ニューヨークで開催されたイベント「NFT.NYC」に参加した「新星ギャルバース」チームメンバー。
画像:取材者提供
仮想通貨(暗号通貨)市場はブームからの落ち着きを見せ、2022年8月現在、ビットコインの価格は290万円前後を推移している。
2021年に大きな話題を呼んだNFT(ノン・ファンジブル・トークン、非代替性トークン)。なかでも9歳のNFTアーティスト「Zombie Zoo Keeper(ゾンビ飼育員)」くんの作品は、地上波テレビでも数十回取り上げられるなど注目を集めた。
その「ゾンビ飼育員」くんの母親、草野絵美さん(32)が4月に売り出したNFTアート「新星ギャルバース」は、長男の作品以上の取引総額となり、絵美さんは一躍「ヒットNFTクリエイター」として時の人となった。
「価格が下がったことで投機目的の人が少なくなって、本気でNFTをやりたい人だけが残っている。今はいい状態だと思います」
8月、オンライン上で顔を合わせた草野さんは、むしろさっぱりとした様子でそう語る。
NFTの市場が冷え込む今、2つのNFTプロジェクトの成功を通じて、絵美さんが学んだ5つのポイントについて聞いた。
1. トレンドは「1点モノ」から「プロジェクト型」へ
ギャルバースの公式サイトには、プロジェクトの「ロードマップ」が段階ごとに描かれている。
画像:「新星ギャルバース」公式サイトより
Twitter創業者、ジャック・ドーシーの最初のツイートが約290万ドル(約3億6600万円)で落札されたのは2021年3月だった。
「デジタルデータが唯一無二の1点モノであることを証明できる」技術として注目されたNFT。しかしドーシーのような「歴史的価値の高いデータ」をNFTとして売り出すことの難易度はかなり上がっている、と絵美さんはみる(実際、ドーシーのツイートは2022年4月に再び競売に出されたが、数日が経っても入札額は100万円弱にしかならなかったという)。
変わって今主流となっているのは、ロードマップ(そのNFT作品が目指すゴール)が明確にあり、クラウドファンディングのように資金を集める、“プロジェクト特化型”のNFTだ。
売り出してからわずか3日で流通総額が3600ETH(当時の日本円にして13億円以上)となった「新星ギャルバース」はその好例だ。
公式サイトを見ると、調達した資金を使って何がしたいか、のゴールとして「アニメ化」を掲げ、さらに、25%、50%、75%、100%と段階ごとの「ロードマップ」が敷かれている。アニメ化までの道のりとしては「マンガ展開」や「ギャラリーでの展示会」などが挙げられている。
こうしたロードマップを見ながら、NFT愛好家たちはどのプロジェクトに“投資”するかを見定めるというわけだ。
「NFTって結局は“推し活”なんです。その作家の世界観や、キャラクターの展開が続くことが前提でみんな買っているし、応援したいと思わせる理由が必要なんです」(絵美さん)
2. 売り逃げ(ラグプル)を避ける
アートの価値を落とさないためには、購入者に対する定期的なコミュニケーションも重要だ。
撮影:西山里緒
当然のことだが、ロードマップを示してNFTを販売した人は、そのプロジェクトが進捗していることを継続的に示す道義的な責任がある。
悪質なプロジェクトでは、NFTが売られた直後に、サイトなどを閉じて売り逃げしてしまうものもある。そうした詐欺に近いような行為は仮想通貨業界の用語では「Rug Pull、ラグプル(人が乗った下からじゅうたんを引っ張る、の意味)とも呼ばれている。
2021年のNFTブームに乗り、そうした「ラグプル」プロジェクトも増え、中には130万ドル(約1億7000万円)の“売り逃げ”もあったという。今は購入者側のリテラシーも高くなってきたが、依然として詐欺的なプロジェクトは多いと絵美さんは現状を語る。
ギャルバースでは、チャットツール「Discord」やニュースレター、SNSを通じて、プロジェクトが前進していることを絶えずホルダー(購入者)に報告しているそうだ。
それだけではなく、アートの魅力をアピールするため、新しいテクノロジーも活用しながら、ロードマップ「外」の取り組みも見せていくことも必要だという。
絵美さんたちは今、ロードマップ外のプロジェクトとして、イラストを「VTuber化」できるアプリの開発にも取り組んでいる。
3.「最初から英語発信」はマスト
「新星ギャルバース」チームメンバー。左から、デヴィン・マンクーソさん(テクノロジー担当)、草野絵美さん(プロデューサー)、大平彩華さん(アニメーター)、ジャック・ボールドウィンさん(コミュニケーション担当)。
撮影:西山里緒
絵美さんによると、日本人でNFTを手がけたい人たちが最初につまづいてしまうのは、この言語の壁だという。
「日本でNFTを所有している人はまだ数千人とも言われています。それだけで可能性がだいぶ狭められてしまう」
