にじさんじ、キンプリも登場。阪急阪神HDが仕掛ける“メタバース音楽フェス”が狙うは「街づくり」

電脳少女シロ、「にじさんじ」「のりプロ」のVTuberらが出演。前回は初音ミクや『北斗の拳』ケンシロウら国民的キャラクターが出演した。

JM梅田ミュージックフェス/YouTube

VTuberやアニメ作品のキャラクターたちが一同に介する音楽フェスJM梅田が話題だ。2022年3月の第1回に続き、7月23日から第2回が約1カ月にわたって開催されている。

大阪の中心地・梅田を模したメタバース空間に観客が自らアバターとなって入り、ライブで推しを応援できることで、まるで自分も2次元のキャラになった気持ちを味わえ、「“推し”と同じ空間に行ける」と評判だ。

主催するのは、私鉄大手の阪急電鉄や阪神電気鉄道などを傘下に持つ阪急阪神ホールディングス(HD)。担当者の山本隆弘氏は「β版だった前回の来場者は9万人。Twitterの日本トレンドでも9位に入るなど、想定以上の成功を収めました」と手応えを語る。

なぜ、電鉄会社がメタバース事業に参入したのか。山本氏の話から見えてきたのは、“関西私鉄の雄”が開業以来続けてきた「街づくり」の精神だ。

メタバースは「街づくり」の延長線にある

バーチャル空間に作られた大阪・梅田での街歩きの様子。

バーチャル空間に作られた大阪・梅田での街歩きの様子。

阪急阪神HD提供

いまメタバース分野では、VR技術から生まれた360度の3DのCG空間をブラウザーで運用できる技術を活かした「現実の街」を摸した企画が急増している。

これまでに渋谷、六本木、秋葉原、大阪駅前などがバーチャル空間として制作されているが、KDDIなどの通信会社、JR東日本などの鉄道会社、観光協会や自治体が中心となるケースが多い。その目的は通信料収入の拡大、町おこしなど展開主体によってさまざまだ。

阪急電鉄は1910(明治43)年に梅田〜宝塚間で阪急宝塚線を開業して以来、鉄道の敷設と沿線の街づくりを続けてきた。

住宅地を開発したことで通勤客の需要が生まれ、ターミナル駅には百貨店や娯楽施設をつくり、行楽客も呼び込んだ。

メタバース領域でのアドバンテージと考えているのは、こうしたリアルでの街の開発と運営の経験だ。

「私たちは鉄道と街づくりの会社ですが、将来的な人口減少に対応するため、新しい収益源を模索しています。デジタル領域の新規ビジネス、このメタバース事業もその一つです」

「メタバースを『デジタル上での街づくり』という文脈で捉えると、これまでの知見が資産として活かせる。デジタルでも、リアルと同じビジネスができるのではないかと考えました」
(阪急阪神HD・山本氏)

阪急電鉄の創業者の小林一三が実現した鉄道・不動産・娯楽産業による「三位一体」の収益モデルは民間鉄道のビジネスモデルの先駆けだ。

「かつて梅田は大きな街ではなかったですし、宝塚駅も郊外です。何もなかったところから、沿線に宅地や商業施設を作り続けてきた。バーチャル世界も、その延長線上にあると思っています」
(阪急阪神HD・山本氏)

宝塚歌劇で培ったプロデュース力を…人気VTuberに『キンプリ』も参加

仮想空間の街を生み出し、イベントで盛り上げたい。そう考えた時に浮かんだのが『音楽フェス』というアイデアだった。

「宝塚大劇場や梅田芸術劇場では常に公演があります。コンサートやライブは我々の得意分野。人を集め、シナリオを作り、キャストに出演していただく。一連のイベントプロデュース力を発揮できると考えました」(阪急阪神HD・山本氏)

出演アーティストには、人気のVTuberを中心にキャスティングをした。

「実のところ、昨年の1回目は短い制作期間の中でどなたにご出演いただけるのかが課題でした。タレント事務所さんやプロデューサーの方から意見をいただきましたが、VTuber事務所の方々から“バーチャル空間でのイベントであれば素早く対応できる”とお返事をいただけたことも大きかったです」
(阪急阪神HD・山本氏)

イベントと親和性の高いアニメ作品とのコラボも生まれた。ブッキングを担当したバーチャル・エイベックスからの提案で『KING OF PRISM』(『キンプリ』)の出演も実現した。

「キャラクターがアニメの中でも3DCGモデルでライブをしていることもあり、企画と馴染みそうだなと。版権元(エイベックス・ピクチャーズ)さんは、VTuberと同じステージに出るのは初めてということでしたが、できるだけVTuberとアニメキャラクターとの見え方がシームレスになるよう、運用の仕方を説明して出演していただきました」

「VTuberや『キンプリ』ファンの皆さんは、応援に熱心な方が多い。イベント開催中もファンの方々が『#JM梅田』をつけてツイートしてくださったこともあり、Twitterの日本トレンドで9位に。イベントのアピールに繋がりました」
(阪急阪神HD・山本氏)

VTuberや『キンプリ』にはコアなファンが多い。それは「推し」が誰もが知るキャラクターではないから自分たちが率先して盛り上げる必要がある、と考えるためだ。「推しを育てたい」気持ちがTwitterでの大量のつぶやきや、有志がフラワースタンドを出すなどの強い連帯感に繋がった。

