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- ソーシャルメディアの魅力は同時に仮想通貨の投資家にとって大きな落とし穴であると専門家は指摘する。
- オンラインコミュニティと「FOMO(取り残されることへの恐れ)」によって、投資家は過大なリスクを負うことがあるという研究結果が出ている。
- その影響は象徴的な人物や有名CEOによって増幅され、彼らの発言が資産の価値やリスクに対する認識を歪めてしまうことがある。
仮想通貨(暗号資産)の個人投資家であるティファニー・フォン(Tiffany Fong)は、2022年に仮想通貨市場が大暴落した際の損失からほぼ立ち直ったものの、ちょっとした財産を失ったことを知ったときの気恥ずかしさからくる痛みは今も残っているという。彼女の資産は破綻した仮想通貨レンディングのセルシウス・ネットワーク(Celsius Network)の口座に凍結されており、ピーク時には20万ドルの価値があったが、その後、暴落した。
「私は仮想通貨を長年取り引きしてきたので恥ずかしい」とフォンはInsiderに話している。
「コールドストレージ型ウォレット(インターネットに接続していない仮想通貨ウォレット)ではなく、中央集権的なプラットフォームに資産の多くを投じたというのは、素人がやるようなことだった」
このような状況に陥ったのは彼女だけではない。ニューヨーク州南地区破産裁判所には、セルシウスの顧客からの手紙が数え切れないほど届いており、それにはアレックス・マシンスキー(Alex Mashinsky)CEOがセルシウスは他の投資よりも安全だと公言していたことに惑わされたと記されている。
「マシンスキーは、セルシウスが預金を預けるにも融資を受けるにも極めて安全な場所だとして売り込んだ。資産は安全に担保され、セルシウスは従来の銀行よりも安全でよいビジネスの場であると、彼は繰り返し述べていた」と、ある顧客の手紙に記されている。
ソーシャルメディアと仮想通貨のまさに大衆志向の性質によって、仮想通貨市場の魅力と危険性の両方が高められている。というのも、暗号資産関連企業はその人気と「コミュニティ意識」を利用して新規投資家を獲得するという面があるからだ。そのため、素人投資家は投資によって起こりうるリスクよりも、暗号通貨が社会的にどのような意味を持つのかということに関心を持つようになる。そうなると投資した企業が倒産すると、その打撃は彼らのアイデンティティに対する打撃のように感じられるのだ。
暗号通貨の「コミュニティ」
市場に精通していると自負する投資家でさえ、暗号通貨の社会的落とし穴につまずくことがある。フォンは、ソーシャルメディアのアカウントでセルシウスを支持するインフルエンサーによって惑わされたと感じているという。彼女の目には暗号プラットフォームの信頼性が高まったかのように写ったのだ。
「当初、私は(セルシウスに)少し懐疑的だった。本当にすばらしいものなのだろうか。もしかしたらそうなのかもしれないけれど…」とフォンは述べている。
「でも彼らは頭がいいし、自分たちが何をしているのか分かっており、何の問題も起きていない。それで私もやってみようと思った」
ライス大学で消費者心理を研究するマーケティングの教授、ウタパル・ドラキア(Uptal Dhlokia)の研究によると、Reddit(レディット)で人気のあるサブレディット「Wall Street Bets」のようなコミュニティの中で圧力を受けると、投資家は普段であれば手を出さないようなリスクの高いプロジェクトに投資することもあるという。
「このようなコミュニティは、まったく見ず知らずの人々の集まりだが、そこにはコミュニティ意識と帰属意識が形成される傾向にある」とドラキアはInsiderに語っている。
「そして物事がうまくいかなくても、この見知らぬ人々のコミュニティがサポートしてくれると信じるようになるのだ」
その信念の代償は大きい。セルシウスは現在47億ドル(約6500億円)の債務を抱えており、これには債権者だけでなく、同社が経営破綻した際に資産を凍結された顧客に対する負債も含まれている。裁判所に送られた手紙には、多くの顧客が何も取り戻せる見込みがないとあきらめ、かつて感じていたコミュニティ意識に対する嘆きが書かれている。
「私はこれまでずっと非常に保守的な投資家であり、セルシウスだけに投資してきた。アレックス・マシンスキーが毎週金曜日になると、セルシウスは安全であると繰り返し述べてきたからだ」と、ある顧客がセルシウスのコミュニティで開催された「CEOに何でも聞いてみよう(Ask-Me-Anything)」のセッションに言及して記している。
「私は恥ずかしく、悲しく、そして怒っている」
仮想通貨の取り引きは本質的に社会的圧力の影響を受けるものであり、中でも影響力が強いのは「FOMO(fear of missing out:取り残されることへの恐れ)」であると、2021年に発表された暗号トレーダーの心理的動機に関する論文で指摘されている。そして、仮想通貨はソーシャルメディアと同時に世に出たので、両者が絡み合うのは自然なことだ。
ソーシャルメディアは、投資家に投資するように促すことで、暗号通貨の価格に直接影響を与えることができると、この論文の筆頭著者であるポール・デルファブロ(Paul Delfabbro)はInsiderに語っている。その例として2021年に起きたミームストックブームを挙げた。
「フォロワーの多い若者たちは、次に流行るミームトークンを積極的にフォロワーに『売り込む』。するとその価格は数日間は放物線を描いて上昇するが、その後、暴落する」と彼は述べた。
ソーシャルメディア分析サイトLunarCrushのデータによると、ソーシャルメディア上でのビットコイン(BTC)に関する言及の回数は、その価格変動とほぼ完全に相関しており(下図)、同様の相関関係がイーサリアム(ETH)やVoyager Token(VGX)にも見られるという。
LunarCrush
ソーシャルメディア上での誘い文句やインフルエンサーによる宣伝は、仮想通貨を取り引きする多くの著名人や業界の象徴的人物によって増幅される。そして彼らの発言は人々が価値やリスクを認識する方法を歪めてしまうことがある。
セルシウスのマシンスキーCEOはYouTubeで週に1回、Q&Aイベントを開催し、同社の融資商品の安全性を常に訴えていた。一方、Terraを開発したドー・クォン(Do Kwon)は、Twitter上でミームや鋭いコメントに彩られた人物像を培ってきた。
暗号通貨業界のベテランで取引アプリ、Swan Bitcoinの最高責任者であるコーリー・クリプステン(Cory Klippsten)は、マシンスキーやクォンといった暗号企業のリーダーが、経営破綻前にちょっとしたセレブリティのような地位を得ていたことを批判している。
CEOや創業者を象徴的な人物として格上げしてしまうと、顧客は投資における潜在的なリスクが見えなくなる恐れがあるとクリプステンは指摘する。そのような人気や社会的地位というストーリーによって、自分の経済的利益から目をそらされることがあるのだ。
「Lunaの経済的動機は、ドー・クォンを美化することだった。その資産を持つすべての人が、彼をこれまで出会った中で最も賢く若い創業者だと主張するためだ」とクリプステンはInsiderに語っている。
「顧客が得たのは、マシンスキーに危険な兆候が見られたときに、セルシウスのコミュニティ全体が別の方向に目をそらす動機付けになるものだった。彼らは常に、自分たちが大量に所有しているものがすばらしいものだと信じるように仕向けられたのだ」
(翻訳:仲田文子、編集:Toshihiko Inoue)