メディアはなぜ中国「武力行使」の可能性を「武力統一」と誤読するのか。最新「台湾白書」の中身は…

okada_taiwan_whitepaper_top

7月28日にオンラインで行われた米中首脳会談の様子を報じる中国のニュース番組。

REUTERS/Tyrone Siu

中国が台湾への武力行使を「最後の選択」と位置づけ、武力行使を準備する目的を「平和統一推進のため」とし、武力統一を事実上否定する「台湾白書」を発表した。

「台湾有事」を警戒する声が止まらないなか、あくまで「一国二制度」による平和統一を追求する意欲を表明した形だ。

中国からの武力威嚇(いかく)を受ける台湾では、軍事力による抑止ばかりではなく、中国に「安心供与」して、攻撃の意図を減衰させるべきという提言も出ている。

米中対立を踏まえた新たな「ガイドライン」

中国政府が8月10日に発表した白書のタイトルは「台湾問題と新時代中国の統一事業」。

中台間の経済交流が進展した1993年に出た「第一白書」、2000年の台湾総統選挙直前に発表された「第二白書」に続く「第三白書」になる。

中国はアメリカのペロシ下院議長の台湾訪問(8月2〜3日)への対抗措置として、台湾本島を包囲するように対象空海域を設定し、弾道ミサイルの発射を伴う大規模な軍事演習(8月4〜7日)を実施しており、それと今回発表した白書はセットになっている。

台湾白書は、台湾問題が米中対立の核心に浮上した新たな現状において、「一つの中国」の原則をあらためて主張し、平和統一路線を追求する意思を強調する、今後5~10年の習近平時代の台湾政策「ガイドライン」だ。

従来の白書と異なる新たな特徴は、(1)台湾統一後に「軍隊や行政官を派遣しない」という記述がなくなった(2)アメリカを初めて「台湾独立勢力」と並ぶ「主要矛盾」とした(3)台湾の与党・民主進歩党(民進党)政権を、頑迷な台湾独立派とし「排除の対象」と初めて規定した、などだ。

このうち(1)については、香港問題を踏まえ、国家安全、国防、外交は「中央政府の専管事項」という基本姿勢に回帰したことを意味する。台湾側から見ると、「一国二制度」の意味が大きく後退したことになる。

「武力統一」と「武力行使」は異なる

では、「武力行使」について、新たな白書はどのような方針を示しているのだろう。

過去の白書同様、武力行使は否定していない。中国はアメリカと国交正常化した1979年、建国以来の方針だった「武力統一」路線を止めて「平和統一」方針に転換した。

しかし、当時最高指導者だった鄧小平氏を含め、中国のリーダーたちは武力行使の可能性までは否定していない。鄧氏はその理由として、否定すれば「台湾独立勢力を勢いづかせる」と1978年来日した際に述べている。

今回の白書で、武力行使について目新しい表現と言えるのは、「外部干渉勢力と台独による重大な事変に備えて、非平和方式(筆者注:武力行使)の措置を準備するが、その目的は平和統一の将来を維持し、平和統一のプロセスを推進するため」とした部分だ。

同時に、武力行使を「やむを得ない状況で行われる最後の選択」と初めて位置づけた

武力行使と聞くと、武力による台湾統一が目的と受けとられるかもしれないが、白書は武力行使準備の目的を「平和統一のプロセスを推進するため」「平和統一の手段」と明記する。武力「行使」と武力「統一」は同義ではないのだ。

白書は「武力統一」についてはまったく触れていない。「平和統一」が正式な台湾政策である以上当然なのだが、武力統一という選択肢はないことを言外に示している。

okada_taiwan_whitepaper_drills

台湾を包囲するように対象空海域を設定して実施された大規模軍事演習の状況を報じる中国国営中央電視台(CCTV)のニュース番組。

REUTERS/Thomas Peter

日本の大手メディアの「混同」

日本の大手メディアは中国の大規模軍事演習と「武力行使」の関係についてどう報じただろう。

例えば、NHK(8月8日早朝)は、孟祥青・中国国防大学教授の「台湾を早期に統一するための条件をつくり出し、中国に有利な戦略的状況を形成した」との解説を引用。「武力による統一を決めた場合の動き方を検証したことを(孟教授が)示唆した」と伝えた。