3月の第1回『JM梅田』では、こうしたコアなファンがイベントを盛り上げる中核となり、熱気を生んだ。

VTuberファンは、バーチャル梅田での「握手会」に参加。自分がアバター姿となったことで初めて推しと“同じ次元”で会えたと感激

VTuberファンは、バーチャル梅田での「握手会」に参加。自分がアバター姿となったことで初めて推しと“同じ次元”で会えたと感激

阪急阪神HD提供

幅広い年齢層にリーチする工夫を模索

一方で、メタバースという言葉が使われるようになった今でもなお、バーチャルな世界でイベントが開かれていること、それ自体の認知度を上げる必要がある。

これはメタバースでの集客とマネタイズを目指す阪急阪神HDにとっても課題だ。

出演した「VTuber」は10〜20代を中心にファンを獲得しているが、新興ジャンルゆえに認知度はまだ限られている。幅広い層にリーチするには工夫も必要だった。

そこで『JM梅田』では、イベントの核となる熱気を確保しつつ、さらに広い層に波及させるべく初音ミクや『北斗の拳』のケンシロウといった国民的認知度を持つキャラクターもキャスティングした。

「『JM梅田』の存在を知ってもらう上で大きな効果があったと思います。それは集客データにも現われている。30代から40代、そして50代の方にも来場していただきました」
(阪急阪神HD・山本氏)

認知をさらに広げるために実際の駅構内や電車の中吊り広告でもポスターでPRをした。

「VTuberはよう知らんかった57歳」も感動…。

アバターコミュニケーションのイメージ

阪急阪神HD提供

もう一つ、幅広い客層に訴求するための課題には「操作性」があった。

バーチャルな空間に「アバターで入る」という文化は、オンラインゲームをやりこむ層を除けば、まだ過渡期にある。

観客の中には初めてメタバース空間に入る人、操作方法が分からない人も多かった。イベントに参加するための操作をできるだけ直感的にするように努めた。

「まだまだ“内と外”の温度差が大きいと感じます。我々も第1回をやるまでは特定の顧客層へのアプローチにとどまるかもしれないと覚悟していました」
(阪急阪神HD・山本氏)

ただ、それまで「VTuberはよう知らんかった」という57歳の山本氏もバーチャルタレントによるパフォーマンスを目の当たりにし、年齢層の隔たりを超えるパワーがあると肌身で感じたという。

グループ開発室DXプロジェクト推進部長山本隆弘氏

グループ開発室DXプロジェクト推進部長山本隆弘氏。

阪急阪神HD提供


「2日間を通じて体験しましたが、アーティストの方々のライブのレベルは非常に高い。本当に感動しました。ライブMCでも『梅田』の名前を何度も口にしていただいたことで、バーチャル世界のことであっても実在性が湧いてきました」

「パフォーマンスの質が高いということは、必ず一般化すると確信しました。だから、これからもやり続けることが大切だと思うんです。質が高ければ評判になるし、SNSも含めた口コミが広がる。必ずこのイベントは一般化していくと思っています」
(阪急阪神HD・山本氏)

「継続」が一般化に繋がる。女性だけで構成される宝塚歌劇団を100年超にわたり運営し続けてきた阪急電鉄らしい視点とも言える。

今夏開催の第2回では、人気VTuberプロジェクト「にじさんじ」やアニメ『パリピ孔明』英子、『花の慶次』前田慶次なども出演。バーチャルキャラクターで出演陣を固めた。

急実装したアバターの「推しTシャツ」で一体感つくる

阪急阪神HD提供

現実世界の梅田に駅や劇場、商業施設、オフィスなどを持つ阪急阪神HD。『JM梅田』の先には大きな目標を見据えている。

「いずれはバーチャルの街でも、リアルの街と同じことができるようにしたい。お店で買い物したり、飲み会をしたり、街コンしたりと、老若男女、誰が訪れても楽しい街をつくっていきたいです」
(阪急阪神HD・山本氏)

阪急阪神HDにとってメタバース事業の最初のゴールは「バーチャルの街に集客し、収益化する」こと。さらに、バーチャルで梅田を知った人には、リアルの梅田の街にも関心を持ち、遊びに来てもらいたい。「リアルの街との双方向での集客」を見据えている。

『JM梅田』のようなイベントは、メタバースと街の認知を広げるために有効な手の一つだろう。

そのためにも、ユーザーには「アバターでのコミュニケーションの面白さ」をユーザーに感じてもらう必要がある。

そこで山本氏が昨年の『JM梅田』で実装を急いだのが、アバターに装着することで“推し”を応援できるTシャツだった。

「アバター同士で会話をするだけなら音声通話もテキストチャットもあります。でも、知らない人同士で“しゃべるきっかけ”がないんですよね。『推しTシャツ』は互いのユーザーが声を掛け合えるきっかけになればいいなと思いました」
(阪急阪神HD・山本氏)

この他にも、初回の『JM梅田』では同じ“推し”を持つ者同士で“暗黙の連帯感”が感じられる工夫を施した。

時間帯ごとに違うタレントやキャラクターが出演するステージには、「同じ推しのファン」が大勢集まる。

ライブの最中には歌やダンスに合わせて、観客のひとりがジャンプをしたら、周囲のアバターも一緒になってジャンプする「ウェーブ」のような動きも自然発生的に生まれた。

「一緒にジャンプする、それも“行動の会話”ですよね。いろんなコミュニケーションの形ができるのがアバターの良いところだと思います」
(阪急阪神HD・山本氏)

自分の属性に縛られない開放感もバーチャル空間の大きな利点だろう。

「ファンの行動を楽しむファン」という構図が発生したことで、ライブ中に「推しと自分」だけでなく、「ファンとファン」という新たな軸が形成されることになった。

「メタバースの街づくりも、リアルの梅田がそうであったように時間がかかるかもしれません。だけど継続して色々なお客さまが集まる街にできればと思います」
(阪急阪神HD・山本氏)

(文・渡辺由美子、編集:吉川慧

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