ギャルバースの“公用語”は英語だ。対外的なコミュニケーションを担うのは、現在オーストラリアに住むジャック・ボールドウィン(32)さん。ジャックさんも、元々はギャルバース作品のファンとして仕事を手伝っていた。
そもそも、ギャルバース誕生のきっかけは、ジャックさんの幼馴染であり、サンフランシスコで、Dropboxのプロダクトデザイナーとして働くデヴィン・マンクーソさん(33)からの連絡だった。
Dropboxのプロダクトデザインを担う、デヴィン・マンクーソさん。腕にはONE PIECEのタトゥーが彫られていた。
撮影:西山里緒
デヴィンさんは「ゾンビ飼育員(Zombie Zoo Keeper)」くんのNFT作品を購入し、Twitter上で「なにか一緒にプロジェクトができないか」と絵美さんに声をかけたのだ。そこで絵美さんが提案したのが、「新星ギャルバース」の初期コンセプトだった。
デヴィンさんは仲良しのジャックさんを誘い、そこからギャルバースが本格的に動き出した。
メンバーをつないでいるのが、「'90年代の日本アニメ」という幼少期の共通の思い出だ。
ジャックさんは幼い頃、ドラゴンボールやセーラームーンなど、オーストラリアで放送されていた日本アニメを見てから学校に通うのが日課だったという。最初にギャルバースの絵を見たときには「すごく懐かしい気持ちに囚われた」。デヴィンさんもONE PIECEの長年の愛読者でもある「隠れオタク」だ。
現在、ジャックさんはフルタイムでギャルバースの仕事をしている。支払われる給料は、「ステーブルコイン」と呼ばれる、価格の安定性を担保した仮想通貨(暗号資産)だ。
4. アーティストの“必然性”が共感を呼ぶ
「新星ギャルバース」には、80〜90年代の日本アニメからの影響が色濃く残る。
撮影:西山里緒
いくらゴールが明確でも、アート作品そのもののクオリティが高くなければ意味がない。
ギャルバースのイラストを手がけるのは、イラストレーター・アニメーターとして活動する大平彩華さん(30)だ。
彩華さんは福岡で生まれ育った。絵を描くのが大好きで、幼い頃はお気に入りの少女漫画『神風怪盗ジャンヌ』やアニメ『魔法騎士レイアース』などのキャラクターをノートに描くことに夢中になった。
「ギャル」時代の彩華さん。
画像:取材者提供
中学に入ってからは髪を金色に染め「ギャルに転身」した。高校を中退して、日焼けサロンで肌を焼き、クラブに通った。キャナルシティ博多でアパレルショップ店員として働いていたこともあったという。
上京してからはバイトを掛け持ちしながら、映像やアニメの制作手法をほぼ独学で学んだ。
美大に行くだけの資金の余裕はなかったため、通ったのは阿佐ヶ谷にある小さなアニメ教室。この時の出会いが、後の彩華さんを大きく変えることになる。
「セル画を金具で止めて下から透かせて、1枚1枚手書きで描く、本当に昔ながらのやり方(を教わった)。デジタルの作画を教えて欲しいといったんだけど、講師の先生が“おじいちゃん”だったから、知らん!って返されて……(笑)」
その“おじいちゃん”たちこそ、日本アニメ興隆の立役者となったレジェンド ── 手塚治虫と同世代で、実験的アニメのパイオニアとして知られる久里洋二さん、『サイボーグ009』『ひみつのアッコちゃん』などにも原画担当として参加した大橋学さん ── の二人だった。
ギャルバースの作風には、こうした「デジタル以前」の日本アニメからの影響が見え隠れする。
「私みたいなインディペンデントのアーティストが、大きな予算を獲って、イチからアニメを作るのは今までとてもハードルが高かった。NFTを使えば、それができる」(彩華さん)
彩華さんのイラストは、ニューヨークで開催されたNFTの祭典「NFT.NYC 2022」で、タイムズスクエアの巨大モニターに掲示される221の作品の一つとして選ばれた。
5. NFTトレンドは、絶えず移りゆく
最後に、こうした「現時点での売れるセオリー」は、数カ月後には全く通用しなくなっているかもしれない、と絵美さんは言い添えた。
「NFTアートって、毎月毎月今のトレンドのカウンター(対抗勢力)が出てくるんです」
では、2022年8月現在、NFTアートを創り、販売してみたいという人にアドバイスをするとしたら?
「企業だったら、既に盛り上がっているNFTプロジェクトとコラボする形でやるのが一番いいと思う。日本企業とコラボしたいと思っている海外のプロジェクトは結構あると思うので。クリエイターなら、あまり大きなリスクを取らずに、1作品・毎日投稿するとか、小規模で始めてみることかな」
「あとは、アーティストを中心に置いて顔出しもして、資金がアーティストに還元されます、という姿勢でやってほしいですね。有名人の名前だけ借りて一発当てたい、というようなプロジェクトは、もうかなり厳しいんじゃないかと思います」
(取材、文・西山里緒)