銀行などの金融機関しか参加できなかった「全銀システム」に、PayPayなどの資金移動業者が参加できるようになる。
これ自体は、もともとここ数年来、関係者の間で議論が続けられていたもので、現時点で新しい情報があるわけではない。全銀システムが開放されることは既定路線だ。
これが実現することで、日常生活で何が変わり、何が便利になるのだろうか。
そもそも「全銀システムにつながる」とはどういうことか
全銀システムは、銀行や信用金庫などの口座間送金などの業務を支えてきた(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)が運営する「全国銀行データ通信システム」(全銀システム)は、日本のほぼ全ての金融機関が参加して、ネットワークで相互に接続するインフラだ。
銀行から銀行、銀行から信用金庫などに送金できるのは、この全銀システムが稼働しているからで、1973年4月の稼働開始以来、安定的に日本の金融市場を支えてきた。
2018年には「モアタイムシステム」が稼働したことで、24時間365日の送金、振込などが可能になっている。
全銀システムは、いわゆる内国為替取引※1を行う金融機関を対象にしたインフラで、接続しているのは銀行、信用金庫、信用組合などに限られ、これまではPayPayなどのキャッシュレスサービスの事業者=資金移動業者※2が参加できなかった。
※2 資金移動業者とは……銀行以外で為替取引を行う業者で、資金決済法に基づいて国への登録が必要。送金額の制限がない第1種、送金額100万円以下の第2種、同5万円以下の第3種の3種類があるが、現在はすべて第2種のみで登録されている。PayPay、d払い、au PAY、メルペイなどの決済サービスや海外送金サービスなどの事業者が登録されている。
「全銀ネット有識者会議」の資料(2022年1月17日開催分資料)
出典:全国銀行資金決済ネットワーク
しかし、資金移動業者による決済手段の拡大とキャッシュレス化の進展で、資金移動業者の全銀システムへの接続を認めるかという議論が始まり、全銀ネットは「次世代資金決済システムに関する検討タスクフォース」や同ワーキンググループを設置して関係者と議論してきた。
全銀システム自体はコストの高い仕組みだ。日本の為替取引の中核をなし、このシステムに障害が起きると、日本のすべての為替取引が停止するほどのインパクトがある。
全銀システムでは東京と大阪に複数の決済用コンピュータを設置して冗長構成を取っており、インフラの安定運用のためのコストは高い。
みずほ銀行やKDDIの例を引くまでもなく、インフラの障害に対する社会の目は厳しく、一定のコストは必要だろう。
接続する事業者の「負担」と「メリット」
そのシステム維持のためのコストは、参加する各金融機関が分担するなどして負担している。加えて個別の取引でも手数料が発生し、例えば2021年度はシステムコストとして為替取引1件あたり約9.2円と試算されている。
さらに、銀行間の取引に掛かる内国為替制度運営費※3は1件あたり62円。これに各金融機関の取引における手数料などが発生する。
単純に1回の取引ごとにこれらのコストが足し算されるわけではないが、数が多ければその分費用はかさむ。
とはいえ、国からの要請や公正取引委員会からのレポートもあって、新設された内国為替制度運営費では、銀行間取引の手数料が引き下げられており、資金移動業者のコストも低減している(ただし、資金移動業者によっては銀行との接続に別のネットワークサービスを使っている場合もあり、その契約次第で費用が変動するタイミングは異なるかもしれない)。
銀行からPayPayなどの決済サービスに入金する場合にもこうしたコスト負担は必要だ。これが低減されたことで、事業者の負担は順次下がっていくはずだ。
全銀システムに接続するには、日本銀行に当座預金を持つ必要がある。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
こうしたこともあって、発生する負担とメリットの兼ね合いを考えると、資金移動業者が全銀システムに接続したからといって大幅に効果があるとは考えづらい。
そもそも、全銀システムに接続するには、加入金の納付、経費の分担が必要で、日本銀行に当座預金を持つ必要がある(日銀による審査がある)。
金融庁などが継続的にモニタリングして安全性を確保していくことが求められるため、資金移動業者に多い新興企業には負担が大きいだろう。
