ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が捉えた木星の姿。
NASA, ESA, CSA, Jupiter ERS Team; image processing by Judy Schmidt.
8月22日、NASAのジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が、新たな画像を公開した。かつてないほど美しい「木星」の画像で、巨大な嵐やオーロラなど木星の詳細がよく分かる。観測したアメリカの天文学者は「正直言って、こんなによいと思っていなかった」とコメントしている。
2022年7月12日、JWSTが撮影した画像が初公開された際、NASAは「天文学の新時代の夜明けだ」と強調した。その後も、続々と新しい画像が公開されている。
「『革命的な成果が出てくる』と予感させるのに十分な画像が出てきています」
長年天文学の研究を続ける東京大学の田村元秀教授は、冷静な口ぶりながら、NASAのジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)への期待をこう語った。
「 初期宇宙 」や「生命の兆候」の探索など、世界の天文学者たちから、JWSTが生み出す成果に対する注目が集まっている。これから先、天文学に何が起こるのか。田村教授にJWSTのすごさと、今後の天文学の展望を聞いた。
「宇宙を赤外線で開拓する時代」に
JWSTは2021年12月25日、ロケットのフェアリング(ロケット先端部。衛星などが格納されている)に折りたたまれた状態で打ち上げられた。宇宙空間を移動しながら、直径6.5メートルに及ぶ主鏡を、まるでたたんだ折り紙を開くように展開し、現在は地球から150万キロ離れた場所で、太陽の周りを回っている。
ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)のイメージ
NASA GSFC/CIL/Adriana Manrique Gutierrez
観測の中核となるのは、分割された鏡18個を組み合わせた大きな主鏡だ。その直径は、1990年の打ち上げ以降、数々の美しい天体写真を届けてきたハッブル宇宙望遠鏡の2.7倍。口径が大きくなった分、解像度も上がり、よりシャープな画像が得られるようになった。
JWSTは、目に見える光(可視光線)よりも波長の長い「赤外線」を観測する望遠鏡だ。
赤外線は、地上で観測しようとしても、多くが大気に吸収されてしまう。そのため、これまでにも赤外線を観測するために、望遠鏡が宇宙に打ち上げられてきた。JWSTは、2021年1月まで運用が続けられていたNASAのスピッツァー宇宙望遠鏡や、観測波長は異なるものの、これまで数々の美しい画像を捉えてきたハッブル宇宙望遠鏡の後継機にあたる。
田村教授によると、JWSTはスピッツァー宇宙望遠鏡と比べて、同じ波長を観測した際の解像度が約7倍、感度も10倍以上高い。
「約1マイクロメートルから30マイクロメートル近くまでの波長をまったく抜けなく、圧倒的な解像度と感度で観測できるという点が、JWSTの強みです。だからこそ、これまで観測できなかった暗い天体の観測が可能になります。天文学は赤外線で宇宙を本格的に開拓できる時代を迎えたのです」(田村教授)
JWSTとハッブル宇宙望遠鏡の比較
ESA JWST打ち上げキットより抜粋
シャープな画像に「期待通り」
田村教授によると、JWSTを使った研究課題は、大きく次の4つに分けられるという。
JWSTの主要な研究課題
- 太陽系も含め、近くにある惑星を詳しく調べて生命の兆候を探ること
- 生まれたての星や死にゆく星など、星の一生を調べること
- 星の集合体である銀河の起源や性質、ブラックホールとの関係を調べること
- 宇宙の始まりの時代の銀河や星を調べること
この中で最も注目している研究は何か、田村教授は「一つに絞るのは難しい」と悩みつつも、
「『宇宙の始まりの時代を調べること』と『生命の兆候を探ること』は天文学の柱になります。JWSTは、それらの問いに対して一番近いところにいるでしょう」
と期待を語る。
NASAが公開した初期画像からも、こうした問いに答えようとする研究者の意気込みが感じられるという。
JWSTが撮影した銀河団、SMACS0723の画像。
NASA, ESA, CSA, and STScI
上に示した画像は、JWSTが最初に公開した画像のうちの1つ。地球から約46億光年離れた銀河団SMACS0723を捉えたものだ。
田村教授は「シャープな画像で、感度は期待通りです」と話す。
宇宙が誕生したのは、今から138億年前。私たちは、宇宙の遠くにある星々から放たれた光を通じて、宇宙の過去の姿を観測している。
46億光年離れた銀河団の背後には、さらに地球から離れている銀河が映りこんでいる。NASAによるとこの画像の中には131億年前、誕生から7億年経過した宇宙に存在する銀河も含まれているという。
誕生したばかりの初期宇宙の天体は暗く、望遠鏡で捉えることは難しい。
