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ベネチア国際映画祭、日本映画界が手放しで喜べないワケ…深田監督「海外の方がファン多い」

ベネチア国際映画祭

第74回ベネチア国際映画祭(2017年)では、是枝裕和監督の『三度目の殺人』がコンペティション部門に出品された。

REUTERS

世界三大映画祭の一つであるベネチア国際映画祭が8月31日から始まる。

今回、注目の日本映画は、コンペティション部門にノミネートされた深田晃司監督(42)の『LOVE LIFE』('22)。

北野武監督が『HANA-BI』('97)で金獅子賞を、『座頭市』('03)で銀獅子賞を受賞して以来、主だった受賞作がなかった日本映画だが、2年前に黒沢清監督の『スパイの妻』('20)が銀獅子賞を受賞したことに続いて、今年も賞レースの行方が注目される。

一方でこの快挙には、日本映画界にとって手放しで喜べない事情もある

深田監督をはじめ、世界の映画祭で評価される監督のキャリアを見てみると「海外で助成金などの支援を受けて映画を製作し、キャリアを積み上げてきた人」が目立っている。

映画製作者たちの“日本離れ”が深刻なのだ。

フランスから助成金を受けた日本映画

LOVELIFE

ベネチア国際映画祭・コンペティション部門ノミネート作品『LOVE LIFE』。

(C)2022映画「LOVE LIFE」製作委員会&COMME DES CINEMAS

ベネチア国際映画祭のノミネート作品『LOVE LIFE』は、ミュージシャン・矢野顕子さんの楽曲「LOVE LIFE」をモチーフに、木村文乃さんと永山絢斗さん演じる夫婦の物語を描く。日本では9月9日に劇場公開が予定されている。

本作以前から深田監督は、日本国内よりも海外の国際映画祭で注目されることにより、着実にステップアップをしてきた。

『ざくろ屋敷』('06)がパリのKINOTAYO現代日本映画祭、『東京人間喜劇』('09)がローマ国際映画祭で上映された。その後、『歓待』('10)が東京国際映画祭「日本映画・ある視点」 部門作品賞を受賞した。この間に映画人の中で知名度が上がっていった。

『ほとりの朔子』('13)は日米合作で製作され、ナント三大陸映画祭でグランプリを受賞。その際にフランスの配給会社の目に留まり、フランスで上映されることに。これが布石となって、『淵に立つ』('16)はフランスから助成金を受けて製作され、カンヌ国際映画祭で「ある視点」部門を受賞した。

海外の資本を投入した映画製作がなければ、現在の深田監督の姿はなかったと言えるだろう。

ほとりの朔子

二階堂ふみさん主演『ほとりの朔子』。

(C)sakuko film partners

今でこそ、その名を日本でも知られるようになってきた深田監督だが、なぜ日本の資本で海外へ送り出すことができなかったのか。

賞レースで戦う作品への大きな投資がない

平田オリザさん主宰の劇団青年団の演出部に所属していた深田監督の作品は、芸術性は高く評価されているが、ハッピーエンドではない。どちらかと言えば哲学的な作風の作品が多い。

そもそも、日本ではそうした「わかりにくい」作品に、大きな資本が投入されづらいという現実がある

例えば、2021年の映画製作者連盟4社(日本の大手映画製作配給会社である東宝、松竹、東映、KADOKAWAの4社からなる業界団体のこと。以下、「映連」とする)のラインナップは、ほとんどがアニメか原作もの、もしくはテレビドラマの映画化作品である。

映画の興行収入推移

2010年以降の日本における映画の興行収入推移。邦画は横ばいが続く。(単位は百万円)

グラフ:日本映画製作者連盟(映連)データよりBusiness Insider Japan作成。

実写版の映画がヒットに苦戦している一方で、アニメは国内で根強い人気を誇っている。

8月に公開された映画『ONE PIECE FILM RED』は4週連続で動員数トップを記録し、すでに興行収入が100億円を超えたと報じられた。さらにさかのぼれば『鬼滅の刃』('20)も、興行収入が日本映画歴代1位となる400億円超という爆発的なヒットを記録したことも記憶に新しい。