平たく言えば、「武力統一の予行演習」と見なすのである。

注意したいのは、孟教授の「(軍事演習は)台湾を早期に統一するための条件を作り出し」との発言について、NHKは「早期統一」を「武力による統一」と読み違えていること。

繰り返しになるが、「武力行使」と「武力統一」は重なる部分はあっても同義ではない。その点を混同した報道は実に多い。

中国が「武力統一」を否定する理由

では、中国が「武力統一」を否定するのはなぜなのか。

習氏は2019年1月、5項目の台湾政策(習五点)を発表。2049年の「建国100年」に向けて、台湾統一を「世界一流の社会主義強国実現」「中華民族の復興」という最優先目標(大局)の達成に関わる課題と位置づけている。

武力統一を否定する第1の理由は、台湾統一は中国の発展目標が実現する2049年までに達成すべき目標であり、決して急いでいるわけではないということだ。今回の第三白書は平和統一を強調しているものの、統一を急ぐことを示唆した記述はない

第2の理由は、アメリカとの戦力差だ。今回の大規模軍事演習を通じて、中国軍の能力の飛躍的向上が確認された。とは言え、米軍との総合戦力差は依然として大きく、米軍との衝突を覚悟して台湾に武力行使する可能性は低い。

第3の理由として、台湾人の大半が統一を望まない現状で武力統一に動けば、台湾が戦場と化すことが挙げられる。台湾の武力制圧に成功したとしても、長期にわたって台湾人の抵抗に遭う可能性があり、それでは統一の意義や果実はなくなる。

軍事演習直後の台湾世論調査(8月8〜9日)によると、台湾人の50%が「独立」を支持し、「現状維持」を支持する割合は25.7%にとどまる。こうした状況での武力統一は、「下策中の下策」なのだ。

中国側識者の見方も紹介しておこう。

比較的穏健な台湾政策で知られる中国・上海東亜研究所の包承柯・副所長は、武力行使を「平和的統一のプロセスを推進するため」とした理由について、武力行使の推進を意味するのではなく、平和統一の「定義と方式を広範化した」と解釈している。

対中関係改善のモチベーション低い日本

日本に目を向けると、岸田文雄首相は「ウクライナは明日の東アジア」(5月5日、訪問先のイギリスで)と台湾有事の危機感をあおり、日米同盟の「統合抑止」と「対応力」強化のため、軍事費の増額など軍事力強化に精力を集中してきた。

ペロシ米下院議長との対面会談を「休暇中のため」との理由で避けた韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領とは対照的に、岸田氏は同議長を朝食会に招き、中国の大規模軍事演習に「即刻中止を求めた」などと批判した

この間、2022年9月末に国交正常化50周年という節目を迎える対中外交は手つかずのままだった。

秋葉剛男・国家安全保障局長は8月17日、中国・天津で楊潔篪・中国共産党中央政治局委員と7時間にわたって会談したが、この訪問は中国側の招きに応じたもので、日本のイニシアチブで行われたものではない。

安倍晋三元首相の銃撃死によって、党内右派を抑える「突っ張り棒」を失った岸田氏にとって、反中翼賛的な世論を背景にしたいわゆる「右バネ」を押し返し、日中関係の改善に動き出すモチベーションはきわめて低い。

中国に「安心供与」との提言も

中国の軍事威嚇にさらされる台湾では、台湾海軍で艦長を務めた張競・中華戦略研究学会研究員が、中国の白書発表を受け、米中間で「第4の」共同コミュニケ(声明)を発表して、北京に「安心供与」してはとの提言を台湾紙の聯合報(8月12日付)で明らかにした。

バイデン政権下の米中首脳協議で合意した「新冷戦を求めない」「台湾独立を支持しない」など「四不一無意」(4つのノー、1つの意図せず)を共同コミュニケの柱にする内容で、アメリカが「一つの中国」の空洞化を狙っているという中国の疑念を払拭して「安心」を供与する内容だ。

安全保障と緊張緩和のためには、軍事力による抑止だけでは不十分だ。

重要なポイントは軍事「能力」だけでなく、互いの「意図」にある。信頼関係が失われた状況にあっては、仮想敵に対する安心供与を通じて、攻撃の意図と脅威を減衰させなければならない。

張氏自身、この提言が実現する可能性は低いことを認めている。それでも、渦中に置かれた台湾から、日本も見習うべき提言が出てきたことを、筆者としては高く評価したい。

(文・岡田充


岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

あわせて読みたい

Popular