放埒な経営ぶりでWeWorkを失墜させたアダム・ニューマンの新たなビジネスプランに、アンドリーセン・ホロウィッツが出資を決めた。
Ryan Muir for The New York Times via Getty Images; IStock; Vicky Leta/Insider
現在の経済状況下で、世の中は2つに分かれているようだ。「今は不況に向かっている、いやすでに不況下だ」と考える人々と、「今は開かれた世界へ向けた調整期、その過程で一時的に市況が荒れているだけ」と考える人々だ。
去る8月15日、後者の楽観論者たちの「不況ではない」という考えを大きく後押しするような出来事があった。だってそうだろう。もし今が不況なら、一度失敗して追放された創業者がそのコンセプトにちょっと手を加えて別の市場で再現しようという企てに対して、シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)が3億5000万ドル(約476億円、1ドル=136円換算)をポンと渡したりなどするわけがないのだから。
しかし、著名VCのアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz、以下通称の「a16z」)の共同創業者であるマーク・アンドリーセン(Marc Andreessen)は実際にそれをやってみせた。430億ドル(約5兆8400億円)あったウィーワーク(WeWork)のバリュエーションを吹っ飛ばした男、アダム・ニューマン(Adam Neumann)の新たな不動産会社「フロー(Flow)」へ巨額の投資をすると発表したのだ。
筆者の経験では、不況時にこの規模の資金が、しかもフローのように気まぐれなプロジェクトに融資されることはない。だからこれは(たいへん腹立たしいことではあるが)経済にとっては良い兆候なのかもしれない。ただしVC、シリコンバレー、そしてテック業界にとっては困惑でしかない。
スタートアップ・アクセラレーターのYコンビネータとつながりを持つ創業者はこう語る。
「最悪の方法で失敗しても、めちゃめちゃリッチな白人なら挽回できると分かったのはよかったです。でも僕は白人でも金持ちでもないし、おまけにコネクションもないので残念ですね」
アンドリーセンに住宅問題を解決する気はない
ニューマンの「新しい」アイデアとは、彼がウィーワーク時代に立ち上げたウィーライブ(WeLive)をリブランドすることだ。フローはウィーライブと同様、ニューマンの独特でカルト感漂うマンション物件の所有管理を行うことになる。
このビジネスに関するピッチが書かれたアンドリーセンのレターは、まるで平凡な仕事を苦行に見立てたインフォマーシャル(商品情報の紹介)のようだ。彼はマンションを借りることを「魂のない経験」と称し、マンションの住人は「友人や家族を連れてくる」のをためらい、住んではいても持分がないせいで地域とのつながりがないと指摘する。
アンドリーセンには、今のアメリカの住宅問題を本気で解決する気はないようだ。
REUTERS/Mike Segar
このレターを読むかぎり、アンドリーセンは「アメリカの住宅問題の核心はブランディングにある」と考えているようだ。マンションは基本的に魅力がなく、設備も充実していない。しかしそれは大したことではない。問題は、住宅供給が不十分なために家賃が高騰していること。だから本当に必要なのは建物を作ることなのだ、と(これはアンドリーセン自身が2年前に言っていたことでもある)。
しかし今のところ、ニューマンの計画は既存建物を買収するか、開発業者と提携して建物を大人のための巨大な遊び場にすることでしかない。これではまるで、腕を骨折した人に「問題は腕が折れたことじゃない。ギプスが美しくないことが問題なんだから、もっとカッコよくしないとダメだ」と言っているようなものだ。
アンドリーセンが「アメリカの住宅不足の真の解決」に関心がないことが示されたのは今回が初めてではない。
アンドリーセンとその妻が住むカリフォルニア州アサートンは2022年初め、多世帯住宅地区を拡張する計画を打ち出した。すると夫妻は、市長と町議会に宛てて痛烈な内容の手紙を出した。いわく、「集合住宅が増えると、我が家の資産価値や近隣を含めた生活の質が大幅に下がってしまう。また、騒音公害と交通量も劇的に増えるだろう」(アトランティック報道)というのだ。
アンドリーセンとニューマンが解決に当たっていると見せかけている問題の、真の解決策である「建設」は、リブランドよりもはるかに難しい。おまけにアンドリーセン夫妻は、自分の住む街に「建設」することは断固反対している。
