岸元防衛相めぐる捏造ツイートは“影響力工作”の一環か。「寿司の美登利」の被害事例も

岸信夫氏の写真

防衛大臣時代の岸信夫氏。2022年1月撮影のもの。

出典:防衛省

2022年8月16日、岸信夫首相補佐官が「拡散されている私のツイートは元々存在しません。フェイクです。」などと複数回にわたって、発言の捏造について注意を呼びかけるツイートを発信した。

発端は、駐英ロシア大使館のツイッターアカウントが、まるで岸氏がウクライナのザポロジエ原発(ザポリージャ原発)の付近での戦闘について、ロシアを支持するかのような投稿をツイートしたように装った画像を拡散したことを受けてのものだ。

その後、外務省も岸総理補佐官のねつ造ツイートについて「このような投稿を岸総理補佐官が発信したとの事実はありません」と公式Twitterアカウントで発信。駐英ロシア大使館に申し入れし、同投稿は削除された。

実はさかのぼること7日前の8月12日に、東京を中心に「寿司の美登利」を展開する株式会社梅岡寿司の美登利総本店が「当社ロゴを使用したウクライナ共和国へのヘイトを思わせる情報の拡散に対するお知らせ」を発表している。

ロシアのニュースサイトで、「寿司の美登利のロゴを使ったウクライナ非難の看板が渋谷の街頭に表示された」という記事が拡散されたためだ。

株式会社梅岡寿司の美登利総本店が出した発表

株式会社梅岡寿司の美登利総本店が「当社ロゴを使用したウクライナ共和国へのヘイトを思わせる情報の拡散に対するお知らせ」より。

撮影:Business Insider Japan

看板の画像は、寿司職人を思わせるキャラクターがウクライナの女性のようなキャラクターの口をふさいで発言をやめさせようとしている絵が描かれている。実際にはこのような絵看板が掲示された事実はなくウクライナの国営通信社「ウクルインフォルム」は、「『寿司の美登利』のブランドを利用し、ロシア・ウクライナ戦争のテーマは飽きられている、とするナラティブ(物語)を拡散しようとした」と報じている。

ロシアで拡散された画像

ロシアのニュースサイトで拡散された、寿司の美登利の看板に似せた画像。

出典:ウクルインフォルム

政治家や企業を巻き込んで展開される、ロシアに有利な「ナラティブ」を含むフェイクニュース。しかし「こんな変な日本語の文章や画像を信じる人が本当にいるのか?」「誰が何のためにこんなことをしているのか?」といった疑問が浮かぶ。

ロシアの狙いは、いわゆる「影響力工作」だと筆者は考えている。

「影響力工作」とはなにか

「影響力工作」とは、大小のフェイクニュースやデマ、ネットミームを駆使した情報活動で、ハイブリッド戦争の一側面でもある。

少し前になるが、2016年にNATO戦略的コミュニケーション能力向上センター(NATO StratCom COE)があるレポートを発表している。ソーシャルメディアの種類別の影響と、その目的を分析した『FRAMING OF THE UKRAINE.RUSSIA CONFLICT IN ONLINE AND SOCIAL MEDIA』という文書だ。

NATO StratComは、エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国が中心となって設立されたNATOの協力組織で、ロシアがどのような情報活動を行って、NATO同盟国とパートナーにどのような影響を与えているか……という分析に力を入れている。

レポートの画像

出典:NATO StratCom COEのレポート『FRAMING OF THE UKRAINE.RUSSIA CONFLICT IN ONLINE AND SOCIAL MEDIA』

同レポートはロシアが2014年に行ったソーシャルメディアにおけるプロパガンダコンテンツをプラットフォーム別に分析した。

同レポートでは、「ロシア版Facebook」と呼ばれるSNSロシア発のSNS「VKontakte(フコンタクテ)」などには、ウクライナを「西側諸国の使い走り」「ファシスト」などと中傷するミームや、コラージュした合成画像(いわゆるコラ画像)が多数投稿されている、という。

ポイントは、コラ画像の質は決して高くはなく、粗末なものだということだ。例えば、「EUの旗を貼ったトイレを掃除する、ウクライナの国旗を貼り付けた男性」といった具合だ。

一点一点に大した影響力はないが、SNSのユーザーがさまざまな情報源に接することで、新聞やテレビ、専門的なネットメディアといった従来型メディアの影響力を弱める狙いがある。

レポートには、具体的な数字もある。

2012年12月31日から2014年4月1日までの調査期間で、「クリミア」「ドンバス」「マイダン」をキーワードにFacebookとVkontakteにユーザーが投稿したすべてのミームを調査した。総数348のインターネット・ミームのうち52件はFacebookで、289件はVkontakteだった。