また、遠いところにある天体から放たれた光は、私たち観測者に届くまでの間に宇宙の膨張によって「引き伸ばされる」。例えば、もともとは青い光が、赤い光として観測されたり、目に見えない赤外線になったりする。これは「赤方偏移」という現象だ。
そのため、ある一定の距離よりもさらに遠くにある天体を見ようとしても、可視光線だけでは観測が困難になる。
だからこそ、宇宙空間にあり、高い感度でより長い赤外線を捉えることができるJWSTの登場によって、「宇宙の始まり」に近づける可能性があるというわけだ。
「これがJWSTのすごいところです。宇宙の始まりのどんな時代に最初の星や銀河ができたのかというのは、ぜひ調べたい分野です。JWSTとしても、最も時間をかけて狙うテーマになるのではないでしょうか」(田村教授)
生命の存在に必要な分子探しに期待
田村教授がJWSTが担う「天文学の柱」として二つ目に挙げたのは、地球外生命体の存在に迫る研究だ。
近年、太陽系以外にも、恒星(太陽のように質量が大きく、自ら光り輝く天体)の周りを公転する惑星(系外惑星)がたくさんあることが分かってきた。
世界の天文学者は、2022年8月時点で5000を超える系外惑星の存在を確認している。
田村教授は
「このうち地球のように、恒星から程よい距離にある、適温の岩石惑星に、水分子やより複雑な分子が存在することがJWSTの観測で判明すれば、宇宙に生命が存在するかどうかという問いに、一歩近づくことができるでしょう」
と期待する。
JWSTが観測した、系外惑星WASP-96 bのスペクトル画像
NASA, ESA, CSA, and STScI
JWSTが初期観測した「スペクトル画像」では、WASP-96 bという系外惑星の大気に「水」が存在する強い証拠が得られた。
スペクトル画像とは、光を波長ごとに分けて同時に観測したもの。物質ごとに吸収される光の波長が異なるため、スペクトル画像をもとに、系外惑星などの天体に含まれる成分を推定することができる。
JWSTの観測によって、WASP-96 bからは、いくつかの波長で水分子のスペクトルが確認できた。
田村教授は「これほど広い波長範囲で、かつ高感度の赤外線スペクトル分析は初めてです」と驚く。
一方で、
「水は宇宙のさまざまな場所にあるので、観測はしやすいものです。よりチャレンジングにはなりますが、この先のより小さな惑星の観測で、水やほかの分子があることが確認できると面白くなってきます」(田村教授)
とも話す。具体的には、メタンや硫黄、二酸化炭素といった分子の観測が期待されるという。
星の誕生現場が見えてきた
田村教授によると、赤外線には、初期宇宙の光を観測しやすいという特徴に加え、可視光では見通せない宇宙の塵・ダストが存在する場所や、温度が低い生まれたての星(恒星)が見えやすいという利点もある。
JWSTによって赤外線で撮影されたカリーナ星雲
NASA, ESA, CSA, and STScI
ハッブル宇宙望遠鏡によって可視光で撮影されたカリーナ星雲
NASA, ESA, and The Hubble Heritage Team (STScI/AURA)
上の2つの画像は、JWSTとハッブル宇宙望遠鏡によって撮影された 「カリーナ星雲」と呼ばれる天体NGC3324だ。両方とも、星の材料となる「星間ガス」や「ダスト」が、まるで山脈のような形になって映し出されている。
田村教授は、JWSTの画像では山脈とその外側の境界部分に、ハッブル宇宙望遠鏡では確認できない白く見える天体が複数あることに注目する。この天体は、これまではダストに遮られて見えていなかった「生まれたての星」だという。
「ハッブルでは見えなかった星の誕生現場が、赤外線だと見えてくるのです。今後、ほかの星や惑星の形成領域の画像もどんどん出てくるはずです。
星の周囲をクローズアップする観測によって、恒星の周りで誕生する惑星を直接見ることも可能になるでしょう」(田村教授)
「ハッブルの次はJWST」プライドで完遂
2022年7月22日、JWST初期画像について説明する田村元秀・東京大教授
川口敦子撮影
JWSTは当初、2010年の打ち上げを目指していたが、何度もスケジュールが遅れ、総開発費は100億ドルを超えた。田村教授はその要因について「技術的にチャレンジングなことをやろうとしたためでしょう」と分析する。
膨らむ予算に、米国内でも批判の声はあったというが「米国の天文学の中で、『ハッブルの次はJWSTにいく』というプライドがあり、打ち上げからファーストライト(初観測)までは、ほぼ完璧にやり遂げました。(アポロ計画などを進めた)1970年代の米国の勢いが復活したという気がします」と振り返る。
田村教授によると、JWSTの設計寿命は5年程度とされているものの、初期試験観測から10年以上の耐用年数が期待されている。
「小石が鏡にぶつかるなどのトラブルが起きないかどうかが心配ですが、もし10年以上使い続けることが出来れば、当初の予定よりも観測時間が増えます。
初期宇宙の探索や生命の兆候探しの範囲や観測対象が広がり、より画期的な成果が出ることを期待します」(田村教授)。
(文・川口敦子)