デレク・チャンは大学を中退し、賃貸アービトラージのビジネスを立ち上げた。
Derek Cheung
デレク・チャン(Derek Cheung)が不動産投資の世界に飛び込んだのは2019年2月、テキサス州オースティンで2つの物件の賃貸契約を結んだときだ。
当時はテキサス大学オースティン校に通い、寮生活を送りながら経営学と金融学の2つの学士号取得を目指す学生で、学費はローンでまかなっていた。
チャンは将来的には就職せずに、自ら事業を興したいと思っていた。ロバート・キヨサキの『金持ち父さん貧乏父さん』を読んで以来、起業家になることをずっと夢見ていたからだ。しかし、反対を恐れて両親には言えないままだった。
そんなチャンが、賃貸住宅を短期賃貸として転貸する「賃貸アービトラージ」という手法を知ったのは、ある投資会社でインターンシップをしていた時だった。会議の席上、パートナーから、自社で所有していない短期賃貸物件を管理するソンダー(Sonder)という会社の存在を聞いたのだ。
チャンが不動産投資の中でも特に賃貸アービトラージに興味を持った理由は、その参入障壁の低さにある。この手法を活用して自営業を営んだり、経済的自由という目標を達成したりしている人たちがいることも知った。
また、ソンダーの創業者であるフランシス・デビッドソン(Francis Davidson)が、自分と同じく大学の寮生時代に会社を興したことにも触発されたという。
結果として、この会議がチャンの人生を変えることになった。数週間のうちに最初の2軒のアパートを契約し、賃貸アービトラージを始めて3年目の2021年までにはアメリカ国内で50以上の物件を契約した。
Insiderが確認した損益計算書によると、チャンの会社「Hikaru LLC」は2021年、売上高198万ドル(約2億7100万円、1ドル=137円換算)、純利益75万ドル(約1億200万円)を計上している。
なお、同期間の経費は124万ドル(約1億7000万円)で、最も多かったのが家賃だ。実に約50万ドル(約6850万円)にも上る。2番目は12万ドル(約1640万円)の清掃費で、その他には物件の修繕費および維持管理費4万ドル(約550万円)、不動産管理者費5万ドル(約690万円)、広告費1万ドル(約140万円)と続く。
物件を購入せずに転貸するというビジネスを、チャンはどのように始め、拡大していったのだろうか?
賃貸アービトラージの世界へ踏み出す
チャンはネットで賃貸アービトラージの経験について書いているブログを数多く読んで、この世界に踏み出した。チャンが読んださまざまな記事からは、2つの重要なことが分かったという。
1つ目は、アメリカでは自分が居住者として入居するのではなくビジネスを行うために賃貸契約を結ぶには、LLC(合同会社)が必要だということ。
2つ目は、家主の中には、一般の長期賃借人よりもアービトラージ事業者との取引を好む者がいるということ。事業者は物件の手入れをし、定期的に清掃し、ゲストがモノを壊したら修理してくれるからだ。チャンはそういった要点を考慮しながら、家主への売り文句を練った。
彼は次に、物件リストを作成した。「Zillow」「RentCafe」「Apartments.com」などのウェブサイトでオースティンの空き物件を検索し、約160件の見込み客とその連絡先を記載したExcelシートを作成した。
そして、トークスクリプトを手に、自分にとって関心のないテキサス州サンアントニオの家主に電話とメールで売り込みをした。これは、オースティンの物件にアプローチする前の練習だった。家主の反発や懸念に応じて、トークスクリプトを調整することもあった。
約100人の見込み客に連絡した末、ようやく一人、話を聞いてくれる人が見つかった。その人物は、家主に代わって物件を掲載していた仲介業者だった。
そのエージェントは他の家主の代理人でもあったため、チャンは自分のビジネスモデルを説明し、彼女のツテで他の家主にも自分を売り込んでほしいと依頼した。彼女は、チャンにとって初めての「イエス」をもたらした。オースティンのある物件オーナーが、同じ建物内の2戸を貸してくれることになったのだ。彼にとって初の契約物件である。
