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バイデン米大統領は先ごろ、気候変動対策のための法案に署名した。この法案はアメリカ国民に電気自動車(EV)を普及させることを目的としたものだが、リビアン(Rivian)、ルーシッド・モータース(Lucid Motors)、フィスカー(Fisker)といった新興のEVメーカーは、同法案が短期的には利益をもたらしても、長期的には打撃となるのではと危惧している。
現在、米連邦議会で審議中の「インフレ抑制法案」ではEVの価格設定や原料調達に関する新たな要件が定められており、それを満たさなければ製品は7500ドル(約100万円、1ドル=136円換算)の税額控除の適用を受けられない。
新興メーカーには不利な要件
法案が可決された場合、税額控除の対象となるのは価格が5万5000ドル(約750万円)以下のセダン、および8万ドル(約1000万円)以下のトラックやSUVだ。さらに、北米で製造されたEVでなければならず、バッテリー部品も北米製でなければならないほか、リチウムやニッケルなどのバッテリー原料をアメリカ国内あるいはアメリカと貿易協定を結んでいる国から調達していることも要件となっている。
米国自動車イノベーション協会(AAI:Alliance for Automotive Innovation)によると、これら新要件により、現在アメリカ市場で流通しているEV、ハイブリッド自動車、水素自動車の約70%が税額控除の対象外となる。
自動車メーカーは新旧を問わず、要件が厳しすぎると声を上げている。原料の調達先を国内に切り替えると車の価格を要件の枠内に収めるのがさらに困難になるのが特に問題だという。
新興EVメーカーは既存の自動車メーカーとの競争を望んでいるものの、いくつかの点で不利な立場に置かれている。そんな新興企業にとって、この法案はとりわけ憂慮すべきものだ。
短期的なメリット
短期的にはこの法案により、新興EVメーカーの受注は増えるかもしれない。新しい規定の適用が始まる前に、予約していた車を実際に注文してしまおうというインセンティブが消費者に働くからだ。
新興企業はこの機会を活用すべく動きだしている。アマゾンが出資するリビアン、それにフィスカーは、予約客に対して注文手続きを始めるよう大々的に呼びかけている。ルーシッドは「現行のインセンティブを受けられるよう予約客に今すぐ注文を確定するよう促す機会を探っている」としている。
長期的な打撃
だが新法の施行後は、新興メーカーは困難に直面する可能性がある。
これらの新興企業は株価の下落、製造やサプライチェーンの混乱、経営上のミスが相まってただでさえ苦境にある。最大の問題は、そんな新興企業が政府による大盤振る舞い、つまり製品を7500ドル安く売るチャンスを逃してしまいそうだということだ。
一方、彼らと競合する既存メーカーは、法案の要件を満たすとともに、すでに割安な製品を消費者にとってさらに魅力的なものにするのに有利な立場にある。
リビアンはイリノイ州ノーマルでEVを製造しており、ジョージア州への進出を計画している。ルーシッドは現在アリゾナ州カサグランデを製造拠点としている。税額控除の対象を国産車に限るという新法の規定からすると、これは両社にとって有利な点だ。
だが、リビアンの電気ピックアップトラック「R1T」の価格は最も安くて7万9000ドル(約1000万円)で、SUVのR1Sは8万4000ドル(約1150万円)からだ。ルーシッドの電気高級セダンの最廉価グレードであるエアピュア(Air Pure)の価格は最安値で8万7400ドル(約1200万円)だ。ちなみに両社とも、部品や原材料の供給上の問題を理由にここ数カ月で値上げを実施した。
フィスカーのEVは3万7499ドル(約510万円)だが、生産は同社の製造パートナーのマグナ(Magna)によりオーストリアで行われる予定で、法案が可決されても税額控除の対象とはならない。
新興EVメーカーは長期的なコスト削減のカギとなる製造規模の拡大に努めてきた。しかし、原料調達に関しては問題のすべてがメーカー側の責任とは言えない。中国がEVバッテリーに必要な原料の多くを長年にわたってほぼ独占してきたという経緯がある。さらに、既存メーカーがサプライヤーとの長年の結びつきから原料を比較的容易に入手できるのに対し、新興メーカーは原料の確保に苦労してきた。
全ての新興メーカーが法案によって脅威に晒されるわけではない。オクラホマ州プライアーでのEV生産を計画しているカヌー(Canoo)は法案に大賛成だ。トニー・アクィラ(Tony Aquila)CEOは第2四半期決算の発表の際、投資家に対し「『インフレ抑制法案』が前進していることも非常にうれしく思う」とし、「これも当社の戦略とアプローチの正しさを示す出来事だ」と述べている。
(編集・常盤亜由子)