ナビタスの共同創業者、ジーン・シェリダン(左)とダン・キンザー。
Navitas
シリコン製の半導体チップは、スマートフォンやノートパソコンをはじめとする電子機器に広く使われている。だが最近では、より環境に優しいチップが台頭しつつある。
窒化ガリウム(GaN)は窒素にアルミニウム製錬の副生成物として得られるガリウムを結合させた化合物だ。コーネル大学の電気・コンピューター工学でGaNチップを研究しているフイリ・グレース・シン(Huili Grace Xing)教授によれば、このチップはシリコンチップよりもはるかに小型でありながら、同じ電力量でシリコンを上回る性能を発揮するという。
そんなGaNチップに、企業が相次いで参入の意向を示している。この技術で世界の半導体業界に切り込もうとしている一社が、米カリフォルニア州に本社を置くスタートアップ企業のナビタス(Navitas)だ。2014年に設立されたナビタスは、2021年に上場するまでに3億ドル(約410億円、1ドル=136円換算)以上を調達している。
2030年には3.5兆円市場に
同社の共同創業者兼CEOのジーン・シェリダン(Gene Sheridan)は長年シリコンチップに携わってきたが、「数十億ドル規模の市場への成長が見込める新技術」(シェリダン)の活用を目指してナビタスを創業した。だが、認知度の低さと品質管理の問題から、電子機器メーカーにシリコンチップをGaNチップに置き換えるよう説得するのにこれまで非常に苦労してきたという。
ナビタスはこれまでに自社が設計したGaNチップ5000万個以上の製造・出荷を、台湾の半導体大手TSMC(台湾積体電路製造)に委託したとしている。現在、ナビタスのGaNチップのほとんどは、サムスン(Samsung)やLG、レノボ(Lenovo)、デル(Dell)といった企業が製造する携帯電話やノートパソコンの充電器に搭載されている。
しかしシェリダンによれば、ナビタスはGaNチップを、サービスの中断や数十万ドルの損失につながるデータサーバーの大規模障害を防ぐための一番の選択肢にしたいと考えているという。GaNチップはシリコンチップよりもエネルギー消費量が少ないことから、データセンターがこのチップをインフラの冷却に採用すれば二酸化炭素(CO2)排出量を削減できるかもしれない。
「我が社は、再生可能エネルギーへの移行を世界的に加速させることができると考えています」(シェリダン)
シェリダンと共同創業者のダン・キンザー(Dan Kinzer)は、数十年の研究開発期間をかけてGaNチップを設計できるようになった。ナビタスは今や150以上の特許を取得しているという。インフィニオン(Infineon)、テキサス・インスツルメンツ(Texas Instruments)、エヌビディア(Nvidia)といった競合他社製のGaNチップに対するナビタス製チップの強みは、その集積回路(IC)にあるとシェリダンは言う。
テック企業はCO2排出量を削減する新しい方法を模索しており、GaNチップの市場規模は現在の50億ドル(約6800億円)から2030年には260億ドル(約3兆5300億円)まで成長すると見られている(P&Sインテリジェンス予測)。
だがシェリダンは、GaNチップは品質にばらつきが出やすいうえ、サプライチェーン問題もあり、またGaNチップ技術に関する認知度の低さへの対処も課題だと語る。この難題に、ナビタスは製品について繰り返しアピールするとともに、顧客への啓発活動を行うことで取り組んできた。
ネックは知名度の低さ
GaNはエレクトロニクス業界に革命を起こす力があると専門家は言うものの、このGaNという化合物自体は新しいものではない。
日米の大学の研究者がGaNの研究を始めたのは1990年代のこと。1993年に中村修二、天野浩、赤﨑勇の3氏がGaNを用いて青色LEDを発明、照明業界を一変させるとともにGaNの商業化に勢いをつけた。
とはいえ、当時のGaNの品質はばらつきが大きく、電子機器メーカーは利用に及び腰だった。そこでナビタスはこのチップの完成度を上げることに挑んだのだが、設計者や技術者は苦労の連続だった。
GaNチップは複数の異なる素材で構成されているため、電流がうまく流れないことがある。電圧が低すぎるとチップはオンにならない。だが、電圧が高すぎると、今度はヒューズが飛んでしまうのだ。
「GaNは実に高速で高性能です。いずれも素晴らしい特性を持っていますが、オンとオフの切り替えには非常に敏感なのです」(シェリダン)
加えて、GaNチップを扱うには細心の注意が必要だ。シン教授によれば、GaN化合物の結晶構造は複雑で保持するのが難しく、シリコンウエハー上に適切に蒸着できていないとすぐに壊れてしまう。製造工程が長くなる分、価格も高くなる。
ナビタスによると、GaNチップが自社製品で動作することへの理解が電子機器メーカーに広がっていない中で、チップの使い勝手も市場拡大のネックになっていた。
ナビタスのマーケティング・IR担当副社長であるスティーブン・オリバー(Stephen Oliver)はInsiderの取材に対しこう語る。
「最大の課題は(GaNチップという)高速部品の存在が世に知られていなかったことでした。フェラーリのエンジンを(旧ユーゴスラビアで作られていた自動車の)ユーゴ(Yugo)のシャーシに載せても、うまく動くはずがないでしょう?」
だから顧客にGaNの使い勝手について教育しなければならないことが多のだ、とオリバーは話す。
前出のシン教授は、GaNチップの認知度の低さは学問の世界でも同じだと言う。学生たちにGaNチップについて教えようと思っても、シン教授の大学を含めほとんどの大学の電子設計関連のカリキュラムは、シリコンをベースにしているのだという。
「電子機器の設計という点で、当大学のカリキュラムには(必要な)知識との大きなずれがまだあります」(シン)
ちなみにシン教授によれば、コーネル大学工学部ではGaNをカリキュラムに組み入れているため、同校の学生がナビタスに採用されるケースが少なからずあるという。
「重要性は今後さらに高まる」
このようにGaNチップには将来性があるが、今はまだまだシリコンチップに取って代わるには至っていない。シェリダンが見るところ、メーカーはシリコンチップの古いやり方にこだわっているうえ、サプライチェーンの混乱によってGaNチップの供給に制約が生じたことにも要因がありそうだ。
「半導体不足には、当社の顧客も相当立腹していました」(シェリダン)
またシェリダンによれば、GaNチップは他のチップや発電デバイスの部品と組み合わせて使う必要があり、各社ともそういったチップや部品の調達に苦労しているという。
それでも、ナビタスは成長を続けている。2022年8月初めには、シリコンと炭素を組み合わせた硬質化合物を製造する半導体企業ジーンシック(GeneSiC)を買収し(買収価格は非公開)、これによってナビタスの株価は上昇した。同社によれば、より大規模なシステム用のGaNチップの設計に向けた研究開発にも投資しているという。
ナビタスは2023年にはGaNベースのデータセンター用部品、2024年には太陽光発電で動くGaNチップ、さらに2025年までにはGaN搭載の電気自動車(EV)を発表する計画だとシェリダンは言う。アメリカの新しい半導体関連法に基づき補助金も申請予定で、アメリカ国内に製造工場を新設することも検討している。
「GaNチップの重要性はどんどん高まっていくでしょう。さらに大幅な製造能力拡大が世界から求められるようになると考えています」(シェリダン)
(編集・常盤亜由子)