のコモディティ(商品)のように、他のあらゆるものに埋没してしまう危険性があることです。
成長のための成長ではなく、言い換えればただ市場が大きくなればいいというわけではなく、(あくまで気候変動という問題解決を目指して)適切なあり方を意図的に選択して成長していくことが、私たちに課された義務と責任なのです」
(翻訳・編集:川村力)