とはいえ、全銀システムには間接接続の仕組みもある。これは信金がすでに行っている。信金中央金庫が全銀システムに直接接続して、個別の信金は信金中央金庫に接続。送金指示などを信金中央金庫が代行して全銀システムに接続する、という手法だ。
例えばPayPayなら、全銀システムに直接接続しているPayPay銀行があるため、PayPay自体が全銀システムに接続するのではなく、PayPay銀行経由で接続することができる。
直接接続よりもコスト負担は軽くなるが、ゼロになるわけではない。資金移動業者は、そういったコストとメリットを検討して接続を決めることになるだろう。
個人間の小口送金は実質「ことら」が担う
比較的少額な送金は「ことら」が担うだろう(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
いずれにしても、こうしたコストのかかる仕組みが全銀システムだ。利用者に対しては通常、手数料という形で請求される。「友人に借りたランチ代1000円を返す」という程度の理由で使うにはちょっとコスト高な仕組みだ。
そこでタスクフォースの中で検討されたのが、少額で頻繁に行われる取引(多頻度小口決済)には別のシステムを運用するという流れで、これが2022年10月に株式会社ことらが開始する「ことら送金」だ。
ことら送金。
撮影:小林優多郎
ことらは、みずほ銀行、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、りそな銀行、埼玉りそな銀行のメガバンク5行が構築する決済インフラで、既存のデビットカードサービス「J-Debit」の仕組みを流用している。
J-Debitは1000行以上の金融機関が接続する決済インフラで、ことらが用意するAPIに接続すれば、資金移動業者でもJ-Debit加盟銀行などに送金できるようになる。
コストは現時点で明らかにされていないが、ことらの川越洋社長は「決済事業者が自社の優良顧客には月数回の無料送金を提供する」というサービスが成り立つ程度には、事業者側に求める手数料が安価になるという。
ことら送金は資金移動業者同士(例えば、PayPayとd払い)や、資金移動業者と銀行同士(例えば、PayPayと三井住友銀行)の間の「個人間送金」をターゲットにしている。
ことらに関する資料。
出典:全国銀行資金決済ネットワーク
ことら自体は、やや銀行側が前のめりで資金移動業者側の反応が鈍いという業界の声は複数聞こえてくるが、一般的にこうした個人間送金は資金移動業者にとって潜在ニーズが高い。
自社の決済アプリ内でことらにAPI接続して、アプリのUIやUXを損なわない形でサービスが提供できるようなら、ことらは十分利用が進む可能性はあるだろう。
ことら送金の仕組みを実現するために、全銀システムとことらは連携する形になっており、すでに接続試験も実施済み。
つまり、資金移動業者が全銀システムに接続できるようになるといっても、「個人間送金ではことらを用いる前提」。全銀システムの利用は想定されていないということになる。
全銀システム接続で「海外送金」「高額送金」が変わるか
お金のやり取りがどのように変わるのか(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
では、どういった用途が想定されているのか。
個人間送金ではなく、海外送金は1つのニーズがありそうだ。
規模の大きい金額を海外に送金する場合、全銀システムに直接接続してコストを抑える事業者はありえるだろう。規模が大きくなるほど直接接続のメリットはありえる。
デジタル給与払いへの用途も考えられる。ことらは10万円以下の個人間送金を対象にしており、法人から個人に、数十万円を送金するデジタル給与払いでは使えない。
ただ、給与・賞与は内国為替制度運営費が無料となるが、現時点でデジタル給与払いの扱いが定まっていないため、全銀システムでどのように扱われるかは決まっていない。
仮に給与として認められる場合には、より安価に企業の口座から全銀システムに接続した決済サービスに入金することが可能になる。
法人側にとっては、手数料が安価な決済事業者を使って給与を支払えば手数料の削減ができる。
ユーザーにとっても、決済サービスに振り込まれればそのまますぐに支払いに使えたり、安価な手数料で送金したりといったメリットが生まれる可能性はある。ただ、これは法改正が必要なため、今すぐに実現される話ではない。
もっとも、多額の資金を扱う場合、上限100万円の第2種資金移動業者では難しい。制限のない第1種になると、今度は滞留規制によって残高を保持(滞留)させることが難しくなるため、即座に別に送金する必要がある。
