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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
組織のナンバー1を支える重要人物、それが「ナンバー2」です。どんな人物がナンバー2に向いているかは組織によりけりですが、「これができるナンバー2が理想的」と入山先生が断言するのは、どんな能力を備えた人物でしょうか?
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ナンバー2は「イエスマン」が向いている?
こんにちは、入山章栄です。
今回はBusiness Insider Japan編集部の小倉宏弥さんの抱える「モヤモヤ」について、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。
BIJ編集部・小倉
先日、ある経営コンサルタントの方が、「組織のナンバー2に向いているのはイエスマンだ」と言い切っていました。
でも本当にそうでしょうか。社長の言うことになんでもイエスと言うだけでは、トップが何か間違ったことをしても止められないし、次の後継者を見つけるのも難しい。むしろ二番手もトップと同じくらいのビジョンを持って会社を見る必要があるのではないか。
実績のあるコンサルの方がそう言うということは何か根拠があってのことかもしれないと思うと、なんだかモヤモヤしてしまいます。入山先生はどうお考えになりますか?
「CEOとCOOの最適なコンビネーション」はよく経営学の研究対象になりますが、残念ながら僕はその方面にあまり詳しくありません。ですので今回は経営理論というよりも、僕の個人的な経験値に基づいてお話ししますね。
結論から言うと、「ナンバー2に向いているのはこんな人」というように一概には言えない、というのが僕の考えです。「二番手」とか「ナンバー2」といっても実にさまざまですからね。
そもそもナンバー2がいる組織もあれば、いない会社もある。ナンバー2が3~4人いる会社もあるでしょう。どういうナンバー2がいいのか、むしろナンバー2なんかいないほうがいいのか……。こういったことは、会社の状況と、何よりもナンバー1の個性によって全然違ってくると思います。
そのコンサルタントの方が、「ナンバー2はイエスマンがいい」と言ったのは、おそらくそれでうまくいっている会社を多く見てきたからでしょう。それを否定するつもりはありませんが、一つの側面でしかないと思います。
僕が社外取締役として見ている組織は、ナンバー2がいなくてもうまく回っているところも多い。そこはナンバー1がものすごくできた経営者で、心理的安全性が高く、次の経営者候補を着実に育てています。でも今のところは誰がナンバー2ということもない。
やはり実質的には現社長が中心となる組織で、そこへ僕のような社外取締役も含めた人たちが、かなり深くコミットしています。
BIJ編集部・小倉
心理的安全性が高いということは、社長だけに権力が集中したトップダウンの会社というわけでもないんですか?
そうですね、最後の意思決定は社長がするけれど、かなり権限委譲もしています。いわゆるカリスマ経営者のようなマイクロマネジメントをする究極のトップダウンではありませんね。
イエスマンのナンバー2しか置けない会社とは
逆にナンバー2がイエスマンになりがちなのは、ナンバー1が強すぎる会社です。そういう会社はナンバー2と呼べるほど権限を持つ人を置けないし、ナンバー2を置くとしたら完全なイエスマンしか置けない。
なぜならそういう極端に強いタイプのナンバー1は、そもそも自分がずば抜けて優秀なので、自分の後継者候補やナンバー2が自分の目からあまり優秀に見えないのです。他方で、ナンバー2がとても優秀だと分かると、今度は逆に自分の地位が脅かされるようで怖くなってしまうのです。
結果、喧嘩になったりして、やがてナンバー2が離れてしまう。だから日本でもカリスマ経営者が長期経営している企業は、いまだに後継者を見つけられないことも多い、というのが僕の理解です。誤解を恐れずに言えば、日本電産やソフトバンクにはそういう側面があるのかもしれません。
例えばちょっと極端な例ですが、イーロン・マスクのような強烈な個性を持った人が日本のカリスマが経営している会社のナンバー2としてやってきたら、おそらくそのカリスマ経営者と衝突しますよね。だからそういう組織では、基本的にはイエスマンしかナンバー2になりにくい。
ただしこういう組織はそのカリスマであるナンバー1がとても優秀なので、その人がトップを務めて現役でやっている間は安泰です。その代わりナンバー1がいなくなった瞬間、相当きついことになると思います。
「ちゃんと後継者を育てろ」という圧がかかるアメリカ
BIJ編集部・小倉
優秀なナンバー2を育てられないのは、企業を永続的に続けるという意味ではよくないですね。
そうです。そこで重要になってくるのが、コーポレートガバナンスなんですよ。
例えば、アップルはスティーブ・ジョブズからティム・クックへと、トップが比較的うまく交代しました。
クックの評価は現代でも未知数ですし、本当の意味でアップルの競争力が上がっているかどうかは分からないところもありますが、少なくともクックはアップルの時価総額を3~4倍にした。素晴らしい成果です。アマゾンもジェフ・ベゾスからアンディ・ジャシーへと、スムーズに交代しました。