興行成績だけを見ると、アニメと原作ものを中心に日本映画界は好調だともいえる。しかしその中に、近年、世界で高く評価された日本映画が入っていないのが現実だ。

これはつまり、世界の賞レースで戦えるような作品に日本の大きな資本が投入されていないということを意味する

日本映画が“逆輸入”されている現実

濱口竜介監督

濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』は、第94回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した。

画像:REUTERS

例を挙げてみよう。

冒頭述べた深田監督作品や黒沢監督作品だけでなく、昨年、『偶然と想像』('21)でベルリン国際映画祭銀熊賞を、『ドライブ・マイ・カー』('21)でカンヌ国際映画祭脚本賞、米アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞したことが記憶に新しい濱口竜介監督作品も、映連が製作に携わっていない。

その他、国際映画祭の最高峰と言われるカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した是枝裕和監督の『万引き家族』('18)もしかり、またカンヌ映画祭出品の草分け的存在と言われる同祭の批評家連盟賞を受賞した諏訪敦彦監督『M/OTHER』(‘99)他の作品群もそうだ。

小中規模の作品が海外の映画祭で評価され、逆輸入されて日本で知名度が上がった後、数千万円から億単位のいわゆる大作を作る場合には、新聞社やテレビ局が出資をするケースが多い。

また、今年のカンヌ映画祭では、満75歳から生死の選択権を与える制度を描いた早川千絵監督の『PLAN 75』('22)が「カメラ・ドール 特別表彰」を受け、山崎樹一郎監督の『やまぶき』('22)もACID部門で上映された。

PLAN 75

倍賞千恵子さん主演『PLAN 75』。

(C) 2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory / Fusee

両作品ともオリジナル脚本であり、国際共同製作(他国の出資を受けて製作された映画)だ。

早川監督はニューヨークの美術大学School of Visual Artsで写真を専攻し、独学で映像作品を製作。山崎監督は大学を卒業後、地元の岡山でトマト農家を続けながら映画を製作しており、いずれも映連4社が配給している日本の商業映画とは無縁だ。

インディペンデント作品が、海外の映画祭に出て世界の映画人に注目され始め、資金援助も受ける。やがてカンヌ・ベネチア・ベルリンの三大国際映画祭で大きな賞を取って日本に逆輸入される形で日本で知名度が上がる。

そんな逆輸入パターンが根付いていると言っても良いだろう。

日本の助成金の問題点

アカデミー作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』

外国語映画として史上初のアカデミー作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』。韓国にも、「韓国映画振興委員会(KOFIC)」と呼ばれる公的支援組織がある。

画像:REUTERS/JCS/KFM/BRV/CRH

ディズニー映画やハリウッド映画を始め、エンタメ・商業映画がヒットを記録しているのはどこの国も同じだ。そして、カンヌ・ベルリン・ベネチアのような芸術性が評価の対象になる国際映画祭において、それらの作品はノミネートされていない。

日本と諸外国との大きな違いは、映画の多様性を維持し、芸術性のある作品を持続的に生み出すために、公的な資金援助の仕組みを整えているかどうかだ

フランスや韓国ではこうした制度が充実しているし、アメリカでは文化支援は各州に委ねられているが、企業が映画に投資した場合には税制上の優遇措置がある。

もちろん、日本も同様に商業映画以外の自主映画製作にも使用できる文化庁の助成金制度(文化芸術振興費補助金)をはじめとした制度がある。

各国の映画支援制度の概要

「action4cinema」がまとめた、各国の映画支援制度の概要(クリックで資料に遷移します)。

出所:日本版CNC設立を求める会(action4cinema)

しかし、日本の助成金よりフランスの助成金の方が使い勝手が良いという映画監督からの声はよく聞かれる。

例えば、フランスでの映画製作経験が豊富な諏訪敦彦監督は「フランスの助成金がなければ、映画を撮れていないだろう」と語っている

日本の助成金制度では「製作費」だけに助成がある場合がほとんどだが、それだけで映画を作り続けることは難しい。映画製作は、企画・開発や脚本作りに始まり、撮影の後は、編集や音響効果等の仕上げ作業が必要である。そして、公開までには宣伝や配給にかかる費用も必要だからだ。