ミームによって広まった肯定的な言語・映像コンテンツの数を比較すると、ロシアに関する肯定的な情報が多く、米国とEUに関する数は少ないことが観察される。

拡散されたミームをテーマ別に検証すると……

当時の投稿から、ミームをテーマ別に分けて、ロシアまたはウクライナを肯定・否定していた件数を集計したのが次の2つの表だ(レポートのP.105、P.106から和訳して抜粋)。なお、レポートでは、ミームのうち一部を抽出したとしているため、全部足し合わせても348にはならない。

肯定的なミームの件数をまとめた表

『FRAMING OF THE UKRAINE.RUSSIA CONFLICT IN ONLINE AND SOCIAL MEDIA』よりBusiness Insider Japan編集部が作成

否定的なミームの件数をまとめた表

『FRAMING OF THE UKRAINE.RUSSIA CONFLICT IN ONLINE AND SOCIAL MEDIA』よりBusiness Insider Japan編集部が作成

否定的なミームでは、政治家がターゲットとなることが多い。

例えば、ウクライナのポロシェンコ前大統領が公約を「忘れた」とうそぶく不誠実な政治家であったり、米国のオバマ元大統領がロシアのプーチン大統領のドアマンや乗馬になっていたりという画像が作られている。

最初は散発的な意見表明のようなものだったミームが、同じテーマで相互につながり、だんだんとシリーズもの的に増えていくのだという。

こうしたネット上のコンテンツに対するユーザーの反応を「買う」こともできる。NATO StratComがロシアのネット操作企業3社からネット上の反応を購入した調査報告がある。

ロシア企業は依頼に応じて1件あたり4万円前後の価格で、調査に協力した米国の上院議員の投稿(家庭菜園でとれたトマトやペットの犬といった政治的主張を含まない投稿)に閲覧やいいねといったエンゲージを提供した。Facebook、 Instagram、YouTube、Twitter、TikTokの4つのプラットフォームで、約1000件のコメント、9600件のいいね、32万件のビュー、3700件のシェアが提供されたという。

「SNS、特にVkontakteは、大衆操作を意図したコミュニケーション支配の新たな戦場となった」とNATO StratComはレポートで結論づけている。

メッセージの内容について事実に基づいて誤りを指摘したり議論を重ねようとしても、低品質の投稿の量が多いとかき消されてしまう。

言い方を変えれば、「雑コラを拡散する」こと、それ自体が力を持つことになる。

ウクライナは「SNS遮断」で対抗したが……

ウクライナは、過去にロシア発のニュースサイトやSNSを遮断し、検閲という過激な手段によってハイブリッド戦争に対応したことがある。

2017年5月15日、 ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領(当時)がSNSのフコンタクテや検索大手のYandexに対し、ウクライナ国内プロバイダーからのアクセス禁止を発表した。それまでフコンタクテは、ウクライナの全インターネットユーザーの78%が利用していたほど(後述する、ゴロフチェンコ博士の論文に言及がある)最も人気のあるSNSだった。

ポロシェンコ大統領がフコンタクテへのアクセス禁止に踏み切ったのは、このSNSがロシア政府の影響下にあり、情報戦に利用されている懸念があったからだ。

ニューヨーク大学のレポートによると、2014年にロシア政府は、フコンタクテにウクライナの市民運動「ユーロマイダン革命」に関する情報ページを作成した人物の個人情報をFSBに引き渡すよう要求し、これに反発した設立者のドゥーロフ氏がCEOを退任することにつながった、と報告している。

ただしコペンハーゲン大学の社会学者エフゲニー・ゴロフチェンコ博士は、「ロシアも同じ(アクセス禁止)手段を取りうる」とも指摘している。実際に、ロシア国内でFacebookへのアクセスが禁止されている例を挙げた。

嘘のミーム拡散への対抗策は「虚偽の暴露」続けること

ネット上での情報活動をロシアが効果的と考えているならば、政治家や企業、あるいは個人をも巻き込むようなフェイクニュースやミーム拡散は日本でもまた起きるだろう。

日本ではそもそも、アクセス遮断などの「検閲」は非現実的だから、締め出すことが難しい。

NATO StratComのレポートは、対抗策として、

「(フェイク投稿への)コメントでの対処と、虚偽投稿であることを暴露するという2つの戦術が必要だ。特にコメントは、短くまとまっていて論理的、そして何よりも多くのコメントが必要だ」

としている。コメントでの対処とは、ファクトの指摘や攻撃的な態度をたしなめること。虚偽投稿の暴露は、いわゆるデマの指摘と解釈できる。

同レポートでは、ジャーナリストがSNSの動向に目を向け、正確なファクトを提供してデマやフェイクニュース対策の支援を行うよう提言している。

(文・秋山文野

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