この場合は、法人間の送金や富裕層向けサービスの構築もありえる。証券、銀行と連携して決済アプリのUIで証券口座への多額の資金移動なども可能だろう。その点では全銀システムへの接続はありえるかもしれない。
多額の資金を移動する場合、振り込まれた事業者の破綻という懸念がある。そうした懸念に直接応えるわけではないが、全銀システムに直接接続する場合、日銀の審査があるため、事業や経営の体制には一定の評価が下される。
加えて全銀システムの仕組みでは、A銀行口座から100万円をB銀行口座に送金する場合、日銀上のB銀行当座預金からB銀行口座に即時振り込まれるが、実際にA銀行からB銀行への資金移動はその日の夕方に一括して行われる。
そのため、あくまで理論的にはだが、朝の送金指示後、A銀行が破綻した場合、A銀行からB銀行への送金が行われないという可能性もある。
決済の安定性を脅かさないように、あらかじめ日銀には送金する金額相当分の担保を収める必要がある。逆に言えば、それだけの担保を出せる企業ということで、デジタル給与払いでも破綻の危険性が少ない、という判断はできそうだ(保証ではない)。
資金移動業者への全銀システム開放における金融庁のモニタリングも、こうした健全性を維持するためのものだ。
こうした仕組みは安心感にはつながるが、筆者としては、そのために事業者側が無理なコスト負担をする必要性はあまり感じない。このあたりは事業者側の判断ではある。また、新興企業にとっては難しい仕組みなので、効果を感じる事業者は多くはなさそうだ。
決済事業者にとっては加盟店売り上げの入出金におけるコスト削減も期待できる。とはいえ、すでに内国為替制度運営費によってコストは下がっている。
PayPayの例では、加盟店への入金が、翌日振込でPayPay銀行なら手数料が安価になるという「早期振込サービス(都度)」も提供しているが、これは経済圏への囲い込みという戦略の一環もあるだろう。
他の金融機関への手数料を削減するために全銀システムへ直接(間接)接続するのも、それだけが理由だとややコストが重いと考えられる。
逆にことらがあるので、売上をPayPayマネーとしてPayPayに入金し、店舗側が好きなときにことらで自身の口座に送金する、という使い方はありえる。PayPay銀行を経由せずに毎日の売上入金も可能になるかもしれない。
少額資金を銀行口座から定期的に自動的に引き出して振込をするサービスを提供する、というパターンはありえるが、口振を使う場合に比べたコスト負担の差が問題となる。
コスト高の全銀システムがどこまで有効に機能するかは難しいところだ。
全銀システムへの接続が始まるのは2023年終盤か
現実問題として、「全銀システム開放」はまだ先の話だ。
現行の議論がまとまり、全銀ネットが業務方法書を改定して金融庁が認可すれば、資金移動業者の全銀システム接続の道筋が整う。これは早ければ2022年秋というスケジュール感だろう。
それですぐに接続できるわけではなく、他にも改定が必要な規則などもある。直接接続する場合は日銀へ当座預金開設のための申請と審査があり、さらに全銀システムの中継コンピュータ(RC)に接続するためのインフラ構築が必要だ。
もろもろの準備をクリアするために、業界では「1年以上かかるのでは」という声もある。そのため、実際に事業者の接続が開始されるのは2023年終盤以降になる見込み。間接接続ならばもう少し早い段階で接続される可能性はある。
現状はRC接続を使う全銀システムだが、APIゲートウェイ接続に向けての議論も行われている。API接続になれば、全銀システムへの接続がより簡単になるという方向性だが、これはまだ議論途中の話で、直近の全銀システム開放とは別に進められている議論だ。
RC接続の負担を考えると、資金移動業者はこのAPI接続の実現を待って接続を検討する、という選択もありえるだろう。
ただし、API接続は暫定的に2024年1月のスタートとなっており、現時点での銀行側の参加希望が0行というアンケート調査もある。
多くの銀行は2028年の第8次全銀システム稼働予定を待って、API接続することを想定している模様で、それまではAPIではなくRC接続を前提としたシステム構築をする必要がある。
2028年まで待つと全銀システムを利用したサービスの提供時期が遅くなってしまうが、RC接続ではコストに見合わないと考える資金移動業者も出てくるだろう。
当面は全銀システムに接続しない従来の枠組みで新サービスなどを提供し、API接続が現実的な段階になってから、改めて全銀システムへの接続を検討する事業者が現れるのが、現実的な方向性にも見える。