深田監督によると、先述の文化芸術振興費補助金では、企画・開発の段階で助成金は下りず、また配給、宣伝にも使えない仕組みになっているという。これでは、投下した資本を十分に回収することは難しい。

その一方で、フランスの助成金はCNC(国立映画映像センター)を中心に企画開発段階から配給宣伝の後のプロモーションに至るまで助成金が下りるシステムになっている。

フランスでは1948年から興行収入の一部を「興行税」の形で徴収する制度を導入し、作品の興行収入を製作者や興行者への次作の助成に充当するという「自動支援」の仕組みが作られた。

また、処女作や動員が見込めないが社会的な意義のある作品などに対して、専門家による審査によって助成金を給付する「前貸資金」制度もある(参考リンク)。

韓国もKOFIC(韓国映画振興委員会)が中心となり、フランスと同様に劇場からの収入と公的資金を元に映画作りをサポートする仕組みがある。

「泣ける」「わかりやすい」以外の市場の獲得

また、世界で評価されている深田監督作品、黒沢監督作品などの特筆すべき点として、日本よりも海外、特にフランスの観客に多く見られている点が挙げられる。

CINEMORE(シネモア)のインタビューによると、女性の復讐劇を描いた深田監督の過去作『よこがお』は、日本では18館での公開から始まったという。過去作はすべて100館を超えず、70館〜80館くらいの規模にまでしか広がったことはないという。

一方、同作は、フランスでは最初は120館で公開されて、200館まで広がったとのこと

ある男の出現をきっかけに夫婦の秘密が明らかになっていく様子を描いた『淵に立つ』もわかりやすく感動できる映画ではないが、深田監督によれば「日本よりもフランスの方がファンが多い」という。

フランスは小学校で小津安二郎の映画を見せるなど、映画教育が充実しているという。それが観客の育成につながり「泣ける映画」「わかりやすい映画」以外の市場の獲得にもつながっていると深田監督は同インタビューで分析している

オリジナル脚本の実写映画を市場に送り出し、映画の多様性を維持するには、わかりにくさの先にある面白さを楽しむ文化を育てていくことも同時に不可欠だろう。

日本版CNCの設立に期待

黒澤明監督の作品

黒澤明監督らの才能が花開いた「日本映画の黄金期」は再来するのか。

tefano Chiacchiarini '74 / Shutterstock.com

日本でもフランスや韓国の制度を模した制度を作ろうと、是枝監督や諏訪監督、深田監督らが中心となって日本版CNCの設立を求める会が発足し、6月に記者会見が行われた

既報の通り、日本版CNCは、映画産業の持続可能性を維持するため、7人の映画監督が共同で設立を表明した団体だ。フランスや韓国の制度をモデルに、映画全体の興行収入の一部を財源にして、若手育成や労働環境の保全、新たな映画製作や興行を支援する仕組みを目指す。

黒澤明監督、溝口健二監督、小津安二郎監督らが作品を世に送りだした「日本映画の黄金期」と言われた1950年代は、監督やスタッフは、映画製作会社の社員や専属契約であるのが通常だった。

生活の基盤がある中での創作活動が、多様で質の良い作品を生み出すことに寄与していたと言えるだろう。

ところが、今の監督を含む映画スタッフの多くは、フリーランスだ。そうした状況下での映画製作・資金回収は難しい。やはり、企画開発から資本回収までサポートするCNCのような仕組みが必要ではないか。

今回のベネチア国際映画祭のコンペティション部門にノミネートされた深田監督のように、新たな才能が世界で認められつつある今、日本映画はかつての輝きを取り戻せるのか。

財源を確保して新たな映画を製作し、流通に乗せて投下資本を回収するシステムという大掛かりな仕組みの導入には、メディアはもちろんのこと、映画業界以外の多くのプレーヤーの協力が不可欠だ。

(文・熊野雅恵

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