店舗での対面診療サービス併設を進める米小売り大手ウォルマート(Walmart)が、アマゾンの対面プライマリ・ケア(初期診療)事業拡大に危機感を強めている。
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アマゾン(Amazon)が発表したワン・メディカル(One Mecical)巨額買収計画に「宿命のライバル」ウォルマート(Walmart)は焦っているだろうか。いまのところその様子はないが、ヘルスケア事業でアマゾンに勝ちたいのなら、もっと焦るべきだろう。
ウォルマートは2018年、全米4000カ所に医療クリニックを展開する野心的な計画を表明した。だが、その歩みはきわめて遅い。例えば、現在までにウォルマートの店舗に併設されたクリニック「ウォルマート・ヘルス(Walmart Health)」の数は、わずか24カ所に過ぎない。
一方、アマゾンは7月下旬、同社にとって過去3番目の規模となる39億ドル(約5300億円)の大型買収で、プライマリ・ケア(初期診療)事業を展開するワン・メディカルを傘下に収めると発表した。
これによって、全米に200以上あるクリニック、79万人の個人会員、8500社の法人会員が、アマゾンのヘルスケア事業に加わる。
Insiderが過去に報じた(2020年12月16日付)通り、アマゾンが独自のプライマリ・ケア事業「アマゾン・ケア(Amazon Care)」を静かにスタートさせたのは2020年のことだ。
モバイルアプリを使ってオンライン診療を受けられるこのサービスは当初、アマゾンの従業員向けの実証実験として始まった。
翌2021年には法人向けのサービスとして公式リリースし、会員の募集を始めた。企業がアマゾン・ケアの会員になれば、その従業員はオンライン診療を利用できるというものだが、契約企業数はそれほど増えていない。
そんなアマゾンにとって、ワン・メディカル買収は起死回生の一手と言える。アマゾン・ケアのオンライン診療とワン・メディカルの対面診療をうまく組み合わせれば、ヘルスケア事業を大きく拡大できる可能性がある。
もちろん、ライバルのウォルマートもその間ただ手をこまねいていたわけではない。
ヘルスケア事業を強化するため、遠隔診療サービスのMeMD(ミーエムディー)を買収するなど、いくつかのM&A(合併・買収)を行った。
2021年9月には、米電子カルテ最大手エピック(Epic)との提携も発表した。同社の電子カルテサービスは、全米2000以上の病院と約4万5000のクリニックで利用されている。
この提携により、ウォルマート・ヘルスの医師と患者は、エピックのポータルサイトから診療や処方せん、検査結果といった健康記録データに安全にアクセスできるようになった。
ウォルマートの広報担当はInsiderの取材に対して次のようにコメントした。
「当社はヘルスケア事業のアプローチおよび成長計画に自信を持っています。2022年は8つの(店舗併設型の)ウォルマート・ヘルスを開設予定です。
クリニックでの対面診療とオンライン診療、エピックの電子カルテサービスを統合することで、患者にハイブリッドな医療体験を提供していきます」
しかし、Insiderの取材に応じた複数の専門家たちは、対面診療のプライマリ・ケア市場でアマゾンと直接対峙することに、ウォルマートはもっと神経質になるべきだと指摘する。
アマゾンより優位に立つためにウォルマートが実行すべき戦略とはどんなものか。専門家への取材を通じて浮かび上がってきたのは、次の3つだ。
[戦略1]物理的拠点数の優位性を生かす
ウォルマートは全米に4700以上の店舗を展開している。同社がよく言及するように、アメリカの全世帯の90%はウォルマートの各店舗から10マイル(約16km)圏内に居住している。
それに対してアマゾンが展開する実店舗の数は、傘下の自然食品スーパー、ホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)を含めても600足らずだ。
この圧倒的な物理的拠点数の差が、ヘルスケア事業においてウォルマートに有利に働くだろうと専門家たちは見る。
ウォルマートの店舗には日々多くの客が買い物に訪れる。その集客力と拠点数を生かせば、アマゾンがワン・メディカルを買収したように、プライマリ・ケア・クリニックの運営企業を買収し、店舗とクリニックを統合していくことが可能だ。
米会計事務所マーカム(Marcum)でヘルスケア業界担当の責任者を務めるデイビッド・フレンドはこう語る。
「もし私がウォルマートのように数多くの店舗を持っている小売業の経営者だったら、ヘルスケア事業にも大きな魅力を感じるでしょう。広い敷地にはクリニックを併設する余地がいくらでもありますし、駐車場も備えています。そして、立地もいい。これは大きなアドバンテージです」
[戦略2]クリニックの開設をスピードアップする
2018年、ウォルマートの取締役会は2029年までに全米で4000カ所のクリニックを開設する計画を明らかにした。
しかし、前述の通り、計画の進捗は非常にゆっくりとしたものだ。いまのところ、ジョージア、アーカンソー、フロリア、イリノイの4州で24のクリニックを開設するにとどまっている。
コンサル世界大手カーニー(Kearney)のパートナーで、コンシューマー・ヘルスケア担当の責任者を務めるトッド・ヒューズビーは「もっと急ぐべきだ」と指摘した上で、こう続ける。
「ウォルマートの店舗は都市郊外や田舎にあり、そうした地域では医療サービスへのアクセスで都市部と格差があります。その改善は社会的課題です。
だからこそ、彼らが掲げた壮大な目標には大きな意義があり、目標達成にコミットすべきです。ウォルマートには、目標を達成する機会と能力があるのですから、いまこそそれを市場に示すときではないでしょうか」
[戦略3]データ活用の組織能力を高める
米調査会社フォレスター・リサーチ(Forrester Research)のリサーチディレクター、ナタリー・スキーベルは「ヘルスケア分野における今後の課題は、予防か治療かという問題に集約されていくでしょう」と分析する。
病気を予防することで、個人は健康寿命を延ばすことができ、国や自治体は社会保障費を減らすことができる。そのため、予防医療へのニーズはますます高まる。そして、予防医療にはデータの活用が欠かせない。
アマゾンのクラウド部門、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)は医療データをクラウドに格納し、変換・分析を行うサービス「ヘルスレイク(HealthLake)」をヘルスケア業界向けに提供しているし、世界に2億人以上とされる「アマゾン・プライム(Amazon Prime)」会員を抱えている。
スキーベルは、データ活用においてアマゾンの優位性は揺るぎないと見る。
「AWSはアマゾンが持つ大きな優位性の一つです。プライム会員の個人健康記録や医療機関のデータがAWSに蓄積されていけば、アマゾンにとって大きな強みとなり、ヘルスケア業界を破壊する力を秘めます。
いまはまだ絵に描いた餅に過ぎませんが、アマゾンがユニバーサル・ヘルス・レコード(非常に広範囲な健康記録)のデータベースをつくろうとしていることは事実です。そして、それができるとしたら、アマゾンをおいて他にありません」
エピックとの提携によって、ウォルマートは医師と患者に一元的な健康記録を提供できるようになった。だがそれは、小さな一歩に過ぎない。
ウォルマートがアマゾンに対抗し、ヘルスケア分野で大きな成功を収めるためには、「データの選別と集積の能力」を高めなければならないとスキーベルは強調する。
「(データ活用における)アマゾンとの戦いは、ウォルマートにとって苦しいものになるでしょう」(スキーベル)
(翻訳・情報補足:田原寛、編集:川村力)