2019年2月までに、チャンは1年のリース契約書にサインした。Insiderが確認したところ、1軒目は1ベッドルームつきの部屋で月1215ドル(約16万6000円)、2軒目はワンルームで月999ドル(13万6000円)の賃貸料だった。
彼は最初の月の家賃に加えて各部屋の敷金500ドル(約6万8000円)を払い、合計は3214ドル(約44万円)となった。また、この物件で短期賃貸業を行うことを許可する追加の契約も結んだ。
当時のチャンには、高校時代のサーバー関連の仕事とインターンシップで貯めた現金が8000ドル(約109万円)あった。また、利用限度額5000ドル(約68万円)のクレジットカードも持っていた。
そこで5000ドル近くかけて、Facebookマーケットプレイスで購入した中古品で部屋を整えた。家具の移動には、友人2人がU-ホール(U-Haul)のレンタルを使って手伝ってくれた。そして全ての準備が整うと、部屋の写真を撮り、Airbnbに掲載した。
すると驚くことに、すぐに1ベッドルームの部屋を2日間借りるという予約が入った。
「まさに一瞬という感じで、めちゃめちゃ興奮しました。掲載したとたんに問い合わせがあったんですよ」とチャンはその時の様子を語った。
「問い合わせをもらってすぐに、その人たちと話したんです。そして予約が確定したとき、私の中でこのビジネスモデルの有効性が実証されました」
その後、月額売上はだいたい4000ドル(約54万円)程度で、利益は2部屋合わせて1500ドル(約20万円)程度だったとチャンは振り返る。稼働率は80〜86%程度だ。
最初の2カ月は、全ての宿泊客に声をかけ、ささやかなプレゼントを置いておき、街で特におすすめのスポットを紹介することを心がけていた。
拡大の転機が訪れる
数カ月後、チャンは自分が契約する部屋の一つに60日間滞在するゲストを受け入れることになった。建設会社のオーナーで、受注したプロジェクトの仕事でこの街に来たという。そのうえに、作業員33人が寝泊まりする住居を探していた。
そこでチャンは大胆にも、従業員のためにホテルよりも安い料金で利用できる滞在先を自分が確保すると申し出た。
その結果、建設会社オーナーから2カ月分の家賃で4万5000ドル(約616万円)という、これまで見たこともないような高額な小切手を手に入れた。チャンは3週間かけて新たな部屋の短期賃貸契約を結んだ。
「十分な時間を割いて電話をかけさえすれば、必要な数の契約をまとめられることは分かっていました」とチャンは言う。
「だから、量をこなせば問題なく物件を借りられるという自信はあったんです」
チャンは寝室がたくさんある家を何軒か借りようと考えた。そして、1週間ほどかけて物件オーナーに電話をかけ、3つのベッドルームがある住宅3軒と、6つのベッドルームがあるオースティンの二世帯住宅1軒の計4軒を1年契約で確保した。
家主と話をし、1年間の賃貸期間中、先ほどの従業員たちが退去した後はAirbnbに物件を掲載すると説明した。
この契約を結んだことで、チャンは最初の2軒の毎月2214ドル(約30万円)の家賃に加え、さらに毎月8000ドル(約109万円)の家賃を支払わなければならなくなった。
先の委託金で最初の2カ月分の家賃を支払い、物件の家具をそろえた。そして、合計6棟の物件を管理し、掃除もするようになった。
「毎月の家賃支払いが1万ドルというのは、かなり怖かったですね。要するになるべく早く予約を確保する必要があるってことだな、と思いました」とチャンは当時の状況を振り返る。
「全ての物件をAirbnbやVrbo(バーボ)に掲載しました。この地域で新規に仕事を取った建設会社を確認できるように建設会社のデータベース利用の購読契約もしました。それと、以前と同じように見込み客リストを作成し、Eメールのスクリプトとテンプレートを作りました」