住宅不足の解決がうまくいかなければ、経済が現在抱えている最も差し迫った問題にも影響が出る——「インフレ」だ。ゴールドマン・サックスのアナリストは最近、顧客に向けたコメントの中で「サプライチェーンのボトルネックが解消され、石油など原材料の価格が下がったおかげでインフレは多少和らいだが、住居費の高騰のせいで公式インフレデータはしばらく相当な高止まりのままとなるだろう」と書いている。
アンドリーセンは、「フローは賃借人が自分の住むマンション株式を取得する機会を提供する」と書いているが、それが財政的にどう機能するかについては詳しく説明しておらず、その報道もまばらなようだ。金融業界のブレーンたちにもこの計画について尋ねてみたが、評価は芳しくない。
「賃借人が持分を手に入れたとしても、それはごくわずかでしょう。いずれ失うか、退去する時に売れたらいいな、ぐらいが関の山だと思いますよ」
と、調査会社ボンド・アングル(Bond Angle)のCEOであるクレジット・アナリストのビッキー・ブライアン(Vicki Bryan)は言い、こう続ける。
「つまり、賃借人が支配権を得ることはないということです。これは私の推測ですが、会社の売店で買い物をするようなものじゃないでしょうか」
確かにその通り。かつてないほどイノベーティブな会社の売店じゃないか。
そして問題は解決されないまま資金が溶ける
フローをめぐる今回のディールは、筆者が今まで見てきた中でも、シリコンバレーが「最も効率よく」お金を無駄にする例だと言える。
これではアメリカが実際に抱えている問題が解決されないだけでなく、その運営に当たるのが、まるで糖分の摂りすぎでハイになってプールに飛び込む6歳児さながらの調子でビジネスを拡大させる人物(つまりニューマン)だからだ。
しかし、他のシリコンバレーの投資家たちは、この驚くべき投資にスリルを感じているようにも見える。なにせこれは、a16zが資金調達ラウンドで切った唯一最大の小切手なのだから。技術系ライターのエリック・ニューカマー(Eric Newcomer)がa16zの競合投資家に対して「フローへの投資を検討したことがあるか」と尋ねたところ、一笑に付してこう答えたという。
「まさか。しかし、こんな狂気の沙汰を本当にやる会社がまだあると分かったのはよかったよ」
この10年ほどシリコンバレーには資金が溢れ返っていたのだが、消費者に届けられるイノベーションは進展を見せなかった。2000年代初頭に見られた「この世界の生産性を高めよう」という使命を帯びた溢れんばかりのエネルギーは、すさまじい欲望に取って代わられてしまった。
この世代の良心的な人々は、過去20年間に世界が直面してきた真の問題に目を向ける代わりに、どうすれば人類最速で自宅に1杯の卵スープを届けることができるかを考えてきた。しかし経済的にも地政学的にも不安定な現在、すべては無駄だったように感じられる。
この不安定な時代にあって、ニューマンは「世界を救う」というシリコンバレーの使命の偽善性を最も体現している人物だと言える。アンドリーセンはニューマンがウィーワークで行ったことを「成功」と呼ぶが、筆者は異議を唱えたい。
確かにニューマンはウィーワークを巨大化させ、ポップカルチャー現象にまで拡大させたが、彼はこの事業で1ドルも稼げなかった。すべて崩壊した後に彼が残したものは「仕事を失ってショックを受けた社員」と「困惑した投資家」だけだった。
ニューマンは、ビジネス界によくいる「計画的な男」を演じるのが実にうまい。彼はウォール街やシリコンバレーを華麗に騙し、巨額の資金を手にした。筆者も彼にシニカルな魅力があるのは理解できる気がする。しかし彼が、ウィーワークの大失敗によって生み出した数億ドルから「ビジネスで成功する方法」の教訓を得たと考えるのは妄想にすぎない。
アンドリーセンは同業者、そしておそらく自分自身にも不利益をもたらしている。シリコンバレーが言う「真の問題を解決したい」とか「あらゆる分野の真に優れた創業者をエンパワーしたい」という言葉には、「また口先だけか」と思ってしまう。社会にとって生産的で、投資家にとっても良いものを生み出すために使われるべき資金は、ブランディングのために浪費されることになりそうだ。
前出の、Yコンビネータにつながりのある創業者は言う。
「これでa16zはもう、重要なものに投資するふりはできなくなりました。彼らは仲間に投資するんだと分かったので。それはそれでかまわない。人は人ですから。僕らは別の道を行くまでです」
(編集・常盤亜由子)