もちろんアメリカ企業にだって、後継者候補をめぐるお家騒動は実は裏側ではよくあります。スターバックスのように、一度引退した創業者が社長に戻ることも珍しくない。
でもおしなべて日本企業に比べると、どの上場企業も、非常に早い段階から後継者選びに取り組んでいます。なぜなら社外取締役を中心とした人たちが現社長に対して、
「今のうちから一緒にあなたの後継者候補を考えておきましょう」
「候補者のリストをつくってランキングをつけておきましょう」
という圧力を常にかけているから。そしてこういう企業は、本当に経営者がパフォーマンスを挙げられなければその人を解任し、後継者候補だった人をトップに据えているのです。
傍目にはスムーズに政権交代が起きているように見えています。ただ、メディアではそのように綺麗に政権交代が起こっているように見えている場合でも、実態では社外取締役を中心に現経営者をクビにする、ということをやっているのです。
ナンバー1の感情をマネジメントできるナンバー2が理想
BIJ編集部・常盤
ところで、正しいナンバー2のあり方とはどういうものでしょうか。
これも難しい質問ですね。繰り返しですが、ナンバー2のあり方はいろいろな条件によるので、何が正解というのはありません。
ただ、私が言えるのは、ナンバー1に重ねて直言できないナンバー2、すなわちただのイエスマンはあまり健全ではないと思う一方で、何でもかんでもナンバー1にただビシバシ直言するだけのナンバー2も効果的でないと理解しています。
そこで鍵になるのが、経営学でいう「エモーショナル・マネジメント」ですね。すなわち、これはナンバー2に限ったことではないけれど、経営に重要なのは時に「論理以上に感情のマネジメントができること」ということです。
実は、このことを僕に教えてくださったのは、あの冨山和彦さん(経営共創基盤〔IGPI〕グループ会長)です。ご存知のように、冨山さんはものすごいハードシングスを乗り越えて結果を出してきた方です。
僕は以前冨山さんと話をさせてもらったとき、こんな質問をしました。
「冨山さんは社長に何か直言しなければいけなくなったら、どういう感じで言うんですか? いつもメディアで話すときみたいに、歯に衣着せず、ズバッと本質を切り取って言うんですか?」
すると冨山さんは笑いながら、「そんなこと言うわけないじゃない」。実は、ケースバイケースなのでしょうが、意外とソフトな言い方をすることもあるらしいのです。
この言葉を僕なりに解釈すると、「人間は感情の生き物なので、論理的に正しいことだけをそのまま主張してもしょうがない。それより相手の感情のコントロールが重要」ということかと思いました。
トップにはトップとしてのプライドもある。それなのに取締役会など他の人もいる面前で、正当な論理だけで追い詰めてしまっては、それがどんなに正論でも冷静に受け止められない人が大半でしょう。
だから「実は本質を突いているけれど、言われたほうは傷つかない言い方」を慎重に選ぶ必要がある、ということなのだと思います。
例えば表面上はイエスと言ってナンバー1の感情をなだめつつ、「でもこんな方法もありますよね」と別の選択肢を示したり、自分の口からではなく社長のお気に入りの口から言わせたりと、自分を殺しながらもエモーショナル・マネジメントができるナンバー2が理想なのではないでしょうか。
BIJ編集部・常盤
これは相当、人間力が高くないと務まりませんね……。
いずれにせよ「イエスマンのナンバー2」というとネガティブに聞こえますが、実際にうまくやっている有能なイエスマンというのは、多分トップにお追従を言うだけじゃないんですよね。
「このままトップに直言すると絶対に気分を害するだろうけれど、これだけはどうしても言っておかなければいけない」ということを、トップの耳に入れるのがうまい人だと言えるかもしれません。トップと現場の間に入ってうまく調整しながら、誰のやる気も削がずに事態を丸く収める。それができる人はなかなか希少人材だと思います。
小倉さんが冒頭で紹介した、コンサルタントの方がおっしゃる「ナンバー2はイエスマンであるべき」という説がそのような意味なら、しっくり来ますね。
BIJ編集部・小倉
それにしても、「耳が痛いことでも何でも、率直に言ってくれ」というトップってなかなかいませんね。僕だったら下から何か言われたら、嬉しいと思うんですけど。いつの間にか裸の王様になっているなんて絶対にイヤですから。でも言われ慣れていないと、カチンと来てしまうのかもしれません。
「思ったことを何でも言ってくれ」と言う人に限って、本当に何でも言うと、実は怒ったりするものですよね(笑)。やはり人間は認知と感情の動物なので、認知的には理解できても、感情的に受け入れられないこともある。
やはり大事なのは、感情のマネジメントなのです。
BIJ編集部・小倉
イエスマンを目指すキャリアもありですね。
BIJ編集部・常盤
最強のイエスマンを目指す小倉くん、楽しみにしています(笑)。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、音声編集:小林優多郎、編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。