幸いなことに、最初の建設会社は当初2カ月だった賃貸契約を延長し、2019年9月から2020年5月まで滞在したという。この取引では毎月約1万2000ドル(約164万円)の売上と4000ドル(約54万円)の利益を得た。また、この案件で得られたキャッシュを元手にしてさらに3部屋(最初に契約した建物内の物件だ)のリース契約を結んだ。
チャンは当初、もしもの場合に備えて全ての物件にかかる家賃の2倍を貯めておくつもりだったため、拡大には慎重だった。しかし、空き物件は押さえておかなければ一般の人が賃貸契約を結んでしまう。
これでは機会損失だ。チャンは「儲けるためにはリスクを取らなければ」と自分に言い聞かせて奮起した。
大学の秋学期が始まると、それまで自分がやっていた仕事を引き継ぐために、初めて清掃業者を雇った。しかし信頼できる業者に会えるまでには3、4社切り替える必要があったという。
Airbnbの場合、ゲストが部屋を不潔だと感じれば返金をリクエストされ、その代金はホストの負担となる。清掃会社の対応が悪ければ自分で清掃に入ることもあったとチャンは語る。
「今は、清掃チームを新しく採用するときには4社程度と面接することにしています。ソファの下にわざとティッシュを置いたりしてトラップを仕掛けて、どのくらい細部にまで気を配っているかを確認します」
新型コロナウイルスという壁
チャンにとって最大の失敗の一つは、2020年3月、国が新型コロナウイルス感染症によるロックダウンに入ったときに、さらに3部屋を契約してしまったことだろう。旅行需要は落ち込み、予約は激減した。
毎年オースティンで開催される大規模なフェスティバル「サウス・バイ・サウスウエスト」などのイベントも中止となった。どこを見ても予約はキャンセルに次ぐキャンセルだったとチャンは振り返る。
3月と5月は、建設会社が契約を延長してくれたおかげでなんとかマイナス収支は免れた。4月にはわずかながら利益を出すこともできた。だがその後は、毎月2万ドル(約270万円)もの負債を抱えることになった。
そこでチャンは、建設会社、企業移転業者、保険会社などに電話やメールで営業をかけ、週単位で部屋を貸し出すと提案した。また、「Zillow」「Corporate Housing by Owner」「Furnished Finder」「Craigslist」など考えつく限りのプラットフォームに物件を掲載したほか、60日以上滞在するゲストの予約は優先的に受け入れた。
「多くのホストは廃業しましたが、私は起きている時間を全部費やして、自分の物件を予約してもらうために料金の調整などに取り組みました」
チャンは最終的に大学を中退し、2020年6月には寮を出なければならなくなった。約2カ月半は日産アルティマの車内か、たまにAirbnbの部屋が空くとそこで寝泊まりをしたという。
宿泊料金は収支の帳尻が合って多少の利益が出る程度を目安に下げ、また長期滞在者の確保にも力を入れた。転居のために一時的な住居を探している地元の人や、自宅から退去を余儀なくされた人、一時的な宿泊施設を確保したい保険会社などからの予約も受け入れるようにした。
オースティンにはチャンのほかにも、パンデミックの影響で空室に悩まされていた集合住宅があった。2020年暮れ頃には、1~2カ月のフリーレントと引き換えに、ある集合住宅の何室かを確保した。また、チェースとアメックスで作ったビジネス用のクレジットカードで家具代を支払ったため、最初の数カ月は自腹を切る必要がなかったという。チャンによると、家具代は2カ月以内に取り戻せたという。
こうして何とかしのいでいるうちに、2021年8月には予約状況が回復し始めた。2021年末には管理する50物件中44件が稼働するまでになった。なお、1泊の料金は101〜223ドルで、物件の稼働率は72〜97%の間を推移していたという。
チャンは今もこの短期賃貸ビジネスを拡大し続けており、2022年の売上高成長率は22%だという。これまでに数々の困難を乗り越えてきた今、彼は自分のビジネスが成功するという自信を持っている。
「Airbnbビジネスで直面した最大の難関は、新型コロナウイルス感染症でした。でもご覧のとおり、その難関も乗り切ってみせましたよ」
(編集・野田翔)